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18.第一王子ご乱心

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 第一王子セフェリノ率いる《聖女の真実》軍は、王宮を包囲するほどになっていた。
 民衆も加わり、軍勢は当初より膨れ上がっている。それぞれが自分で持ち寄った武器を手にして。
 みんな、王家に不満を抱き不安を感じている。
 それは地方から入る情報に、《瘴気》関係のものがみられるようになったことからも伺える。
 しかしセフェリノ自身は、《瘴気》の情報をあまり重視していなかった。ほとんど無視していたと言ってもいい。
 セフェリノにとって地方のことなど気にする対象ではない。その地の領主が汗を流せばいいのだ。

 彼にとって何より重要なのは、生意気な弟王子と気に食わない父王を殺すこと。
 他の貴族や民衆など、自分や敵の駒に過ぎないと思っている。

 だからこうして自分が率いる軍勢が王宮を囲み、中に敵を閉じ込めた状況は愉しくて仕方がない。

「さて、どうやって攻め落としてやろうか……」

 腐っても第一王子だ。王宮の弱点などは把握している。
 後はどれだけ華々しく、自分の強さと優秀さを周囲に見せつけるかが重要だ。その後の国家運営にも関わってくるだろうから。

「まずはアルトゥロの処刑を行おう。戦闘で死んだとしても、死体を城壁に飾ってやる」

 陰惨な想像をしながら、セフェリノはニヤニヤと笑う。
 そんな彼の姿を見て、近くにいた人々が怯えて後退ることに、セフェリノは気づかなかった。

 セフェリノの足元の影が、やけに黒かった。
 それはじわじわと広がり、やがて立体的になっていく。
 まるで煙だ。
 ただの煙と違うのは、それは風向きと関係なく蠢き、意思を持っているかのようにセフェリノの脚にまとわりついていく。

「セフェリノ様……?」

 最初に異変に気づいたのはカルディナだった。

「セフェリノ様、いかがされましたか? 目が……」

 紺色のはずのセフェリノの虹彩が、黒く染まっていた。
 ニヤニヤ笑いは更に大きくなっていく。歯を剥き出しにして、黒に染まった目を剥いてセフェリノは笑う。

 明らかな異常だった。

 カルディナは唾を呑み込み、無理矢理笑みを浮かべる。

「殿下、少々風が冷えてきたようです。一度、下がりましょう」

 そう言って伸ばしたカルディナの手を、セフェリノは力加減なしに叩き落とした。

「きゃっ……」

「ベルトラン様!」

 衝撃で倒れかけたカルディナを、近くの騎士が抱き止める。

「殿下はお疲れである! 誰かお連れしろ!」

 周囲の側近たちは慌ててセフェリノを取り囲もうとするが、それより早くセフェリノが愛剣を抜き放った。

「うるさいぞ、お前ら」

 セフェリノの口から、黒い煙が溢れ出ている。しかし本人は気にしないどころか、剣を構えて絶好調のようだ。

「邪魔だ、どけ!」

 周囲は戸惑っているが、本人は少しも躊躇せずに斬りかかっていく。
 経験の浅い騎士たちがセフェリノの剣で斬り捨てられ、命こそ落とさなかったが重傷を負う。

「セフェリノ様、お気を確かに!」

 叫ぶカルディナの目前で、セフェリノは笑いながら味方に斬りかかる。
 まさか旗印の第一王子を自分たちの手で害することは躊躇われ、騎士たちは防戦一方だ。

「どうしよう……どうしたら……?」

 カルディナは震えながらも、必死に対応を考える。
 本当は、すでに答えが出ている。多少荒っぽいことになっても、セフェリノを止めるのだ。死なれてはまずいが、大怪我程度ならば許容範囲内だ。
 冷徹な自分はそう囁いているけれど、いまだにセフェリノに恋する娘としての自分が否定する。

 そんなカルディナの葛藤を終わらせたのは、突如現れた一人の男だった。

「ーーふん!」

 力強い気合と同時に、セフェリノの体が吹き飛んだ。
 バキリという凄まじい音が響いていたから、頬の骨が陥没しているかも知れない。しかも王子の体と同時に白いものも飛んでいた。あれは彼の歯だったのだろう。
 カルディナは、大きく目を見開いた。

「お父様!?」

 ベルトラン公爵、騎士団総長。カルディナの父が、そこにいた。
 第一王子の血で染められた拳を構えながら。




* * * *





「反乱軍が壊滅状態! 民衆も武器を捨てて散り散りに敗走していきます!」

 それは、王宮にもたらされた久しぶりの朗報だった。

「これで足元は落ち着きました。民衆がバラバラになったことで神殿側もおとなしくなるでしょう。ここで一気に聖女奪還に向かいます」

 第二王子アルトゥロは、意気揚々と父王に言った。

「……ああ……良きに……はからえ……」

 対する国王エドガルドの反応は鈍い。
 この短期間で膨れ上がった体を重たそうに長椅子に横たえ、ゼイゼイと荒い呼吸ばかりを繰り返す。
 明らかに体調不良だ。しかしエドガルド自身はさほど気にせず、侍女に持ってこさせたデザートを食べる。いや、侍女に口まで運んでもらっている。
 もはやそこには傲然とした為政者など存在しない。
 死にかけた豚が転がっているだけだ。

 アルトゥロは頭を垂れながら、密かに失笑する。

ーーいよいよ私の時代が来たようだ。

 国王の前から退出したアルトゥロは、侍従に声を掛けた。

「ディマス……魔道士たちはどうした?」

「異世界人の魔力についての研究が忙しいとかで、研究室から出てきません」

「役に立たん奴らだな。引きずり出すのは面倒だが、神殿を攻めるには魔道士が必要だから仕方がない」

 やれやれと呆れたポーズを取りながらも、アルトゥロの機嫌は悪くない。

 王宮の廊下を歩いていくアルトゥロたち。
 彼らは気づかなかった。
 何気なく通り過ぎた噴水装置。そこに刻まれた術式が書き換えられていることに。
 そして同じような仕掛けが、あちこちにあることに。






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