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1部

✝24✝

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 とりあえずは授業が始まるからと、その場は解散となり、放課後に再会することにした。
 エレーナは覚悟を決めたようで、きゅっと眉を上げて「全てを話すわ」と言っていた。神の計画の話だろうか?
 どんな話になるかわからないから、モモカにはまだ話さない方がいいかもしれない。

 ということで、わたしは一人で助手寮に赴いた。自室がいいとエレーナが言ったからだ。

「邪魔するぞ」

 一応ノックして、入室する。返事がなかったような気もするが、きっと気のせいだ。

「…………?」

 公爵令嬢の自室のド真ん中に、変な物がある。
 大きい段ボール箱だ。人一人入れるような。

「……もしやと思うが、その中にいるのではないだろうな?」

 ギクリと段ボール箱がわずかに動いた。これは、確定だな。

「自分の部屋でもこうなのか……そうか……」

 ならば、協力してやるのもやぶさかではない。
 わたしは、その怪し過ぎる段ボール箱の上に乗り、正座してやった。

「あ、あれ? 開きませんわ?」

「わたしが乗っているのだ。開く訳がなかろう」

「ええ? なんで乗っているんですの!?」

「そんなに籠もりたいのなら、協力してやろうと思ってな」

「こ、籠もるのは好きだけど、閉じ込められるのはちょっと……!」

「諦めろ。で、全て話す約束だったよな?」

 段ボール箱はしばし震えていたが、諦めたようで静かになった。
 ここで怒鳴り散らすような真似はしないところをみると、性格は攻撃的ではないのだろう。
 良かった。わたしは攻撃されると反撃したくなる癖があるからな。

「……全部わたくしが悪いの」

 訥々とエレーナは話し始めた。
 彼女の話によると、エレーナがユリウスと婚約したのは随分と幼い頃。
 子供のエレーナはかなり驕り高ぶった性格で、王子であるユリウスにもきつく当たっていたという。
 既に水属性魔法が使えたエレーナは、魔力に目覚めたばかりのユリウスをかなり揶揄した。

「その頃から頭が良くて何でも出来たユリウス殿下が、唯一苦手だったのが魔法。それが出来たわたくしは、これで殿下にも勝てる分野が出来たと有頂天だったのよ。だからついつい……」

 一回だけだったり、たまにだけだったらなんてことはなかったのだろう。しかしエレーナは、ユリウスと顔を合わせるたびにやってしまった。
 そのせいでユリウスは、すっかり自信が持てない性格になってしまったのだ。

 まずいと気がついた時には、もう手遅れ。そうこうしているうちに、この学園に入学する年になっていた。

「婚約者として殿下をお支えしなくてはならないのに、逆にあの方の心を折ってしまったのだから、わたくしは罰せられないとならない……」

 入学したちょうどその頃、ある小説が爆発的にヒットしていた。
 それが、王子と平民の少女との恋愛を描いた物語。そこに悪役として登場していたのが、王子の婚約者の令嬢。悪役令嬢は王子と少女を虐め、二人を引き離そうとする。しかし失敗して失脚。一人寂しく修道院で世を去るのだ。
 そんな悪役令嬢の末路もしらず、王子と少女は結ばれて幸せに暮らす……というのが話の内容だ。

「この悪役令嬢がわたくしそっくりですの! むしろ本人ですの! きっとあの本は予言の書。わたくしは断罪されて修道院送りになるのですわ!」

 段ボール箱がガタガタ言うくらいの叫びが部屋に響く。わたしの尻もビリビリする。まだ段ボール箱の上に座っているせいだ。

「いや、それたまたまだろ。いつの世も貴族なんてルサンチマンの対象だからな。小説の中でくらいはボコボコにしてやりたいという欲求が庶民にはあるものだ」

「その小説は貴族達の間でも流行りまくっていますわ!」

「あ~まあ、なんだ。頑張れ」

「うわあああん! …………」

 あれ? 急に静かになったぞ。
 嫌な予感に、箱を開けてみる。中でエレーナは顔を真っ赤にして伸びていた。酸欠のようだ。
 こんな狭い空間であれだけ元気に騒げばこうなるわな。仕方ないので助けてやるか。
 箱から引きずり出して、ベッドに放り込む。ここが彼女の自室で良かった。
 エレーナはすぐに目が覚めたみたいで、ベッドからシクシク泣く声がする。手間のかかる先輩だ。お茶でも出してやろう。

「ほら、これでも飲んで落ち着け」

「何のお茶かしら。やけに土の匂いが……」

「ゴボウ茶だ。若返るぞ」

「……一応わたくしはまだ十六歳なのですが……」

「いいから飲め。そしてわたしの話を聞け。いいか、万が一その小説が予言の書だとしても、お前が二人を虐めなければ、そこでもう小説の内容から外れる。だからお前は悪役令嬢とやらにならなくてもいいのだ」

「殿下のことは虐めてしまったわ」

「子供の頃のことではないか。いつまでも引きずっている方が悪い」

「でも……」

 気にいったようで、エレーナはゴボウ茶のおかわりをガブガブ飲んでいる。その手をふと止めて、溜息をついた。

「そんなに気にしているのなら、謝ればいい。ユリウスに直接ごめんなさいをしろ」

 それが一番の早道だろう。




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