上 下
17 / 21

17.信仰で殴ろう

しおりを挟む
 大神官ルカは他の礼拝堂付き神官たちと共に大神殿から出た。

 小規模ながらも市街戦が起きているから、開いている店は少ない。それでも行き交う人々が多いのは、町から逃げ出すところなのか、この機に乗じて違法物の取引などに忙しいせいなのか。

「ここで二手に分かれます。我々は大神殿前で。そちらは市場の広場で辻説法を行ないましょう。女神の下の兄弟たちよ、健闘を祈ります。女神様の御加護がありますように……」

「女神様の御加護がありますように」

 大神殿は王家と並ぶ権力を有する組織だ。王家は貴族たちに支えられているが、大神殿は信徒である民衆がほとんどだ。
 民衆の力を侮るなかれ。個々の戦力は大したことがなくとも、集まれば莫大な力となる。しかも人数が多い。しかも騎士団とは違い、貴族の私兵には平民出身の者も多いのだ。流れの行方いかんでは、貴族側に大量の離反者が出て、戦力バランスが変わることも考えられる。
 だがそれも、一つに纏まっていなければならない。バラバラでは大きな力にはなり得ないのだ。
 その纏める中心が女神信仰。つまりは神殿。ルカたちの本領発揮だ。

「さあ、皆さん。女神様に祈るのです。女神様の愛する聖女様を私利私欲のために利用しようとする王家のせいで、女神様はお心を痛めておいでです。我らはその心痛をお慰めし、女神様の許しを乞わねばなりませんーー」

 大神殿の正面の大階段の上で、ルカは朗々とした声で説教を始める。

「聖女様をお守りしましょう」

「悪しき者たちに利用されないように」

「聖女様は女神様の願いを受けて降臨される。王家のためではないのです」

 ルカと共にいる神官たちも口々に唱え始める。
 それらはやがて町の人々の心を捉えていく。

「そうだ! 王様のために聖女様はいる訳じゃない!」

「聖女様は俺たち庶民の味方なんだ!」

 それはどうでしょう? と、ルカたちは思うが、言わぬが花だ。
 最近、王都内での戦闘が断続的にではあるが続いているせいか、世情が不安定だ。そういう時は特に宗教が力を持つ。
 それに乗らない手はない。王家の求心力が落ちていることを感じて、ルカたち神官はほくそ笑む。
 神官たちが祈りながら、灯心付きの小皿を聴衆に配っていく。そこには油が入っていて、次にロウソクを持った神官が灯心に火を点ける。
 ルカは言う。

「この灯りは、我々の確かな信仰心。我々の正しき心を導くもの。一つ一つは小さいけれど、集まれば大きな力になる証です」

 日が傾き暗闇が迫ってくる時刻になってくると、大神殿の前に集まった人々はその灯りによって鮮やかに照らし出されていく。まるで自分たち自身が輝くかのように。
 そして女神のために祈るき人々は、次第に恍惚とした表情になっていく。

 光と影のコントラストが強くなっていく大神殿の前で、ルカは満足げな笑みを浮かべた。

 その時だった。
 異様な人影がまるで湧いて出たように、ルカの目の前に立った。
 広い肩幅、引き締まった長身、腰に下げた長剣。明らかに市民とは違う、戦いを生業にした男。
 その端整な顔には、狂おしい表情が浮かんでいる。

ーーあ、これ、ヤバい奴。

 己の命の危機を直感し、ルカの額に冷や汗が滲む。

 ルカの勘は大当たりだった。
 その男の名は、クルス。マリアの護衛の騎士。
 そして、今やマリアへの妄執に職務すら忘れてストーカーとなりはてた男である。

 美しい騎士様と褒めそやされた美貌は、この短い間にすっかり荒み、隈に囲まれた双眸ばかりがギラギラと光っている。

「……聖女様を返せ」

 うわ言のように呟きながら、スラリと剣を抜くクルス。
 たちまち辺りは悲鳴に包まれた。

 冷や汗を流しつつも、ルカは踏ん張った。ここで逃げては、王家にいいようにされるに違いない。そんなことは許されない。神殿は、正しい権力を取り戻さないといけないのだ。

「……聖女様は王家に弄ばれ、安寧を欲していらっしゃる。偽りばかりをのたまう王家の犬は、く、去れ!」

 高らかに叫びながら、ルカはこっそりと自分に魔力を纏わせる。そして、袖の一部に縫い込まれた術式にそっと触れる。物理障壁の術式だ。

「聖女様を返せ!!」

 クルスがルカに斬りかかった。
 ルカを守ろうと、年若い神官が前に出る。しかしルカは、その神官を後方に突き放した。

「!」

 ルカの肩から鮮血は噴き上がった。素クルスの剣がルカの肩を切り裂いたのだ。
 さらに大きな悲鳴があちこちから上がる。
 ルカはよろめいたが、踏みとどまる。

「善き人々よ! ご覧なさい、彼が着ている制服を! 近衛の制服です! これが王家のなすことなのです!」

「本当だ! 俺は見たことがあるぞ。確かに近衛の制服だ! 王家の犬だ!」

「王家が大神官様に剣を抜いた!」

 最初は目の前の暴力に逃げ惑うばかりだった市民の間から、理性的かつ熱のこもった声が上がる。
 ルカはニヤリとする。これで王家に対する怒りのスイッチが押された。
 ためらいがちだった民衆が、積極的に王家を批判するものに変化して瞬間だった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されて異世界トリップしたけど猫に囲まれてスローライフ満喫しています

葉柚
ファンタジー
婚約者の二股により婚約破棄をされた33才の真由は、突如異世界に飛ばされた。 そこはど田舎だった。 住む家と土地と可愛い3匹の猫をもらった真由は、猫たちに囲まれてストレスフリーなスローライフ生活を送る日常を送ることになった。 レコンティーニ王国は猫に優しい国です。 小説家になろう様にも掲載してます。

【書籍化】余命一週間を言い渡された伯爵令嬢の最期~貴方は最期まで私を愛してはくれませんでした~

流雲青人
恋愛
◇書籍化が決まりました。 ◇9月下旬に販売予定です。読者様のおかげで実った書籍化です。本当にありがとうございます。 また、それに伴い、本編の取り下げが行われます。ご理解の方、よろしくお願い致します。 ______________ 伯爵令嬢のステラに突き付けられたのは、あまりにも突然過ぎる過酷な運命だった。 「ステラ様。貴方の命はあともって1週間といった所でしょう。残りの人生を悔いのないようにお過ごし下さい」 そんな医者の言葉にステラは残り僅かな時間ぐらい自分の心に素直になろうと決めた。 だからステラは婚約者であるクラウスの元へと赴くなり、頭を下げた。 「一週間、貴方の時間を私にください。もし承諾して下さるのなら一週間後、貴方との婚約を解消します」 クラウスには愛する人がいた。 自分を縛るステラとの婚約という鎖が無くなるのなら…とクラウスは嫌々ステラの頼みを承諾した。 そんな2人の1週間の物語。 そして…その後の物語。 _______ ゆるふわ設定です。 主人公の病気は架空のものです。 完結致しました。

あなたに何されたって驚かない

こもろう
恋愛
相手の方が爵位が下で、幼馴染で、気心が知れている。 そりゃあ、愛のない結婚相手には申し分ないわよね。 そんな訳で、私ことサラ・リーンシー男爵令嬢はブレンダン・カモローノ伯爵子息の婚約者になった。

さんざん馬鹿にされてきた最弱精霊使いですが、剣一本で魔物を倒し続けたらパートナーが最強の『大精霊』に進化したので逆襲を始めます。

ヒツキノドカ
ファンタジー
 誰もがパートナーの精霊を持つウィスティリア王国。  そこでは精霊によって人生が決まり、また身分の高いものほど強い精霊を宿すといわれている。  しかし第二王子シグは最弱の精霊を宿して生まれたために王家を追放されてしまう。  身分を剥奪されたシグは冒険者になり、剣一本で魔物を倒して生計を立てるようになる。しかしそこでも精霊の弱さから見下された。ひどい時は他の冒険者に襲われこともあった。  そんな生活がしばらく続いたある日――今までの苦労が報われ精霊が進化。  姿は美しい白髪の少女に。  伝説の大精霊となり、『天候にまつわる全属性使用可』という規格外の能力を得たクゥは、「今まで育ててくれた恩返しがしたい!」と懐きまくってくる。  最強の相棒を手に入れたシグは、今まで自分を見下してきた人間たちを見返すことを決意するのだった。 ーーーーーー ーーー 閲覧、お気に入り登録、感想等いつもありがとうございます。とても励みになります! ※2020.6.8お陰様でHOTランキングに載ることができました。ご愛読感謝!

私はあなたの何番目ですか?

ましろ
恋愛
医療魔法士ルシアの恋人セシリオは王女の専属護衛騎士。王女はひと月後には隣国の王子のもとへ嫁ぐ。無事輿入れが終わったら結婚しようと約束していた。 しかし、隣国の情勢不安が騒がれだした。不安に怯える王女は、セシリオに1年だけ一緒に来てほしいと懇願した。 基本ご都合主義。R15は保険です。

【1章完結】経験値貸与はじめました!〜但し利息はトイチです。追放された元PTメンバーにも貸しており取り立てはもちろん容赦しません〜

コレゼン
ファンタジー
冒険者のレオンはダンジョンで突然、所属パーティーからの追放を宣告される。 レオンは経験値貸与というユニークスキルを保持しており、パーティーのメンバーたちにレオンはそれぞれ1000万もの経験値を貸与している。 そういった状況での突然の踏み倒し追放宣言だった。 それにレオンはパーティーメンバーに経験値を多く貸与している為、自身は20レベルしかない。 適正レベル60台のダンジョンで追放されては生きては帰れないという状況だ。 パーティーメンバーたち全員がそれを承知の追放であった。 追放後にパーティーメンバーたちが去った後―― 「…………まさか、ここまでクズだとはな」 レオンは保留して溜めておいた経験値500万を自分に割り当てると、一気に71までレベルが上がる。 この経験値貸与というスキルを使えば、利息で経験値を自動で得られる。 それにこの経験値、貸与だけでなく譲渡することも可能だった。 利息で稼いだ経験値を譲渡することによって金銭を得ることも可能だろう。 また経験値を譲渡することによってゆくゆくは自分だけの選抜した最強の冒険者パーティーを結成することも可能だ。 そしてこの経験値貸与というスキル。 貸したものは経験値や利息も含めて、強制執行というサブスキルで強制的に返済させられる。 これは経験値貸与というスキルを授かった男が、借りた経験値やお金を踏み倒そうとするものたちに強制執行ざまぁをし、冒険者メンバーを選抜して育成しながら最強最富へと成り上がっていく英雄冒険譚。 ※こちら小説家になろうとカクヨムにも投稿しております

チート生産魔法使いによる復讐譚 ~国に散々尽くしてきたのに処分されました。今後は敵対国で存分に腕を振るいます~

クロン
ファンタジー
俺は異世界の一般兵であるリーズという少年に転生した。 だが元々の身体の持ち主の心が生きていたので、俺はずっと彼の視点から世界を見続けることしかできなかった。 リーズは俺の転生特典である生産魔術【クラフター】のチートを持っていて、かつ聖人のような人間だった。 だが……その性格を逆手にとられて、同僚や上司に散々利用された。 あげく罠にはめられて精神が壊れて死んでしまった。 そして身体の所有権が俺に移る。 リーズをはめた者たちは盗んだ手柄で昇進し、そいつらのせいで帝国は暴虐非道で最低な存在となった。 よくも俺と一心同体だったリーズをやってくれたな。 お前たちがリーズを絞って得た繁栄は全部ぶっ壊してやるよ。 お前らが歯牙にもかけないような小国の配下になって、クラフターの力を存分に使わせてもらう! 味方の物資を万全にして、更にドーピングや全兵士にプレートアーマーの配布など……。 絶望的な国力差をチート生産魔術で全てを覆すのだ! そして俺を利用した奴らに復讐を遂げる!

婚約破棄から2年。元婚約者から結婚式の招待状が届きました。しかも、友人代表挨拶を頼まれまして。

流雲青人
恋愛
「済まない、イレーナ。他に愛する人が出来たんだ」 「…ごめん。俺は君を友人としてしか見れない」 そう言って婚約破棄を告げられて……同時に家の恥だと追放されて2年が経ったある日、イレーナの元に一通の手紙が届いた。 それは、元婚約者からの手紙だった。 何でも1か月後に結婚式をあげる為、新郎の友人代表としての挨拶をイレーナに頼みたい、との事だった。 迎えの馬車までやって来て、拒否権など無いことを知ったイレーナは友人代表挨拶をする為に馬車へと乗り込んだ…。 ※タイトル変更しました ゆるふわ設定です。 どうぞ今年もよろしくお願い致します

処理中です...