上 下
27 / 43

26.彼女の話

しおりを挟む
 琴音ちゃんに引っ張られるまま歩いた。
 なんだか声をかけづらい。割と力が強いもんだから下手に抵抗すると転んでしまいそうだ。俺が貧弱ってわけではないのは言うまでもない。
 駅を通り過ぎて、あまり足を向けないような場所へと進む。
 そこにあったのは公園だった。それなりに遊具があって、屋根つきのベンチがある。だが人っ子一人いやしない。外で遊ぶ子供がいないってのも寂しいものだ。

「ぷっ……ふふっ……あはっ、もうダメ我慢できない……」

 公園に入ったかと思えば、琴音ちゃんが震え出した。どうしたどうした?
 彼女は俺から手を離すと、腹を抱えて笑い声を上げた。何かおかしなことでもあったのか、笑いが止まらないといった様子だ。

「何か面白いことでもあったか?」

 むしろ笑い事じゃないことがあった気がするんだが。俺の感性がずれているだけかな?

「あはは、ふっ、だ、だって祐二先輩が……」

 俺? 笑われるようなことした覚えがないぞ。

「祐二先輩が、あたしのメイド服……自分で着たって……しかもそれをあたしにプレゼントしたなんて言うからですよ……ぷぷっ」

 それかよ!
 せっかく琴音ちゃんのためだと思って、俺の身を犠牲にしてまで嘘をついたってのに。それ笑うのか。当人が笑うっていうのかあ!

「こんにゃろ。笑うんじゃねえ! つーかいつからあの喫茶店にいたんだよ!」
「きゃあっ! 痛いですよぅ」

 彼女の脳天にグーチョップ。痛いとか言いながらも笑いを引っ込めない。もう一発ほしいようだな?

「あたし言ったじゃないですか。祐二先輩とお姉ちゃんがいっしょにあのお店に入るのを見たって。それからすぐにこっそりと入店したのです。お店の人にはボディランゲージで説明したら事情をわかってくれました」
「今一番びっくりしたのがボディランゲージで説明したってあたりなんだけど」

 あのおじいちゃん店主にボディランゲージが通じたんだな。すごいってより、もうどっちもおかしいや。
 琴音ちゃんは息を整えて涙を拭う。

「ありがとうございます。祐二先輩はあたしのために嘘をついてくれたんですよね。本当に嬉しかったです」

 彼女は頭を下げた。本気の感謝が伝わってくる。
 そこまでされると逆に居心地悪い。こういうのは適当に流してくれればいいのだ。

「……今日バイトだったんじゃないのか?」
「そうなんですけど……、今日はもうサボっちゃおうかなと」

 そう言って可愛く笑う琴音ちゃん。
 でも、その笑顔はすぐに曇った。

「……あまり休みたくはないんですけどね。お店に迷惑かけちゃうし、働くの好きですし、やりがいもありますし」

 勤労少女はここにいた。俺なんか働いたことないけど、絶対に仕事が好きだって言えない系社会人になると思う。

「でも、ですね」

 琴音ちゃんに見つめられる。何かを訴えるような目。俺は勘違いはしない。

「今……、祐二先輩とお話したいんです。あたしに時間をくれませんか?」

 彼女からのお誘い。彼氏は黙ってうなずくのみだ。


  ※ ※ ※


 琴音ちゃんがバイトを休む連絡をした後、俺達はブランコに乗った。
 久しぶりのブランコにテンション爆上がり! なんてことにはならず、キーコキーコと錆びついた音を立てながら座り漕ぎしていた。

「あたしの初恋って小四だったんですよね」

 いきなりの恋バナである。

「でもその人はお姉ちゃんのことが好きだったんですよ」

 そしていきなりの失恋。こんな時なんて言っていいかわからないの。

「異性を好きになるってことに目覚めたのはその時からだったと思います。それで周りの男子をそういう目で見てみるとですね、気づいたんですよ」
「気づいたって何を?」
「みんな、お姉ちゃんのことが好きってことにです」

 すげえな藤咲さん。小学生の頃から年下相手だろうが魅了しちゃってたのかよ。藤咲さん相手に性に目覚めた男子がどれだけいたことか。

「その時は『さすがお姉ちゃん!』ってはしゃいでました。だって大好きなお姉ちゃんが人気者だったから。妹のあたしも嬉しかったんです」
「そっか」

 ブランコに揺られる俺。琴音ちゃんも一定のペースで漕いでいた。漕ぎながら話し続ける。

「中学生になってからです。あたし、男子から告白されるようになりました」
「モテモテだった?」
「ええ、そりゃもうたくさんの男子に迫られましたよ」

 琴音ちゃんの表情に変わりはない。誇らしそうでもなければ、恥ずかしそうでもない。ただ淡々と語られるだけだ。

「あたしに告白する男子って、みんなお姉ちゃん目当てだったんです。あたしと接点なんかないのに、お姉ちゃんに近づきたいだけの理由で、あたしに迫ってくるんです」

 琴音ちゃんが笑った。下手くそな笑い方だった。

「あたしってチョロそうに見えるらしいですよ。そりゃあお姉ちゃんみたいに完璧じゃないですからね。勉強も、運動も、人付き合いだってそれほど得意じゃありません」

 チョロそう、か。たぶん頭悪そうな男子どもの会話を偶然聞いちゃったんだろうなと予想する。

「そんな自分を変えたくて。何かがんばろうって、何か一つくらいは得意なことを作ろうって決めました。それで部活に入ったんです。新体操部でがんばったんです」

 新体操部。そういや井出からの情報であったな。
 藤咲琴音は中等部まで新体操部だった。だが、高等部では続けなかった、てさ。

「がんばろうって。がんばって誰かから認めてもらおうって思ってました。お姉ちゃんとは関係なく、あたし自身の成果を見てほしかった」
「うん」
「そうやってがんばって、良い成績を残せたんです。これで、胸を張って誇れる自分になれたつもりでした」
「うん」
「でも違ってた。最初に耳に入ってきた言葉はこうでした。『さすがは藤咲彩音の妹だ』って」

 俺は相槌を打たなかった。

「これだけがんばってもダメなんだから、新体操を続けてたって意味ないかなって。あたし、ダメですよね……」
「なんで?」
「なんでって……」

 琴音ちゃんの動きが止まる。ブランコが段々減速していく。

「ここで諦めたら勿体ないって、努力が無駄になるって……」
「そう言われたんだ。勝手な奴らだなー」

 俺はブランコに揺られる。琴音ちゃんも俺と同じようにブランコに揺られる。スカートがめくれて中が見えちゃうハプニングは発生しなかった。
 琴音ちゃんの話は終わっていない。全部聞いてからにしようと思ったが、俺もおしゃべりしないと会話ってやつにならないだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラスで一番人気者の女子が構ってくるのだが、そろそろ僕がコミュ障だとわかってもらいたい

みずがめ
恋愛
学生にとって、席替えはいつだって大イベントである。 それはカースト最下位のぼっちである鈴本克巳も同じことであった。せめて穏やかな学生生活をを求める克巳は陽キャグループに囲まれないようにと願っていた。 願いが届いたのか、克巳は窓際の後ろから二番目の席を獲得する。しかし喜んでいたのも束の間、彼の後ろの席にはクラスで一番の人気者の女子、篠原渚が座っていた。 スクールカーストでの格差がありすぎる二人。席が近いとはいえ、関わることはあまりないのだろうと思われていたのだが、渚の方から克巳にしょっちゅう話しかけてくるのであった。 ぼっち男子×のほほん女子のほのぼのラブコメです。 ※あっきコタロウさんのフリーイラストを使用しています。

ぼっち陰キャはモテ属性らしいぞ

みずがめ
恋愛
 俺、室井和也。高校二年生。ぼっちで陰キャだけど、自由な一人暮らしで高校生活を穏やかに過ごしていた。  そんなある日、何気なく訪れた深夜のコンビニでクラスの美少女二人に目をつけられてしまう。  渡会アスカ。金髪にピアスというギャル系美少女。そして巨乳。  桐生紗良。黒髪に色白の清楚系美少女。こちらも巨乳。  俺が一人暮らしをしていると知った二人は、ちょっと甘えれば家を自由に使えるとでも考えたのだろう。過激なアプローチをしてくるが、紳士な俺は美少女の誘惑に屈しなかった。  ……でも、アスカさんも紗良さんも、ただ遊び場所が欲しいだけで俺を頼ってくるわけではなかった。  これは問題を抱えた俺達三人が、互いを支えたくてしょうがなくなった関係の話。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

秘密のキス

廣瀬純一
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

愉快な無表情クール系幼馴染にがんばって告白したら、強烈な一撃をもらった話

みずがめ
恋愛
俺には赤城美穂という幼馴染がいる。 彼女は無口無表情で愛想がない……というのが周りの奴らの印象だ。本当は悪戯好きで愉快な性格をしていて、そして何より繊細な女の子なのだと俺は知っている。 そんな美穂は成長していく度に美人になっていった。思春期を迎えた男子から告白されることが多くなり、俺は人知れず焦っていた。 告白しよう。そう決意した俺が行動を開始し、その結果が出るまで。これはそんなお話。 ※他サイトでも掲載しています。

幼馴染と話し合って恋人になってみた→夫婦になってみた

久野真一
青春
 最近の俺はちょっとした悩みを抱えている。クラスメート曰く、  幼馴染である百合(ゆり)と仲が良すぎるせいで付き合ってるか気になるらしい。  堀川百合(ほりかわゆり)。美人で成績優秀、運動完璧だけど朝が弱くてゲーム好きな天才肌の女の子。  猫みたいに気まぐれだけど優しい一面もあるそんな女の子。  百合とはゲームや面白いことが好きなところが馬が合って仲の良い関係を続けている。    そんな百合は今年は隣のクラス。俺と付き合ってるのかよく勘ぐられるらしい。  男女が仲良くしてるからすぐ付き合ってるだの何だの勘ぐってくるのは困る。  とはいえ。百合は異性としても魅力的なわけで付き合ってみたいという気持ちもある。  そんなことを悩んでいたある日の下校途中。百合から 「修二は私と恋人になりたい?」  なんて聞かれた。考えた末の言葉らしい。  百合としても満更じゃないのなら恋人になるのを躊躇する理由もない。 「なれたらいいと思ってる」    少し曖昧な返事とともに恋人になった俺たち。  食べさせあいをしたり、キスやその先もしてみたり。  恋人になった後は今までよりもっと楽しい毎日。  そんな俺達は大学に入る時に籍を入れて学生夫婦としての生活も開始。  夜一緒に寝たり、一緒に大学の講義を受けたり、新婚旅行に行ったりと  新婚生活も満喫中。  これは俺と百合が恋人としてイチャイチャしたり、  新婚生活を楽しんだりする、甘くてほのぼのとする日常のお話。

処理中です...