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5.捨てられたら反撃の準備

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「全く、何だって魔力無しの無能が召喚されたのでしょうね……」

 アルトゥロとマリアが去った礼拝堂で、魔導士ディマスはイライラと呟いていた。

「へえ、召喚? やっぱりね……」

 すっかりその存在を忘れていた、あの聖女のなり損ないの女がディマスに顔を向けていた。目元が全く見えないせいか、見られているようないないような落ち着かない気分にさせられる。
 ディマスは舌打ちした。

「誰か、あの無能を捨ててきなさい」

「かしこまりました。ですが、どこに破棄すれば良いでしょうか?」

「適当にゴミ処理場へでも放り込めばよろしいでしょう」

 衛兵の一人に指示し、ディマスは召喚の魔法陣の検証に入った。異物が召喚された原因を突き止めるつもりだ。
 魔法陣に書かれた魔術式に集中していたディマスは、集中していたからこそ気づかなかった。
 魔法陣の周りに設置されていたはずの結界石が一つ、無くなっていることに。




 廃棄物は、廃棄口から。
 衛兵はこんな汚い仕事を押し付けられて不満だった。
 召喚の儀式の直前、いつも偉そうな近衛兵が嫌そうな顔を隠しもしないで陛下の愛人を引きずってきた時は嘲笑ってやったが、今度は自分の番だった。
 幸い自分が運んでいる異世界人の女は小柄で軽い。でも死んでいる訳ではないから、抵抗されると面倒くさい。だからさっさと殴りつけて意識を刈り取り、抵抗の術をなくしておいた。
 ぐったりと手足を投げ出し、襟首を掴まれてズルズル引きずられてもピクリともしない女を、衛兵はゴミ捨ての穴から放り捨てた。
 女は二階程下にあるゴミ山に落ちた。意識を取り戻して外に通じる穴から這い出たとしても、王宮の裏は夜盗が入り込んでウロウロしていることが多い。あっという間にそいつらの餌食になるだけだ。
 衛兵は女がどうなるかなど少しも気にせず、そそくさと来た道を戻っていった。



「クソ共め……」

 衛兵の気配がなくなって、エリカはモソリと起き上がった。
 落ちたのはゴミ山の上だったから衝撃は少なくて助かったが、殴られた鳩尾が痛む。
 痛む所をさすりつつ、エリカはニヤリと笑う。こんな場所に捨てられとは思わなかった。馬鹿な奴等に感謝したいくらいだ。

「下水とか生ゴミの場所だったらさすがに心が折れていたかもね」

 体の下にあったのは汚れたリネン類。そして使えなくなった衣類なども少しある。高価そうなものは何一つないが、これを使って変装して下さいと言わんばかり。

「これも女神様のお導き? なんてね」

 本当にこの世界の女神とやらが目の前に現れたら、感謝どころか問答無用で殴るつもりである。
 エリカは素早く使えそうな衣類を探し出して着替える。袖が破けたシャツに、膝が抜けたズボン。どちらも折り込んでしまえば問題ない。
 割れた皿の破片の一部に布を巻いて持ち手にして、その切っ先で三つ編みにしてある髪を思い切り良く切っていく。ハサミのようにはいかないから苦労したが、何とか短髪だと言える髪型になった。
 礼拝堂とやらに集まっていた人間たちをこっそり観察していた時に気づいていたが、ここは黒髪の人間も珍しくないようだ。目立たないので何よりだ。
 落とされた時に飛んでいった眼鏡は探さない。どうせ伊達眼鏡だ。グイと頬を拭えば、そばかすが消える。分厚い前髪をかきあげれば、ややキツめの切れ長の目が現れる。印象がまるで変わったことが、自分でもわかる。
 陰気な少女が、勝気そうな少年の姿に。

「これならあのクソ王子どもには気づかれないでしょう」

 胸も裂いたリネンを巻いて押さえているから大丈夫だろう。念の為に首にもスカーフのように布を巻いておく。
 出来れば鏡でチェックしたいところだが、鏡は落ちていなかった。そこまで都合良くいかないようだ。
 鏡の代わりに、とんでもないものを見つけた。

「私以外にも捨てられた人間がいるなんて……」

 気軽に人間を破棄するような世界ということなのだろう。

 瓦礫の陰になった所に転がっていたのは、ほとんど裸の女性だった。
 マリアではない。この世界の女性だろう。濃い化粧がほどこされていただろう顔はぐしゃぐしゃに汚れ、涙の跡がハッキリと残っている。

「ちょっと、生きてんの?」

 エリカは女に声を掛ける。呼吸があるか判断出来ない。いきなり襲いかかられるのも嫌だから、少し離れた所から爪先で突いてみる。
 グラリと女の体が揺れた。力無く手足が投げ出されているところを見ると、生きてはないないのかもしれない。

「うぅっ……」

「わっ、ビックリした」

 女が息を吹き返した。呆れる程長い睫毛が震え、目が開いた。
 しかし焦点は結ばれず、息は絶え絶えだ。

「貴女は誰? なんでこんな所に捨てられたの? 言いたいことはある?」

 この世界の人間などみんなクタバレと思ってはいたが、おそらく酷い目に合わされて死んでいこうとしている人間の前では、少しは殊勝になるものだ。
 女の傍に膝をついて、その顔を覗き込む。汚れてはいるが、綺麗な顔立ちをしていることに気が付いた。捨てられる前は妖艶な美女といった感じだったに違いない。
 布の端で顔を拭ってやる。美女だが血の気がほとんどなくて、肌は土気色。そして表面には細かいひび割れのようなものが一面に走っている。
 病気だろうか? エリカは緊張した。念の為、直接肌に触れないように気を付ける。

「…………」

 女の口がわずかに動いた。聞き取ろうと、身を乗り出したエリカだったが――

「うわっ!?」

 女の口から真っ黒な煙のようなものが噴き出した。
 これ、絶対ヤバイやつ! エリカは鼻と口を押えて飛び退る。

「……ゆ……許さな……よくも……」

 呪詛のような言葉と共に、黒い煙が溢れてくる。それはエリカにも容赦なく迫ってくる。

 マズいっ!

 その瞬間、眩い光がエリカを包んだ。




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