春告竜と二度目の私

こもろう

文字の大きさ
上 下
10 / 30
二度目の世界

シルワの少年キーリ

しおりを挟む
「……わたくしのどこを見たらコキン……ではなくて既婚者だ、誰かの嫁だと思ったの……?」

 私の目付きは相当冷ややかになっていたに違いない。
 少年はまた口を尖らせた。

「どこをって、頭に決まってんだろ。髪を結ってんのは嫁の証だ! 常識だろ!」

「はあ!? その常識って、絶対にシルワの人たちだけだわ! 私はただ、髪が枝に引っかからないようにしているだけよ!」

「ええっ!?」

 ガーン! と音が聞こえそうな顔になった少年は、また顔を真っ赤にする。
 今度は何? 忙しい子ね。

「そ、そうか……外の人間の習慣には疎いんだ。勘違いしてごめん」

 意外に素直に謝ってきた。だから私も素直に受け入れる。

「いいわ。私だって貴方がたのこと、ほとんと知らないもの。知らないうちに失礼なことをしていたらごめんなさい」

「いや! 失礼なことなんて何もないぞ!? ただ……」

 彼は言い淀むと、ますます赤くなる。
 なんだかこちらもつられて赤面してしまいそう。だから「ただ?」と先を促した。

「ただ、給餌行動は求愛行動だから……」

 彼の言ったことの意味が頭に染み込むまで、少しかかった。

 クッキーをあげる=給餌行動=求愛行動……

 理解して、今度こそ私は真っ赤になった。

「そ、そんな!? プロポーズなんかじゃないわ!! あり得ない!!」

 そもそも私は、貴族の娘が自分から男性に声を掛けることすら、はしたないと思っているのに!

「そんなに怒鳴る程否定するなよ! ちょっと傷つくだろ!」

 少年は本当に傷ついた顔をしている。
 あ、ちょっと罪悪感が……
 いえいえ、ここは誤解のないようにしなくてはいけないところだわ。
 でもしょげた少年の様子に、イタズラ心も芽生えてしまった。
 私はわざと少年の顔を覗き込む。

「え? では、少し期待したのかしら?」

 少年はぴょんと飛び上がった。

「えええ!? いや、そそそんなことはないぞ? 既婚者の求愛行動は良くないことだ!」

「だからっ、私は誰かの嫁でもなければ、貴方にプロポーズする気もありません! 私たちの世界ではお礼にお菓子を贈ることに深い意味は無いし、作ったのは私の叔父様なのよ」

「そ、そうか……」

 やれやれ。ようやく納得してくれたみたいね。やっぱり混ぜ返すのではなかったわ。
 ようやく受け取る気になってくれたらしい少年がクッキーを手に取るのを眺めながら、私はふと口を開いた。

「貴方の名前を聞いてもいいかしら? 私はカサンドル・ブットヴィル。良かったらお友達にならない?」

 さり気なさを装いつつも、私は固唾をのんで少年の反応を窺う。
 内心、心臓がバクバク言っている。
 でも、あまり同世代の子と縁がない私は、正直なところ少し寂しいのだ。それに、シルワの民ならドラゴンの棲息地に詳しいのではないかという下心がある。

 少年はあからさまに胡散臭いといった顔で私を見る。ちょっと傷ついた。

「……今度も求愛じゃないよな?」

「プロポーズなんてしないわよ! 私はまだ八歳なんだし」

 前回の人生ではもう婚約していたけれど、それは棚に上げておこう。

「……キーリ」

「え?」

「俺の名前はキーリだ。遠見のキーリ。村の中で一番目がいいんだ」

「キーリ君ね。教えてくれて有難う。目がいいから私のことにも気づいていたのね」

 キーリは小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

「お前……カサンドルともう一人のおっさんが森にしょっちゅう入っているのなんて、村の奴ら全員知ってるよ」

「そうだったの。全然気づかなかった。さすが森の民ね」

 私が感心すると、キーリは得意そうに胸を張った。

「まあな。それに、お待ちは特に目立つ」

「え? もしかして、うるさくしたり、森を荒らしている?」

 出入り禁止になったら大変だ。私は真っ青になった。

「いや、違う。お前は森の動物たちに好かれているだろ? だから目立つんだ」

 確かに、私が移動すると暇な動物たちがついてきたりするから、ちょっと賑やかかも。

「警戒心の強い奴らまでカサンドルに懐いているから驚いた。お前、凄いな。何でも懐いちゃうんじゃないか?」

 そう言われて、思い付いた。
 もしかして、前の時のあのドラゴンも私だから懐いてくれたのだろうか?

「ドラゴンも……仲良くなってくれるかしら」

 キーリはギョッとして私を見た。

「カサンドルはドラゴンに興味があるのか? 素材欲しさに狩りたいっていう訳じゃないよな?」

「狩らないわ!」

 そもそもドラゴン相手に戦おうなんて考えられないわ。
 キーリはホッと肩の力を抜いた。

「良かったよ。カサンドルが馬鹿でなくて」

「……そんなにドラゴンは狙われやすいの?」

 初めて聞いたわ、そんな恐ろしいこと。

「若い個体は。成体になったら人間じゃ勝てないからな。俺たちシルワはそんな強欲で残酷な奴らが聖域に近付かないように見張っている。お前も迂闊に森の奥に行くなよ」

 シルワの民の鋭い矢が狙うぞ?
 キーリは真顔で言った。
 私は頷くしかなかった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

旦那様は甘かった

松石 愛弓
恋愛
伯爵夫妻のフィリオとマリアは仲の良い夫婦。溺愛してくれていたはずの夫は、なぜかピンクブロンド美女と浮気?どうすればいいの?と悩むマリアに救世主が現れ?

悪役令嬢?いま忙しいので後でやります

みおな
恋愛
転生したその世界は、かつて自分がゲームクリエーターとして作成した乙女ゲームの世界だった! しかも、すべての愛を詰め込んだヒロインではなく、悪役令嬢? 私はヒロイン推しなんです。悪役令嬢?忙しいので、後にしてください。

死んで巻き戻りましたが、婚約者の王太子が追いかけて来ます。

拓海のり
恋愛
侯爵令嬢のアリゼは夜会の時に血を吐いて死んだ。しかし、朝起きると時間が巻き戻っていた。二度目は自分に冷たかった婚約者の王太子フランソワや、王太子にべったりだった侯爵令嬢ジャニーヌのいない隣国に留学したが──。 一万字ちょいの短編です。他サイトにも投稿しています。 残酷表現がありますのでR15にいたしました。タイトル変更しました。

リアンの白い雪

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
その日の朝、リアンは婚約者のフィンリーと言い合いをした。 いつもの日常の、些細な出来事。 仲直りしていつもの二人に戻れるはずだった。 だがその後、二人の関係は一変してしまう。 辺境の地の砦に立ち魔物の棲む森を見張り、魔物から人を守る兵士リアン。 記憶を失くし一人でいたところをリアンに助けられたフィンリー。 二人の未来は? ※全15話 ※本作は私の頭のストレッチ第二弾のため感想欄は開けておりません。 (全話投稿完了後、開ける予定です) ※1/29 完結しました。 感想欄を開けさせていただきます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 いただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

愛と浮気と報復と

よーこ
恋愛
婚約中の幼馴染が浮気した。 絶対に許さない。酷い目に合わせてやる。 どんな理由があったとしても関係ない。 だって、わたしは傷ついたのだから。 ※R15は必要ないだろうけど念のため。

婚約破棄でみんな幸せ!~嫌われ令嬢の円満婚約解消術~

春野こもも
恋愛
わたくしの名前はエルザ=フォーゲル、16才でございます。 6才の時に初めて顔をあわせた婚約者のレオンハルト殿下に「こんな醜女と結婚するなんて嫌だ! 僕は大きくなったら好きな人と結婚したい!」と言われてしまいました。そんな殿下に憤慨する家族と使用人。 14歳の春、学園に転入してきた男爵令嬢と2人で、人目もはばからず仲良く歩くレオンハルト殿下。再び憤慨するわたくしの愛する家族や使用人の心の安寧のために、エルザは円満な婚約解消を目指します。そのために作成したのは「婚約破棄承諾書」。殿下と男爵令嬢、お二人に愛を育んでいただくためにも、後はレオンハルト殿下の署名さえいただければみんな幸せ婚約破棄が成立します! 前編・後編の全2話です。残酷描写は保険です。 【小説家になろうデイリーランキング1位いただきました――2019/6/17】

処理中です...