上 下
88 / 155
新天地へ

第88話 パンとスープとハンバーグ

しおりを挟む
『バンバン、バシン』

今、あたしは宿の部屋でパン生地を作っているの。早朝まだ日が出るかどうかの時間なのだけど、結構な大人数分のパンを準備するとなるとそれなりに時間もかかるもの。ただ、そうは言ってもこれだけの音をさせては周りに迷惑なので風属性魔法で遮音結界を張ってある。ふふふ、あたしって気配り上手ね。気配りついでにナッツ類を小さめに砕いて混ぜておいたわ。今日はナッツ入りのパンにするつもり。

良い感じに仕上がったパン生地を鍋に入れ、火属性魔法で軽く人肌程度に温め、粗めの布で軽くフタをする。これで昼前までには1次発酵が終わるはず。マルタさんに昼休みの少し前に馬車の中で少し作業をする許可はもらってある。そこでガス抜きをして生地を1時間ほど休ませ、成形してさらに1時間ほど2次発酵。そのくらいでちょうど昼休憩になるはず。計算通りにいけば。さすがに宿の調理場を借りるわけにはいかないので昼に焼いて焼き立てパンを食べてもらうことにした。夜は昼に焼いたパンと買い込んだ食材でちょっとしたものを作ればいいかな。



「おはようございます。アサミ様」
「マルタさん、おはようございます。出発の準備はよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんです。今日も護衛よろしくお願いしますね」

朝食の後、マルタさんと朝の挨拶をしているのだけど。
おかしいわね。普通、この手の挨拶は護衛チームのリーダーがするものじゃないかしら?
瑶さんを見る。苦笑しているわね。マルティナさんは、なんかキラキラした目で見てる。
それならとフアンさんに視線を向ければ。満面の笑みで親指を突き出してきているわ。この世界でも同じ意味なのかしら。
でも、仕方ないわね。あたしは大きく深呼吸をして号令をかけたの。

「出発」

ゆっくりと動き出す荷馬車とそれに合わせて周囲をあたしたち護衛チームが固める。村の出口の簡素な門を出るところで、あたしは探知魔法を展開した。
うん、特におかしな反応はないわね。野生動物らしいものの反応はいくつかあるけど、それは問題ないわ。普通の野生動物は、あえて人間に近づいてきたりしないから。人の反応は村の中からだけ。
人の住む場所のそれも街道沿いでは魔獣・魔物・盗賊のどれもがめったに襲って来ないっていうことなので初日は探知魔法の練習をかねて普段より魔力をつぎこんで展開範囲を広げてみている。魔力の回復量より多めに消費しながら探知範囲を確認。当然戦うことも想定するので魔力がある程度減ったのを感じれば通常の範囲に切り替えるのだけど、魔力をモリモリ消費すれば探知範囲が今のあたしだと最大で半径500メートルくらいまで……、あ、探知魔法を5つ重ね掛けしてるから5倍消費しているはずね。
試しに展開する探知魔法をマナセンスだけにして魔力をつぎ込んでみた。あら、同じ消費量ならやっぱり広がるわね。探知範囲が大体1500メートルを切るくらいかしら。次にマインドサーチで同じことをしてみた。やっぱり同じように大体1500メートル弱まで行けたわね。これはちょっと実験が必要かもしれないわね。次に町か村で泊まるときに限界まで魔力消費したらどこまで探れるか実験してみようかしら。
そんな事を考えながら時々パン生地の発酵状態を確認して進み、そろそろ発酵状態も良い感じになったので、あたしはマルタさんとフアンさんに声を掛けに行くことにした。

「しばらく食事の準備に馬車の一部を使わせてもらいますね。護衛が必要な状態になるようでしたら参戦できるようにはしておきますので安心くださいね」

1次発酵の終わったパン生地を捏ねてガス抜きをして、丸く小分けにする。大きめのお鍋をいくつか借りてクリーンを掛け、そこに小分けにしたパン生地を並べて上からクリーンでキレイにした布にウォータで出した水で湿らせて上にふわっとかけて一旦作業は終了。ここから20から30分ベンチタイムで生地を休めないとね。あっと忘れてた、少し温度を低めにするのに水属性魔法でやや大ぶりの氷をいくつか作って布の上においておくのがいいわね。
ピョンっと馬車の後ろから飛び降りてマルタさんとフアンさんに声をかけておく。

「作業が一区切りついたのでしばらく護衛に戻りますね。ただ、また少ししたら作業があるのでよろしくお願いします」
「俺たちの飯の準備をしてくれてるんだろう。ありがとうな天使ちゃん」

そう言うフアンさんに頭を撫でられちゃった。子供扱いされてるようで微妙な感じね。

「一応14、あ、この国の数え方だと16歳の女の子なので、あまり子供扱いされるのは抵抗があるんですが」
「え、あ、すまんな、俺の娘と同じ年代に見えたものでつい、な」

子供扱いの意味が違ったのね。実の娘さんと同年代かあ。

「娘さん、おいくつなんですか?」
「ああ、16歳だ。天使ちゃんと同じ年だな。もう少しで嫁に行くことになってるんだ」

なんかフアンさんが視線を遠くに向けて寂しそうな顔になったわね。それにしても、この世界だとあたしの年だともう結婚する人がいるのね。あれ?そういえばエルリックでは、あたし年齢より下に見られること多かったのだけど、フアンさんは年齢を見間違わなかったわね。

「ねえ、フアンさん。あたしエルリックでは年より下に見られること多かったんですけど、ちゃんと16歳にみえます?」
「ん?いや天使ちゃん普通に16歳くらいに見えるぞ。なんで下に見られたのか分からないな」
「そうですか。ありがとうございます」

そんなやりとりの後、あたしは瑶さんの横で探知魔法の練習をしながら護衛についた。





「どうぞ、召し上がってください」

あのあと、成型と2次発酵を終わらせ、土属性魔法で作った竈で焼き上げたナッツ入りのパンに村で仕入れた肉で作ったステーキで昼ご飯をつくり提供した。

「おう、旨いな」
「前から思っていましたけど、アサミ様の焼くパンはフワフワでいい匂いで美味しいですね。私は仕事の関係もあり、王都にも何度か行ったことがあるのですが、これだけのものは味わったことありませんよ」
「ふふ、料理を美味しいって言ってもらえるのはうれしいですね。夜にはパンはこれですけど、ほかにもうちょっと凝ったものを作ってみる予定です。期待していてください」

午後は、特に準備もないので探知魔法の練習をしながら普通に護衛として馬車の横をついていった。

「この辺りは魔獣とか出ないんですか?」
「この辺りは魔獣の出る領域と盗賊の出る領域の境目あたりだな。盗賊も魔獣に十分に対応できるレベルの盗賊になってくるから少々手強くなるな」
「魔獣と戦えるレベルの強さがあるのにわざわざ盗賊になるんですか?普通にハンターでも傭兵でも稼げると思うんですけど」
「実力的には天使ちゃんの言う通りなんだけどな、性格的な問題でな……」

フアンさんの言葉にあたしは女神の雷やハンターギルドでいきなり絡んできたガルフという6級ハンターを思い浮かべた。つまりはそういうことなのね。

「その盗賊はやっぱり町や村の近くには出ないんですか?」
「そうだな、町や村の人間が出歩く場所ではさすがにすぐに討伐隊が組まれるからな。街道までとなるとさすがに国や領主様も手が回らないから、盗賊たちはそういうったあたりで獲物を待ち伏せるわけだ」
「そうすると、今日は?」
「まあ今日明日は多分大丈夫だな、明後日あたり盗賊、その翌日から魔獣が襲ってくる可能性がある感じだ」



フアンさんの話を聞きながら午後の護衛を終えて、今は夕食の準備中。
まずは、村で仕入れたキノコと野菜をベースにスープを作って、冷めないように小さめの焚火に掛けておく。
次が本命。買っておいた肉を包丁代わりのナイフで叩くように刻む、いい具合にミンチ状になったところで、玉ねぎっぽいものを細切れにして香草や香辛料を一緒に練りこむ。水魔法で冷たい層を作った両手でパンパンとキャッチボールをするように叩いて空気を抜いて形を整えてパティの完成。
これをフライパンで焼き上げてできあがり。本当はソースも作りたかったんだけどさすがに無理なのでこのままそれぞれのお皿にとりわけて配る。スープも器によそって。パンは昼に多めに焼いたものを自由に取れるように置けばいいわね。

「はい、みなさん。夕ご飯の準備できましたよ。スープはまたありますからお代わりしてくださいね」

あたしの言葉の終わるのも待たないで食べ始めたわ。美味しそうに食べてくれるのはなんか嬉しいわね。

「「「「「ごちそうさま。美味かったよ」」」」
「はい、おそまつさまでした」

スープは鍋をひっくり返して最後の1滴まで飲み干し。お腹をさすって満足そうにしているのを見ると異世界に転移して護衛依頼中だなんていうのが嘘みたい。まるで日本でキャンプでもしてるような錯覚におちいりそうね。

食器類をクリーンでキレイにして片付け、夜の見張りの順番を決めてそれぞれ休んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

Lunaire
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉

Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」  華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。  彼女の名はサブリーナ。  エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。  そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。  然もである。  公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。    一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。  趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。  そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。 「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。  ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。  拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。    

勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?

猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」 「え?なんて?」 私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。 彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。 私が聖女であることが、どれほど重要なことか。 聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。 ―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。 前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

処理中です...