Quirky!

リヒト

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どれくらい経ったのか。


目を開けると、辺りは薄暗くなり始めていた。


——— 死んだ。


かと思った。


左隣には、こちらに背を向けて眠っている蓮珠。

剥き出しの肩に毛布を掛けてやりながら、思う。


結局無理させちゃったな。

もう止めて、って言ってたのに。

おまえには悪いけど俺、あれで自分の性癖に確信持ったわ。


むくりと起き上がり、狭いベッドの端に腰掛けて一人、行為の後始末をする。


抜けてなくて良かった。うん、漏れてもいないな。

血も出なかったみたいだし…… ものすごくヨかった……。


薄いラテックス製の風船の中の白濁した命のタネを眺め、慣れない手つきでゴムの端を結ぶ。


…… 2回分。

にしても多いな。空気抜くまでも無い。

つーかこれ、本当に燃えるゴミでいいのか?

生ゴミの水分率を遥かに上回ってると思うけど。

中身、分別するべきなんじゃないかな。


なんてどうでもいいことを考えていると、眠っているとばかり思っていた蓮珠が背後でモゾモゾと寝返りを打つ気配。

微かな吐息と共に、背中にぽつり。


「…… アキくんとは、無いと思ってたな」


「…………。」


え。

おまえ、今更そういうこと言う?

あんまりヨくなかったのか。

俺、そんな下手クソだった?

俺の方はもう死ぬかと…… ヨ過ぎてマジで腹上死するかと思ったのに。


「んー、っていうか、私のこと、そういう対象として見てると思わなかった、という方が正しいか」


ふうん。そうか。

それは良かった。安心した。

…… 俺がおまえに対してどんなにいやらしい妄想を膨らませていたか、バレていなかったということだからな。


「…… まぁ…… 最初はな」


初めて口をきいたときのことを思い出す。

長靴に虫捕り網という出立ちでいきなり俺の鼻先に虫を突き付けてきた蓮珠。

正直ビビったし、面食らったことは認める。

けど、女の子に真正面からあんな近くに寄られたことは初めてで、それで驚いたところもあったんだ、今思えば。

俺はドキッとしたのに、こいつは全然俺のことを男って意識してないんだな、と思ったら、気になって…… 気になり始めたら、止まらなかった。

あの時既におまえに惹かれ始めてたのかもな、俺。


「あんなに周りでアピールしてるコ居るのに、全然見向きもしないし。

男の子同士、イチャイチャしてばっかりで。

ゲイ説まで流れてたんだよ」


「…… マジか」


「マジだ」


布団の上に置いたゴムの箱。


ゲイなぁ。

俺はやっぱりそっちではないな。


修二さんになら抱かれてもいいとか一瞬思ったけど、“抱かれる”ってことの意味を知らなかったからだ。

意味を知った今。

あんなデカい人、アレも相当デカいだろうから…… なんて、我が身に受け入れることをリアルに想像してしまうと恐ろしい。

アレを相手にする女って、ちょっと気の毒…… いや、尊敬するわ。

あいつ、多分蓮珠より小さいけど、修二さんで大丈夫なんだろうか…… チワワがグレートデンの相手をするようなものじゃないかと心配になる。


リョウヤさんはどっちもイケるみたいだけど、あの人、男とする時の立ち位置はどっちなんだろ。

男同士でどっちも攻めたいタイプだった場合、文字通り『雌雄を決する争い』ってことになるんじゃないだろうか。

なんてどうでもいいが、いずれ俺には男を相手にするのは無理だ。

それにもう俺は、男とか女じゃなく、相対的にじゃなく絶対的に…… 蓮珠がいいな。


完全に愚者の思考だとは思うが、これが賢者タイムというやつなのだろうか。

落ち着いてはいるものの脈絡のあるような無いような思考が妙な方向に伸びて絡まり合っている。


とも知らず、ふふっ、と蓮珠が笑う。


「…… 女の子全般が苦手なんだな、っていうのは見てて分かってたよ。

クラスでは全然喋らないから、人見知りで口下手なだけなのかなー、って思ってたけど、話してみたら結構喋るし。

用があるとは思えないのにわざわざ部室に来るなんて、まさかとは思うけど、私に興味ある?って、家に誘ったら付いて来るし。

でも全然下心とか無さそうだったし、軽く誘導してみたら好きな人の話とか始めちゃうし…… 相手、男の人も含まれてるし。

じゃあ、なんで私なんかに構うのか。

あ、そっか、私女として見られてないんだな、全然意識してないからこんな近付いてくるんだな、って」


「おまえだって俺のこと、全然意識して無かったろ」


「…… いーや?」


釈然としない俺の横顔を見て、蓮珠が布団を身体の前で抱っこしながらぶふっと吹き出す。


「捨て鉢。ヤケクソだったのー!」


アハハハハ!

って、何故笑う?


「こんなチャンスもう二度と無いだろうから、からかってやろう!と思って。

結構有名なんだよ?アキくんの虫嫌い」


何のチャンスだと?

全く笑えない。

俺にとっては一匹vs一人の真剣勝負なんだぞ。


「それでおまえ、ヒトにカメムシを」


「カメムシじゃないでしょ、アメンボだよ!」


「どっちにしろ虫だろうが」


コノヤロ~っ!と襲い掛かると、んにゃーっ⁈って布団を盾にして逃げながら笑い転げる蓮珠。


クッソおまえ、ヒトの不幸でそんな笑ってると…… また虐めちゃうからな⁉︎


布団ごと脚で挟んで腕の中に囲い込み、ぽよぽよした頬っぺたを両手でむぎゅっと挟んで変顔にして遊びながらも、ぷるんと赤い唇に目が行く。

信じられない程柔らかい唇や舌先の感触を思い出すと、全身で交わる感覚が思い出され、股間がきゅんとする。


…… もう一回、したい。


そんな俺の下心に気付いてか気づかずしてか、蓮珠の表情がちょっとだけ曇る。


「…… どっちにしろ覚えてなかったよね。

アメンボ嗅いだら思い出すかなぁ、って思ったのに」


「………?」


頬を挟まれた変顔のままで、キョトンとしている俺を見つめる蓮珠。


「…… マサノブくんとは、もうずっと会ってないの?」


こいつの口から急に他の男の名前が出た理由が分からない。

マサノブ…… ?は、俺の従兄の名前だ。

あいつとおまえが全然結び付かないんだが…… なんで知ってる?


再び布団に潜り込み、素肌が触れ合うのを意識してドキッとしてしまいながらも、蓮珠の言葉に耳を傾ける。


「私もショウくん達とは何年も会ってないけどね。

あれからずっとあっちには行ってないから」


は?

やたらと田舎に興味を持ってる風だったのは、生き物の話を聞きたいからなのかと思っていたが……?


「私はすぐに分かったよ。

クラス別だったけど、入学式で“チバアキヒト”って名前が読み上げられるのが聞こえたとき、あっ⁈て。

気になって探したら…… まあ探すまでもなかったんだけど、本当にあのまんまサイズだけ大きくなってて笑っちゃった」


え、そんな…… おまえ、まさか……?


「アキくんが帰っちゃう日、お気に入りのワンピ着て見送りに行ったら、『なんだそれ。女みたいだな』って。

私、結構傷付いたんだよ?あれ」


「え」


枕の上でいたずらっぽく微笑む蓮珠の顔が、記憶の中のあいつと重なる。


…… 完っ全に、男だと思ってた。

から、変だと思ったのをそのまま口にしたんだな。

つーか、ワンピ?ってスカートだよな?

それ見ても気付かないって、俺、何者⁈

名前知ってたらさすがに女だって分かったと思うが、照れ臭くて改めて聞くこともしなかったから、知らないままだった。

こいつ可愛い顔してるな、とは思ってた記憶があるけど、ハッキリとは覚えていなかったし…… でもまさか女の子だったとは……。


「…… え?…… おまえ、ほんとに、あの……?」


あの頃は、耳を出した短い髪で真っ黒に日焼けして、ニカッ!って笑うと歯だけが真っ白に光ってた。

小さくて痩せっぽっちで身軽で、木登りが得意で…… ヒョイヒョイ小川を飛び越えたり、融雪溝に渡された鉄格子の網の上を走って渡ったり。

とにかくすばしっこくて、後から追いかけるのがやっとだった。

俺より野球上手くて…… いや、正確に言うとあれは手打ちじゃないだけの三角ベースだったな。

投げるのは俺の方が上手かったけど、小っこいのにバカスカ打って、足速いから塁を回るのもボールに追い付いて捕るのも上手くて…… 太陽の下で泥んこになって走り回ってる姿が、とても似合っていた。


「だっておまえ…… 自分のこと“ぼく”って」


「そうだったねー」


横になろうとする俺の首の下に腕を入れてきて腕枕みたいにし、ふふふ、と笑う蓮珠。


「私、あの場所では自分のこと“ぼく”って呼んでた。

マサノブくんもアキくんもショウくんもゼンくんも“オレ”とか“ボク”って言ってたから、1人だけ女の子なのが嫌で、男の子になりたかった…… みんなと仲間になりたかったんだな。

あの頃私、色々とフラストレーションが溜まってたから、普段の私を知らない人達の中で、自分じゃない人間になりたかったのかも」


俺の知らない色んなことを知ってて、色んなことを考えてて、親が離婚とか辛い筈なのに“自分は自分だ”っ笑ってて…… すげぇヤツだな、って思ってた。

そこは今も変わらないか。

おまえ、ほんとにすげぇヤツに育ったな…… 色んな意味で。


「ちょっと思い出した?」


「んー…… 」


一気に色々思い出して、ちょっと混乱気味だ。

あの頃の俺の気持ちも……。


俺だって、最初から女の子が苦手だった訳じゃない。

理由は数々思い当たるが、多分一番の原因は……あれか?


小6だった当時、周りで『告白ごっこ』みたいなのが流行っていた。

とある女子から『好き。付き合って』って告白された俺は、“付き合う”ってどういうことか分からないし、普段傲慢なその女子が突然クネクネし出して『付き合ってくれたらキスしてあげる。もっとエッチなことしてあげてもいいよ』なんて言うから、気持ちが悪いので当然のごとく断った。

思ったことをそのまま断る理由として口に出したんだが、それがいかほどお気に召さなかったのか恨まれ、口の上手い女子連中の間で巧みに歪曲された話が広まり、いつの間にか俺がその女子を虐めたことになっていた。

女って、狡い。汚い。卑怯だ。信じられない。

自分の思うようにならないからといって、仮にも一度は“好き”だって告白した相手を裏切って集団で陥れて…… 悪者に仕立てるなんて。

お陰で俺は先生から呼び出されて、正直に話した(もちろん相手が圧倒的不利になるキスうんたらの件は公正では無いと判断して伏せた上でだ)というのに『相手を思い遣る気持ちが足りない』とか散々説教され、親父まで呼び出されて恥をかかせてしまった。

先生から呼び出しなんか受けたのは、後にも先にもあの時だけだ…… 自分で言うのも何だが、学業優秀、スポーツ万能で、品行方正に努めていたからな。 

融通が効かないにしても、俺は何も悪いことはしていない。

むしろ正々堂々と戦って勝利したんだぞ、興味だけで性的なことをしてみたいという頭の足りない女子と…… 好きでもないのにちょっとだけ“キスよりエッチなこと”に興味を持ってしまった自分自身に。

訳の分からない要求には応えられないと断っただけなのに、じゃあ好きでもないのに付き合えって言うのか?先生も結局女だからな、多少理不尽でも男の先生ならあんな風には、なんて、あれが決め手になって女性全般に対しての不信を募らせていったんだ。


中学に入ってからも何度か“告白”なるものを受けたが、俺の顔がどうとか背がどうとか中身の無い話しかしないヤツは相手にする価値も無しとぶった斬ってきた。


恋愛、恋愛って、何なんだ。

誰も彼もが浮かれ騒いでるが、誠にくだらない。

誰が誰を好きだとか嫌いだとか、取った取られた告白った付き合った振られた寄り戻したって、そんな暇があるなら今の俺達には他にやるべきことがいっぱいあるだろ。

もっと実になることにその熱を傾けろよ。バカ共が。

キスだのセックスだの、あいつらみたいに低俗なことに身を堕としたら負けだ。

俺はおまえらなんかにバカにされたとしても、痛くも痒くもない。

独りでも高みを目指すぞ、“今”を疎かにして後悔に泣くのはおまえらだ。


そんな風に『自分だけはあいつらとは違うんだ』と、独善的な思考に凝り固まっていた…… 恋愛感情とは何かも知らずに。エッチなことには興味津々のクセに、自分の性的な欲求には目を背けて。


俺の中で、女=信用出来ない、恋愛=くだらない、の図式は変えたくなかったから、面白くて尊敬も信頼も出来るこいつのことは、男だ、友達だと思い込もうとしていたのかも知れない。

なんなら“スカートなんか穿いていてもこいつはこいつであることに変わりない、そんなヤツだって居るさ、こいつは特にも個性的だからな”くらいに思っていたかも。


それが今はどうだ。

あのときのあいつが——蓮珠が女の子だったと知って、心から良かったと思っている。

手のひら返しもいいとこだよな。情け無い。

けど、この情け無さが心地良くもある。

こいつには素直に“負け”を認められたからか。


「私、そんなに変わったかなぁ?」


「…… 変わり過ぎだろ」


いや、変わっていないと言えば変わっていないんだが、何て言ったらいいのか……。

今俺の目の前に居るこいつは、完璧に『女』のカタチをしている。

サラツヤの黒髪、キラキラと輝く黒い瞳、ツンとした鼻、ぷるんとした赤い唇。

肌なんか真っ白ですべすべモチモチしてて、お尻もこんなに丸くて柔らかで、こんなに綺麗なおっぱいがある。

その上、小粒でも中身は詰まってる。

群れない、媚びない、靡かない。

唯一無二の存在感。


負けも負け、完敗だ。

俺、おまえにはもうどう足掻いても勝てる気がしないよ。


小さいと言いつつ横になっているとしっかり谷間の出来る胸元にチラチラ目を遣りながら、俺の首に回された二の腕に頬や唇で触れ、甘い香りとマシュマロみたいな感触を愉しむ。

同じ人物である筈なのに、何だこの変わり様は。まだ信じられない。

つーか同じ人類であるというのに、男と女というだけで成長のベクトルがここまで違うものなのか……。


「こんなに変わってたら分からなくて当たり前だ」


「アキくんは、…… 本当に全然変わってないんだね」


俺を透して過去を見るかのように、懐かしそうに目を細める蓮珠。


…… あの頃の俺ってどんなヤツだった?

そんなに変わっていないのかな。

うーん。…… 確かに。何も変わっていないな。

変わらな過ぎて、情け無いくらい。


成長出来ている実感には乏しいが、あの頃からずっと抱え続けていた鬱屈した寂寥感みたいなものはいつの間にか解消されて、やっと手足の先まで等身大の“自分”に成れた気がしてる。

やるだけやったという自負が、自己肯定感と余裕を生んでいるのか?

無理せず力まず我慢せず本能に身を任せることがキモチイイことを覚えたからだろうか。

力加減を覚えたのは、少しはオトナになれたということなんだろうな。


「ふふ。こんなに大っきくなっちゃって」


蓮珠が俺の頭を抱いて頬を寄せ、いい子いい子するみたいに撫でる。

癒される……と同時に、瞬時に理性がグズグズに溶解して本能が滾り、欲望が鎌首を擡げる。


ハァ…… ヤバ。

この匂い。

このおっぱい。

滑らかで吸い付くような肌。

…… 堪らない。


「え…… また大っきくなってる?」


「ん」


短時間で見事に復活した俺自身が腿に当たっていることに気付いた蓮珠、ちょっとビビっている。


「と、特殊なシュミだよね、私なんかで欲情するとか。

…… うん、大分変わってると思う」


「そんなことはない」


だっておまえ、自分を見てみろよ。

こんなに綺麗で、こんなに触り心地良くて、こんなに……気持ちいいんだぞ。


俺を抱いている小さな身体に腕を回し、スベスベもちもちの太腿の間に脚を割り込ませる。

柔らかいお尻を撫で回しながら、既にガチガチになっているモノを蓮珠の入り口に押し当てて欲求をアピール。


「んんっ⁈ …… っもうっ!

アキくんがこんなにエッチになってると思わなかった!」


エッチになったのはおまえの身体だろ。

俺がこんなになるの、おまえのせいなんだからな。


「悪いか、エッチで」


「わ、悪くはない…… けど待って、一回シャワー浴びたい……」


待てない。

シャワーなんか浴びたら、せっかくのこの…… 何とも言えず唆るおまえの身体の匂いが消えちゃうだろ。


柔らかい膨らみの間に顔を埋めてその感触を頬で堪能しながら、手のひらでも確かめて、ツンと勃ち上がっている赤い先っぽに吸い付く。

何故かって?

そこにおっぱいがあるからだ。


「んっ…… 待ってってばぁっ!

あ…… アキく…… んぅんっ……!」


背中から回した両手で肩を掴んで押さえ付け、身体を密着させて、ゆっくりと侵入していく。


「あっ⁉︎…… ぃ…… んんっ、んぅう…… あぁっ…… ‼︎」


仰け反る細い身体。

逃がれられないようがっちりと抱き竦めて、身体を密着させながら挿入っていく俺をきゅんきゅん締め付けてくる。


そんなに気持ちいいのか。

俺も気持ちいい。全身の感覚が蓮珠で満たされている。

視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚全てが気持ちいいことなんて、他にあるだろうか。

おまえが気持ち良さそうにするの、最高に嬉しいし興奮するし気持ちいい。


ずっとこうしていられたら———




好きだった。

大好きで、大事な友達だった。


思い出の中の俺とあいつは、じいちゃん家の裏の庭石の上に並んで腰掛けて、膝を抱えている…… 散々走り回ってふざけ合った後で急にやってくる寂寥感に戸惑いながら。


茜色の空に黒い山影、一面の田んぼ、蛙時雨。


『おまえ、夏休みいつまで?』


『ん?9月の最初の週まで、だな…… なんで?』


『いや…… 』


いつまでこうして居られるのかなー、と。


俺が口にしない部分を推察したあいつが言う。


『あ、えと…… 休みは関係ないんだ。

ウチ、親が離婚して』


『リコン?』


『うん。お母さんとお父さんが、別々に暮らすことになってさ。

どっちもぼくのこと、引き取れないって。

だからぼく、おばあちゃん家に預けられてるんだ』


蒸した一日の終わりを告げる蜩の声。

心は静か。


『…… ウチと一緒だな』


『そうなの?』


『…………。 』


全く同じではない。

少なくともウチの親は、離婚はしていないな。

でも、母さんとはずっと離れて暮らしている。

俺はそれを黙って呑み込んでいる。

仕方がないことなんだ、と。


なのに時々どうしようもなく胸が痛むのは、喉の奥がきゅうっと痛くなってしょっぱくなるのは、何故なんだ。

母さんのことを考える度に、『俺はひとりだ』って気持ちになる。

父さんだって居るのに。

仕事が忙しいから帰りは遅いけど、家に居られるときには一生懸命色んなことを教えてくれるし、俺が失敗したときにもその理由について、叱らずに一緒に改善の方法を考えてくれる。

それでも…… 何か足りない。

お手伝いさんは優しいし、土日以外毎日来てくれるし、作ってくれるご飯はとても美味しいしお腹いっぱいになるけど、それでもやっぱり満たされないんだ。


隣で膝を抱えているこいつは、そんな風に感じることは無いんだろうか。


暗くなっていく空。

湿気を孕んだ生温かい風が頬を撫でる。

あぁ、雨が来るな。


『親とか関係ないよね。

親は親。ぼくはぼくだ。

ぼくはぼくで、生きていくんだ。一人でも』


『…………。』


そう考えれば楽なのか。

そうだ、そうなんだよな。


抱えた膝に、ぽたりと滴が落ちる。


やっぱり降り始めた——いや、俺の目から落ちているな。

でもこれは多分、俺の涙じゃない。

…… 俺の為の涙ではない。


『あっ、ねぇ、アキアカネだよ!

色はまだ薄いけど』


滲んだ視界の中、小さな人差し指が差す先に、低い位置を沢山の羽虫が飛び交う。

オレンジ色の背中をした蜻蛉…… 赤トンボだ…… あれ、アキアカネって言うんだな。

…… おまえはどうしてそんな風に笑っていられるんだ。

思うとまた、涙が出る。


『これから里に下って行くんだよ。

もう少ししたら…… アキくんが住んでる街にも』


真っ赤に色付いたアキアカネが里へと降りる頃、俺達はまたそれぞれの暮らしの中に居るんだろう。


でもおまえ、一人でいいのか?

本当に……?


俺は寂しいな。おまえと離れるのは。

…… 離れたくない。

出来ればずっとこのまま———


『…… なぁ』


呼吸が震える。


『ん?』


鼻腔を伝うしょっぱいものを啜り上げ、震える息を懸命に堪え声帯を通して吐き出す。


『家族にならないか』


『…… 家族?』


『うん。家族 』


一人で生きていくなんて言うなよ。

俺が一緒に居てやるから。

家族が居ないなら、俺とおまえで、家族を作ればいい。

2人一緒に居れば……強くなれるよ。

おまえが傍に居てくれたら、それだけで俺、色んなことを今よりもっと頑張れそう。


…… 我ながら名案だと思ったんだけどな。





「…… 大丈夫か」


肩で息をしながらぐったりと目を閉じている蓮珠。

ちょっと心配になって声を掛けると、顔を見られたくないのか、コロンと寝返りを打ち背を向ける。


「…… 待って、って言ったのに……」


待てる訳ないだろ。

おまえが先に仕掛けてきたんだ、責任を持って受け止めてくれ。


「ゴムは換えたぞ」


「…… そういうことじゃない!」


薄闇の中、窓の方を向いている小さな背中。

…… 怒ってるのか?

宥めるように剥き出しの肩先に手を掛けると、ビクッとして振り払われてしまう。


「…… ちょっと待ってってば!

感情が…… 理解が追い付かない」


グスッ、と啜り上げている。


強引にし過ぎたかな。

すごく良さそうにしてると思ったんだが……。


「良くなかった?」


布団に顔を埋めているくぐもった声が言う。


「…… それに関してはもう…… 恐らく匠の領域だと思うんですが…… 」


それは褒め言葉と捉えていいのか?

指先で感覚を掴むのは得意なんだ。

なんつって。

単におまえの反応が敏感なのが快感で興奮するからだし、俺早漏だから技でカバーしようとしてるだけだ、文字通り手探りで。


「勉強したからな」


「…… 一人で?」


チラッ、と布団から目だけ覗かせて、蓮珠が振り返る。


何?おまえ…… 俺のこと疑ってんのか?


「勉強は一人でするもんだろ」


「…… 勉強と実践は違うと思うけどなぁ」


啜り上げながら、強がる声。


一人で居る間、おまえの言葉、表情、仕草……何度も何度も思い返して、復習してたんだぞ?

おまえに伝える方法についても、一生懸命予習したんだ。

実践の中でも学んでるよ。今、こうして。


小さな身体を布団ごと腕の中に囲い、コロンと転がしてこちらを向かせる。

薄闇の中で光る、濡れた睫毛。


「パンコを見ろよ。

一人…… いや一羽で実践に即した勉強してるだろ」


「…………。」


じぃーっ。

音がしそうな程の視線。


あ、痛い痛い。刺さる。

せめて瞬きはしてくれ。

その真っ黒な瞳、吸い込まれそうで…… 悪いこともしていないのに疾しい気持ちになる。


「~~~言っとくけどな。

俺、全部おまえが初めてだから。

今まで、修行僧か!ってくらい清い生活してきたんだからな」



高校時代を思い返してみると、確かにあれはモテていた、と言うのかも知れない。

マウンドなんて目立つとこに居たからキャーキャー言われたりもしたけど、周りのヤツらが作り上げたイメージが勝手に一人歩きしていた感がある。

あれはあいつらが…… 野球部の連中が、何かと持ち上げて構ってくれていたからだ。

お陰で俺は何もしなくても“クールでカッコいい男”で居られた。

あの良い意味で空気読まないコミュ力の塊みたいな明るい奴らが、無愛想でつまんない俺を愛のある弄りで翻弄しつつ仲間に入れてくれていたからこそ一人浮くことがなかっただけで、そうでもなければ俺はクールでも何でもなく、暗くいじけている割には上から目線の…… ただのイタいヤツだった。


あの場所には、実際の俺とは違う俺が居た…… 俺の形をしてはいるが、何か光り輝くもので飾り立てられた虚像。

それに近付こうとしていた時期もあったが、あまりにも実態と掛け離れた理想的なヒーロー像に、俺自身が疑念を抱いていた。


紙面には『亡き母への思いを胸に』とか『コーチとの約束を果たす為』とか勝手に色々書かれたけど、俺はそんなに他人思いじゃない。

誰の為でもない。俺は俺の為に闘った。

でも、結果的にそれで良かったんだ。

負けた時、『俺は結局、自分のことしか考えていない俺自身に負けたんだ』と納得出来たから。

誰かの為に闘っていたら、負けをその誰かの所為にしていたかも知れない。


思えばずっと長いこと、余りにもデカくて形骸化された自分像に近付く為、スカスカの中身をどうやって埋めて行こう?ということの為だけに気を張り続けてきたような気がする。

野球を引退してからも、素の自分ってどんなだった?って思い出せなくて悩んでいたけど、結局のところ元の自分が分からなくなる程己の真ん中が定まっていなかった、ってことなんだよな。

俺自身が自分の望みや可能性に疑いを持っていたんだから、どんなに背伸びして手足を伸ばしても物にならなかったのは当たり前だ。

評価を気にして自分の本質を見失っていた…… 楽しい筈だった野球を楽しむことを忘れていたなんて、愚かとしか言いようが無い。


蓮珠に出会ってから、そんな気負いは無用になった。

こいつは常に自分を冷静に評価して、目標に対する努力をひとり地道に重ねている。

その姿を見ていたら、対外的なポーズを取り続けることがいかに愚かしいことか気付かされた。

それに…… 最初から、こいつには格好悪いところばかり見られているからかな。

俺って所詮はこんなもん、と認めた上で、努力する方向を定めることが出来たからなのだろう。


努力は安定を生み、安定は余裕をもたらす。

その見本のようなこいつが、時折頼りなく今にも崩れ落ちてしまいそうに見えることがあるのが不思議でならなかったが、知っていく内に理由に思い当たると、余計に気になって放って置けなくなった。

きっとこいつも、本質の部分では俺と同じなんだ。

俺よりは真ん中が定まっているとは言え、10代の未熟な人間であることに変わりはない。

何とか自分を律して形を保とうとしてはいるものの、心は寄る辺なく彷徨っている。

それでもめげずに腐らずに、こいつは懸命に生きている。

そして、コントロール無しのサイン無視でクソデカ感情を投げ付ける俺に、真っ直ぐに向かい合って何食わぬ顔でピタリと受け止め、気持ちいい程に力強いのをスパン!と投げ返してくれる。

こんなヤツと組めたら、人生最高だろうな。

そんな風に思っているのは俺だけなのかも知れないと思っていたけど—— 


「蓮珠。

…… あのさ、」


目の前の、俺より小さくて柔らかくていい匂いのする生き物。

全身で包み込んで、小さな頭のてっぺんに口付ける。


「俺の家族になってくれないか」


あの頃、幼かった俺が思い付きで放った言葉を、もう一度投げてみる。

今度は、しっかりとした握りで。


あの時も我ながら良い球だとは思ったんだが、返ってきたボールはどこへ行っちゃったんだか…… 多分、草むらの中。

納得いく答えを探しても見つからないまま幾年越えて、土に埋もれてしまっている。

なら、新しいボールでまた始めよう。

練習球じゃない、公式の試合球で。


「…… 家族?」


胸に抱いた蓮珠が、くぐもった声で問い返す。


「ん。家族だ」


家族になるのには、何が必要だろう?

一緒に暮らす。一緒に飯を食う。一緒に眠る。

でもきっと一番大事なのは……、


「一緒に居たい。

出来ればずっと離れたくない。

おまえと居れば、これから先どんなことがあっても乗り越えて行ける気がするから」


気持ちなんて一番不確かなものかも知れない。

でも、一番確かなものでもあるぞ。

俺は変われないから。

三つ子の魂というやつなのかな。芯のところではどうやっても変われないんだと思う。

俺はしつこいんだ。

あの頃も、今も、そしてこれからも。


「アキくんのそういうとこ、イイと思う」


「…… どういうとこだよ」


「一つの言葉で括らないとこ」


う。

それは…… 贔屓目に見ても良いところじゃないと思うぞ。

『好きだ』『愛してる』『おまえが必要だ』……

言わないんじゃないんだ。

言えないんだよ、照れ臭過ぎて…… 。


「自分でちゃんと分かってない感情、分かんないままヒトに渡したくないんでしょ」


「…………。」


なんでこいつには、こんなにも…… 自分ではっきりと意識していなかった事実まで見抜かれてしまうんだろう。


いやいや、今度ばかりは流石に俺だってちゃんと分かっているぞ。

けど、どんな言葉もしっくり来ない感じがして、ああでもないこうでもないと考えて、婉曲な感じになってしまうんだ。

ありふれた言葉や使い古されたイディオムでは、俺の“芯から”は伝えることが出来ないと思うから。


「そっか。覚えててくれたんだ。…… 義理堅いんだね」


なんて言われると、そこはやっぱりちょっと違うと訂正したくなる。

あんなことを言った過去があったことは、今の今まで忘れていた。

けど、おまえに言われて思い出すまでもなく、俺は今ある一番大きな感情に従ってみようと思っていた。

融通が効かない、とは自分でも思う。

一度決めたら変えたくない、強情っ張りとも言うんだろう。

でも、過去に義理立てして意地になっている訳ではない。

そこは分かって欲しい。


「義理なんかじゃないよ。

俺は、俺の為に、おまえと居たいんだ。

だから…… 家族になりたい。

一緒に暮らさないか?

パンコと、おまえと俺で」


正直、おまえにとっては良いことなのか良くないことなのかは分からない…… これは全くの俺のエゴだからな。

でも俺には、いずれ別れるかも知れない前提で付き合うことなんて考えられない。

言葉にするからには、本気でいかせてもらう。


「結婚してくれ」


渾身のストレート。

覗き込んだ蓮珠の睫毛が瞬くのを見ていると、やっぱり重いか、と静かに思う。

無理なら無理でいい。

俺はしつこくて重いんだ。

あとはおまえの受け止め様…… これを一途さや誠実さと取るか、束縛や負担と捉えるか。

価値観が違っていたならそれまでだ。

判定は、おまえに任せるしかない。


「…… いいね」


ゆっくりと蓮珠が顔を上げる。


「なろう、家族」


極至近距離で目と目が合う。


「え、…… いいのか?」


驚いた。

今ので届いた?…… あんなので?


「いいよ。

…… 私で良ければ、だけど」


良いも何も。

本望だ。


「ほんとにいいのか?」


「うん」


「ほんとにほんとか?」


蓮珠、くしゃくしゃに顔を歪めて笑ってる。

目尻から溢れる透明な滴。

その顔、いいな。

今まで見た中で、一番いい。


「いいって言ってるでしょ、しつこいな。

あんまり聞くなら断るよ!」


「わ、分かった、もう聞かない。聞かないから」


俺でいいんだな?

じゃあ、ブルペン終了、ってことで。

…… さて、試合再開だ。


「え…… 待って、」


待てない。

…… 待てるかよ、待てる訳ないだろ。


「待ってっ!…… うぅ、待ってってばぁっ!」


愛撫から逃がれるようにうつ伏せになった蓮珠の小さな背中に覆い被さり、耳に、首筋に、背中に、唇を落としていく。


蓮珠の入り口に、新しいゴムを着けた先っぽを押し当てる。

布団の中で装着済み、愛もリロード済みだ。

片手で簡単装着。これ、また買って来よう。

少なくともあと4年は勉強と練習が必要だからな。


「もう…… 信じらんない!…… あんなにしたのに……」


呆れながらも笑ってる蓮珠。


俺が一番信じられないよ。

今、おまえとオンブバッタしてるなんて。




3月の終わり、俺の18歳の誕生日に、俺と蓮珠は区役所へ婚姻届を提出した。

証人は、ウチの親父と…… 修二さん。

早過ぎやしないか、と至極真っ当な反対意見をくれた親父には、人生初の“一生のお願い”を使った。

我慢強かった子ども時代の自分に感謝だ。


互いに未熟ではあるけれど一緒に成長して行きたいと思っているし、いずれ結婚するのならば別に早過ぎることはない。

子どもはしばらく作るつもりは無い。

今はそれぞれにやらなければならないことが山程あるから。

ただ、いつでも、いつまでも、傍に居たいんだ。


確信して静かに訴える俺に、親父は意外にもあっさりと了承。

その歳でそんな風に思える相手が出来るなんて、滅多にない幸運だ、大切にしなさい、と。

そして、母さんも喜んでくれるだろう、と言ってくれた。

母さんのこと、忘れた訳じゃなかったんだな。

何も言わないけど、忘れてしまった訳じゃないんだ……。


修二さんにお願いしたのは、俺の想いを後押ししてくれた恩人だから…… というのと、もう一つ。

俺達の誓いの証人たる修二さんにも、どうか幸せになって欲しいという願いを込めて。


俺は誇りに思う。

蓮珠が俺のことを遺伝子交換を行うに値する個体と認め、俺とだけ生殖行為を行い、俺が生命活動を終える時まで傍に居てくれると誓ってくれたことを。

そして信じる。

俺の愛を受け入れてくれた、蓮珠の愛を。



結婚からちょうど10年。

俺達は初めて遺伝子情報の交換を行った。

早い話がゴム無しでセックス…… 子作りのことなんだが、蓮珠の言葉を借りればそういうことになる。


蓮珠は博士課程を、俺は修士課程を終えて企業就職し4年目。

仕事が軌道に乗り、経済状況が安定してきたところでの熟慮断行だ。

そろそろ、とは思っていたが、俺の為にキャリアロスが生じるのは蓮珠に申し訳無いと躊躇っていたところが、蓮珠本人からのプレゼンに打たれた。


「私が産みたいの。

生命の創造をこの身で体現したい。

誕生の瞬間から成長していく過程を見たい。

望まれて産まれて、愛されて育った子どもを見てみたい。

その為にはアキくんの協力が必要なんだけど…… お願いできる? 」


「はい♡喜んで」


二つ返事で笑う間も逃げる間も与えなかった。

その夜はいつも以上にじっくりねっとりと行為に及んだのは言うまでもない。


蓮珠には話していないが、俺もちょうど職場の頭の悪い女から標的にされて困っていたので即決だった。

一体この俺のどこに付け込む隙があったと言うんだ。

俺が無類の愛妻家なのは周知の事実だというのに…… この左手の薬指に光り輝く真新しい指輪が目に入らないのか。

俺の指が太くなって22のときに作った結婚指輪が入らなくなったから、10年目の記念も兼ねてペアで新調したんだ。

前のも、もちろん肌身離さずチェーンに通して首に掛けている。

蓮珠の方はサイズが変わらないから前のと2本着けてくれているな。

7号サイズの可愛いらしい指。

蓮珠の指輪、俺には小指の第一関節までしか入らない。


それにしても、あの見る度に顔が違っている女。

いくらか若いというだけで自分にどれだけ価値があると思い上がっているのか。

何ぁ~にが『だってお子さん居ないんでしょう?』『奥様で満足されてますぅ?』『刺激、欲しくないですかぁ?』だ。

そこは俺もオトナなので「気安く触れるな。穢らわしい。」とハッキリと態度でも言葉でも拒絶の意を表した上で触れられた手のみならず身の回りにがっつりアルコールを噴霧、消毒して見せた。

男を堕とすことにしか興味が無いんだろうな、気色悪いったらないわ。

オマエはそんな不誠実なことをしているから不誠実な人間しか寄って来ないんだ。

掠奪や不倫を繰り返して、行き着く先に何がある?

悪いこと言わないから、その刹那的な快楽を最優先する価値観は変えた方がいい。

生きていれば誰しも年を取る。

今のままでは最期に独りになることは目に見えているぞ。

もしかしたら恋愛に傷付いた経験から自棄になっているのかも知れないが、人様の家庭に土足で踏み込む行為には情状酌量の余地無しだ。

恋愛以前に、人生に真面目に取り組め。

そして、女である前に人間であることに真剣に勤しめ。


大体子どもなんか居なくたってな、俺と蓮珠は長い年月を共に過ごす内に色んなことを一緒に乗り越えて、深ぁ~い絆で結ばれているんだよ。

俺は蓮珠を愛している。

ベッドの中以外では……いやほとんどあまり滅多に口にしたことは無いんだけれども、そのお陰でモチベーションを高め続けて居られると信じている。

実際俺に蓮珠の魅力を語らせたら、論文の2、3本どころじゃ済まないぞ。

本なら5、6冊くらいは余裕で書けるしコミカライズしてアニメシリーズ化して劇場版で何本出せるか…… いや終わらないから止めておくがな。

まま、それはともかく。


俺は清廉潔白を貫く!

一生!蓮珠一筋だーーーっっっ‼︎


珍しがられながら定時退社して、蓮珠をハスハスしに飛んで帰った。

そこへあのプレゼンだ。

『自分が良い親に成れるとは思わないけど、アキくんとの子どもなら絶対に愛し切れる自信がある』なんて言われたらもう…… いくらでもご奉仕致します!愛します!どうぞ好きなだけ持ってって!ってなるだろ。

…… 勢い、3連チャンだった。

些か気負い過ぎてこってりし過ぎたのか男ばかりだが、一緒に野球出来る仲間が出来たので大変満足している。

蓮珠は女の子も欲しかったと言うけど、俺には排卵日を狙って禁欲した挙げ句挿入だけのあっさりしたセックスなんて無理な話だな。

あの頃より成熟して更に増大した蓮珠の魅力と俺の愛撫に敏感に反応して善がり狂う姿を前にしては、どうにもオスの本能と責め好きの性癖が抑えられない。

3回共、めちゃクソ丁寧にイかせまくった上で奥で出しまくった。

お陰で蓮珠は6年近くブランクを空けてしまうことになったが、今は無事にPDとして研究室に戻り、家庭でも職場でも無双している。


蓮珠がRPD申請して3人目を妊娠中、俺は10年勤めた企業を退社して親父の会社に入り、引き継ぐ為の修行を積むことに。

経営に関しては全くの初心者だから不安が無い訳ではなかったし、先の見えない不況の中、社員とその家族の生活が掛かっていると思うと責任重大だが、やり甲斐もある。

熟練した信頼できる人材に囲まれているのは何よりの安心要素だ。

そこは現在会長職にある親父の人徳のお陰だし、こんな世の中でも売り上げを伸ばしているのは、誠実に企業としての努力を重ねて来て顧客からの信頼を得ている部分が大きいと思う。

やっぱり真面目に正直が一番だ。



今週末は久しぶりに2人揃っての連休だ。

思い切りイチャイチャ出来るぞ。

期待に胸を膨らませて料理片付け洗濯風呂を済ませ、子ども達が寝静まるのを待ち(休みだとなかなか寝ないんだよなあいつら)、意気込んでベッドに入ったところが蓮珠は既に寝ているという…… まあいつものパターンだが。

仕方無しにムスコを宥めながら蓮珠が起きるのを待つ。


起きてくれよー。でないと襲っちゃうぞー。


待ち切れずに背中から抱いておっぱいに手を這わせると、蓮珠がビクッと反応する。

俺が来たのを察知して起きてたな。


うーむ。このずっしり感。揉み心地。敏感な反応。

…… 堪らん。


無言のまま反応を見つつ、蓮珠のイイところを攻める。

何百回と身体を重ねて、どこをどうしてやれば蓮珠が感じるのかは熟知している。

飽きない?なんて、いつか本人から聞かれたことがあったが、俺は全く飽きないな。

蓮珠、子どもを産んでからは特に中が感じ易くなった気がする。

飽きられないように特殊なことも色々試してはみたが、蓮珠はやっぱりノーマルなセックス(ちょっと強引)が好きなようだ。

後背位が一番感じるみたいだし、妊娠中にもやっていた側位だと俺も比較的長持ちする上にお互い体力の消耗が少ないので、もう若くはない俺達のスタンダードスタイルになっている。

そういえば初めてのときも側位だったなーなんて思い出に浸りながらゆったりまったりと行為に耽っていて、気が付いたら夜が明けていた。

左腕が軽く痺れているのを感じながら目覚めると、蓮珠を背中から抱いたまま、俺はまだ蓮珠の中で、しかも朝勃ちしている。

どうやら繋がったまま眠ってしまったようだ。


このまま朝勃ち利用で眠っているところを犯しちゃうのも刺激的でいいかなーなんて思ったけれども、多分蓮珠には怒られるし昨夜のゴムを着けたままでは快感が半減してしまう。

仕方なく一旦引き抜いて後始末をしていると、布団の中の蓮珠が身じろぎしている。


あ、起きた起きた♡

俺も起きてるよ。分かってると思うけど。


すぐさま元通りに背後から抱き直して、手はおっぱいへ。


「デカくなったよな」


「まぁ…… 3人産んでますからね……。

実用的なら大きさとか関係ないんじゃなかったの?」


そこはそれ、おまえのおっぱいであることに意義があるんだよ。


「大きいことは良いことだ。

…… 俺が揉んで育てたからな」


「…… 何それ、オヤジ臭っ」


とか笑われても仕方ない。

だって俺、実際オヤジだもん。


いつからだろう、蓮珠とのセックスが癒しに変わったのは。

気持ち良くて癒されて、してる途中で眠落ちてしまうくらい。

刺激的なのもたまにはいいけど、二階に子ども達が居ることを考えるとあまりなことは出来ない。

一度、長男が幼稚園の頃に目撃されて、ママを虐めるな!と泣かれたことがあって以来気を付けている…… ま、虐めていたことに違いは無いので反省はしている。が、やめる気は無い。


「ちょっ…… と、やめてよ!明るい内からぁっ……」


暗くなったらいいのか。

よし、じゃあ今夜は寝かせないぞ。

明後日まで連休だからな。

その為に俺は中日の接待ゴルフを断ったんだ…… 仕事に全く無関係な早朝野球には行く予定だけれども。


右手をおっぱいに掛け、夜の予行とばかりに首筋に唇を這わせる。


ん~堪らん。この匂い。

蓮珠と気持ちいいはイコールだ。

故に、触れ合うと同時に俺は準備万端整ってしまう。


やっぱり今したいよ蓮珠ー…… 繋がりたい、挿れさせてくれよここに。


入り口をつついて伺いを立てながら、その気になってもらえるよう蓮珠のイイところを攻める。

昨夜散々俺に弄られた乳首が敏感になっているらしく、身を捩らずに居られない程感じている。

いい反応だ。興奮する……。

と、腰を抱えた俺の前腕を、蓮珠の小さな手がパンパンと叩く。


「出来ちゃう!…… 妊娠しちゃうよ?」


あ、ゴムしてないのバレとりましたな。

つーか出来るのかな?

俺達もう今年で38だし、自然妊娠率は年齢と共に落ちていくらしいぞ。40歳で10%程度だそうだ。

2人目までは1発的中だったけど、末っ子の時は1年近く生でしてたのに出来なかったよな?


「いいの?」


「ん…… 俺はいいよ。…… 試してみるか?」


聞きながらも挿入していく。

あ、やっぱ生すげぇ…… 中の動きがダイレクトに伝わってくる。

先っぽだけなのにもうイイ。すぐイっちゃいそ……。


「あっ…… ほん…… とに出来ちゃ……うぅん……ってばぁっ……!」


蓮珠、あんまり濡れてないけど受け入れるには充分に潤っている。


あぁ…… これだよコレ。

久しぶりだ、この直接粘膜が擦れ合う感じ。


良くしてやろうという意気込みはどこへやら、俺も昨夜の余韻なのか感じ易くなっていて、気持ち良過ぎて1分と保たずすぐさま上り詰めてしまう。

早漏にて候…… 生の良さには抗いようがなかった。

勿体ない。折角の貴重なチャンスを。まだ愉しんでいたかったのに。


「もう~!バカ!」


俺、カマキリじゃなくて良かった。

何度となく遺伝子情報を提供した後も命を落とさずに済んでいる。

してる最中は頭喰われて何も考えられないが…… バカでいいんだ、後のことなんか考えたら子どもは作れない。

何にせよ俺は稼がなければ。

その為に勉強して学歴積んで給料の良いとこに就職して、今は現場の経験を生かして経営に当たっている訳だから。


「ハァ…… もう一回くらいできそう」


「はぁ⁈信じらんない!いい歳なのに」


だってまだ離れたくない。

まだ気持ちいい。

ずっとこうしていたいよ……。


「ほらほら、チーが呼んでるってば!…… 何ー?」


ズルンと引き抜かれて仕方なく身体を離してやると、慌てて起き上がって服を着ながら瞬時に母親の顔になる蓮珠。

なんだよ、誰だよいいとこだったのに邪魔しやがって…… と布団の中でパンツとTシャツを着たところで間一髪、勢いよく寝室のドアが開き「ママー!カミキリムシー!」と興奮した末っ子が飛び込んでくる。

つーか蓮珠、もう全部着てる。 すげぇ早技だ。


「ママはカミキリムシじゃない。

何がどうしてどうしたいのか、順序立てて言ってごらん」


「んと…… 裏の木のとこにカミキリムシがいる。つかまえて観察したい。

けど高いとこにいるから…… 虫捕り網どっかいっちゃって無いんだ…… 兄ちゃん達起きてくれないし。

だから…… 虫と言えばママかな、って」


「もう。あの2人、また夜中までゲームしてたんでしょ。

虫捕り網は、使った人が戻さないからだよ。2本あったのにどこやったんだ……。

てかさ、高いとこ居るならなんでママなの?デッカい人に頼んだらいいのに」


チラリと俺を睨む。

…… 中出ししたの、怒ってるな。

マジで俺にカミキリムシなんてものを相手にしろと?


「だってパパ虫ダメじゃん。ウンチクは垂れるけど」


うんそうそうパパ虫ダメだからな…… って何だと?

クッ、ママそっくりな可愛い顔して小生意気な口をききおって…… 兄ちゃん達の影響だな。

おまえもう3年生だけどパパはまだまだ抱っこもするしチュウもするぞ。

兄ちゃん達は大分前から予測して逃げるけど、おまえは気を遣って捕まってくれるから遠慮はしない。

例え「こういうのも虐待の内に入るらしいよ」とか言われてアルコールティッシュで頬っぺたを拭かれようとも。


脚立を持って外へ行く母子を見送って台所で朝飯を作っていると、ごちゃごちゃ話しながらすぐに戻って来た。

何やら深刻な表情の蓮珠。


「あれツヤハダゴマダラカミキリだな。専門の業者に来て貰って県にも報告しないと…… もうこっちまで来てるとは」


「艶肌?…… 何だって?」


「え?パパ、知らない?去年の夏、すごい話題になってたの」


話題どころか名前すら知らなかったが、そんな恐ろしいものには近付かないのが一番だ。


「噛まれたらどうなる?」


「よほどのことがないと噛まれることはないと思うけど…… ニッパーで挟んだ感じに切れるね。なかなか離してくれないから大変。

私は経験ないけど、友達が指の股を噛まれたときには結構ザックリやられて血が出てた」


恐れを知らない末っ子が母のTシャツを引っ張って問う。


「あの緑色のやつはー?」


「あ、もう一匹の小さい方はアオカミキリモドキだよ、絶対素手で触っちゃダメなやつ。

噛まれても大したことはないと思うけど、刺激すると脚の関節からカンタリジンっていう有機化合物を分泌して、それに触れると火傷みたいな水泡性の皮膚炎を起こす場合があるんだ。

だから別名“ヤケドムシ”とも呼ばれてる。

何にせよ、チーが1人で捕ろうとせずに教えてくれて良かった。

あの子達にも教えておかなきゃ」


ほらな。俺が行かなくて良かったじゃないか。

やっぱり虫と言えば蓮珠だ。

智彰の判断は正しい。


「パパ、ペットボトル潰してないの無い?」


「…… 無いな」


我が家のゴミ処理全般を担っているのは俺だから、間違いなく無いと言い切れる。

ペットボトルは子ども達にもフィルムを剥がしてすすいで潰して捨てるように躾けているし、ゴミ袋になるべく沢山入るよう全てペタンコに潰してあるから…… あ、そうだ。


「ん」


取り出したる得物。


「何それ」


よくぞ聞いてくれた。

これはな、構想うん年、この秋の戦いに向けて鋭意製作した……、


「カメムシキャッチャーだ。

ここで覆って飛ぶのを阻止、こう…… 揺さぶりをかけて、ここに落ちてくっついたところでこのスイッチを入れるとここが自動的に回転して粘着テープで素早く密封&カット、全て手元操作で対象物に触れずともそのままゴミ箱に」


ドヤァ。

蘊蓄だけじゃないだろ。


「いいからパパ、ペットボトル!」


ムッ。


「…… 俺はペットボトルじゃない」


蓮珠の頭上に『苛』という力強い筆文字が浮かぶのが見える。


「だってそれ、殺す気しか無いよね。チーは観察したい、って言ってるのに。

危険な生物の見分け方や扱い方を教えるのも大事なことでしょう?

…… なんか籠ってやってると思ったらまたマジックハンドなんか魔改造して」


冷ややかな視線。

何と言われようともカメムシは俺の敵、創造はロマンだ。

子作り終了宣言を出されて早10年、俺には新たな創造の道を切り拓くことが唯一の…… いや、第二…… 三かな?楽しみの一つになっている。

人生、今が一番楽しい。


「プラスして、ここが伸びるんだぞ~」


ワンプッシュで柄を伸ばして見せる俺に、末っ子が飛び付く。


「アハッ、何それ面白ーい!貸してー」


「パパの…… いやじいちゃんの会社で商品化して売り出したら?」


「売れないだろ。需要少ないと思う。それに生産コストを考えると単価がさ」


飯の匂いを嗅ぎつけたのかようやく起きて来た次男と長男が、カメムシキャッチャーを回して試している末っ子を取り囲む。

この2人は年子だからか双子みたいに息がピッタリで、所属する野球チームでもバッテリーを組んでいる。


「あ、改良して無傷で生捕りに出来る機構を考案すれば昆虫オタに売れるかも」


「だな。それだと粘着テープの機構が要らないから重量もコストも大分削減出来る」


朝飯を掻き込みながらこましゃくれたことを言い合っている兄2人を、尊敬の眼差しで交互に見つめる末っ子。


いいよな、兄弟が居るって。

…… ひとりじゃないって。


思いを込めて、3人の母を見遣る。


「ほら」


息子達からのウケは良いぞ。

需要はある。


「ほら、じゃない!」


って、何故笑う。

いや、笑ってくれるなら本望だがな。

俺はその笑顔を向けて貰えることを目的に生きていると言っても過言ではないのだから。


学者で、親友で、子ども達の母親で。

最高のパートナーだ。これ程の逸材は他には居ない。


目が合うと、プイッと外方を向く蓮珠。


そんなにプリプリしちゃって、疲れてるんだろ?

まあ俺が朝から疲れさせるようなことしちゃったのも悪いとは思うけど、一日ゆっくりさせてやりたいから今日は家事、俺がやるよ。

だから許して。ね、愛しのママ♡


背後から腰に手を回して頬を寄せる。


「あー。まぁたパパが甘えん坊してるー」


「ほっとけ。いつものことだろ」


「行こうぜー、8時からアップだ。午前中2連戦だぞ」


送ってくか?という問いに口を揃えて、いい、チャリで行く、と3人。

両親に気を遣っているのか、仲間と遊びたいのもあるんだろうな。


歳の近い三兄弟。

いつもくっついて絡み合って、喧嘩して。

でもいつの間にかまたすぐに近付いては戯れ合っている。

いいな、おまえら。家の中に友達が居て。

産んでくれたママのお陰だぞ…… タネは俺のだけど。


車に気をつけてね!と送り出されて元気に飛び出していく3台の自転車。

真っ白な練習着の背中を懐かしく見送りながら、ふと呟く。


「…… 俺も兄弟欲しかったなぁ」


「兄弟みたいなもんでしょ」


「?」


「長男!」


ビシッ。

蓮珠の小さな指が俺を指す。


「一番手がかかる!」


一番……?

え、それって…… 俺のことが一番ってこと?


「…… ママ~♡」


「やっ、ちょっと⁉︎」


「ん。ちょっとだけ。ちょっとだけだから」


折角2人きりになれたんだ。

抱っこするだけ。チュウするだけだから。な♡


「だけで済まないじゃんいつもぉ…… 」


ご明察。

これから先も、ずっとイチャイチャし続けることに決めているんだ。


キッチンの壁に飾った、大きさも形も様々なフレームの家族の写真——その真ん中で、今も茶色のウサギが俺たちを見守ってくれている。

パンコは俺達が修士課程を修了した年の冬、10歳で亡くなった。

人間で言えば90歳を超え、ふわふわだった毛並みはボサボサになり足取りもヨボヨボしていたが、旅立つ前日まで綿嫁を抱き腰を振り続けていた。

平均寿命が7年程度のネザーランドドワーフが、ここまで元気で長生きした例はなかなか無いらしい。


生涯現役か。俺も目指したいところだ。

何歳になっても蓮美をハスハスし続けるぞ。


覚悟してろよ。

俺はオンブバッタだ。

絶対に離れないからな、最期の時まで。

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