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第88話 見せつける

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「俺のサッカーを見せてくれと言われても。何をしたらいいですか?」
愛翔のプレーは随所に個人技を織り交ぜるものの、フォワードでありながらその広い視野を生かしチーム全体を動かしていくスタイル。この状況では本来のプレーを見せるのは難しいと呆れたような問いかける愛翔に
「ふむ、そうだな」
わずかに考える素振りを見せ
「ゴールトゥゴールなんかどうかな?」
11人抜き、レベルはともかくある意味究極の個人技、
「はぁ、それが俺のサッカーって。まあやれと言われればやりますが、それ俺のサッカーじゃないですよ。ブラジルでサッカーを学んだ人ならともかく……」

愛翔はゴール前でリフティングをしながら合図を待っていた。反対側のコートにはサッカー部レギュラーがそれぞれのポジションについている。
審判役の男子生徒がホイッスルを咥え、”ピー”
愛翔は遠慮なくドリブルで加速する。ゴール前からフリーで走り出す。こんなシチュエーションなど本来のサッカーではありえない。あっという間にトップスピードに乗り右サイドへ走り込む愛翔。MLSの試合やステラスターFCのトップチームとのハーフゲームでさえ通用した愛翔のスピードにサッカー部のメンバーが対応できるわけもなくあっという間に中盤まで駆け抜ける。そこまで来てようやく愛翔の周りに1人2人とボールを奪いに集まる。しかし、トップスピードにのった愛翔にタイミングを合わせることが出来ずフェイントさえ使われずに抜かれる。最終ラインが愛翔に向かい始めた頃、愛翔は得意の右サイドからセンターに切り込みディフェンダーがどうにかスライディングをする上を飛び越えあっという間にゴールキーパーと1対1持ち込んだ。ペナルティーエリアに入ったところで愛翔はゴール左隅へ向けてシュートを放つ。
そしてキーパーがかろうじて右足を1歩踏み出した頃にはボールは既にゴールネットを揺らしていた。
とたんに湧き上がる歓声。
「すげぇ。いくらうちのサッカー部相手とは言ってもゴールトゥゴールって」
「きゃー住吉くーん」
驚きと羨望の歓声を上げる男子に黄色い悲鳴を上げる女子たち。
その盛り上がりに反して愛翔はつまらなそうな表情をしている。そこに大場が近寄り
「いやぁさすがだな。あそこまであっさりとゴールまで持っていかれるとは思わなかったよ」
愛翔は溜息をつき答える。
「大場先輩。俺はスピードタイプのアタッカーです。その俺がトップスピードにのったらJリーガー相手でもある程度抜けるんです。そんな俺を止められるつもりって、サッカー部の部員はJリーガー並みですか?」
「は?Jリーガーを抜ける?」
大場は愛翔の言っている意味を理解できず疑問を口にした。
「ええ、ただ、普通はそんなトップスピードに乗る前に潰されるので簡単には抜けませんが……」
「それで住吉は何が言いたいんだ?」
「やるんならせめてセンターサークルスタートでにしましょう。そうすればせめて部員ひとりひとりと1対1でテクニカルな抜き方をしますよ」
大場の問いに、愛翔は半ば投げやりな返事を返した。
 そして仕切り直しの11対1。センターサークルで愛翔はポジションにつく部員たちを眺め、一部違和感を感じていた。
本来フォワードのはずの剣崎がディフェンダーとして最終ラインに入っている。初回はコートサイドから見ていた大場も中盤に入っている。愛翔は一応頭の片隅にチェックをいれてホイッスルを待つ。
“ピー”ホイッスルの合図で愛翔がドリブルを始める。
さすがに距離が近い、愛翔がトップスピードに乗る前に前をふさぐ、しかし、愛翔にとっては隙だらけだ。それでも一応大きく左に上半身を振り腕で更に動きを大きく見せる。相手の重心が左に移った瞬間に右へボールごと躱し抜き去る。
次は、相手後方のスペースにパスをするようにボールを蹴り出し、愛翔はそのボールと反対側を素早く抜けて後方のスペースでボールと合流する。
3人目、ボールを蹴るような大きな動作から切り替えて、軸足の後ろにボールを通すようにタッチして逆側に抜けた。
次、左足で右足側にタッチし、右足の方でのタッチで前に持ち出し相手の横を駆け抜ける。
左アウトサイドでボールを外に動かしながら、瞬時にボールを追い越しインサイドに引っ掛けて方向を変えた愛翔。片足のみでの急激な変化で相手を置き去りにし前を向く。
どんどん先に進むためサッカー部のディフェンスが間に合わない。
次、愛翔はあえて正面に向かう、相手の目線を見るがボールだけに目線が固定されている。そこで相手の正面間近でヒールキックでボールを背中に隠す、相手の視界からボールを消し、左に加速しながら再度ヒールキックで愛翔の背中からボールが前に飛ばす。ボールを見失った相手がまごまごしているうちに置き去りに。
ひとり抜くごとに歓声があがり、黄色い悲鳴が響いた。
次は2人がかりでチェックに来た相手を見た愛翔は相手に接近しボールを隠すためにボールと相手の間に回転しながら身体を入れる。ボールを隠しながら右横に引っ張るようにに動かす、そして回転しながらボールと共に抜け出した。相手は何が起こったのか分からず棒立ちになっている。
そのフェイントでわずかにスピードの落ちた愛翔に大場がショルダータックルを仕掛けてきた。愛翔はあえて力に逆らわずするりと体捌きで躱す。愛翔に躱されバランスを崩した大場をあっという間においていく。
最終ライン、剣崎が向かってくる。スライディングタックルで止めるつもりらしい……、が剣崎が不意に右足を振りボールごと愛翔の足を刈りに来た。愛翔はつま先でボールを軽く浮かし剣崎の足に当てる。するとボールは更に浮き愛翔の正面胸の高さに……。愛翔は軽く跳びボールをトラップ。そしてそのままシュート。ボールはゴールキーパーの足の間を抜けゴールネットに突き刺さった。
観客も何が起きたのか分からないうちにゴールが決まり、またしても大きな歓声があがる。
「何が起きた?」
「相手をすり抜けた?」
「何がどうなったかわからないうちにシュートが決まったぞ」

「大場先輩。こんなもんでいいですかね?」
ゴールを決めた愛翔は大場のもとにむかい声を掛けた。
「あ、ああ。十分だ」
大場の呆然とした返事に、それでも愛翔は付け加える。
「でも、こんなのただのデモンストレーションでサッカーじゃないですよ」
それだけ言うと、愛翔はコートサイドの柏崎にむかう。
「柏崎先生。今日はこれで失礼します」
それだけ言うと愛翔は戻っていった。
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