上 下
221 / 314

第221話 スカウト

しおりを挟む
「よ、お帰り。短い時間だったけどデート楽しめた?」
市民会館前のロータリーで先に戻っていた”春”のメンバーと合流すると、早速長嶺が声を掛けてきた。
「見てたでしょ。それ以上はご想像におまかせってやつよ」
楓がペロリと舌をだしてはぐらかした。
「あ、やっと見つけましたよ」
6人が話をしているところに何やら駆け寄ってくるスーツ姿の女性がひとり。
「私、ブラニーズプロダクションの椛山早紀(かばやま さき)と言います」
そう言うとその女性は楓に向かって名刺を両手で差し出す。
「は、はあ」
何事なのかと警戒した楓は、その名刺に手を伸ばすこともせずにじっと見ている。
「あ、あの。ブラニーズプロダクション知りません?かなりメジャーな芸能プロダクションだと思っているのですが」
椛山が少しばかり涙目で楓に縋りつかんばかりにすり寄ってきた。
「ブラニーズプロダクション自体は知ってますが、それが何か?」
楓は完全に塩対応だ。それでも簡単に諦めないのはプロなのだろう。
「私は、そのブラニーズプロダクションのスカウトをしています」
「それで、そのスカウトさんが本物だって証明できるのですか?それにそもそも私はスカウトに興味ないのですが」
楓がそっけなくつつく。
「そこは信じてもらうしか……。いえ、後で会社に問い合わせてもらえれば分かるわ。だから少しだけでも話を聞いてもらえないかしら」
椛山も必死さが出て来ているけれど
「もらえない」
楓はそっけない。そして
「もう、行きましょ。そろそろ予定の時間よ」
椛山を無視して会場に向かった。明確な拒絶。だからといってこの程度で諦めていてはスカウトと言えないのだろう。椛山はそれでもとついてくる。
「いや、無視しないで。お話だけでも聞いてください」
そこで楓がクルリと向きを変えて向き合う。椛山がホッとし
「聞いてくれるのね」
「ここからは会場です。お静かに」
そう言いながらホールに入っていった。

「先生、戻りました。間に合いましたよね」
長嶺が田口に声を掛けると。
「お、おきゃえり。だいじょうびゅよ。あと5分くりゃいね」
そして
「橘しゃんに、お客しゃんきてたわょ。連絡先をきかりぇたけど生徒のぷりゃいばしーだからってお断りしちぇおいたわよ。一応連絡しちぇおくわね。こりぇがわたしゃれた名刺にぇ」
そこには椛山を含む4枚の名刺があった。

「取り付く島もないというのはこういうことかしら」
椛山は溜め息をつきながらどうしたものかと考えをめぐらしていった。
「そういえば横にいたあの男の子、どこかで見たような……、いえ、それだけじゃなくてその男の子の腕に抱きついていた小柄な女の子もどこかで……」
しおりを挟む

処理中です...