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第159話 回復期

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愛翔が退院して3カ月。復学し闘病で落ちた体力を取り戻すため愛翔は少しずつではあるけれど、トレーニングを続けていた。月に1度の検査の結果も異常もなく現在の所は順調と言える。そして今だクラブへの復帰こそなっていないものの愛翔はあきらめることを知らないようであった。毎日のランニング、筋トレ、ミケル・レガスに指導された体幹トレーニング、そしてストレッチ、リフティングを中心としたボールコントロール、そんなことを1人黙々とこなしている。


「あーいと、おはよう」
「愛翔、おはよう」
「桜、楓、おはよう。いつも悪いな」
早朝、桜と楓が愛翔の部屋を訪れる。今となっては3人の日常。
「ううん。あたしも楓もやりたくてやってることだから」
「そうよ。愛翔は復帰に向けたトレーニングに集中して」
「ありがとう。じゃあランニングに行ってくる」
愛翔は腕時計をストップウォッチモードに切り替え、タイムを計りながらランニングを行う。
「だいぶ戻ってきたな。あと少しかな」
ランニングを終え、部屋に戻る愛翔。
「ただいま」
パタパタとスリッパを鳴らして愛翔に駆け寄る桜と楓。
「お帰りなさい」
「おかえりー。ご飯できてるよ。シャワー浴びてきて。一緒に食べよ」
愛翔はシャワーを浴びさっぱりしたところで食卓に着く。
「いつも朝からありがとう」
「気にしないで。私たちは愛翔の手助けができるのが嬉しいんだから。それに桜と2人で分担してるから楽にできてるしね」
「それでも、ありがとう。助かってる」
「もう、いいから食べよ」
ちょっと照れくさそうにそれでも嬉しそうに言う桜の言葉に3人は食事を始めた。
「あ、そうだ、今日一度クラブに顔出すように言われているから学校終わったら行ってくるよ」
「そろそろ半年だものね。復帰の目途を聞かれるのかな?」
「その程度ならいいけどな」
桜の無邪気な疑問に、少し懐疑的な愛翔だった。

「おはよう。相変わらず仲の良さね」
今日は丘が先に見つけたようで愛翔と、愛翔の両腕にぶら下がるように抱きつく桜と楓の3人に温かい微笑みを向けながら声を掛ける。
「あ、姉さん。おはよう」
「「丘先輩、おはようございます」」
「ふふ、いつか先輩じゃなくお義姉さんって呼んでもらえるようになるのかしらね」
丘は目を細め嬉しそうに頬を緩めていた。
学校に近くなると当然登校する生徒も増えてくる。両腕に桜と楓を抱きつかせ更に丘を連れた愛翔は以前ならば男子生徒からは嫉妬と怨嗟の視線を受けつつ女子生徒の黄色い悲鳴をBGMにしていた。しかし、難病と闘い長期の入院の後復学したにも関わらず進学校である光野で留年をしなかったという実績が愛翔を光野高校において1段上の存在と認識させていたため、嫉妬や怨嗟の視線は消え失せ、尊敬と憧れの視線に変わっていた。

つつがなく授業を終えた愛翔は1人ステラスターFCの事務局に顔を出していた。
「こんにちは、事務局員の池田正孝(いけだ まさたか)です。住吉君、呼び出してすまないね」
「いえ、俺も随分と長い事休ませてもらってますから、一度顔を出さないとと思っていましたので」
「もう高校には復学してるんだよね」
「ええ、まあ入院中は勉強以外にやることもなかったので学校のほうはどうにかなりましたから」
実際には入院期間の半分以上は治療の苦しさのため勉強どころでは無かったのだが、愛翔はそんなことを話すつもりは無い。
少しばかりの雑談のあと、言いにくそうに池田が切り出した。
「それでだね。現状の体調はどうなんだい?」
「そうですね。白血病を患った人間としては理想に近い回復状態ではありますが、池田さんが聞きたいのはそういう事ではないですよね?」
愛翔は冷静に問いかける。
「ふう、住吉君は本当に16歳かい?……確かに私が、というよりステラスターFC事務局として聞きたいのは君の実戦復帰の可能性と現状での参戦の可否だね」
「復帰の可能性は、今トレーニングで可能性を高めているところです。回復状態としては罹患前の70から80%くらいに感じています。ただ当然実戦を伴わない感覚ですのでもう少し回復したところでせめてU18レベルの対戦をしてみたいですね。ただ現状での参戦に関しては主治医に相談しながらとなります。なりますが、俺自身の気持ちとしてはすぐにでもピッチに立ちたいです」
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