亡くなった王太子妃

沙耶

文字の大きさ
上 下
19 / 21

19 小さな幸せ

しおりを挟む













フィリアは夢を見ていた。

見知らぬ異国で、今とは違う軽やかなワンピースを着て、キラキラした笑顔でフィリアは笑っていた。

その隣には騎士がいて、騎士はフィリアそっくりの子供を抱いていた。子供がふにゃりと笑うと、フィリアと騎士も微笑んだ。

それはとてもとても、幸せそうに──。












「フィリア様!!フィリア様!!」

フィリアが名を呼ばれゆっくり目を開けると、そこには騎士がいた。

私の騎士──。

「エドワード……」

「はい、フィリア様……」

私は震える右手でエドワードの手を握ると、エドワードは力強く握り返してくれた。

「夢を、見てたの」

「どんな夢ですか?」

「とても、幸せな夢だったわ……」

フィリアは幸せそうにふわりと笑った。

エドワードが初めて見る笑顔だった。

「……エドワード、泣いているの?」

「……っ、フィリア様が、目を覚ましてくれて、良かった……」

「あなたが呼んでくれたからよ……」

またフィリアは幸せそうに笑う。

それを見たエドワードも優しく微笑んだ。

フィリアが笑っていることが、エドワードは嬉しかった。

フィリアの目は、もう過去を見ていない。
未来を願うように光を宿し、真っ直ぐとエドワードを見ていた。

医師はフィリアを変わりないと診察したが、血を吐いたので薬を飲み、しばらく安静するようにと告げた。

今は解毒剤を飲み、何とか毒の進行を遅らせてはいるが、フィリアの体にある毒が抜けることはない。

フィリアは分かっていた。

この毒はいつか私を殺すと。

近い将来か、もしくはもっと遠い未来か──。

それは誰にも分からない。

フィリアはエドワードにお願いをした。

「エドワード、私の名を呼んでほしいわ」

エドワードは頷き、フィリアの右手を両手で優しく包み込むと、その愛しい名を口にした。

「フィリア様、フィリア様、フィリア様……」

彼の優しい声は落ち着く。フィリアにとって、優しい子守唄のようだった。

フィリアが眠るまで、エドワードはずっと名前を呼んでくれていた。

















「綺麗ね」

湖のほとりでエドワードの膝に座ったフィリアは、太陽に照らされた輝く水面を見ていた。

フィリアから見える水面はオレンジ色だったが、夕日に照らされたように綺麗だった。

フィリアは寄り添うようにエドワードに身を預けると、彼の胸に耳を当てた。

エドワードもフィリアを優しく包み込むように抱きしめてくれた。

「暖かいわね……」

「はい……」

ドクンドクンと、彼の少し早い鼓動が聞こえる。

生きてる。

私は今、生きてることが、嬉しかった。

ずっと死にたかったのに……。

ふ、とフィリアは自身を笑う。

今は少しでも長生きしたいと思った。

彼と一緒にいるために──。

フィリアはエドワードを見上げて微笑んだ。

「ずっと、傍にいてくれる?」

「もちろんです」

「私が生まれ変わっても?」

「はい、必ず。ずっと、傍にいます」

エドワードはフィリアに約束すると、優しさに溢れた眼差しでフィリアを見つめた。

フィリアはそんな彼の頬に、そっとキスをした。

エドワードは嬉しそうに微笑み、フィリアの頬にキスを返す。

愛おしい、優しい時間だった。

それは、ささやかな小さな幸せだったのかもしれない。

それでもエドワードと過ごした数年は、穏やかで、心から幸せだと思える時間だった。



そしてエドワードは、フィリアとの約束を守ってくれた。










しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

伯爵令嬢は、愛する二人を引き裂く女は悪女だと叫ぶ

基本二度寝
恋愛
「フリージア様、あなたの婚約者のロマンセ様と侯爵令嬢ベルガモ様は愛し合っているのです。 わかりませんか? 貴女は二人を引き裂く悪女なのです!」 伯爵家の令嬢カリーナは、報われぬ恋に嘆く二人をどうにか添い遂げさせてやりたい気持ちで、公爵令嬢フリージアに訴えた。 彼らは互いに家のために結ばれた婚約者を持つ。 だが、気持ちは、心だけは、あなただけだと、周囲の目のある場所で互いの境遇を嘆いていた二人だった。 フリージアは、首を傾げてみせた。 「私にどうしろと」 「愛し合っている二人の為に、身を引いてください」 カリーナの言葉に、フリージアは黙り込み、やがて答えた。 「貴女はそれで構わないの?」 「ええ、結婚は愛し合うもの同士がすべきなのです!」 カリーナにも婚約者は居る。 想い合っている相手が。 だからこそ、悲恋に嘆く彼らに同情したのだった。

【完結】愛されない令嬢は全てを諦めた

ツカノ
恋愛
繰り返し夢を見る。それは男爵令嬢と真実の愛を見つけた婚約者に婚約破棄された挙げ句に処刑される夢。 夢を見る度に、婚約者との顔合わせの当日に巻き戻ってしまう。 令嬢が諦めの境地に至った時、いつもとは違う展開になったのだった。 三話完結予定。

その言葉はそのまま返されたもの

基本二度寝
恋愛
己の人生は既に決まっている。 親の望む令嬢を伴侶に迎え、子を成し、後継者を育てる。 ただそれだけのつまらぬ人生。 ならば、結婚までは好きに過ごしていいだろう?と、思った。 侯爵子息アリストには幼馴染がいる。 幼馴染が、出産に耐えられるほど身体が丈夫であったならアリストは彼女を伴侶にしたかった。 可愛らしく、淑やかな幼馴染が愛おしい。 それが叶うなら子がなくても、と思うのだが、父はそれを認めない。 父の選んだ伯爵令嬢が婚約者になった。 幼馴染のような愛らしさも、優しさもない。 平凡な容姿。口うるさい貴族令嬢。 うんざりだ。 幼馴染はずっと屋敷の中で育てられた為、外の事を知らない。 彼女のために、華やかな舞踏会を見せたかった。 比較的若い者があつまるような、気楽なものならば、多少の粗相も多目に見てもらえるだろう。 アリストは幼馴染のテイラーに己の色のドレスを贈り夜会に出席した。 まさか、自分のエスコートもなしにアリストの婚約者が参加しているとは露ほどにも思わず…。

花嫁は忘れたい

基本二度寝
恋愛
術師のもとに訪れたレイアは愛する人を忘れたいと願った。 結婚を控えた身。 だから、結婚式までに愛した相手を忘れたいのだ。 政略結婚なので夫となる人に愛情はない。 結婚後に愛人を家に入れるといった男に愛情が湧こうはずがない。 絶望しか見えない結婚生活だ。 愛した男を思えば逃げ出したくなる。 だから、家のために嫁ぐレイアに希望はいらない。 愛した彼を忘れさせてほしい。 レイアはそう願った。 完結済。 番外アップ済。

過去に戻った筈の王

基本二度寝
恋愛
王太子は後悔した。 婚約者に婚約破棄を突きつけ、子爵令嬢と結ばれた。 しかし、甘い恋人の時間は終わる。 子爵令嬢は妃という重圧に耐えられなかった。 彼女だったなら、こうはならなかった。 婚約者と結婚し、子爵令嬢を側妃にしていれば。 後悔の日々だった。

元婚約者は戻らない

基本二度寝
恋愛
侯爵家の子息カルバンは実行した。 人前で伯爵令嬢ナユリーナに、婚約破棄を告げてやった。 カルバンから破棄した婚約は、ナユリーナに瑕疵がつく。 そうなれば、彼女はもうまともな縁談は望めない。 見目は良いが気の強いナユリーナ。 彼女を愛人として拾ってやれば、カルバンに感謝して大人しい女になるはずだと考えた。 二話完結+余談

心を失った彼女は、もう婚約者を見ない

基本二度寝
恋愛
女癖の悪い王太子は呪われた。 寝台から起き上がれず、食事も身体が拒否し、原因不明な状態の心労もあり、やせ細っていった。 「こりゃあすごい」 解呪に呼ばれた魔女は、しゃがれ声で場違いにも感嘆した。 「王族に呪いなんて効かないはずなのにと思ったけれど、これほど大きい呪いは見たことがないよ。どれだけの女の恨みを買ったんだい」 王太子には思い当たる節はない。 相手が勝手に勘違いして想いを寄せられているだけなのに。 「こりゃあ対価は大きいよ?」 金ならいくらでも出すと豪語する国王と、「早く息子を助けて」と喚く王妃。 「なら、その娘の心を対価にどうだい」 魔女はぐるりと部屋を見渡し、壁際に使用人らと共に立たされている王太子の婚約者の令嬢を指差した。

貴方もヒロインのところに行くのね? [完]

風龍佳乃
恋愛
元気で活発だったマデリーンは アカデミーに入学すると生活が一変し てしまった 友人となったサブリナはマデリーンと 仲良くなった男性を次々と奪っていき そしてマデリーンに愛を告白した バーレンまでもがサブリナと一緒に居た マデリーンは過去に決別して 隣国へと旅立ち新しい生活を送る。 そして帰国したマデリーンは 目を引く美しい蝶になっていた

処理中です...