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第210話 選べない選択

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「え?桜泊っていかないの?」
ホテルのロビーで帰宅の言葉を口にした桜に楓が驚いたようにたずねる。
「うん、あたしは荷物持ちで来ただけよ。それに楓も言ったでしょ。愛翔と2人きりになれるって」
艶やかな唇をペロリとなめた桜は少し妖艶な感じがした。
「言ったけど、言ったけど。桜は私と来てくれるって……」
「あたしは、横浜まで手伝うって言っただけよ」
楓は今朝のやり取りを思い出す。確かに桜が言ったのはその通りの言葉で
「じゃあ桜は最初からそのつもりで?」
「ええ。でも誤解してほしくないのは、あたしが楓を応援しているのは本当だからね。ここからはあたしが役に立てないから帰る。で、本番はちゃんと応援にくるから。それともあたしが居ないとさみしい?」
桜が揶揄うように笑うと、さすがに楓も
「も、もう、桜ならそういう事じゃないって分かってるでしょうに」
「うふふ、そうね。わかってるわ。だから今日はあたし帰るわ」
綺麗なウィンクをして桜が身をひるがえす。
「じゃあ、みなさん頑張ってくださいね。あたしはこれで帰ります」
軽く右手をひらひらと振って桜は駅に向かって歩いていく。”春”のメンバーも顧問の田口もややあっけにとられていて反応ができなかった。
桜の姿が見えなくなりハッと気づいた田口が、急かしだす
「はい、みなさん。本番直前ですが全国ということで学校から特別手当じゃなくて、特別予算が下りましたので今日これからと明日リハーサル後に近くのスタジオを借りてあります。最後の調整をそちらでしましょう」
楓を含む”春”のメンバーはホテルにチェックインを済ませ荷物を部屋に置くと借りてあるというスタジオにさっそく移動した。
「へー、スタジオってこんな風になってるんだ」
普段学校で練習しているためスタジオ初体験の”春”のメンバーは興味津々でキョロキョロと眺めている。
「ほら、キョロキョロしてないでCスタジオよ」
予約してある旨をフロントで告げ自身もやや迷いながらも顧問として田口が”春”を予約してあったスタジオに連れていく。
 スタジオに入り”春”のメンバーが田口に視線をあつめた。
「さ、さっそく練習はじめなさい。アレンジが2種類でまだ決めきっていないのでしょう」
最初はシンプルなバラードに仕上げたコンクール用の曲だったけれど、過去のコンクール映像を見て
「入賞グループの演奏ってみんな派手ね」
ポロリとこぼした市野の一言が迷いを生んだ。派手なアレンジ、高度なテクニック、ステージパフォーマンスも大胆だった。
そこで、2種類のアレンジを同時に作り上げてきた。どちらも”春”としては捨てがたい。そこでギリギリまで両者ともを磨いてきた。そして未だ選択ができていなかった……

「最悪本番までに決められればいいわ。とことんあがきましょう」
長嶺の言葉に”春”は練習を始めた。
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