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✝46✝

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「く、くくく、曲者じゃー! であえであえぇぇ!」

 寮監老夫婦の爺さんの方が、錯乱したように騒ぎ出した。婆さんの方は長刀を持ってグルグルその場で回っている。
 学生寮の談話室から触手が伸びてきたのを見たら、錯乱するのも無理はない。

 不本意ながら、わたしもちょっとパニックになりかけた。しかしこの触手は礼拝堂の花壇に生えているものと同じだ。すぐに我に返って、先端部分は避けながら触手を掴んでそのまま引きちぎる。
 ニクスは腰を抜かしかけていたが、わたしとモモカが談話室に滑り込んだのを見て、なんとかついてきた。

 談話室の窓際の席。そのテーブルの上に置かれた麻袋から、触手がにょきにょきと天井まで伸びている。シュール……というより素直に気持ち悪い光景だ。
 ブリジッタとトマスは、テーブルを挟んで対峙するように立っていた。籐椅子が転がっているのは、二人とも驚いて立ち上がったからなのだろう。

「先輩たちは何をしているのだ!?」

 わたしの声に、二人ともビクリと肩を震わせる。

「あはは~二人とも触手好きすぎぃ~」

 モモカよ。あまり煽るようなことを言うな。ブリジッタなんて顔を真っ赤にしているではないか。

「こ、これはわざとこうした訳ではなくて、その……」

「俺のせいだよ」

 ブリジッタの声を遮るように、トマスが言った。

「俺がポピーをこうしたんだよ!」

 トマスの叫び声に呼応するように、触手が激しく動き出した。うにょにょにょにょ! と大きくうねるから、天井の魔導ランプは落ち、テーブルはひっくり返り、籐椅子は吹っ飛んだ。

「ふがっ!」

 触手に弾かれ、ニクスが床に転がった。おおっ、眼鏡が飛んでいく!

「ああっ、ニクス先輩っ!?」

 それまでヘラヘラしていたモモカの形相が変わった。

「私の大事な獲物イケメンをこんな目に合わせるなんて……触手め、許せないっ!」

 モモカは魔力を練り上げた。急速に精霊たちが集まってくる。その精霊の種類に、わたしはゲッとなった。

「バカモン! 室内で火遊びは――!」

 しかしわたしが叫んだ時には既に遅し。
 モモカの両手から、火球が生み出された。かつてドロテーアが飛ばしていた火球よりはるかに強力な奴だ。

「いけっ! ヒロイン怒りの一撃っ!」

 モモカが火球を投げつけた途端、触手が炎上した。
 触手だけではない。テーブルも、そして天井も。窓ガラスは衝撃で砕け散り、そのせいでますます炎が噴きあがる。

「あれ? やりすぎたかしら?」

「馬鹿あああああ!!」

 あちちちちっ!!!
 熱風が襲い掛かってくる。わたしも熱いが、ブリジッタやトマスの方が炎上地帯に近いから、もっと危ない。二人とも巻き添えで焦げてないか!?

 二人には氷の壁がドームのように覆っていて、無事だった。ニクスの氷属性魔法のようだ。
 氷の壁は薄くて、すぐに溶けていく。けれどもそれよりも先にニクスが動いた。モモカのやらかした炎を、氷で覆い潰して消火していく。
 凄い発動速度と威力だ。ニクスは大した魔法使いだったらしい。

「有難うございます、ニクス先輩! 一家に一人欲しいですね!」

「先輩を消火器みたいに言うな! というか、炎上させたことを反省しろ!」

 呑気に頬を染めるモモカを《慈愛(改)》で殴っておく。




 談話室はほぼ壊滅したので、話し合いは寮監室に移した。
 寮監老夫婦はすぐに落ち着いて、我々に緑茶と茶菓子を出してくれた。優しい人たちである。

 騒ぎを起こしたブリジッタとトマス、そして文字通り炎上させたモモカの三人は、部屋の真ん中で正座している。
 わたしが強要したのである。
 談話室は閉鎖され、明日、業者が入るらしい。まったく……

「全員、反省せよ」

「ごもっともですぅ……」

 モモカが深々と頭を下げる。
 そんなモモカに、わたしはやれやれと嘆息する。

「モモカはやりすぎたが、まあ、触手を燃やすという意味合いがあったからな……。だが、先輩たちは何故また触手を発生させることになったのだ? 意味が分からん」

「私が挑発してしまったの……」

 ブリジッタが恥じ入るように小さな声で言った。
 それをトマスが引き継ぐ。

「俺の魔法が種を変質させた原因だって言ったからだ」

「トマス先輩の魔法だと?」

 種自体が元々おかしなものなのではなかったのか? わたしは首を捻る。
 ニクスが静かに頷いた。ちなみに彼の眼鏡のツルは、触手に飛ばされたせいで歪んだままだ。

「トマスも地属性で、植物魔法特化型ですね。確か、入学当初はブリジッタ嬢より成績が良かったはずです」

 そうだったのか。

「ここ最近になって、うまく魔法が作用しなくなっていたんだ。普通の促進魔法でも、あんな感じになって……」

 そうして鬱屈していた時に、ブリジッタが礼拝堂奉仕隊なるものを結成して、悩めるトマスも巻き込まれた。ブリジッタ自身は巻き込んだ自覚はなかったものの、彼女がやりたいと言えば、トマスに手伝わない選択肢はなかった。
 彼女の父親がトマスの後見人だから。

 そこにわたしが現れて、ブリジッタに公然と歯向かった。その時のブリジッタの態度に腹を据えかねて、彼女の評判を落としてしまえと思ったという。そして、こっそり種に魔法を仕込んでいた。

「ばれても良かった。俺はもう、この学園を退学する。そして、家具職人として修行を始めるって決めてたからな」

 トマスはわたしに目を向けた。

「デュナティスとベンチの修理をしながら、俺のやりたいことはこれなんだって改めて思ったんだよ」

「そうだったのか」

 少なくとも、あの修理の時の真摯な態度は嘘ではなかったのだ。





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