おにょれ王子め!

こもろう

文字の大きさ
上 下
2 / 2

に。

しおりを挟む
「ああああ……り、リュカあああ」

 レティジアは絶望のあまり、今にも嘔吐しそうになっていた。
 よりにもよって、自分が保護している子供が王子を踏み潰すとは。レティジアは、怒れる王子の側近による公爵家の終焉を幻視した。

 しかし。
 護衛たちの手を借りずにムクリと頭を上げたフリードは、怒るどころか目を丸くしてレティジアを見つめていた。
 リュカはフリードの頭の上から転がり落ち、とっさにレティジアは素晴らしい身のこなしで小さな体を受け止める。

「あ……」

 レティジアが顔を上げると、フリードとばっちり目が合った。

「申し訳ございませんんん!!!」

 フリードが口を開く前に、レティジアはその場にスライディング土下座した。
 この場で斬り捨てられてもおかしくない状況だから、必死である。

「この者は、我が公爵家が保護している聖獣の星狼です。まだ人間の習慣に慣れず、このような真似をいたしましたが、決して王家に楯突くものではございません! そして全ては私、レティジアの責任でございます。罰するのでしたらこの何もわからぬ幼児ではなく、この私だけに……!」

「お嬢ちゃまっ、こんな奴に頭なん――ムギュ!」

 リュカの口を手で塞ぎ、自分はひたすら平伏する。自分はともかく、リュカだけは助けたいという一心だった。

 ガクガク震えながら額を床に打ち付けていると、膝をついたフリードがそれを止めさせた。
 フリードは間近でレティジアを見つめながら、彼女の赤くなった額をそっと撫でる。優しく、というより恐る恐る。まるでレティジアが繊細なガラス細工で出来ているかのように。

「殿下……?」

「その幼児が……リュカ、なのか……?」

 どこか呆然としながら、フリードが言う。

 そういえば、星狼の子供を保護したことを報告していなかった。レティジアは思い出して青ざめた。

「も、もも、申し訳ございません! 聖獣保護の報告は義務ではないとは思いますが、仮にも殿下の婚約者ならば王家に伝えておくべきでした!」

 再び土下座しようとして、フリードの手に阻まれる。

「いや、そんなことはいいのだ……。そうか、聖獣、星狼か。ははは……」

 王子は笑っていた。力が抜けた、でも本当に嬉しそうな笑い声だった。
 ふと真顔になって、フリードはレティジアの瞳を見つめた。夏空のような青い王子の瞳。さっきまでは曇天のような色があったが、今は快晴の色だ。

 久しぶりに、そんな彼の顔を見た。レティジアは思わず見とれた。

「殿下……」

「フリード、と呼んでくれ」

 フリードは柔らかく微笑んで、レティジアの手を取ろうとした。
 しかしその手は、ペチリと叩き落される。
 もちろん犯人はリュカだ。

「ヒイイイイっ、り、リュカあああ」

 度重なる不敬に、レティジアは気絶寸前だ。
 ケモミミ男児は絶好調である。

「バカバカ王子はお嬢ちゃまに触っちゃダメなにょだ! お嬢ちゃまはこのリュカが守る!!」

 フリードは「バカバカ王子……」と束の間固まっていたが、リュカの『守る』発言で元に戻った。

「もももも申し訳ございませんっ……」

「いや、いい」

 再度土下座をしようとしたレティジアを止め、フリードは苦笑した。

「本当にそうだ。バカバカだよ俺は」

 レティジアの手を優しく両手で包み込み、祈るようにその指先に口付ける。
 そしてフリードは、侍女たちが整え直した椅子にレティジアを座らせる。

「殿下……いえ、フリード様……?」

 以前のフリードに戻ったことに、レティジアは目を瞬かせた。
 「触るなと言っているー!」と騒ぐ男児は、抱き上げて繰り返し頭を撫で、頬をくすぐり、背中をそっとポンポンして宥める。
 その慣れた手付きに、フリードは微笑んだ。

「申し訳ないのは俺の方だ。君が浮気するような女性でないことは俺が知っているはずなのに、そこのチビに嫉妬していた」

「フリード様……?」

「リュカ、というのだな」

「はい」

 穏やかなフリードの声に、レティジアも自然と頷いた。
 リュカはしばらくもぞもぞしていたが、頭を撫でられる心地よさに耳をピクピクさせてうっとりとなって、やがてレティジアの胸に顔を埋めるようにしてウトウトしだす。

「羨ましい……」

 ボソリとフリードが呟く。
 はい? とレティジアは我が耳を疑った。

「殿下、いえフリード様は、もう私に振り向いてくださらないかと思いました……」

「すまなかった。あれは確か2ヶ月くらい前か。レティジアが教室でリュカを愛していると友人に話しているのを聞いてしまって、そのリュカという男は誰だ? 愛しているというのはどういう意味だ? と疑心暗鬼になってね。レティジアの態度は変わらないから余計に邪推してしまった。……ずっと態度が悪くて本当にすまない」

「いえ! 私が悪いのです。もっとフリード様に寄り添い、御心をお聞きするべきでした。それに、リュカのこともお伝えせず、申し訳ございませんでした」

 レティジアの伏せた目から、ホロリと涙の雫がこぼれ落ちる。
 そうだ。ビクビクしている暇があったら、こうして話し合うべきだった。怯えるだけではダメだ。フリードを愛しているならば。

「私は、フリード様を、フリード様だけを愛しております」

 愛しい青空色の瞳を真正面から見つめ、レティジアははっきりと言う。
 フリードは晴れやかに破顔した。

「俺もだ。こんな俺を見捨てないでくれて有難う。愛しているよ、レティジア。今までも、これからもずっと」

 それから二人は、見つめ合いながら体を寄せていく。
 フリードはレティジアの胸元に視線を落とし、いたずらっぽく微笑みなごら唇の前で人差し指を立てる。レティジアも頬を染めながら頷いた。
 些細なすれ違いで拗れていた恋人たち。彼らがそっと二人の唇が重ねるのは、その直後。




「おにょれ王子めえええ!!!」



しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

saku_o
2020.10.22 saku_o

とても素敵なお話をありがとうございます!
おにょれ王子めぇぇぇ!って!可愛すぎますね。
ほっこりさせて頂きました。
ありがとうございます😊

こもろう
2020.10.22 こもろう

感想有難うございます\(๑╹◡╹๑)ノ♬
ほっこりいただけて嬉しいです(*´ω`*)

解除

あなたにおすすめの小説

攻略対象の王子様は放置されました

白生荼汰
恋愛
……前回と違う。 お茶会で公爵令嬢の不在に、前回と前世を思い出した王子様。 今回の公爵令嬢は、どうも婚約を避けたい様子だ。 小説家になろうにも投稿してます。

【完結】初夜の晩からすれ違う夫婦は、ある雨の晩に心を交わす

春風由実
恋愛
公爵令嬢のリーナは、半年前に侯爵であるアーネストの元に嫁いできた。 所謂、政略結婚で、結婚式の後の義務的な初夜を終えてからは、二人は同じ邸内にありながらも顔も合わせない日々を過ごしていたのだが── ある雨の晩に、それが一変する。 ※六話で完結します。一万字に足りない短いお話。ざまぁとかありません。ただただ愛し合う夫婦の話となります。 ※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中です。

夜会の夜の赤い夢

豆狸
恋愛
……どうして? どうしてフリオ様はそこまで私を疎んでいるの? バスキス伯爵家の財産以外、私にはなにひとつ価値がないというの? 涙を堪えて立ち去ろうとした私の体は、だれかにぶつかって止まった。そこには、燃える炎のような赤い髪の──

姉の身代わりで冷酷な若公爵様に嫁ぐことになりましたが、初夜にも来ない彼なのに「このままでは妻に嫌われる……」と私に語りかけてきます。

恋愛
姉の身代わりとして冷酷な獣と蔑称される公爵に嫁いだラシェル。 初夜には顔を出さず、干渉は必要ないと公爵に言われてしまうが、ある晩の日「姿を変えた」ラシェルはばったり酔った彼に遭遇する。 「このままでは、妻に嫌われる……」 本人、目の前にいますけど!?

私の婚約者は失恋の痛手を抱えています。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
幼馴染の少女に失恋したばかりのケインと「学園卒業まで婚約していることは秘密にする」という条件で婚約したリンジー。当初は互いに恋愛感情はなかったが、一年の交際を経て二人の距離は縮まりつつあった。 予定より早いけど婚約を公表しようと言い出したケインに、失恋の傷はすっかり癒えたのだと嬉しくなったリンジーだったが、その矢先、彼の初恋の相手である幼馴染ミーナがケインの前に現れる。

醜さを理由に毒を盛られたけど、何だか綺麗になってない?

京月
恋愛
エリーナは生まれつき体に無数の痣があった。 顔にまで広がった痣のせいで周囲から醜いと蔑まれる日々。 貴族令嬢のため婚約をしたが、婚約者から笑顔を向けられたことなど一度もなかった。 「君はあまりにも醜い。僕の幸せのために死んでくれ」 毒を盛られ、体中に走る激痛。 痛みが引いた後起きてみると…。 「あれ?私綺麗になってない?」 ※前編、中編、後編の3話完結  作成済み。

最悪なお見合いと、執念の再会

当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。 しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。 それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。 相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。 最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。

【完結・7話】召喚命令があったので、ちょっと出て失踪しました。妹に命令される人生は終わり。

BBやっこ
恋愛
タブロッセ伯爵家でユイスティーナは、奥様とお嬢様の言いなり。その通り。姉でありながら母は使用人の仕事をしていたために、「言うことを聞くように」と幼い私に約束させました。 しかしそれは、伯爵家が傾く前のこと。格式も高く矜持もあった家が、機能しなくなっていく様をみていた古参組の使用人は嘆いています。そんな使用人達に教育された私は、別の屋敷で過ごし働いていましたが15歳になりました。そろそろ伯爵家を出ますね。 その矢先に、残念な妹が伯爵様の指示で訪れました。どうしたのでしょうねえ。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。