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第180話 母親

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「姉さん、見送りに来たよ」
「丘先輩、あたし達も来ました」
「ありがとう。愛翔君たち3人も来年は来るよね」
「また後輩になれるように頑張るよ」
新幹線の改札近く。愛翔たち3人は東京に向かう丘を見送りにきている。そしてその丘の横には、大人の女性が立っていた。高校に入って身長も伸び180cmに届いた愛翔の肩より少し高い身長、栗色のストレートのロングヘア、控えめなメイクで、それでも20代後半に見える大人しめのその人は愛翔を見るとうっすらと涙を浮かべ口を開いた。
「愛翔……」
それに気付いた愛翔は目を見張る。丘が新幹線で数時間掛かる東京に行くとなれば当然そこに居ることは予想される女性。
「ひょっとして母さん?」
よろけるように、それでも飛びつくように愛翔を抱きしめる。それは紛れもなく15年近くぶりに実の子に再会した母親、丘よし子(おか よしこ)の姿だった。
「ごめんね、愛翔。会いたかった、抱きしめたかった。でも……」
よし子の言葉に愛翔も少しだけホッとしていた。自分は決して捨てられたわけじゃなかったんだと。
「父さんと母さんの間にどんなことがあったのか、俺はそれは知らないし、夫婦間の事だから簡単な事では無かっただろうとは思う。それに俺は今幸せだから大丈夫。だいたい今日は姉さんが東京に行く日だろ」
そう言うと愛翔はよし子を一度だけ軽く抱き寄せすぐに離す。
「そ、そうね、つい」
そんな2人の様子を丘はホッとしたような目で見ていた。
「あいと、よかったね」
愛翔の左腕に抱きつきながら桜が囁き、右腕を抱え込んでいた楓がそっと愛翔の背中をさすった。

「「丘先輩!」」
そんな雰囲気の中、後ろから男女の揃った声が掛かる。
「加藤君、新本さん。あなた達も見送りに来てくれたのね」
1年という限られた時間ではあったけれど、交友を持った後輩の見送りに丘は頬を緩める。
その後ろからセミロングにした茶色い髪をポニーテールにまとめたやや派手目な女の子が近づいてきた。
「丘さん。こんにちは。今日からあちらなんですね」
「高野さんも、見送りに来てくれたのね。ありがとう」

「じゃあ、向こうでは女性専用のマンションで1人暮らしなんですね。いいなあ」
「そうは言っても、家事とかほとんどしてきていないから少しその辺り不安なのよね」
高野の羨ましそうな声に、丘が少しぼやいてみせた。
「大丈夫だって、東京なら早朝から深夜までなんでもあるらしいから」
クックックッっと笑いをこらえながら愛翔が横から突っ込みを入れると、何かに気付いた丘が口を開いた。
「1年後には愛翔君たちもきっと来るわよね」
「え、一応そのつもりで頑張ります」
「もっちろん、頑張っていきますよ」
慎重な楓に明るく桜が続いたけれど
「俺はどうかなあ、行くつもりではいるけど、色々進路迷ってる」
愛翔の返事は少しだけ違っていた。
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