カイイノキヲク

乾翔太

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第一章 ××を欲しがる怪異の記憶

犬と龍とクラスメイト

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 七月二十三日。午後六時を過ぎた頃。
 私は縁樹(えんじゅ)中学校の二年A組の教室に居た。
今日は一学期の終業式の日。授業はなくて、終業式が終わった午前中の内に殆どの生徒が帰っている。それなのに、私は教室に残っていた。私の大切な友達である、山本ミサキちゃんと一緒に。
「よーし! 魔法陣の準備ができたよ! ソラちゃん!」
 そう言って、ミサキちゃんは教卓の上を指差した。
 教卓の上には、大きな紙が乗っている。その紙には星形の模様と、それをぐるりと囲む大きな円――魔法陣が描かれていた。
「いやー、わくわくするね! あたしたち以外誰もいない教室で、秘密のおまじないをするなんてさ!」
「私は、ドキドキするかも。遅くまで学校に残って、怒られないよね……?」
「大丈夫だって! 遅いって言っても、普通の日なら今は部活の時間だよ! 怒られないって!」
 ミサキちゃんは満面の笑みを浮かべながら、私の背中をぽんぽんと叩いた。
 ――ミサキちゃんは、とても明るくて元気な、ポニーテールがよく似合う女の子だ。暗くて内気な私とは正反対。なのに、私たちは友達だ。
 私は人に話しかけるのが苦手。だから、中々友達を作れない。ミサキちゃんと友達になる前の私は、休み時間になっても誰とも話さず、教室の片隅で黙々と本を読んでいた。誰かとおしゃべりするのは嫌いじゃない。むしろ好き。だけど、自分から話しかける勇気はない。
 そんな私は、いつしかぼっち姫という陰口を叩かれるようになり、ますます孤立していった。
 そんな私に、ミサキちゃんは積極的に話しかけてくれたんだ。そして、気がつけば私たちは友達になったの。
「……ソラちゃん。ボーっとしているけど、大丈夫?」
「う、うん。大丈夫だよ」
「なら良かった。呪文を忘れたりもしてない?」
「それも大丈夫」
「よし! じゃあ、あたしの手を取って」
 言われた通りに、私はミサキちゃんの手を取った。
 ……ミサキちゃんの手、ひんやりしていて気持ちいいなあ。
「いくよ。せーの!」
 私たちは大きく息を吸った後、声を揃えて呪文を唱えた。
『ドゥラデ ネトゥイ ホルセウ クガイ』
 これは、ミサキちゃんから教えてもらった呪文だ。この魔方陣の前で、友達と一緒に今の呪文を唱えると友情が永遠に続く。そう、ミサキちゃんから教えてもらったんだ。
「……うん、ばっちり! きっとおまじないは大成功! これであたしたちの友情は永遠だよ! ソラちゃん!」
「本当?」
「本当本当! これからもずっと一緒だからね! ソラちゃん!」
 そう言って、ミサキちゃんは私を強く抱きしめてきた。正直、ちょっと苦しい。でも、嬉しい。大切な友達とずっと一緒。それはきっと、とても幸せなことだから。

 もう、私はぼっち姫になんかなりたくない。大切な友達と一緒に、楽しい日々を過ごしたい。
 明日から始まる中学二年生の夏休みも、ミサキちゃんと沢山遊んで、楽しい思い出をいっぱい作れるはず! 楽しみだなあ! 

 ……この時の私は、そう思っていた。

 §
 
「はあ……」
 大切な友達と楽しい夏休みを過ごすはずだったのに、どうして今の私は見知らぬ学校の職員室の扉にもたれかかり、膝を抱えているんだろう。
『みツけタ……』
「えっ?」
 職員室の中には誰も居ない。そのはず、だった。
 それなのに、私の前にはいつの間にか小さな男の子が立っていた。
 半袖と半ズボン。そして、赤白帽子を着けているこの子は、パッと見た感じ低学年の小学生に見える。
 だけど、明らかにおかしい部分が一か所ある。それは、この子が着ている白い半袖シャツの胸の部分に、赤黒いものがべっとりと付いていることだ。もしかしてこれは――血?
『ねェ。ちょウだイ……?』
 間違いない。この男の子の声は、さっきまで私が居た教室でスピーカーから聞こえてきた声と同じだ。
「あ、あなたは何……? もしかして、オバケだったりするの……?」
 血のようなものがべっとりと付いたシャツを着た男の子が、急に目の前に現れるなんて普通じゃない。もうオバケとしか思えないよ!
 ……逃げないと! そう思った私はゆっくりと立ち上がり、後ろ手で職員室の扉を開けようとした。だけど、何故か開かない。
 ――どうして!? 鍵をかけてなんかいないのに!
『あハっ、あははハはっ……』
 笑い声をあげながら、男の子がゆっくりと近づいてくる。
 男の子は、右手に何かを持っていた。少し目をこらすと、その何かの正体が分かった。同時に、恐怖で私の背中がひやりとする。
 男の子が持っていたもの。それは、赤黒いものがべっとりと付いた包丁だった。
「い、いや……! 来ないで……!」
 身体がガタガタと震える。脚に力が入らない。……もう、立つこともできない。
 座り込んでしまった私のすぐ目の前に、包丁を持った男の子がやってきた。
『……ちょうダい。君ノ心臓。チょうダい』
 そう言って、男の子は包丁を大きく振り上げた! 

 ――ああ。私、ここで死んじゃうんだ。
 ……嫌だなあ。こんな訳わからない場所で、訳わからない死に方をするなんて――。

「……ソラに、手を出すなでありますーっ!」
 
 私の体に包丁が突き刺さる。その寸前に、ポチ太が光った。
『ウうっ……!?』
 ポチ太が光った瞬間、男の子は包丁を床に落とした。
 ……もしかして、この光が怖いのかな?
 男の子は、両手で顔を隠して呻き声をあげていた。
 えっ? 待って。ポチ太が急に光り出したのにも驚いたけど……
「ポチ太が喋った!?」
 今、間違いなく喋ったよね? 私に手を出すなって言ったよね?
「そんなことより、今のうちに逃げるでありますよ! ソラ!」
 そうだ。今はとにかく逃げなきゃ。でも……。
「ダメ、立てない……」
 全身がガクガクと震えて立てない。それに、扉が開かなければ逃げ場所がないよ……。
『邪魔、しナいデよ……』
 ポチ太の体から出る光はすぐに消えた。その光が消えるのと同時に、男の子が再び包丁を振り上げる。
 ――鋭い刃先は、ポチ太の方に向いていた。
「ダ、ダメ!」
「ソラ!?」
 私はポチ太を抱きかかえたまま、その場にうずくまった。
 ポチ太が急に喋ったり光ったりした理由は分からない。でも、ポチ太が私を助けようとしてくれたのは確かだ。私を助けようとしてくれたポチ太を、今度は私が助けたい。
 包丁で刺されるのは痛いだろうし、死ぬのはイヤ。だけど、それでポチ太が助かるのなら……!
「そこまでだ」
 突然、後ろからガラリと音がした。どうやら、職員室の扉が開いたみたい。
 そして、誰かが中に入ってきた気配がする。
 ……私は、恐る恐る顔を上げた。
「た、龍守(たつもり)……くん?」
 私と、包丁を持った男の子の間。そこに、真っ白な杖を持った黒髪の男の子が立っていた。
 間違いない。この男の子は、龍(たつ)守(もり)リクトくん。私のクラスメイトだ。学校では黒い学生服を着ているけど、今は白を基調とした洋服を着ている。そのせいでかなり印象が変わって見えた。まるで、軍人さんみたいな格好だ。
『きミ、誰? キミがその子ノ代わリに、ボクに心臓ヲくれルの?』
「残念だが、君に僕の心臓はあげられないな。代わりにきつい一撃をくれてやる」
 龍守くんはそう言って、手に持った白い杖の先端を男の子に向けた。
 ……一体、何をするんだろう? 私がそう思った次の瞬間、なんと龍守くんは杖の先端で男の子の胸を思い切り突いた!
『ぎゃアっ!!』
 男の子は短い悲鳴を上げ、背中から床に倒れ込んだ。
「今だ。一旦逃げるよ」
 龍守くんは振り返り、私にそう言った。逃げたい。でも……。
「えっと、ごめんなさい。腰が抜けて、立てなくて……」
「……仕方ないな。頼む、輝龍丸(きりゅうまる)」
 きりゅうまるって何? 私がそう思った直後、龍守くんが持つ杖が光輝き、あっという間に消えてしまった。
「……きゃあああ!! トカゲのオバケ!!」
 龍守くんの杖が消えた直後、私の前に立っていたもの。それは真っ白なトカゲのオバケだった! トカゲが二つの脚でしっかりと立っていて、神社の神主さんみたいな格好をしている! どうなっているの、これ!?
「トカゲとは失礼な! わしは龍の神獣じゃ!」
「心配しなくていい。顔は怖いけど味方だ。信用していいよ」
 こんな怖い顔のトカゲのオバケが味方!? 龍守くんはそう言うけど、本当かなあ!?
「ソラ! 大丈夫でありますよ。あの龍は、オイラと同じ存在でありますから」
 私の腕の中で、ポチ太が優しく呟いた。ポチ太と同じ存在って、どういうことだろう。次から次に色んなことが起きすぎて頭が痛くなってきたよ……。
「わしが運んでやる。感謝するんじゃぞ。小娘」
「きゃっ!」
 小娘……。そんな呼ばれ方をしたのは初めてでちょっとショックかも。でももっとショックなのは、トカゲのオバケにお姫様だっこされちゃったことだ。
 トカゲのオバケにお姫様だっこされた私がポチ太をだっこしていて……。何だろうこの状況は……。
『ちょウだい、ちょうダい……、ボクに心臓ヲ……!』
 床に倒れた男の子が全身をガクガクと震わせている。今にも起きあがって、私たちを襲ってきそうな雰囲気だ。
「あの『怪異(かいい)』が力を取り戻す前にここから離れる。行くぞ」
 龍守くんがそう言うのと同時に、トカゲのオバケは私たちを抱えたまま走り始めた!
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