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しおりを挟む「じゃ、おばさん。また来るよ!」
「あぁ、気を付けて行って来なさい」
翌朝、私達は宿屋の女性のカーネルに挨拶をして宿を出た。
昨晩はカレン達のベルフェストでの冒険者時代の話が聞けた。
どうも冒険者になった時からこの宿でお世話になっていたらしい。
確かカレン達は3年間ベルフェストにいたはずだから、もはやこの宿は第二の故郷なんだと思う。
昔のカレン達は村から出て来たばかりで、お金が全く無いことを察してカーネルが気を利かせて宿代を安くしていたらしい。
2人も知らなかったみたいで、すごいお礼を言っていた。
カレン達は私と違って下積み時代が3年ある。
最初は薬草採取やゴブリン討伐の依頼を長い間やっていたらしい。
何せ2人とも魔物討伐なんてほとんどやってこなかったらしいから、かなり苦労したらしい。
Fランクの依頼なんて大して報酬も良くないから、武器を買いたくても宿代でお金がなくなる。
そのため金銭の苦労はずっと絶えなかったみたいだ。
それでも3年でやっとDランクに上がって徐々に冒険者として名を広げてきた。
しかし、とある貴族にカレンが見初められて言い寄られたことで2人の生活が変わってしまった。
カレンが誘いを断ると、その貴族が冒険者ギルドに圧力を掛けて仕事の依頼が受けられなくなってしまった。
そういう理由からカレン達はサンドラス王国に行くことになった。
そのことをカーネルには言っていなかったらしくて、驚いていた。
どうもその貴族は、今は侯爵家の当主になっているらしい。
住民からはあまり評判が良くないことで有名なのだそうだ。
……侯爵家というのはそういう奴しかいないのか。
サンドラスの王都でシャルを攫ったのも侯爵家だったよね。
これだから貴族っていうのは……。
あ、いや、全員が悪い貴族じゃないのは分かっているよ?
一定の割合で悪徳貴族がいるって解釈しているから。
でもそんなこともあってカレン達がサンドラス王国に来てからは、ウルレインで活動していたらしい。
何せ、ベルフェストから一番近い街だったからね。
そこから仕事で王都に行くことはあっても、基本的にはウルレインで活動していたみたいだ。
そして1年くらいでBランクまで昇格してウルレインの冒険者の中では一番の有名人になったというわけだ。
私としてこの2人に出会えて良かったと思うから、ウルレインに来てくれていて感謝している。
「じゃあ、出発しましょうか」
シャルの言葉で馬車を走らせる。
ここからスリープシ村までは5日くらいだ。
すぐに用件を済ませて、ベルフェスト観光をしたいものだ。
スリープシ村までの道中は途中までは綺麗に舗装されていたが、王都から離れるにつれて道が悪くなってきた。
進む度に馬車が振動してお尻が痛い。
結構前にクッションを買うと決めていたが、完全に忘れていた。
しばらくは我慢するしかないかな……。
「ママ、おしり痛い……」
どうやらコハクもお尻に痛みを感じているようだ。
自分の娘にこれ以上痛い思いをさせるわけにはいかない。
「なら、ママの膝の上に座る?」
「うん!」
私のお尻を犠牲にしてコハクを膝の上に乗せる。
コハクは軽いからそこまで影響がないかと思ったけど、一気にお尻に負荷がかかる。
これは痛い……。
でも娘のためには我慢だ……。
私のお尻も限界に近づいた頃には既に夕刻になっていた。
私達は馬車を停めて、街道から逸れた場所にマイホームを召喚する。
王都では遅くまで宿屋のカーネルと昔話で花を咲かせていたからあまりゆっくりできなかった。
今日こそはゆっくりベッドで眠りたい。
私は急いで夕食の準備をして、全員で食べる。
その後はコハクを連れてお風呂に入って、すぐにベッドに入った。
自然回復スキルでお尻の痛みが引くよう願いながら眠りについた。
翌朝になってお尻の痛みがなくなっていたことから私の体調は万全だ。
寝る時までは激痛だったけど起きたらびっくり、完全に治っていた。
スキルに感謝です。
そして昨日のお尻への痛みが今日からの旅路でも発生することを予見して、お風呂場でバスタオルを持って来た。
これをお尻に敷けば馬車の揺れに対するお尻の衝撃も緩和できるはずだ。
私って天才?
「ヒナタそろそろ出発するぞ」
「はーい」
カレンから声を掛けられたため、すぐに馬車に乗り込む。
馬車が進んでいくと予想通り、街道の道は悪い。
バスタオルを持って来て良かった。
しばらく進んでいくと、とんでもないことに気が付いてしまった。
そもそも私には物理攻撃耐性スキルがある。
この馬車の揺れは私のお尻に対する物理攻撃だ。
ということはスキルで痛みを無効にできたのではないか……?
誰だよ、私って天才って言った奴。
……はい、私ですよ。ごめんなさいね。
なんかあれだよね。
スキルが多いとつい忘れちゃうんだよ。
人間は忘れる生き物なんだからしょうがないよね。うん。
お尻の問題も解決したことで、何事もなくスリープシ村に近づいて来た。
この3週間近かった旅もようやく終わりを迎える。
厳密にはまだ終わりではないけど。
まだ私には楽しみなベルフェスト観光が残っている。
でも一番の目的を達成するわけだから一先ずは終わりだ。
「あ、見えて来ましたよ!」
あれから3日が経ち、目の前に木の柵で覆われた村が見えてきた。
あれがスリープシ村か。
シャルが村の入り口で馬車を停めて、村人に話し掛ける。
「お久しぶりです! ダルさん!」
「お前は……、シャーロットか? 大きくなったな……」
筋肉質な体型をしたダルという男性はシャルのことを覚えていた。
それにしても大きくなったって……。
村を出た時はもう少し背が小さかったのかな。
「おぉダルじゃねぇか!」
「カレンもいるのか! 久しぶりだな!」
カレンが馬車の中から顔を覗かせてダルに話し掛ける。
2人とも久しぶりの故郷で嬉しいようだ。
「そちらの嬢ちゃん達は……誰だ?」
「あたし達と一緒にパーティを組んでいるヒナタだ。それにその娘のコハク」
「ヒナタです。カレンとシャルにはお世話になっています」
「コハクです!」
カレンに紹介されたので私とコハクは自己紹介をする。
そしてそのまま村の中へと入っていったが、なかなかカレンの家には辿り着かない。
なぜなら、村人はカレン達が帰ってきたことで馬車に集まって来たからだ。
全く馬車を進められない状況だ。
でもこの状況を見ると2人とも村から愛されていたんだと感じられる。
良い村そうだな。
「……カレンか。来てくれたのか」
そして1人の男性がカレンに向かって声を掛ける。
「……父さん。久しぶりだな」
カレンが馬車から降りて、お父さんの前に立つ。
お父さんは泣きながらカレンを抱き締めた。
親子の感動の再会だね。
いつもは恥ずかしがって突き離すカレンだが、お父さんに抱き締められても抵抗しない。
カレンは空気が読めるようだ。
そしてカレンとお父さんの姿を見て感化されたのか、コハクが私に抱きついてくる。
うん。今日もコハクは可愛いね。よしよし。
「すまんな。とりあえず家に行こうか」
「ああ」
私達は馬車を進めてカレンの家に向かう。
進んだ先には、木造2階建ての一軒家があった。
思ったよりも良い家に見える。
このスリープシ村の家はほとんどが2階建てだ。
一つの小さな村なのに腕の良い建築士でもいるのかな。
「いや~久しぶりだな~」
「ただいまです」
「お邪魔します」
カレンの家に入る。
中ではお母さんが出迎えてくれた。
「カレンよく帰って来たわね。それにシャルちゃんも……。後はお仲間の方かしら?」
「はい。ヒナタと言います。それと娘のコハクです」
「コハクです!」
「カレンの母のミレルダと言います。いつもカレンがお世話になっています」
「いえ、こちらこそ……」
挨拶を交わす。
ミレルダはカレンと同様、赤髪のロングだ。
そしてすごい美人だ。
カレンはお母さん似だね。
そして家のリビングに行き、全員が椅子に座る。
お父さんもお母さんもどうも深刻な顔だ。
「すまんなカレン。こんなことになってしまって……」
「本当にごめんなさい」
2人はカレンへの申し訳なさでこんなに深刻なんだね。
親が子供に縋るなんてみっともないとでも思っているのかな。
でも家族なら助け合うのが当たり前だ。
カレンはそんなことで怒るような女性ではない。
「そんなことはどうでもいいよ。父さんもケレンの為にしたことだろ?」
「そうではあるが……。本当にすまない……」
「で、金は父さんに渡せば良いのか?」
「それがこの前、金を借りた商会から手紙が来て、王都の店に直接持って来てほしいみたいだ」
「な……」
なんてこった。まさかの王都への蜻蛉返り。
でもこの世界には電話がないからしょうがないか。
携帯電話の有用性がよくわかるね。
「なら、帰るついでに王都に寄って返してくるよ」
「いや、しかし……」
「気にすんなよ。どうせ王都には寄るんだからさ。ついでだよ」
「……そうか。助かる。必ず金は返すから……」
「そんなのいいよ」
「いや! 時間を掛けてでも必ず返す!」
親としての面目もあるからお父さんも強情だ。
カレンが気圧されている。
「分かったよ! でも無理しなくて良いから!」
「本当に迷惑を掛けるな……。それですぐに王都に向かうのか……?」
「そのつもりだけど?」
お父さんが少し名残惜しそうだ。
当たり前だよね。
久しぶりに娘に会えたのに、すぐに帰るなんて嫌だよね。
「カレン。お母さん達とも話したいことがあるでしょ? 少しはここに滞在してもいいじゃない?」
「あ、まぁそうだな……」
お父さんが少しだけ笑顔になる。
この家の2人の子供は家を出て行っているから寂しいのだろう。
こんなに綺麗な娘が他国にいるなんて親としては心配だろう。
悪い男に騙されていないか。
怪我をしていないか。
病気になっていないか。
親としては子供が一番だ。
どんなに大きくなっても自分達の子供であることは変わらない。
そんな娘の久しぶりの帰郷だ。
その日はカレンの家族と一緒に夕食を食べながら、楽しい時間を過ごした。
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