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6:フローラはヒロインに乗っ取られている!

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「ねえ……みんなぁ、どこにいるの……?」

 フローラは大きな瞳に涙をためて、プルプルと震えていた。
 彼女が転移させられた場所には、泥水プールなどという無粋なものはなかった。しかし、周囲は石の壁に覆われ、唯一行ける道はかなりの急坂を上らなくてはならない。
 その上り坂を見上げたフローラは、次に己の足元に視線を落とす。
 彼女の右の足首には包帯が巻かれている。真っ白なそれは痛々しさを呼ぶ。それを見たフローラは、クスンクスンと鼻を鳴らし、両手で顔を覆う。

 足首の包帯は、昨日ユーフェミアに階段から突き落とされた時の怪我だ。捻挫だけで済んだのは奇蹟に近い。そうフローラは訴えた。けれど同時に、ユーフェミアを責めないで。彼女だってつらいはず、とも言った。
 自分を囲む男たちは、ユーフェミアに憤り、フローラは優しすぎるとやに下がった。

――なんて可愛い人たちなんだろう。

 フローラは頬を染める。
 いつだって、殿方は自分の味方になってくれる。君は悪くない。君は素敵だ。君は美しい。そう言ってフローラに優しくしてくれる。
 男爵である養父も優しく導いてくれて、学園に入学させてくれた。入学したら、上級貴族の紳士たちが守ってくれた。
 聖女の力に目覚めたら、もっと優しくしてくれる。その上、第一王子であるアレクシスが見初めてくれて、愛を囁いてくれる。

 世界はこんなに温かくて優しいのに、何故かそうでない人たちもいる。
 自分に優しくしてくれる方々の婚約者たち。彼女たちは目を吊り上げて汚い顔になってギャンギャン責めてくる。そうされなければならない意味が、いまだに分からない。

――なんて可哀想な人たちなんだろう。

 フローラは彼女たちを憐れんだ。自分のように愛される存在ではないから、醜くあがいている可哀想な存在なのだと。
 ならば、優しく引き際を教えてあげよう。きっかけを与えてあげれば、彼女たちも状況を変えざるを得ないだろうから。
 そうやって色々してあげたのに。どうしてこんなことをするの?

「どうしよう。足が痛いから、こんな坂のぼれないよぉ」

 美しく涙の粒をキラキラこぼしながら呟いた時だった。

「遅れて悪かった! 助けにきたぞ!」

 ダグラスの頼もしい姿が現れた。無事でよかった! と、精悍な顔に歓喜の笑みを浮かべ、フローラを抱きしめてくれる。ちょっと汗臭い。きっと凄く急いできてくれたんだ。

「ちょっとごめんな。よっ、と!」

 ダグラスが背中と膝の後ろに手をそえて、軽々とフローラを横抱きにした。

「きゃっ、は、恥ずかしいよぉ」

「なに言ってんだ。足を怪我してる女の子を助けるのは当たり前だろ?」

 間近から顔を覗き込まれて、フローラは赤面してしまった。でも足首を挫いてしまっているのだから、恥ずかしくても仕方がない。フローラはそっとダグラスの逞しい首に腕を回して体を密着させた。
 ダグラスが嬉しそうにフフっと笑う。それが振動になって触れた体越しに直接響くのがくすぐったい。
 そうしてフローラを抱きながら坂を上っていたダグラスだったが、ふとその足が止まる。

「どうしたの、ダグラス?」

「……いや、どっかで変な音が」

 ダグラスが言い終わらないうちに、坂の上からゴロゴロと大量の岩が転がり落ちてきた。

「きゃああああ! ダグラス助け――」

 岩の落下に巻き込まれ、二人はあえなく吹っ飛ばされた。フローラは投げ出され、石畳に倒れ伏す。

「あ、あれ……ダグラス?」

 地響きもホコリも収まり、フローラはようやく顔を上げた。
 ダグラスは、フローラよりも坂の下方で倒れていた。その体のほとんどは、岩の下になっている。

「だ、ダグラス!? しっかりして!」

「……俺のことはいい。先に行くんだ、フローラ。そら、早く!」

「う……うん。わかったわ。ありがとうダグラス」

 フローラは立ち上がり、すたすたと坂を上っていった。




「フローラ! 無事だったんだ、良かった!」

「セドリック! 会いたかったぁ!」

 せっかく坂を上ったのに、今度は石の壁がそそり立っていた。そこを上らないと上のフロアに行けないらしい。
 しばし呆然と見上げていたフローラだったが、そこにセドリックが現れた。
 フローラは満面の笑顔で、セドリックの胸に飛び込んだ。

「こんな足で、よくここまで……。頑張ったんだね」

「へ? ええ。つらかったけど、平気よ! あ……でも、ホッとしたら痛みが……」

「可哀想に。僕はあまり治癒魔術が上手くないけど、痛みを止めるくらいならできるから、ちょっと待ってね」

「ありがとう、セドリック。こうした方がやりやすい?」

 フローラはスカートをたくし上げ、脚をセドリックに差し出した。セドリックは顔を赤らめたけれど、無言のまま治癒魔術を発動させる。

「よし、これで少しは動かせると思うよ。でも、ここから先は上へ飛んでいかないとダメみたいだから、僕につかまってくれる? 飛行魔術を使うから」

「さすがセドリック! とっても頼もしいのね!」

 フローラは躊躇なくセドリックに抱き着いた。二人の身長差はさほどないため、顔が近い。セドリックの顔が真っ赤になるのを見て、フローラはクスクス笑った。
 そのまま二人は固く抱き合いながら上のフロアまで飛んでいく。
 到着する寸前、ガクリとセドリックが体勢を崩した。

「セドリック!?」

「ま、魔力が……ううっ、でも君だけは行って!」

 何かに魔術を阻害されているらしいセドリックは、苦しみながらもフローラを上階の床に押し上げた。そこで魔力が尽きたらしい。そのまま真下へ落ちていく。落ちたら、その次は急坂を転がり落ちていく運命一直線なのだが……。

「本当にありがとう、セドリック。私、行くわね」

 フローラはすくっと立ち上がり、そのまま進んでいった。



 扉を開けると、そこはティールームだった。しかし窓はなく、照明があっても薄暗い。
 ベネディクトがテーブルのそばに立ち、ティーセットをためつすがめつ見ている。

「あ、フローラ。無事でしたか」

「ベネディクトがいたー! 良かったぁ~。わあ、可愛いポットね!」

「気が付いたらこの部屋にいたのですが……。こうしてセットされているというのは、いかにも怪しいですね」

 ベネディクトの言う通り、テーブルにはポットだけでなくアフタヌーンティーセットが準備されていた。
 サンドイッチにスコーン、ケーキなど。みんな美味しそうだ。
 甘い香りがただよってきて、フローラのお腹がキュウと鳴った。

「ねえ、お茶にしましょうよ! 色々あって疲れてしまったの」

「ここに転移させたのはユーフェミアです。あの女が準備したのだと考えると、安全とは言えません」

「えー、そうかなぁ? まさかそんなことまでしないと思うよ? じゃあ、私が毒見してあげるね!」

 さっさと腰掛けてサンドイッチをぱくつくフローラに、ベネディクトも従うことにしたようだ。ポットの中を確認した後、カップにそそぐ。綺麗に澄んだ紅茶だ。

「ふふ、こんなところでティータイムなんて可笑しいね」

 ニコニコしながら食べ続けるフローラに、ベネディクトは苦笑を返す。そしてカップに口をつけて――そのまま倒れた。

「きゃああああ! ベネディクト!? どうしたの!?」

「ぐっ、こ、紅茶に……何か入っている……ようです。フローラ、このポットは証拠です……。これを持って……行きなさい」

「わ、わかったわ。出口はどこ? あ、こっちね!」

「アレクシス……王子に助けを求めて……ください」

「任せて!」

 フローラは、ポットを抱えて部屋から飛び出した。外には、ある男がいた。フローラはためらわず、その男の胸に飛び込んだ。

 出た先にいた人物とは――



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