春告竜と二度目の私

こもろう

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二度目の世界

理由不明の連行

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 マリーのことがあったため、結局調べ物をするどころではなくなってしまった。
 なので翌朝には朝食をとるのもそこそこに侯爵邸を辞去し、叔父様の家に戻ることにした。
 愚図愚図していたら、厄介なことに巻き込まれそうな予感がしたしね。

 キーリは叔父様に魔法の話をするために、すぐにシルワの村に帰るのではなくまだここにいる。
 シルワの魔法は、精霊の力を借りる精霊魔法というものなんだそう。

「私にも出来るかしら?」

「精霊の魔力を集める端からドラゴンに供給されそうじゃね?」

 なるほど……
 魔法が使えないのは残念だけど、ドラゴンの糧になるならそれでいいのかもしれない。

 そんなことを思う私は、スケッチブックを広げている。

「カサンドルが何も見ずに描いているなんて珍しいな。何を描いてんだ?」

 叔父様に精霊魔法の説明をするのに飽きたらしいキーリが、スケッチブックを覗き込んでくる。

「ドラゴンをね。さすがに聖地では描けなかったから、思い出しながら少しずつね」

 何度も目を閉じて思い返しながら、紙の上にドラゴンの姿を再現していく。
 慎重に鉛筆を走らせながら、私は気がついた。

「ドラゴンはトカゲではないのね……」

「スケールが違い過ぎるだろ」

 キーリがすかさずツッコんでくる。確かに魔の森の中でさえ、トカゲの大きさは私の指先から肘までくらいしかない。
 でも、大きさの違いではない。

「骨格の構造が爬虫類とは違うの。特に後ろ足の付け根辺りが」

 トカゲなどの爬虫類の足は、体の横から出ている形になっている。
 ドラゴンは違う。
 骨になっている姿を見ていないから断言はできないけれど、その足は横へではなく下に伸びている。

「ドラゴンはむしろ、鳥類に近いのだと考えるわ」

「鳥と違って前足があるぞ?」

「爬虫類に翼はないわね」

 キーリと話していると、叔父様がお茶とお菓子を持ってきてくれた。お菓子はパウンドケーキ。私の好きなオレンジ入りだ。

「ドラゴンは魔獣の分類だから、魔力がない普通の生き物とはそもそも系統が違うんじゃないかな?」

 叔父様のごもっともな意見に、私もキーリも黙り込んだ。





 キーリがシルワの村に戻る時、今度は私が彼に着いていく。

「俺に護衛は必要ないぞ」

「執事もね。いいでしょ、聖地も気になるし」

「俺の方がついでなのか……」

 ガクリとうなだれるキーリの顔に、彼自身のプラチナブロンドの髪がかかる。こちらに戻ってきた途端、さっさと髪を解いてしまっている。
 寂しいような、見慣れた姿にホッとしたような。

 魔の森の前に来て、森の動物たちの歓迎を受けている時だった。

「なんか、ピカピカの兵士たちがこっち来てるけど。カサンドルはあいつら見たことあるか?」

 急に騒々しくなって、キーリは背後を振り返って顔を顰めた。
 その視線を追えば、確かにピカピカな軍隊が背後から迫って来ていた。
 兵士の数はおよそ二十くらい。揃いの軍服は多少埃っぽいが、おろしたてのようだ。甲冑姿でなくて良かった。完全武装された一団に背後から迫られたら、恐怖で心臓が止まってしまいそうだ。
 はじめは州兵かと思ったけれど、その立派でお金掛かってそうな身なりからすると、王家直属の近衛兵のようだ。前回の記憶がその推測を裏付ける。
 キーリは自分の体で、私を兵士たちの目から隠してくれる。
 けれど彼らの目的は私ではなくて、キーリだった。

「そこの長髪の小僧。我々と一緒に王都まで来てもらおう」

 隊長らしき体格のいい男が近づいてきて、いきなりそんなことを言った。
 王国の人間がシルワの民にそんなことを命令する権利はない。この地の領主であるブットヴィル侯爵家の兵士でも一方的なものは許されないのに、王国軍からの命令なんてもってのほかだ。

「ちょっと待って下さい!」

 私は隊長の前に立ちはだかった。

「なんの権利があって彼に命令するのです? 納得がいかないですし、従う義務もありませんのでお断りします!」

 ツンと顎を上げて高慢そうな表情を作り上げ、隊長を睨みつける。
 隊長はフンと鼻先で嘲笑った。

「なんの権利? 我々は逮捕権があるんですよ、お嬢さん。そして、その小僧は傷害罪の容疑者だ」

「嘘よ! 認めないから!」

「お嬢さんの許可はいりませんので。ーーやれ」

 隊長の合図で兵士たちが動く。

「森へ!」

 逃げて!
 そうキーリに叫んだ。
 けれどキーリはあっさりと兵士たちに捕まる。抵抗なんてしても無駄だと悟りきっているようだ。
 その姿がショックで、私の方が暴れてしまう。キーリを捕らえている兵士に飛びかかり、無茶苦茶に殴りかかる。

「馬鹿! やめろって!」

「嫌よ! キーリを放せ!」

 私の大暴れに、隊長が舌打ちする。

「この女も連れていく! 容疑は捜査妨害と暴行だ!」

 私たちは護送用の箱馬車に放り込まれた。
 それはとても頑丈な造りで、小さな空気穴が一つあるだけで窓なんてない。外が全く見えない。
 馬車の中で、すぐキーリに叱られた。

「どうしてお前まで捕まる必要があるんだよ!」

「だって、キーリ一人捕まるなんて嫌だもの」

 膨れて見せたけれど、キーリが怒るのも尤もだ。
 私は冷静になって叔父様の元に走り、侯爵であるお父様の権力でも何でも使って、キーリを助け出すように動かなくてはならなかった。
 でも、どうしても嫌だった。キーリ一人が訳の分からない奴らに連れて行かれるのを見ているなんてこと。
 じわりと目尻に涙が溜まる。私は膝を抱えて座り、立てた膝に顔を伏せた。泣き顔なんてキーリに見られたくなかった。

「……悪かったな、助けてくれようとしたのに」

 しょげかえったキーリの声がする。
 私は大きく頭を振った。

「ううん。浅慮でごめんなさい……」

 箱馬車は酷く揺れ、私たちは気持ち悪くなりながら王都へと連行された。



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