12 / 30
二度目の世界
望まない出会い(再会)
しおりを挟む
ドラゴンな大きさやその強さはよく聞くけれど、その生態はほとんど分かっていない。
あの子は青かったけれど、他の個体も同じなのだろうか?
そういった色々をキーリを通じて村の長老に聞きたいのだけど、断られてしまっている。
シルワの人が言うところの竜の聖地は、まるで眠っているかのように静かだ。
そんな時だった。
アンリ叔父様が手紙を持ってきた。
その封蝋には、ブットヴィルの家紋。それに気づいて、私は密かに緊張した。
あり得ないとは思うけれど、今年は聖別儀式を受ける年齢なのだ。万が一侯爵家に戻って儀式を受けろと命令されたらどうしよう? それが一番の恐怖だ。
「安心して、カサンドル。この手紙は、ボクがお願いしていたことへの返事なだけだから」
叔父様には怯えが伝わっていたようで、ぐしゃぐしゃと頭を撫でられてしまった。
乱れた髪を整えながら、ホッと息をつく。
割り切ってはいるけれど、やはり魔力がないと大勢の人の前で確定させられるのは楽しい経験ではないのだ。
「何をお願いしたの?」
叔父様は兄であるお父様のことが苦手だ。嫌いというより性格が合わないのだと言って、できるだけ接触する機会を作らない。だからお願いなんてとても珍しいことだ。
手紙を読んで頷いていた叔父様は、私に微笑んだ。
「カサンドル。明日は久しぶりに州都に行こうか」
州都オードはブットヴィル家の領地の首都だ。その郊外に侯爵家の本邸がある。
叔父様が私を連れていったのは、当然ながら本邸ではない。
本邸から町を挟んで反対側。丘陵地帯にへばりつくように建てられた学校がある。地元の人材を育成するために、先々代の侯爵が設立した大学だ。今や高名な学者も多く呼び、なかなかの勢いがあるという。
「昨年ここに騎士科が設立されたんだ。そこに面白い経歴の教師が雇われている」
叔父様はどんどん大学の敷地内に入っていく。入口で門番に手紙を見せていた。叔父様の言っていたお願いとは、ここに入るための口利きだったようだ。
それにしても広い敷地だ。道も広いから、馬車も走っているに違いない。
フィールドワークで鍛えられた足腰がこんなところで役立つとは……
「ああ? なんだお前ら?」
訓練場らしき広場の脇に、番小屋みたいな掘っ立て小屋があり、叔父様は迷わずその扉を叩いた。
そして間もなく出てきたのが、不機嫌そうな筋肉男だった。
真っ黒なボサボサの髪。濃い顎髭。太い眉の下からのぞく目は、硬質な灰色。鋭く、そして猜疑心も露わな光を宿している。豪放磊落そうに見えて狡猾そうな人のようだ。
「貴方がジョルジュさんですか?」
「……ゲオルグだ。ったくどいつもこいつも」
ゲオルグと名乗った彼は、盛大に舌打ちした。叔父様は慌てて謝っている。ゲオルグさんは外国の人なのね。
「失礼しましたゲオルグさん。ボク……私はシルジュ子爵のアンリ・ブットヴィルです。こちらはカサンドル。ちょっとした研究をしている者ですが、少しお話をお聞きしたいのです」
「子爵様の興味を惹ける話なんてねえよ」
「竜の巣のことです」
語尾に被せ気味に言った叔父様の言葉に、ゲオルグさんは眉をピクリと動かした。
「……入れ」
ゲオルグさんの招きで入った小屋の中は、お酒臭かった。床に何本も酒瓶が転がっている。
それとは対象的に、机の上には大量の書物や古い羊皮紙の束が積み上げられている。そこだけ見たら、学者さんのようだ。
「適当に座れや」
ゲオルグさんはそう言って顎で仮眠用らしいベッドを指したが、私は断固として拒否だ。
苦笑した叔父様がベッドに腰掛け、私は入口脇の壁を背にして立つ。
そんな私を、ゲオルグさんは馬鹿にしたように見た。
「お嬢ちゃんには興味ない話だと思うが?」
「カサンドルはそこらのお嬢様ではないですよ。ドラゴンを愛しているようです」
「ははっ! こりゃ傑作だぁ!」
叔父様が言うと、ゲオルグさんは弾かれたように笑い出した。
「ありぁ、馬鹿デカイトカゲなんかじゃねえ。正真正銘のバケモンさ。実際に見た俺が言うんだから間違いねえ」
実際に見たということは……
「では、十年前にドラゴンの財宝を狙ったというこそ泥は貴方ですか!?」
「こそ泥じゃねえ!」
思わず叫んだら叱られた。
「財宝も欲しかったが、俺が最も得たかったのは、竜殺しの称号さ。ここノービリスはお上品な国柄だからないだろうが、俺の国じゃ竜殺しは英雄と同じ意味を持つ。だからドラゴンを倒して一旗あげたかったのさ……」
結果は半死半生だけど。
どうやら財宝も盗めなかったらしい。
「奴らは金銀財宝を巣の材料にしてるんだ。そこに卵を産む。そんな場所に近づけるはずがねえよな……」
ゲオルグさんは両手の中に顔を埋めた。丸めた背中が哀愁を誘う。
そんな彼の肩をそっと叩くのは叔父様だ。
「聖地に入っただけでも凄いことですよ。それに、ゲオルグさんはずっとドラゴンの研究をされているんですよね?」
「まあな。俺を虚仮にしたバケモンを許すワケにはいかねえからな」
なるほど。だから叔父様は私をここに連れてきてくれたのね。
ドラゴンを狩るのは同意出来ないけれど、彼の知識は欲しい。
「ゲオルグさん! ここにしばらく通わせていただきたいのです。よろしいでしょうか!?」
私は身を乗り出して頼んだ。前のめり過ぎて、頼むというより圧力をかける感じになってしまったけれど。
ゲオルグさんはギョッとして目を剥き、叔父様は苦笑しながら溜息をついている。
「もちろんカサンドルだけを通わせる訳にはいかないので、ボクも一緒ですけどね」
「……報酬にもよるな……」
そして大人二人は交渉に入り、私は手持無沙汰になってしまった。
黙って二人を眺めていたけれど、ふと外の喧騒が耳について気になってきた。
「叔父様。少し外を見ててもいいかしら?」
「少しだけだぞ」
叔父様の声を背に、小屋から出る。
訓練場に騎士の卵たちが集まっていた。授業が始まるのだろう。ゲオルグさんは行かなくていいのだろうか?
それにしても、集まった生徒たちは全く集中していない。ざわめきながら、チラチラと観客席になっている方を気にしている。
誰か見学者がいるのだろうか?
私もそっちに目を向けて……硬直してしまった。
そこにいたのは大勢の護衛に囲まれた貴人らしき一団。
その中心にいたのは、妹のマリーと……
「殿下……?」
レオン殿下だった。
あの子は青かったけれど、他の個体も同じなのだろうか?
そういった色々をキーリを通じて村の長老に聞きたいのだけど、断られてしまっている。
シルワの人が言うところの竜の聖地は、まるで眠っているかのように静かだ。
そんな時だった。
アンリ叔父様が手紙を持ってきた。
その封蝋には、ブットヴィルの家紋。それに気づいて、私は密かに緊張した。
あり得ないとは思うけれど、今年は聖別儀式を受ける年齢なのだ。万が一侯爵家に戻って儀式を受けろと命令されたらどうしよう? それが一番の恐怖だ。
「安心して、カサンドル。この手紙は、ボクがお願いしていたことへの返事なだけだから」
叔父様には怯えが伝わっていたようで、ぐしゃぐしゃと頭を撫でられてしまった。
乱れた髪を整えながら、ホッと息をつく。
割り切ってはいるけれど、やはり魔力がないと大勢の人の前で確定させられるのは楽しい経験ではないのだ。
「何をお願いしたの?」
叔父様は兄であるお父様のことが苦手だ。嫌いというより性格が合わないのだと言って、できるだけ接触する機会を作らない。だからお願いなんてとても珍しいことだ。
手紙を読んで頷いていた叔父様は、私に微笑んだ。
「カサンドル。明日は久しぶりに州都に行こうか」
州都オードはブットヴィル家の領地の首都だ。その郊外に侯爵家の本邸がある。
叔父様が私を連れていったのは、当然ながら本邸ではない。
本邸から町を挟んで反対側。丘陵地帯にへばりつくように建てられた学校がある。地元の人材を育成するために、先々代の侯爵が設立した大学だ。今や高名な学者も多く呼び、なかなかの勢いがあるという。
「昨年ここに騎士科が設立されたんだ。そこに面白い経歴の教師が雇われている」
叔父様はどんどん大学の敷地内に入っていく。入口で門番に手紙を見せていた。叔父様の言っていたお願いとは、ここに入るための口利きだったようだ。
それにしても広い敷地だ。道も広いから、馬車も走っているに違いない。
フィールドワークで鍛えられた足腰がこんなところで役立つとは……
「ああ? なんだお前ら?」
訓練場らしき広場の脇に、番小屋みたいな掘っ立て小屋があり、叔父様は迷わずその扉を叩いた。
そして間もなく出てきたのが、不機嫌そうな筋肉男だった。
真っ黒なボサボサの髪。濃い顎髭。太い眉の下からのぞく目は、硬質な灰色。鋭く、そして猜疑心も露わな光を宿している。豪放磊落そうに見えて狡猾そうな人のようだ。
「貴方がジョルジュさんですか?」
「……ゲオルグだ。ったくどいつもこいつも」
ゲオルグと名乗った彼は、盛大に舌打ちした。叔父様は慌てて謝っている。ゲオルグさんは外国の人なのね。
「失礼しましたゲオルグさん。ボク……私はシルジュ子爵のアンリ・ブットヴィルです。こちらはカサンドル。ちょっとした研究をしている者ですが、少しお話をお聞きしたいのです」
「子爵様の興味を惹ける話なんてねえよ」
「竜の巣のことです」
語尾に被せ気味に言った叔父様の言葉に、ゲオルグさんは眉をピクリと動かした。
「……入れ」
ゲオルグさんの招きで入った小屋の中は、お酒臭かった。床に何本も酒瓶が転がっている。
それとは対象的に、机の上には大量の書物や古い羊皮紙の束が積み上げられている。そこだけ見たら、学者さんのようだ。
「適当に座れや」
ゲオルグさんはそう言って顎で仮眠用らしいベッドを指したが、私は断固として拒否だ。
苦笑した叔父様がベッドに腰掛け、私は入口脇の壁を背にして立つ。
そんな私を、ゲオルグさんは馬鹿にしたように見た。
「お嬢ちゃんには興味ない話だと思うが?」
「カサンドルはそこらのお嬢様ではないですよ。ドラゴンを愛しているようです」
「ははっ! こりゃ傑作だぁ!」
叔父様が言うと、ゲオルグさんは弾かれたように笑い出した。
「ありぁ、馬鹿デカイトカゲなんかじゃねえ。正真正銘のバケモンさ。実際に見た俺が言うんだから間違いねえ」
実際に見たということは……
「では、十年前にドラゴンの財宝を狙ったというこそ泥は貴方ですか!?」
「こそ泥じゃねえ!」
思わず叫んだら叱られた。
「財宝も欲しかったが、俺が最も得たかったのは、竜殺しの称号さ。ここノービリスはお上品な国柄だからないだろうが、俺の国じゃ竜殺しは英雄と同じ意味を持つ。だからドラゴンを倒して一旗あげたかったのさ……」
結果は半死半生だけど。
どうやら財宝も盗めなかったらしい。
「奴らは金銀財宝を巣の材料にしてるんだ。そこに卵を産む。そんな場所に近づけるはずがねえよな……」
ゲオルグさんは両手の中に顔を埋めた。丸めた背中が哀愁を誘う。
そんな彼の肩をそっと叩くのは叔父様だ。
「聖地に入っただけでも凄いことですよ。それに、ゲオルグさんはずっとドラゴンの研究をされているんですよね?」
「まあな。俺を虚仮にしたバケモンを許すワケにはいかねえからな」
なるほど。だから叔父様は私をここに連れてきてくれたのね。
ドラゴンを狩るのは同意出来ないけれど、彼の知識は欲しい。
「ゲオルグさん! ここにしばらく通わせていただきたいのです。よろしいでしょうか!?」
私は身を乗り出して頼んだ。前のめり過ぎて、頼むというより圧力をかける感じになってしまったけれど。
ゲオルグさんはギョッとして目を剥き、叔父様は苦笑しながら溜息をついている。
「もちろんカサンドルだけを通わせる訳にはいかないので、ボクも一緒ですけどね」
「……報酬にもよるな……」
そして大人二人は交渉に入り、私は手持無沙汰になってしまった。
黙って二人を眺めていたけれど、ふと外の喧騒が耳について気になってきた。
「叔父様。少し外を見ててもいいかしら?」
「少しだけだぞ」
叔父様の声を背に、小屋から出る。
訓練場に騎士の卵たちが集まっていた。授業が始まるのだろう。ゲオルグさんは行かなくていいのだろうか?
それにしても、集まった生徒たちは全く集中していない。ざわめきながら、チラチラと観客席になっている方を気にしている。
誰か見学者がいるのだろうか?
私もそっちに目を向けて……硬直してしまった。
そこにいたのは大勢の護衛に囲まれた貴人らしき一団。
その中心にいたのは、妹のマリーと……
「殿下……?」
レオン殿下だった。
0
お気に入りに追加
99
あなたにおすすめの小説
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので
モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。
貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。
──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。
……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!?
公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。
(『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)
悪役令嬢?いま忙しいので後でやります
みおな
恋愛
転生したその世界は、かつて自分がゲームクリエーターとして作成した乙女ゲームの世界だった!
しかも、すべての愛を詰め込んだヒロインではなく、悪役令嬢?
私はヒロイン推しなんです。悪役令嬢?忙しいので、後にしてください。
死んで巻き戻りましたが、婚約者の王太子が追いかけて来ます。
拓海のり
恋愛
侯爵令嬢のアリゼは夜会の時に血を吐いて死んだ。しかし、朝起きると時間が巻き戻っていた。二度目は自分に冷たかった婚約者の王太子フランソワや、王太子にべったりだった侯爵令嬢ジャニーヌのいない隣国に留学したが──。
一万字ちょいの短編です。他サイトにも投稿しています。
残酷表現がありますのでR15にいたしました。タイトル変更しました。
リアンの白い雪
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
その日の朝、リアンは婚約者のフィンリーと言い合いをした。
いつもの日常の、些細な出来事。
仲直りしていつもの二人に戻れるはずだった。
だがその後、二人の関係は一変してしまう。
辺境の地の砦に立ち魔物の棲む森を見張り、魔物から人を守る兵士リアン。
記憶を失くし一人でいたところをリアンに助けられたフィンリー。
二人の未来は?
※全15話
※本作は私の頭のストレッチ第二弾のため感想欄は開けておりません。
(全話投稿完了後、開ける予定です)
※1/29 完結しました。
感想欄を開けさせていただきます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、
いただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきます。
※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。
愛と浮気と報復と
よーこ
恋愛
婚約中の幼馴染が浮気した。
絶対に許さない。酷い目に合わせてやる。
どんな理由があったとしても関係ない。
だって、わたしは傷ついたのだから。
※R15は必要ないだろうけど念のため。
婚約破棄でみんな幸せ!~嫌われ令嬢の円満婚約解消術~
春野こもも
恋愛
わたくしの名前はエルザ=フォーゲル、16才でございます。
6才の時に初めて顔をあわせた婚約者のレオンハルト殿下に「こんな醜女と結婚するなんて嫌だ! 僕は大きくなったら好きな人と結婚したい!」と言われてしまいました。そんな殿下に憤慨する家族と使用人。
14歳の春、学園に転入してきた男爵令嬢と2人で、人目もはばからず仲良く歩くレオンハルト殿下。再び憤慨するわたくしの愛する家族や使用人の心の安寧のために、エルザは円満な婚約解消を目指します。そのために作成したのは「婚約破棄承諾書」。殿下と男爵令嬢、お二人に愛を育んでいただくためにも、後はレオンハルト殿下の署名さえいただければみんな幸せ婚約破棄が成立します!
前編・後編の全2話です。残酷描写は保険です。
【小説家になろうデイリーランキング1位いただきました――2019/6/17】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる