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「ああああ……り、リュカあああ」
レティジアは絶望のあまり、今にも嘔吐しそうになっていた。
よりにもよって、自分が保護している子供が王子を踏み潰すとは。レティジアは、怒れる王子の側近による公爵家の終焉を幻視した。
しかし。
護衛たちの手を借りずにムクリと頭を上げたフリードは、怒るどころか目を丸くしてレティジアを見つめていた。
リュカはフリードの頭の上から転がり落ち、とっさにレティジアは素晴らしい身のこなしで小さな体を受け止める。
「あ……」
レティジアが顔を上げると、フリードとばっちり目が合った。
「申し訳ございませんんん!!!」
フリードが口を開く前に、レティジアはその場にスライディング土下座した。
この場で斬り捨てられてもおかしくない状況だから、必死である。
「この者は、我が公爵家が保護している聖獣の星狼です。まだ人間の習慣に慣れず、このような真似をいたしましたが、決して王家に楯突くものではございません! そして全ては私、レティジアの責任でございます。罰するのでしたらこの何もわからぬ幼児ではなく、この私だけに……!」
「お嬢ちゃまっ、こんな奴に頭なん――ムギュ!」
リュカの口を手で塞ぎ、自分はひたすら平伏する。自分はともかく、リュカだけは助けたいという一心だった。
ガクガク震えながら額を床に打ち付けていると、膝をついたフリードがそれを止めさせた。
フリードは間近でレティジアを見つめながら、彼女の赤くなった額をそっと撫でる。優しく、というより恐る恐る。まるでレティジアが繊細なガラス細工で出来ているかのように。
「殿下……?」
「その幼児が……リュカ、なのか……?」
どこか呆然としながら、フリードが言う。
そういえば、星狼の子供を保護したことを報告していなかった。レティジアは思い出して青ざめた。
「も、もも、申し訳ございません! 聖獣保護の報告は義務ではないとは思いますが、仮にも殿下の婚約者ならば王家に伝えておくべきでした!」
再び土下座しようとして、フリードの手に阻まれる。
「いや、そんなことはいいのだ……。そうか、聖獣、星狼か。ははは……」
王子は笑っていた。力が抜けた、でも本当に嬉しそうな笑い声だった。
ふと真顔になって、フリードはレティジアの瞳を見つめた。夏空のような青い王子の瞳。さっきまでは曇天のような色があったが、今は快晴の色だ。
久しぶりに、そんな彼の顔を見た。レティジアは思わず見とれた。
「殿下……」
「フリード、と呼んでくれ」
フリードは柔らかく微笑んで、レティジアの手を取ろうとした。
しかしその手は、ペチリと叩き落される。
もちろん犯人はリュカだ。
「ヒイイイイっ、り、リュカあああ」
度重なる不敬に、レティジアは気絶寸前だ。
ケモミミ男児は絶好調である。
「バカバカ王子はお嬢ちゃまに触っちゃダメなにょだ! お嬢ちゃまはこのリュカが守る!!」
フリードは「バカバカ王子……」と束の間固まっていたが、リュカの『守る』発言で元に戻った。
「もももも申し訳ございませんっ……」
「いや、いい」
再度土下座をしようとしたレティジアを止め、フリードは苦笑した。
「本当にそうだ。バカバカだよ俺は」
レティジアの手を優しく両手で包み込み、祈るようにその指先に口付ける。
そしてフリードは、侍女たちが整え直した椅子にレティジアを座らせる。
「殿下……いえ、フリード様……?」
以前のフリードに戻ったことに、レティジアは目を瞬かせた。
「触るなと言っているー!」と騒ぐ男児は、抱き上げて繰り返し頭を撫で、頬をくすぐり、背中をそっとポンポンして宥める。
その慣れた手付きに、フリードは微笑んだ。
「申し訳ないのは俺の方だ。君が浮気するような女性でないことは俺が知っているはずなのに、そこのチビに嫉妬していた」
「フリード様……?」
「リュカ、というのだな」
「はい」
穏やかなフリードの声に、レティジアも自然と頷いた。
リュカはしばらくもぞもぞしていたが、頭を撫でられる心地よさに耳をピクピクさせてうっとりとなって、やがてレティジアの胸に顔を埋めるようにしてウトウトしだす。
「羨ましい……」
ボソリとフリードが呟く。
はい? とレティジアは我が耳を疑った。
「殿下、いえフリード様は、もう私に振り向いてくださらないかと思いました……」
「すまなかった。あれは確か2ヶ月くらい前か。レティジアが教室でリュカを愛していると友人に話しているのを聞いてしまって、そのリュカという男は誰だ? 愛しているというのはどういう意味だ? と疑心暗鬼になってね。レティジアの態度は変わらないから余計に邪推してしまった。……ずっと態度が悪くて本当にすまない」
「いえ! 私が悪いのです。もっとフリード様に寄り添い、御心をお聞きするべきでした。それに、リュカのこともお伝えせず、申し訳ございませんでした」
レティジアの伏せた目から、ホロリと涙の雫がこぼれ落ちる。
そうだ。ビクビクしている暇があったら、こうして話し合うべきだった。怯えるだけではダメだ。フリードを愛しているならば。
「私は、フリード様を、フリード様だけを愛しております」
愛しい青空色の瞳を真正面から見つめ、レティジアははっきりと言う。
フリードは晴れやかに破顔した。
「俺もだ。こんな俺を見捨てないでくれて有難う。愛しているよ、レティジア。今までも、これからもずっと」
それから二人は、見つめ合いながら体を寄せていく。
フリードはレティジアの胸元に視線を落とし、いたずらっぽく微笑みなごら唇の前で人差し指を立てる。レティジアも頬を染めながら頷いた。
些細なすれ違いで拗れていた恋人たち。彼らがそっと二人の唇が重ねるのは、その直後。
「おにょれ王子めえええ!!!」
レティジアは絶望のあまり、今にも嘔吐しそうになっていた。
よりにもよって、自分が保護している子供が王子を踏み潰すとは。レティジアは、怒れる王子の側近による公爵家の終焉を幻視した。
しかし。
護衛たちの手を借りずにムクリと頭を上げたフリードは、怒るどころか目を丸くしてレティジアを見つめていた。
リュカはフリードの頭の上から転がり落ち、とっさにレティジアは素晴らしい身のこなしで小さな体を受け止める。
「あ……」
レティジアが顔を上げると、フリードとばっちり目が合った。
「申し訳ございませんんん!!!」
フリードが口を開く前に、レティジアはその場にスライディング土下座した。
この場で斬り捨てられてもおかしくない状況だから、必死である。
「この者は、我が公爵家が保護している聖獣の星狼です。まだ人間の習慣に慣れず、このような真似をいたしましたが、決して王家に楯突くものではございません! そして全ては私、レティジアの責任でございます。罰するのでしたらこの何もわからぬ幼児ではなく、この私だけに……!」
「お嬢ちゃまっ、こんな奴に頭なん――ムギュ!」
リュカの口を手で塞ぎ、自分はひたすら平伏する。自分はともかく、リュカだけは助けたいという一心だった。
ガクガク震えながら額を床に打ち付けていると、膝をついたフリードがそれを止めさせた。
フリードは間近でレティジアを見つめながら、彼女の赤くなった額をそっと撫でる。優しく、というより恐る恐る。まるでレティジアが繊細なガラス細工で出来ているかのように。
「殿下……?」
「その幼児が……リュカ、なのか……?」
どこか呆然としながら、フリードが言う。
そういえば、星狼の子供を保護したことを報告していなかった。レティジアは思い出して青ざめた。
「も、もも、申し訳ございません! 聖獣保護の報告は義務ではないとは思いますが、仮にも殿下の婚約者ならば王家に伝えておくべきでした!」
再び土下座しようとして、フリードの手に阻まれる。
「いや、そんなことはいいのだ……。そうか、聖獣、星狼か。ははは……」
王子は笑っていた。力が抜けた、でも本当に嬉しそうな笑い声だった。
ふと真顔になって、フリードはレティジアの瞳を見つめた。夏空のような青い王子の瞳。さっきまでは曇天のような色があったが、今は快晴の色だ。
久しぶりに、そんな彼の顔を見た。レティジアは思わず見とれた。
「殿下……」
「フリード、と呼んでくれ」
フリードは柔らかく微笑んで、レティジアの手を取ろうとした。
しかしその手は、ペチリと叩き落される。
もちろん犯人はリュカだ。
「ヒイイイイっ、り、リュカあああ」
度重なる不敬に、レティジアは気絶寸前だ。
ケモミミ男児は絶好調である。
「バカバカ王子はお嬢ちゃまに触っちゃダメなにょだ! お嬢ちゃまはこのリュカが守る!!」
フリードは「バカバカ王子……」と束の間固まっていたが、リュカの『守る』発言で元に戻った。
「もももも申し訳ございませんっ……」
「いや、いい」
再度土下座をしようとしたレティジアを止め、フリードは苦笑した。
「本当にそうだ。バカバカだよ俺は」
レティジアの手を優しく両手で包み込み、祈るようにその指先に口付ける。
そしてフリードは、侍女たちが整え直した椅子にレティジアを座らせる。
「殿下……いえ、フリード様……?」
以前のフリードに戻ったことに、レティジアは目を瞬かせた。
「触るなと言っているー!」と騒ぐ男児は、抱き上げて繰り返し頭を撫で、頬をくすぐり、背中をそっとポンポンして宥める。
その慣れた手付きに、フリードは微笑んだ。
「申し訳ないのは俺の方だ。君が浮気するような女性でないことは俺が知っているはずなのに、そこのチビに嫉妬していた」
「フリード様……?」
「リュカ、というのだな」
「はい」
穏やかなフリードの声に、レティジアも自然と頷いた。
リュカはしばらくもぞもぞしていたが、頭を撫でられる心地よさに耳をピクピクさせてうっとりとなって、やがてレティジアの胸に顔を埋めるようにしてウトウトしだす。
「羨ましい……」
ボソリとフリードが呟く。
はい? とレティジアは我が耳を疑った。
「殿下、いえフリード様は、もう私に振り向いてくださらないかと思いました……」
「すまなかった。あれは確か2ヶ月くらい前か。レティジアが教室でリュカを愛していると友人に話しているのを聞いてしまって、そのリュカという男は誰だ? 愛しているというのはどういう意味だ? と疑心暗鬼になってね。レティジアの態度は変わらないから余計に邪推してしまった。……ずっと態度が悪くて本当にすまない」
「いえ! 私が悪いのです。もっとフリード様に寄り添い、御心をお聞きするべきでした。それに、リュカのこともお伝えせず、申し訳ございませんでした」
レティジアの伏せた目から、ホロリと涙の雫がこぼれ落ちる。
そうだ。ビクビクしている暇があったら、こうして話し合うべきだった。怯えるだけではダメだ。フリードを愛しているならば。
「私は、フリード様を、フリード様だけを愛しております」
愛しい青空色の瞳を真正面から見つめ、レティジアははっきりと言う。
フリードは晴れやかに破顔した。
「俺もだ。こんな俺を見捨てないでくれて有難う。愛しているよ、レティジア。今までも、これからもずっと」
それから二人は、見つめ合いながら体を寄せていく。
フリードはレティジアの胸元に視線を落とし、いたずらっぽく微笑みなごら唇の前で人差し指を立てる。レティジアも頬を染めながら頷いた。
些細なすれ違いで拗れていた恋人たち。彼らがそっと二人の唇が重ねるのは、その直後。
「おにょれ王子めえええ!!!」
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