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10:悪役令嬢は侯爵家を乗っ取りたい!

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 エイダス侯爵ジェイムズは自宅の執務室で、苦虫をかみ潰した顔で我が娘を見つめていた。
 娘であるユーフェミアの方は、しれっとソファにくつろぎ紅茶のカップを傾けている。

「……どうしてくれる、ユーフェミア。お前は何もかも壊してくれた」

 唸るような声が出てしまうのは仕方がない。ジェイムズは、娘が学園祭でしでかしたことについて王宮に呼び出しを受けたのだ。
 告げられたのは、アレクシス王子との婚約の白紙撤回と、学園祭騒動の主犯としてユーフェミアの一週間の自宅謹慎だった。
 ユーフェミアにしてみたら、第二王子まで巻き込んで我ながら派手にやらかしたのに、その程度で許されていいの? といった感想なのだが、侯爵にとってはそうではないらしい。

 エイダス侯爵家は現在、子供は娘のユーフェミアだけだ。次代の侯爵には、ユーフェミアとアレクシス王子の子供の一人を迎える手はずになっていた。
 親戚から養子をとる方法もあるのだが、運悪く該当する子供がいなかった。年長の若者たちにも、何故か拒否された。

「あらぁ~ユーフェミア。帰っていたのぉ?」

 ふいに執務室の扉が開いて、侯爵夫人リリシアが現れた。
 艶やかな黒髪をしどけなく肩に流した色気漂うユーフェミアの母親は、その背中に見知らぬ若い男性を張り付かせている。芸術家を自称する新しい恋人だ。リリシアは非常にオープンな、恋多き女性なのである。

「お久しぶりです、お母様。相変わらず自由人で羨ましいです」

 ユーフェミアは淡々としているが、ジェイムズはそうもいかなかった。

「勝手に入ってくるな! それに愛人を連れて歩くな! 少なくともユーフェミアに見せるな!」

「あ~ん、侯爵は今日もご機嫌ななめねぇ。ごめんなさぁい」

 くねくねしながらリリシアが言うと、背後霊状態の恋人が彼女のうなじに音を立てて口づけを繰り返す。
 ジェイムズの顔が恐ろしいことになった。それに気づいて、恋人たちは素晴らしい速さでいなくなった。
 ユーフェミアはカップを置き、コホンと咳ばらいする。

「……もしかしたら弟が生まれるかもしれませんね? 跡継ぎ問題解消――」

「侯爵家の血を引かなくてはダメだろうが!」

 侯爵は執務机に額を打ち付けた。
 ジェイムズの髪はユーフェミアと同じ葡萄酒色。そこに白いものが混じっているのに気づいて、ユーフェミアは小さくため息をついた。

「お父様、わたくしが女侯爵になります。あとは適当に婿をとって、さっさと子供を産んで跡を継がせますわ」

「もうお前のような奴には、まともな婿がくるわけないだろう!」

「失礼ですわよ、いくらお父様でも。権力と札束で叩けば、どこかの貴族の庶子くらいはフラフラと現れますって」

「それのどこがまともな婿だ!」

「下手に野心を持ったお馬鹿さんよりいいと思いますよ? わたくしが手綱を握ることが出来る相手の方が、都合がいいではないですか」

 ウフフと笑うユーフェミアの顔を、ジェイムズは改めて見つめてきた。その瞳には、ユーフェミアという個人を見極めようとする色が浮かんでいた。
 こんな風に向き合うのは初めてかもしれない、とユーフェミアは思う。
 思えば、幼き頃に第一王子と婚約してから、父と娘というよりお互いを「侯爵」と「王子の婚約者」という肩書で見ていた気がする。今はエイダス侯爵の顔に、父親らしさが感じられる。そもそも、こんなにフラットな雰囲気で話し合うこともなかった。

 侯爵は自ら棚のブランデーを取り出し、グラスに注ぐ。しかしすぐに口をつけずに、少し掠れた声で言った。

「――不満だったか? お前には、十歳にならぬ前から王子の未来の妃としての道を歩ませてきた。お前はそれをどう思っていたのだ」

「少なくとも、最近までは不幸ではありませんでした。アレクシス殿下はあんな人ですが、愛情はなくとも交流はそれなりに楽しかったですし。王宮に赴いての教育も、嫌ではありませんでしたよ? 己の糧にもなりますしね」

 弟のルーファスと違って婚約者本人であるアレクシスとは馬が合ったとは言い難いが、ちょこちょこぶつかりあいながらも肩を並べて成長してきたつもりだ。(多少は石が飛んだこともあったが。)いずれは反発しあいながらも夫婦として歩み寄っていければとは思っていたのだ。
 あのフローラという少女が現れるまでは。
 似非聖女に腑抜けにされた婚約者たちは、たちまち仲間という位置付けからアホアホファイブ(内一名は後に欠員)にまで転がり落ちた。
 それでブチ切れたのだ。

「そうか……」

 それきりジェイムズは黙ってしまい、ユーフェミアはそっと執務室から退出することにした。

「さて、とりあえずは侯爵家の領地経営を学び直しますか! 婿探しはその後よ!」

 そう拳を握るユーフェミアだったが、正直自信はない。父親にも「手綱を握る」と啖呵を切ったけれど、あのアホ王子の手綱だって握れなかったのだ。男女の関係は、自分が思っている以上に難しい。

「今度こそ、相手とたくさん話し合おう。そしてちゃんとぶつかり合おう。……まあ、そんな相手がいれば、だけれどね」

 苦い笑みを浮かべるユーフェミアは、少し大人になった。
 そんな彼女が、優秀かつキラキラしい婿候補が自分の前にガーベラの花束を持って現れるのを知るのは、もう少し後。





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