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53,死亡。

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いまは天国にいる両親。ママの趣味は狩りで、パパの趣味は裁縫だった。
 私には、これという趣味がなかった。
 しかし、いまこうしてウキウキと【覇王魔窟】へ向かっているのだ。ようやく、私にも趣味ができたのだろう。きっと天国で、ママとパパも喜んでくれていることだろう。

 そう、ハーバン伯爵家の用心棒役は、お役御免となった。ドモ侯爵とリトド伯爵が、ハーバン伯爵家の領土に侵略しないだろうことは、ハッキリと確認できたので。二人とも善良そうな人たちだったので、信用できるでしょう。

 こうして私はいま、【覇王魔窟】1階にいる。ロクウさんは今頃、何階まで上がったかな?  
 ひとまず1階の13体の〈蠍群魔(スコーピオン)〉を、まとめて一振りで片付ける。それからアリエルさんを脳内で呼んだ。

〔美人な声さん、美人な声さん〕

〔呼んだ?〕

 私は道具袋から、地下迷宮〈死の楽園〉への扉を開く〈鍵〉を取り出した。とたんアリエルさんが息を呑んだ。気のせいではない。
 それにしても、このサポート担当のアリエルという人(?)は、やはり自我があるようだ。自動音声とかではなくて。

〔アリア。その〈鍵〉を、誰から譲り受けたのか聞いてもいいかしら? というのも、その〈鍵〉は、かつては13個あったのだけれど、全て破壊されたはずなの。だというのに、まだ1個残っていたなんて信じがたい話だわ〕

 普段は必要最低限のことを話したら、脳内から消えるアリエルさん。ところが、今日は妙によくしゃべる。それだけ動揺しているということだろうか。

 ところでアリエルさんの質問を、どう解釈するべきだろう? 
 つまり、私の体内では〈倦怠艶女(ミスティナ)〉さんが爆睡している。そのことをアリエルさんが知っているのならば、『〈鍵〉を渡したのは〈倦怠艶女(ミスティナ)〉では?』という仮説が成り立つはず。
 しかしアリエルさんの『誰が〈鍵〉を渡したの?』質問には、容疑者がいるようなニュアンスはなかった。
 となると、アリエルさんは別に【覇王魔窟】内のことを何でも知っている、というわけでもないようだ。

 ところで、農家の娘というものは、時にはきっぱりと言うこと大事。『今年は不作だったのでカブを値上げします』的なことを。

〔〈鍵〉を誰から譲られたか、話すつもりはありません〕

 ここで〈倦怠艶女(ミスティナ)〉さんだと教えるのは、なんとなく密告したような気がする。別に〈倦怠艶女(ミスティナ)〉さんが悪いことをした、というわけでもないだろうが。そもそも998階の魔物が何をしようと、誰が弾劾できるのか、という話にもなるのだけど。

〔…………そう。いいわ。では、〈鍵〉を前方へと突き出して〕

〔はい〕

 指示にしたがって〈鍵〉を突き出す。その〈鍵〉の周囲に、まず鍵穴が出現。その鍵穴を軸として、扉が構築されていく。
〈鍵〉を回して開錠。
 扉を開けると、地下深くへと続く階段が現れた。ちなみに、この佇立している扉の真正面からでないと、この地下への階段は出現していない。扉の外側から見ても、ただの床があるだけ。

 すでにアリエルさんは、脳内から消えていた。アリエルさんは、『破壊されたはずの〈鍵〉』を誰が譲ってきたのか、凄く気にしているようだったけど。このことは、頭の片隅に入れておくとしよう。

 では、地下迷宮〈死の楽園〉へ。

 降りていく、降りていく。途中で後ろで扉がしまり、消滅した。うーむ。これ、帰りはどうするんだろう? 
 とにかく、いまは降りることだ。【覇王魔窟】の地下を降りていく。たぶん1000段は降りたころ──そこは外だった。
 
 晴天、大自然。
 ただし植物相は、私の知るものとは異なる。それに太陽も、ちょっと遠いのでは? どうも、ここは異世界のようだぞ。
 異世界へと移動するための〈鍵〉だったのか? 
 いや、必ずしも『異世界』と言い切れるわけでもないらしい。私はいま丘の上に立っているけれど──彼方が、途切れている。空も地上も、かなりの彼方だけど消滅しているのだ。

 やはりここも【覇王魔窟】の内部と同じ、異空間世界のひとつなのだろう。地下迷宮〈死の楽園〉。さぁ、行ってみよー! 丘を駈け下りていくと──

〈蠍群魔(スコーピオン)〉と遭遇した。
 ふむ。サイズも見た目も、私が知る〈蠍群魔(スコーピオン)〉と同じだ。少なくとも、外見は。

〈倦怠艶女(ミスティナ)〉さんは、【覇王魔窟】地上階に出現する魔物(950階以下)のことを『魔素による大量生産品』と言っていた。そして〈死の楽園〉の魔物は、オーダーメイドだと。
 これはつまり、こうも言えるのでは? 〈死の楽園〉の魔物がオリジナルで、【覇王魔窟】地上階の魔物はコピーだとも。

 試しにエンカウントしてみようか。
【覇王魔窟】の〈蠍群魔(スコーピオン)〉なら、いまや通常攻撃の一発で撃破できるけども。
 ここは念のため、手持ちの最強打撃スキル《破嵐打》を、〈死の楽園〉の〈蠍群魔(スコーピオン)〉へと叩き込む。
 
 とたん、粉々に砕け散った。
 私の〈スーパーコンボ〉が。

 曾祖父の代から受け継がれてきた、家宝の鍬(くわ)が。共に戦ってきた、強化武器が。あっけなく砕けてしまった。
 瞬間。
〈蠍群魔(スコーピオン)〉の毒針が私の腹部を刺し貫き、そのまま振り回してくる。
 
 私の胴体を引きちぎられて、私は死んだ。
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