カイイノキヲク

乾翔太

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第二章 ×××を取り戻したい怪異の記憶

母親の記憶

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 §

「おっ! あれはエスカレーターであります!」
 突然、ポチ太がそう叫んで前方を指差した。……本当だ。あれは、上の階に続くエスカレーターだ! 止まっているけど、歩いていけば問題ないよね。
「本当だ! これで上の階に行けるね!」
 ミサキちゃんが、停止したエスカレーターに向かって走っていく。私もその後に続こう。そう思って走り出した瞬間に、エスカレーターから何かが転がってきた。
「わっ!? なになに!?」
 ミサキちゃんの足元に転がってきたもの。それは――
「ひっ!?」
 あの怪異の、生首だった。
『返してください』
 ぱくぱくと口を開けて、怪異がそう呟く。 
「さ、さっきから返してとしか言ってないでありますが、何をそんなに返してほしいのでありますか!?」
 震える声で、ポチ太はそう叫んだ。だけど、怪異は答えない。
『返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して』
 ひたすら、返してと繰り返す。そんな怪異の首の断面がぼこぼこと泡立ち、徐々に体が生えてきた。
 ――今度は、脚があるべき場所にしっかりと脚が付いている。左腕も、ちゃんと付いていた。だけど右腕があるべき場所に、赤黒い液体が付着したノコギリのようなものが付いている。
「ミサキちゃん! 逃げて!!」
 怪異は、赤黒いノコギリを振り上げてミサキちゃんに襲いかかった!
「おっと!」
 ミサキちゃんはしゃがみ込み、怪異の攻撃を避ける! ノコギリの刃が、ミサキちゃんの頭すれすれを通っていった! このままだと、ミサキちゃんが危ない!
「ソラちゃん! あたしがこいつを引きつけておくから、ソラちゃんたちは上の階に行って!」
「で、でも!」
「早く記憶の核を見つけて! そうすれば、みんな助かるんだから!」
 そう言い残し、ミサキちゃんはエスカレーターから遠ざかるようにして走り始めた! その後を、怪異が追っていく!
「こうなったら行くしかないでありますよ! ソラ!」
「……っ! ミサキちゃん! 待ってて! すぐに記憶の核を見つけ出すから!」
 私は覚悟を決めて、エスカレーターを駆け上がった!
 ミサキちゃんが怪異を引きつけてくれたおかげで、私たちは難なくエスカレーターを駆け上り四階にたどり着くことができた!
 ……私たちの前方に真っ白な光が見える!
「記憶の核はこの階で間違いなさそうでありますな!」
「全力で走るから、しっかり掴まっててね! ポチ太!」
「ガッテン承知であります!」
 四階はゲームセンターとおもちゃ売り場の跡地だった! 
 このまま真っ直ぐ進めば、記憶の核の元にたどり着けそう! 
 ……正直、さっきから何度も走っているせいで横腹が痛い! でも、我慢しなきゃ! ここがきっと頑張りどころだから!
「あの中が怪しいでありますな!」
 光に向かって走っていると、スタッフルームと書かれた扉が見えてきた! あの中に、記憶の核がありそう!
「きゃあっ!?」
 スタッフルームの扉にもうすぐ手が届く! そう思った時、私は何かに足を取られて転んでしまった!
「手……!?」
 足元を見て、私は驚く。鋭い爪がついた真っ白な手が床から生えていて、私の右足をがっちりと掴んでいたからだ! これは多分、怪異の妨害だ!
「痛いっ……!」
 鋭い爪が私の足首に食い込んだ! そんなに私をこの先に行かせたくないの!?
「ソラから離れろであります!!」
 私の腕にしがみついていたポチ太が飛び跳ね、床に着地した! そしてそのまま、床から生えた手に向かってポチ太は噛み付いた!
 ――ポチ太が噛み付いたことに驚いたのか、私の足首を掴む手の力が緩んだ!
「ひはであひはふ! はひっへ! ほは!」
 床から生えた手に噛みつきながら、ポチ太が何かを言っている! 
 ……多分、「今であります! 走って! ソラ!」って言ったのかな?
「ありがとう、ポチ太! 私、行くよ!!」
 私は持てる力を振り絞って立ち上がり、スタッフルームの扉に手をかけた!
「……あった! 記憶の核!」
 小さな丸い水晶玉のようなものが、スタッフルームの机の上で光り輝いている! 間違いない! これは記憶の核だ!
「これさえあれば……!」
 ポチ太、龍守くん、輝龍丸さん、ミサキちゃん……みんなと、生きて怪域を出られるんだ!
 私は思い切り腕を伸ばし、記憶の核を掴みとった!

 §

 気がつくと私は、デパートのおもちゃ売り場に立っていた。ちゃんとぴかぴかのおもちゃが並んでいるし、近くにあるゲームセンターも営業している。
 ……これは恐らく、過去のデパートの光景だ。シンヤくんの時と同じく、怪異の過去の記憶が再生されているのだろう。
「ココロさん。息子さん、まだ見つかっていないんでしょう? そんな状態で、無理に働かなくても……」
「シンヤが戻ってきたら、好きなだけおもちゃを買ってあげようと思っているんです。だから、お金を貯めたいと思って……」
 レジカウンターの近くで、デパートの制服らしきものを着た二人の女性が話している。
 ココロさんと呼ばれた人は、さっきまで私たちを追いかけてきた怪異と同じ顔をしていた。話の内容から察するに、このココロさんという人はシンヤくんのお母さんのようだ。
 シンヤくんのお母さんが怪異になる前の記憶が、再生されていると考えて間違いなさそう。
「ココロさん! 警察から電話!」
 デパートの制服らしきものを着た男の人が、スタッフルームから飛び出してきた。
 警察から電話が来たという言葉を聞いたココロさんは顔色を変え、スタッフルームに向かって走っていった。
 ……私も、追いかけよう!
「ふむ。シンヤくんの母親が怪異だったとはね」
「龍守くん!」
 いつの間にか、近くに龍守くんが立っていた。良かった、無事だったんだ!
「千眼さん。君が記憶の核を見つけてくれたんだろう? ごめん。役に立たなかったね、僕」
「そんなことないよ! それより、龍守くんにケガがなくて良かった!」
「地下に落ちた時、輝龍丸がかばってくれたんだ。そのおかげで大怪我はしなかったよ。輝龍丸と一緒にガレキに挟まれてしまって、抜け出すのに苦労したけれど……」
「た、大変だったね……」
「おわびとお礼はまた改めてするね。とりあえず今は……」
「うん。ココロさんの記憶を見よう」
 私たちは頷き合った後、スタッフルームに足を踏み入れた。
 スタッフルームに足を踏み入れた私たちが見たもの。それは、受話器を耳に当てて号泣するココロさんの姿だった。
 よく耳を済ますと、泣きながらぶつぶつと何か呟いている。私は、辛うじて「シンヤが死んだなんて嘘だ」という言葉だけ聞き取れた。
「シンヤくんの遺体が見つかったと、警察から報告を受けている場面のようだね」
 龍守くんがぽつりとそう呟いた直後、辺りが真っ暗な闇に包まれる。
 
 §

「ここは、教室……?」
 闇が晴れた時、私たちは教室の中に居た。間違いない。ここは、シンヤくんの記憶の中にも登場した教室だ。
「先生。シンヤを殺した犯人を知っているって本当ですか?」
 教室の中で二人の男女が真剣な表情で向かい合っている。一人はココロさん。もう一人はシンヤくんの担任――山本ゴウトだ。
「ええ。知っています」
「教えてください! 犯人には、シンヤを殺した報いを受けてもらわないと……」
「すぐ後ろにいますよ」
 教室の扉が勢いよく開き、白衣を着た男――佐藤ガシンが飛び込んできた。そして、手に持った小さな箱状のものをココロさんに押し当てた。次の瞬間、ココロさんが床に崩れ落ちる。それを見て、私は思わずココロさんに手を伸ばした。だけど、これは過去に起きた出来事。私が手を伸ばしても、何も変わらないんだ……。
「スタンガンか……」
「スタンガンって、電気が流れるやつだよね?」
「ああ。電気を流して、相手を一時的に無力化させる道具だ。普通は護身用に使うものだけど、こうやって悪用するやつもいるみたいだね」
 龍守くんが、佐藤ガシンを睨みつけながらそう言った。相当、怒っていそう。……怒っているのは、私も同じだけど。シンヤくんだけじゃなく、そのお母さんにも手を出していたなんて……。
「せん、せい……。どういう、ことですか……?」
 床に伏せるココロさんが、目の前に立つ山本ゴウトにそう問いかける。山本ゴウトは、目を背けて何も答えない。
「協力感謝しますよ。先生。これで足りなかった娘さんの手術代はチャラにしてあげます」
「……こんなことを繰り返していると、足が付きますよ。ドクター」
「仕方ないだろう。時折、悲鳴を聞きながら人を切り刻みたくなる。そんな性分なんだから」
 理解できない。悲鳴を聞きながら人を切り刻みたくなる? そんなの、絶対におかしい。
「それに、事が済めば大好きな息子と同じところに行けるんだ。だからこれは善行だよ」
 そう呟く佐藤ガシンの顔は、笑っていた。その顔を見て、私はぞっとする。
 同じ人間のはずなのに、目の前の男がとても怖い。怪異の怖さとはまた違った怖さ。そう、感じた。
「何を、言っているんですか……。まさか、シンヤは……」
「死んだよ。私が生きたまま切り刻んだんだ。いやあ、あの子は良い悲鳴を聞かせてくれた。あなたも、あの子に負けないくらいにいい悲鳴を出してくれ」
「そん、な……」
「ああ。悲しまなくていいよ。あの子の心臓は先生の娘のものになって生きているから」
「余計なことは言わないでください。ドクター」
 山本ゴウトのその言葉とともに、再び辺りが闇に包まれる。

 §

 次に闇が晴れた時、私たちは薄暗い倉庫の中にいた。ここは、シンヤくんの命が奪われた場所だ。そして今、佐藤ガシンの手によってココロさんの命も奪われようとしていた。
「千眼さん」
 これから行われることを予感したのか、龍守くんがまた胸を貸してくれた。見ない方がいいということだろう。
「さて、最後に言い残すことはあるかね?」
 佐藤ガシンの問いに、
「……私はあなたたちを許さない。死んでも、あなたたちを殺す。絶対に」
 ココロさんは、低い声でそう答えた。
「死んでも殺す? バカげたことを言う。死んだらそれで終わりなんだよ」
 カチャカチャと、金属音が聞こえる。そう思った次の瞬間、ココロさんの悲鳴が辺りに響き渡った。
 思わず、私は龍守くんの胸に顔を強く押し付けてしまう。そんな私の背中を、龍守くんは優しく撫でてくれた。
「……シンヤくんのお母さんは、こうして強い恨みを持ったまま亡くなって怪異になったんだな。そして怪異になった後、山本ゴウトと佐藤ガシンを怪域に招いて、復讐を果たしたわけか」
 私は、この怪域に来た直後に見た二人の霊を思い出した。
 ……なるほど。ココロさんが生前に残した「死んでも殺す」という言葉通り、二人の男は怪異になったココロさんに殺されたんだ。怪異になって復讐したいと思うくらいに、ココロさんはシンヤくんのことを大切に思っていたのだろう。
 ――怪異になったココロさんは、ひたすら「返してください」と呟いていた。ココロさんが返してほしかったもの。それは、シンヤくんの命だったのかもしれない。

 §

「ソラ! 意識が戻ったでありますか!」
 気がつくと、私たちは元の廃デパートのスタッフルームに居た。近くには龍守くんだけではなく、ポチ太や輝龍丸さんも居る。そして……。
『すみませんでした』
 穏やかな顔をしたココロさんが、目の前に立っていた。どうやら、浄化は成功したみたいだ。
『シンヤを手にかけた人たちだけではなく、無関係な人まで巻き込んでしまって……。本当にすみません』
「怪異になると正気を失うから、仕方ないところはあるよ。でも……」
『ええ。正気を失っていたとはいえ、私が人を殺した事実は変わりません。きっと、シンヤが居るはずの天国には行けないでしょうね』
 ココロさんは、悲しげにそう呟いた。その呟きに、輝龍丸さんがこう答える。
「……そうとも限らんじゃろ。そもそも天国やら地獄やらが本当にあるかも疑わしいしの」
「そうだね。浄化された後、あなたがどこに行き着くかは分からない。あなたが望めば、シンヤくんが居る場所にたどり着けるかもしれないよ」
 龍守くんは、穏やかな声でそう言った。その言葉を聞いたココロさんが、両目から涙をぽろぽろとこぼす。そして、
『ありがとう』
 と言い残し、白い光に包まれて消えていった。
「……浄化完了、でありますな」
「うん……」
 きっと、ココロさんはシンヤくんに会える。もう二度と、苦しむことはない。そう信じよう。

「……待て。何かおかしい」
 龍守くんがぽつりと呟く。それとほぼ同時に、突然、辺りの景色がザラザラとしたノイズまみれになった。
「どうなっているでありますか!?」
 警戒しているのか、ポチ太が全身の毛を逆立てている。これは只事ではないと思った私も、思わず身構える。
「……えっ?」
 ザラザラとしたノイズは、程なくして消えた。
 ノイズが消えるのと同時に、私たちの周りに目を疑うような光景が広がる。
「夜の海岸、じゃと?」
 そう。私たちは、砂浜の上に立っていた。そして、目の前には月明かりに照らされた海が広がっている。
「あっ! ソラちゃん!」
「ミサキちゃん!」
 少し離れた場所にミサキちゃんが立っていた。ああ、良かった! 無事だったんだ!
「待て、千眼さん!」
 私はミサキちゃんに駆け寄ろうとしたが、いきなり龍守くんに右腕を掴まれて止められてしまった。
「どうしたの、龍守くん?」
「あの子は、何者だ?」
「何者って……。私の友達のミサキちゃんだよ。さっきの怪域でも私を助けてくれた……」
「……輝龍丸!」
 突然、龍守くんが輝龍丸さんの名前を叫んだ! そして次の瞬間、白い杖に変身した輝龍丸さんを握った龍守くんが、私をかばうように前に立った!
「千眼さん。残念だが、ここはさっきとは違う怪域だ。そしてこの怪域を生み出している怪異は、あの子で間違いないだろう」
「な、なんで?」
「前に僕は言ったよね。記憶の核を見つけると、怪域の中に居る『人間』に怪異の生前の記憶が頭の中に流れ込んでくるって。あの子が人間なら、シンヤくんのお母さんの記憶が再生された時に僕たちと一緒に居なければおかしいんだ」
 この海岸が怪域? それに、それを生み出している怪異が、ミサキちゃん?
 ……嘘だ。訳がわからないよ。そんなこと、あるはずない。
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