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二度目の世界
シルワの少年キーリ
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「……私のどこを見たらコキン……ではなくて既婚者だ、誰かの嫁だと思ったの……?」
私の目付きは相当冷ややかになっていたに違いない。
少年はまた口を尖らせた。
「どこをって、頭に決まってんだろ。髪を結ってんのは嫁の証だ! 常識だろ!」
「はあ!? その常識って、絶対にシルワの人たちだけだわ! 私はただ、髪が枝に引っかからないようにしているだけよ!」
「ええっ!?」
ガーン! と音が聞こえそうな顔になった少年は、また顔を真っ赤にする。
今度は何? 忙しい子ね。
「そ、そうか……外の人間の習慣には疎いんだ。勘違いしてごめん」
意外に素直に謝ってきた。だから私も素直に受け入れる。
「いいわ。私だって貴方がたのこと、ほとんと知らないもの。知らないうちに失礼なことをしていたらごめんなさい」
「いや! 失礼なことなんて何もないぞ!? ただ……」
彼は言い淀むと、ますます赤くなる。
なんだかこちらもつられて赤面してしまいそう。だから「ただ?」と先を促した。
「ただ、給餌行動は求愛行動だから……」
彼の言ったことの意味が頭に染み込むまで、少しかかった。
クッキーをあげる=給餌行動=求愛行動……
理解して、今度こそ私は真っ赤になった。
「そ、そんな!? プロポーズなんかじゃないわ!! あり得ない!!」
そもそも私は、貴族の娘が自分から男性に声を掛けることすら、はしたないと思っているのに!
「そんなに怒鳴る程否定するなよ! ちょっと傷つくだろ!」
少年は本当に傷ついた顔をしている。
あ、ちょっと罪悪感が……
いえいえ、ここは誤解のないようにしなくてはいけないところだわ。
でもしょげた少年の様子に、イタズラ心も芽生えてしまった。
私はわざと少年の顔を覗き込む。
「え? では、少し期待したのかしら?」
少年はぴょんと飛び上がった。
「えええ!? いや、そそそんなことはないぞ? 既婚者の求愛行動は良くないことだ!」
「だからっ、私は誰かの嫁でもなければ、貴方にプロポーズする気もありません! 私たちの世界ではお礼にお菓子を贈ることに深い意味は無いし、作ったのは私の叔父様なのよ」
「そ、そうか……」
やれやれ。ようやく納得してくれたみたいね。やっぱり混ぜ返すのではなかったわ。
ようやく受け取る気になってくれたらしい少年がクッキーを手に取るのを眺めながら、私はふと口を開いた。
「貴方の名前を聞いてもいいかしら? 私はカサンドル・ブットヴィル。良かったらお友達にならない?」
さり気なさを装いつつも、私は固唾をのんで少年の反応を窺う。
内心、心臓がバクバク言っている。
でも、あまり同世代の子と縁がない私は、正直なところ少し寂しいのだ。それに、シルワの民ならドラゴンの棲息地に詳しいのではないかという下心がある。
少年はあからさまに胡散臭いといった顔で私を見る。ちょっと傷ついた。
「……今度も求愛じゃないよな?」
「プロポーズなんてしないわよ! 私はまだ八歳なんだし」
前回の人生ではもう婚約していたけれど、それは棚に上げておこう。
「……キーリ」
「え?」
「俺の名前はキーリだ。遠見のキーリ。村の中で一番目がいいんだ」
「キーリ君ね。教えてくれて有難う。目がいいから私のことにも気づいていたのね」
キーリは小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「お前……カサンドルともう一人のおっさんが森にしょっちゅう入っているのなんて、村の奴ら全員知ってるよ」
「そうだったの。全然気づかなかった。さすが森の民ね」
私が感心すると、キーリは得意そうに胸を張った。
「まあな。それに、お待ちは特に目立つ」
「え? もしかして、うるさくしたり、森を荒らしている?」
出入り禁止になったら大変だ。私は真っ青になった。
「いや、違う。お前は森の動物たちに好かれているだろ? だから目立つんだ」
確かに、私が移動すると暇な動物たちがついてきたりするから、ちょっと賑やかかも。
「警戒心の強い奴らまでカサンドルに懐いているから驚いた。お前、凄いな。何でも懐いちゃうんじゃないか?」
そう言われて、思い付いた。
もしかして、前の時のあのドラゴンも私だから懐いてくれたのだろうか?
「ドラゴンも……仲良くなってくれるかしら」
キーリはギョッとして私を見た。
「カサンドルはドラゴンに興味があるのか? 素材欲しさに狩りたいっていう訳じゃないよな?」
「狩らないわ!」
そもそもドラゴン相手に戦おうなんて考えられないわ。
キーリはホッと肩の力を抜いた。
「良かったよ。カサンドルが馬鹿でなくて」
「……そんなにドラゴンは狙われやすいの?」
初めて聞いたわ、そんな恐ろしいこと。
「若い個体は。成体になったら人間じゃ勝てないからな。俺たちシルワはそんな強欲で残酷な奴らが聖域に近付かないように見張っている。お前も迂闊に森の奥に行くなよ」
シルワの民の鋭い矢が狙うぞ?
キーリは真顔で言った。
私は頷くしかなかった。
私の目付きは相当冷ややかになっていたに違いない。
少年はまた口を尖らせた。
「どこをって、頭に決まってんだろ。髪を結ってんのは嫁の証だ! 常識だろ!」
「はあ!? その常識って、絶対にシルワの人たちだけだわ! 私はただ、髪が枝に引っかからないようにしているだけよ!」
「ええっ!?」
ガーン! と音が聞こえそうな顔になった少年は、また顔を真っ赤にする。
今度は何? 忙しい子ね。
「そ、そうか……外の人間の習慣には疎いんだ。勘違いしてごめん」
意外に素直に謝ってきた。だから私も素直に受け入れる。
「いいわ。私だって貴方がたのこと、ほとんと知らないもの。知らないうちに失礼なことをしていたらごめんなさい」
「いや! 失礼なことなんて何もないぞ!? ただ……」
彼は言い淀むと、ますます赤くなる。
なんだかこちらもつられて赤面してしまいそう。だから「ただ?」と先を促した。
「ただ、給餌行動は求愛行動だから……」
彼の言ったことの意味が頭に染み込むまで、少しかかった。
クッキーをあげる=給餌行動=求愛行動……
理解して、今度こそ私は真っ赤になった。
「そ、そんな!? プロポーズなんかじゃないわ!! あり得ない!!」
そもそも私は、貴族の娘が自分から男性に声を掛けることすら、はしたないと思っているのに!
「そんなに怒鳴る程否定するなよ! ちょっと傷つくだろ!」
少年は本当に傷ついた顔をしている。
あ、ちょっと罪悪感が……
いえいえ、ここは誤解のないようにしなくてはいけないところだわ。
でもしょげた少年の様子に、イタズラ心も芽生えてしまった。
私はわざと少年の顔を覗き込む。
「え? では、少し期待したのかしら?」
少年はぴょんと飛び上がった。
「えええ!? いや、そそそんなことはないぞ? 既婚者の求愛行動は良くないことだ!」
「だからっ、私は誰かの嫁でもなければ、貴方にプロポーズする気もありません! 私たちの世界ではお礼にお菓子を贈ることに深い意味は無いし、作ったのは私の叔父様なのよ」
「そ、そうか……」
やれやれ。ようやく納得してくれたみたいね。やっぱり混ぜ返すのではなかったわ。
ようやく受け取る気になってくれたらしい少年がクッキーを手に取るのを眺めながら、私はふと口を開いた。
「貴方の名前を聞いてもいいかしら? 私はカサンドル・ブットヴィル。良かったらお友達にならない?」
さり気なさを装いつつも、私は固唾をのんで少年の反応を窺う。
内心、心臓がバクバク言っている。
でも、あまり同世代の子と縁がない私は、正直なところ少し寂しいのだ。それに、シルワの民ならドラゴンの棲息地に詳しいのではないかという下心がある。
少年はあからさまに胡散臭いといった顔で私を見る。ちょっと傷ついた。
「……今度も求愛じゃないよな?」
「プロポーズなんてしないわよ! 私はまだ八歳なんだし」
前回の人生ではもう婚約していたけれど、それは棚に上げておこう。
「……キーリ」
「え?」
「俺の名前はキーリだ。遠見のキーリ。村の中で一番目がいいんだ」
「キーリ君ね。教えてくれて有難う。目がいいから私のことにも気づいていたのね」
キーリは小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「お前……カサンドルともう一人のおっさんが森にしょっちゅう入っているのなんて、村の奴ら全員知ってるよ」
「そうだったの。全然気づかなかった。さすが森の民ね」
私が感心すると、キーリは得意そうに胸を張った。
「まあな。それに、お待ちは特に目立つ」
「え? もしかして、うるさくしたり、森を荒らしている?」
出入り禁止になったら大変だ。私は真っ青になった。
「いや、違う。お前は森の動物たちに好かれているだろ? だから目立つんだ」
確かに、私が移動すると暇な動物たちがついてきたりするから、ちょっと賑やかかも。
「警戒心の強い奴らまでカサンドルに懐いているから驚いた。お前、凄いな。何でも懐いちゃうんじゃないか?」
そう言われて、思い付いた。
もしかして、前の時のあのドラゴンも私だから懐いてくれたのだろうか?
「ドラゴンも……仲良くなってくれるかしら」
キーリはギョッとして私を見た。
「カサンドルはドラゴンに興味があるのか? 素材欲しさに狩りたいっていう訳じゃないよな?」
「狩らないわ!」
そもそもドラゴン相手に戦おうなんて考えられないわ。
キーリはホッと肩の力を抜いた。
「良かったよ。カサンドルが馬鹿でなくて」
「……そんなにドラゴンは狙われやすいの?」
初めて聞いたわ、そんな恐ろしいこと。
「若い個体は。成体になったら人間じゃ勝てないからな。俺たちシルワはそんな強欲で残酷な奴らが聖域に近付かないように見張っている。お前も迂闊に森の奥に行くなよ」
シルワの民の鋭い矢が狙うぞ?
キーリは真顔で言った。
私は頷くしかなかった。
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