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第296話 部屋

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「やっぱりこっちでも愛翔ってモテるのね」
今回、愛翔の横の助手席を勝ち取った桜がぼそりと呟いた。
「あ、ごめんね。愛翔の事疑ってるわけじゃないのよ。あたし達の事ちゃんと”妻”って言ってくれたし」
”でもね”と桜が続ける。
「やっぱり近くに居られないのは不安になるの。だからこれからちょっと頑張るから」
桜の言葉に少し首を傾げたものの、愛翔は”それよりも”と、左手を伸ばし桜の頭を撫でる。
「不安を感じさせてゴメン。でも、俺は桜と楓だけだから」
そんな愛翔の手を取り桜は胸に抱き寄せた。
「うん、信じてる。ただちょっとだけさっきの愛翔に言い寄る女の子に動揺しただけ」
「私も愛翔をちゃんと信じてるからね。でも、出来るだけ早く愛翔のそばにくるから」
そんなやり取りの中愛翔の手が少しだけ動いて、桜が嬉しそうにしたのは後部座席の2人には見えなかった。
30分ほどのドライブの後、愛翔が車を停める。そこは落ち着いたレンガ色のコンドミニアムの前。
「ここの701号室が俺の家。結構居心地は良いとおもうよ」
愛翔は、さりげなく車のドアをあけ桜と楓の手を取る。
「ねえ、愛翔君。桜ちゃんや楓ちゃんと同じに扱ってとは言わないけど、差がありすぎる気がするの。もう少しお姉さんにも優しくしてくれても良いと思うのだけど」
「姉さん。人間の手は何本ある?」
「え?2本よ。当たり前じゃな……」
そして丘の前の愛翔の両腕は桜と楓に占有されていた。
「まあ、そういう冗談はともかく、荷物を運ぼう。桜も楓もその手荷物は自分で持って、あ、姉さんも手荷物だけで良いよ、俺が後で持ち上がるから」
3人を部屋に案内し、愛翔は桜と楓のスーツケースをとりあえずとリビングの隅に置く。
「とりあえず、リビングで寛いでいてくれ。キッチンの冷蔵庫に冷たいものが入ってるから適当に出して居てくれてもいいぞ」
そう言うと、愛翔は、さっさと玄関を出て丘のスーツケースをとりに戻った。

愛翔の言葉に従って、桜と楓が冷えたティーサーバーとグラスを持ちだしてリビングのテーブルに置く。
グラスを手にソファーに腰を落ち着けた桜・楓・丘の3人はホッとして部屋を見回した。
「愛翔君、外は派手に見えるようにしてたけど……」
「愛翔だから」
「そうね愛翔だものね」
部屋には最低限の家具こそあるものの高級車を乗り回し高級コンドミニアムに住むような人間の部屋とは思えない簡素さだった。そんなところに愛翔が戻ってくると桜が抱きついた。
「あーいと。家具とか随分とあっさりね」
「ん、ああ。独り暮らしだと大していらないからな。それに……」
「それに?」
「2人が一緒に暮らすようになった時に一緒に選ぼうと思ってな。部屋もそのつもりで選んだんだぞ」
桜が愛翔に飛びつき、楓も後ろから抱きついた。
「出来るだけ早く来るからね」
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