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68,クラウディア。
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〈倦怠艶女(ミスティナ)〉さん、大きなあくびをしてから、私の体内に戻った。
おお、説得できた。
いや説得できたというより、〈倦怠艶女(ミスティナ)〉さんの面倒くささと眠気が勝っただけなのかも。私というベッドに飽きたら、いつ『体内から突き破る』形で出てくるか分からない状態には、とくに変わりはないのだ。
クラウディアさんは散っていく騎士たちの灰燼を眺めながら、「新たな聖ルーン騎士団員の募集と訓練に、また予算を割かねばならぬようじゃな」と呟いた。
それから私を見て、なぜか申し訳なさそうな表情になる。
あれ。クラウディアさんが『聖ルーン騎士団に莫大な損害を出しおって』と怒ってきて、私が『損害とはなんですか! 彼らの人命が失われたことを言ってくださいよ!』と言い返す会話を予期したのに。
「どうやら、うぬも犠牲者のようじゃな。今の〈攻略不可能体〉と目される女魔物、あやつに命じられ、仕方なく悪行の数々をなしてきたのじゃろう」
うーむ。〈倦怠艶女(ミスティナ)〉さんに命じられて何かしたことはないし、そもそも『悪行の数々』なんて犯した覚えもない。
それは冤罪なのだが、とはいえここは〈倦怠艶女(ミスティナ)〉さんに罪をきてもらおうか。一応、〈倦怠艶女(ミスティナ)〉さんも無罪とは程遠いし(聖ルーン騎士団大虐殺をしでかしたので)。だからここで『悪行の数々とは?』と尋ねるのは、蒸し返すだけだよね。気になるけど。
「そうなんです。悲しいことです」
「じゃが、そのような化け物を体内に宿したうぬを、この聖都に長居させるわけにはいかん。すぐに立ち去るのじゃ」
私はうなずき踵をかえして、歩き去ろうとした。これはただのポーズ。まだ聞きたいことは山ほどあるので。ただいったん、大人しく言うとおりに従ったように見せたほうが、クラウディアさんも『わらわが主導権を握っておるので少しは譲歩してやろう』という気持ちになるのでは。
というわけで、ふと思いついたように立ち止まり、優先順位の高いものから聞いてみた。
「聖ルーン騎士団が、また夜中に、私の自宅のドアをノックするということは?」
「無駄死にさせるため、聖騎士を送りこむようなことはせん」
「では協定を結びましょう。私はもうこの聖都には来ないので、私の自宅にも聖騎士さんは送らないと。ちゃんと握手するんです。正式決定として。その上で約束しますよ。私が【覇王魔窟】を完全攻略した暁には、女神アリエルさんを解放すると」
この約束は、私に使い道があると分かれば、協定を守ろうという気持ちも強くなるだろうと思ったから。とにかく、聖ルーン騎士団にウロウロされたら、落ち着いて【覇王魔窟】攻略ライフを送れないというものだし。
クラウディアさんは、呆れたように笑った。
「うぬにそんな芸当ができるとは思えんがな。じゃが、もしも解放してくれたのならば、うぬを称える祝日を帝国に設けよう」
祝日を? 口ぶりからして冗談ではないようなんだけど。
「クラウディアさんって、かなりの権力者ですよね? 聖ルーン騎士団の指揮もあなたが執っているようですし。そもそも未来予知スキルなんて、並大抵ではないです」
その未来予知スキルをもってしても、聖ルーン騎士団の全滅を事前回避することはできなかったわけだけど。とはいえ内政とかでも重宝されそう。
「わらわは121代目の〈神託の巫女〉じゃからな。陛下もわらわの言葉には耳を貸す。ところで──うぬ、名はなんと申したか?」
「アリアですよ。ご存じでしょ。私の自宅に聖ルーン騎士団を送り込むくらいなんですから、名前が知らないとか信じられませんよ」
「いや、そうなのじゃが……念のため確かめたかったのじゃ。陛下が『帝国の叛乱分子を一掃したら、お嫁さんに迎えるの!』と仰っていた相手の名も、確かアリアというのでな。まぁ、ただの偶然じゃろうが?」
「たまたま同じ名前のようですね。私、ラザ帝国の女帝さんと知り合いではありませんし。しかし女帝さんなのに『お嫁さん』を取るのですか?」
「うーむ。そのつもりのようじゃ。ラザ帝国では同性婚は禁じられておるが──しかし陛下の権限ならば、法改正などは朝飯前。まだそれを成さないのは、まず叛乱分子を一掃してから、というお考えなのじゃろう」
「それ以前に、帝国の統治者が、そんなどこのウマの骨とも知れない相手を伴侶に迎えていいものなんですかね? それこそ叛乱分子が勢いづきそうな」
「まぁの……うむ? 脱線してしまったようじゃな。では、さっさと去るがよい、『陛下とは無関係』のアリアよ。今後、うぬに干渉することはない。しかし、どうもうぬとわらわの運命は、また交差することになりそうじゃが。【覇王魔窟】のもとにの」
「未来予知ですか?」
するとクラウディアさん、朗らかに笑う。美少女度がいやでも増すのである。
「いや、女の勘じゃ」
おお、説得できた。
いや説得できたというより、〈倦怠艶女(ミスティナ)〉さんの面倒くささと眠気が勝っただけなのかも。私というベッドに飽きたら、いつ『体内から突き破る』形で出てくるか分からない状態には、とくに変わりはないのだ。
クラウディアさんは散っていく騎士たちの灰燼を眺めながら、「新たな聖ルーン騎士団員の募集と訓練に、また予算を割かねばならぬようじゃな」と呟いた。
それから私を見て、なぜか申し訳なさそうな表情になる。
あれ。クラウディアさんが『聖ルーン騎士団に莫大な損害を出しおって』と怒ってきて、私が『損害とはなんですか! 彼らの人命が失われたことを言ってくださいよ!』と言い返す会話を予期したのに。
「どうやら、うぬも犠牲者のようじゃな。今の〈攻略不可能体〉と目される女魔物、あやつに命じられ、仕方なく悪行の数々をなしてきたのじゃろう」
うーむ。〈倦怠艶女(ミスティナ)〉さんに命じられて何かしたことはないし、そもそも『悪行の数々』なんて犯した覚えもない。
それは冤罪なのだが、とはいえここは〈倦怠艶女(ミスティナ)〉さんに罪をきてもらおうか。一応、〈倦怠艶女(ミスティナ)〉さんも無罪とは程遠いし(聖ルーン騎士団大虐殺をしでかしたので)。だからここで『悪行の数々とは?』と尋ねるのは、蒸し返すだけだよね。気になるけど。
「そうなんです。悲しいことです」
「じゃが、そのような化け物を体内に宿したうぬを、この聖都に長居させるわけにはいかん。すぐに立ち去るのじゃ」
私はうなずき踵をかえして、歩き去ろうとした。これはただのポーズ。まだ聞きたいことは山ほどあるので。ただいったん、大人しく言うとおりに従ったように見せたほうが、クラウディアさんも『わらわが主導権を握っておるので少しは譲歩してやろう』という気持ちになるのでは。
というわけで、ふと思いついたように立ち止まり、優先順位の高いものから聞いてみた。
「聖ルーン騎士団が、また夜中に、私の自宅のドアをノックするということは?」
「無駄死にさせるため、聖騎士を送りこむようなことはせん」
「では協定を結びましょう。私はもうこの聖都には来ないので、私の自宅にも聖騎士さんは送らないと。ちゃんと握手するんです。正式決定として。その上で約束しますよ。私が【覇王魔窟】を完全攻略した暁には、女神アリエルさんを解放すると」
この約束は、私に使い道があると分かれば、協定を守ろうという気持ちも強くなるだろうと思ったから。とにかく、聖ルーン騎士団にウロウロされたら、落ち着いて【覇王魔窟】攻略ライフを送れないというものだし。
クラウディアさんは、呆れたように笑った。
「うぬにそんな芸当ができるとは思えんがな。じゃが、もしも解放してくれたのならば、うぬを称える祝日を帝国に設けよう」
祝日を? 口ぶりからして冗談ではないようなんだけど。
「クラウディアさんって、かなりの権力者ですよね? 聖ルーン騎士団の指揮もあなたが執っているようですし。そもそも未来予知スキルなんて、並大抵ではないです」
その未来予知スキルをもってしても、聖ルーン騎士団の全滅を事前回避することはできなかったわけだけど。とはいえ内政とかでも重宝されそう。
「わらわは121代目の〈神託の巫女〉じゃからな。陛下もわらわの言葉には耳を貸す。ところで──うぬ、名はなんと申したか?」
「アリアですよ。ご存じでしょ。私の自宅に聖ルーン騎士団を送り込むくらいなんですから、名前が知らないとか信じられませんよ」
「いや、そうなのじゃが……念のため確かめたかったのじゃ。陛下が『帝国の叛乱分子を一掃したら、お嫁さんに迎えるの!』と仰っていた相手の名も、確かアリアというのでな。まぁ、ただの偶然じゃろうが?」
「たまたま同じ名前のようですね。私、ラザ帝国の女帝さんと知り合いではありませんし。しかし女帝さんなのに『お嫁さん』を取るのですか?」
「うーむ。そのつもりのようじゃ。ラザ帝国では同性婚は禁じられておるが──しかし陛下の権限ならば、法改正などは朝飯前。まだそれを成さないのは、まず叛乱分子を一掃してから、というお考えなのじゃろう」
「それ以前に、帝国の統治者が、そんなどこのウマの骨とも知れない相手を伴侶に迎えていいものなんですかね? それこそ叛乱分子が勢いづきそうな」
「まぁの……うむ? 脱線してしまったようじゃな。では、さっさと去るがよい、『陛下とは無関係』のアリアよ。今後、うぬに干渉することはない。しかし、どうもうぬとわらわの運命は、また交差することになりそうじゃが。【覇王魔窟】のもとにの」
「未来予知ですか?」
するとクラウディアさん、朗らかに笑う。美少女度がいやでも増すのである。
「いや、女の勘じゃ」
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