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26.彼女の話
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琴音ちゃんに引っ張られるまま歩いた。
なんだか声をかけづらい。割と力が強いもんだから下手に抵抗すると転んでしまいそうだ。俺が貧弱ってわけではないのは言うまでもない。
駅を通り過ぎて、あまり足を向けないような場所へと進む。
そこにあったのは公園だった。それなりに遊具があって、屋根つきのベンチがある。だが人っ子一人いやしない。外で遊ぶ子供がいないってのも寂しいものだ。
「ぷっ……ふふっ……あはっ、もうダメ我慢できない……」
公園に入ったかと思えば、琴音ちゃんが震え出した。どうしたどうした?
彼女は俺から手を離すと、腹を抱えて笑い声を上げた。何かおかしなことでもあったのか、笑いが止まらないといった様子だ。
「何か面白いことでもあったか?」
むしろ笑い事じゃないことがあった気がするんだが。俺の感性がずれているだけかな?
「あはは、ふっ、だ、だって祐二先輩が……」
俺? 笑われるようなことした覚えがないぞ。
「祐二先輩が、あたしのメイド服……自分で着たって……しかもそれをあたしにプレゼントしたなんて言うからですよ……ぷぷっ」
それかよ!
せっかく琴音ちゃんのためだと思って、俺の身を犠牲にしてまで嘘をついたってのに。それ笑うのか。当人が笑うっていうのかあ!
「こんにゃろ。笑うんじゃねえ! つーかいつからあの喫茶店にいたんだよ!」
「きゃあっ! 痛いですよぅ」
彼女の脳天にグーチョップ。痛いとか言いながらも笑いを引っ込めない。もう一発ほしいようだな?
「あたし言ったじゃないですか。祐二先輩とお姉ちゃんがいっしょにあのお店に入るのを見たって。それからすぐにこっそりと入店したのです。お店の人にはボディランゲージで説明したら事情をわかってくれました」
「今一番びっくりしたのがボディランゲージで説明したってあたりなんだけど」
あのおじいちゃん店主にボディランゲージが通じたんだな。すごいってより、もうどっちもおかしいや。
琴音ちゃんは息を整えて涙を拭う。
「ありがとうございます。祐二先輩はあたしのために嘘をついてくれたんですよね。本当に嬉しかったです」
彼女は頭を下げた。本気の感謝が伝わってくる。
そこまでされると逆に居心地悪い。こういうのは適当に流してくれればいいのだ。
「……今日バイトだったんじゃないのか?」
「そうなんですけど……、今日はもうサボっちゃおうかなと」
そう言って可愛く笑う琴音ちゃん。
でも、その笑顔はすぐに曇った。
「……あまり休みたくはないんですけどね。お店に迷惑かけちゃうし、働くの好きですし、やりがいもありますし」
勤労少女はここにいた。俺なんか働いたことないけど、絶対に仕事が好きだって言えない系社会人になると思う。
「でも、ですね」
琴音ちゃんに見つめられる。何かを訴えるような目。俺は勘違いはしない。
「今……、祐二先輩とお話したいんです。あたしに時間をくれませんか?」
彼女からのお誘い。彼氏は黙ってうなずくのみだ。
※ ※ ※
琴音ちゃんがバイトを休む連絡をした後、俺達はブランコに乗った。
久しぶりのブランコにテンション爆上がり! なんてことにはならず、キーコキーコと錆びついた音を立てながら座り漕ぎしていた。
「あたしの初恋って小四だったんですよね」
いきなりの恋バナである。
「でもその人はお姉ちゃんのことが好きだったんですよ」
そしていきなりの失恋。こんな時なんて言っていいかわからないの。
「異性を好きになるってことに目覚めたのはその時からだったと思います。それで周りの男子をそういう目で見てみるとですね、気づいたんですよ」
「気づいたって何を?」
「みんな、お姉ちゃんのことが好きってことにです」
すげえな藤咲さん。小学生の頃から年下相手だろうが魅了しちゃってたのかよ。藤咲さん相手に性に目覚めた男子がどれだけいたことか。
「その時は『さすがお姉ちゃん!』ってはしゃいでました。だって大好きなお姉ちゃんが人気者だったから。妹のあたしも嬉しかったんです」
「そっか」
ブランコに揺られる俺。琴音ちゃんも一定のペースで漕いでいた。漕ぎながら話し続ける。
「中学生になってからです。あたし、男子から告白されるようになりました」
「モテモテだった?」
「ええ、そりゃもうたくさんの男子に迫られましたよ」
琴音ちゃんの表情に変わりはない。誇らしそうでもなければ、恥ずかしそうでもない。ただ淡々と語られるだけだ。
「あたしに告白する男子って、みんなお姉ちゃん目当てだったんです。あたしと接点なんかないのに、お姉ちゃんに近づきたいだけの理由で、あたしに迫ってくるんです」
琴音ちゃんが笑った。下手くそな笑い方だった。
「あたしってチョロそうに見えるらしいですよ。そりゃあお姉ちゃんみたいに完璧じゃないですからね。勉強も、運動も、人付き合いだってそれほど得意じゃありません」
チョロそう、か。たぶん頭悪そうな男子どもの会話を偶然聞いちゃったんだろうなと予想する。
「そんな自分を変えたくて。何かがんばろうって、何か一つくらいは得意なことを作ろうって決めました。それで部活に入ったんです。新体操部でがんばったんです」
新体操部。そういや井出からの情報であったな。
藤咲琴音は中等部まで新体操部だった。だが、高等部では続けなかった、てさ。
「がんばろうって。がんばって誰かから認めてもらおうって思ってました。お姉ちゃんとは関係なく、あたし自身の成果を見てほしかった」
「うん」
「そうやってがんばって、良い成績を残せたんです。これで、胸を張って誇れる自分になれたつもりでした」
「うん」
「でも違ってた。最初に耳に入ってきた言葉はこうでした。『さすがは藤咲彩音の妹だ』って」
俺は相槌を打たなかった。
「これだけがんばってもダメなんだから、新体操を続けてたって意味ないかなって。あたし、ダメですよね……」
「なんで?」
「なんでって……」
琴音ちゃんの動きが止まる。ブランコが段々減速していく。
「ここで諦めたら勿体ないって、努力が無駄になるって……」
「そう言われたんだ。勝手な奴らだなー」
俺はブランコに揺られる。琴音ちゃんも俺と同じようにブランコに揺られる。スカートがめくれて中が見えちゃうハプニングは発生しなかった。
琴音ちゃんの話は終わっていない。全部聞いてからにしようと思ったが、俺もおしゃべりしないと会話ってやつにならないだろう。
なんだか声をかけづらい。割と力が強いもんだから下手に抵抗すると転んでしまいそうだ。俺が貧弱ってわけではないのは言うまでもない。
駅を通り過ぎて、あまり足を向けないような場所へと進む。
そこにあったのは公園だった。それなりに遊具があって、屋根つきのベンチがある。だが人っ子一人いやしない。外で遊ぶ子供がいないってのも寂しいものだ。
「ぷっ……ふふっ……あはっ、もうダメ我慢できない……」
公園に入ったかと思えば、琴音ちゃんが震え出した。どうしたどうした?
彼女は俺から手を離すと、腹を抱えて笑い声を上げた。何かおかしなことでもあったのか、笑いが止まらないといった様子だ。
「何か面白いことでもあったか?」
むしろ笑い事じゃないことがあった気がするんだが。俺の感性がずれているだけかな?
「あはは、ふっ、だ、だって祐二先輩が……」
俺? 笑われるようなことした覚えがないぞ。
「祐二先輩が、あたしのメイド服……自分で着たって……しかもそれをあたしにプレゼントしたなんて言うからですよ……ぷぷっ」
それかよ!
せっかく琴音ちゃんのためだと思って、俺の身を犠牲にしてまで嘘をついたってのに。それ笑うのか。当人が笑うっていうのかあ!
「こんにゃろ。笑うんじゃねえ! つーかいつからあの喫茶店にいたんだよ!」
「きゃあっ! 痛いですよぅ」
彼女の脳天にグーチョップ。痛いとか言いながらも笑いを引っ込めない。もう一発ほしいようだな?
「あたし言ったじゃないですか。祐二先輩とお姉ちゃんがいっしょにあのお店に入るのを見たって。それからすぐにこっそりと入店したのです。お店の人にはボディランゲージで説明したら事情をわかってくれました」
「今一番びっくりしたのがボディランゲージで説明したってあたりなんだけど」
あのおじいちゃん店主にボディランゲージが通じたんだな。すごいってより、もうどっちもおかしいや。
琴音ちゃんは息を整えて涙を拭う。
「ありがとうございます。祐二先輩はあたしのために嘘をついてくれたんですよね。本当に嬉しかったです」
彼女は頭を下げた。本気の感謝が伝わってくる。
そこまでされると逆に居心地悪い。こういうのは適当に流してくれればいいのだ。
「……今日バイトだったんじゃないのか?」
「そうなんですけど……、今日はもうサボっちゃおうかなと」
そう言って可愛く笑う琴音ちゃん。
でも、その笑顔はすぐに曇った。
「……あまり休みたくはないんですけどね。お店に迷惑かけちゃうし、働くの好きですし、やりがいもありますし」
勤労少女はここにいた。俺なんか働いたことないけど、絶対に仕事が好きだって言えない系社会人になると思う。
「でも、ですね」
琴音ちゃんに見つめられる。何かを訴えるような目。俺は勘違いはしない。
「今……、祐二先輩とお話したいんです。あたしに時間をくれませんか?」
彼女からのお誘い。彼氏は黙ってうなずくのみだ。
※ ※ ※
琴音ちゃんがバイトを休む連絡をした後、俺達はブランコに乗った。
久しぶりのブランコにテンション爆上がり! なんてことにはならず、キーコキーコと錆びついた音を立てながら座り漕ぎしていた。
「あたしの初恋って小四だったんですよね」
いきなりの恋バナである。
「でもその人はお姉ちゃんのことが好きだったんですよ」
そしていきなりの失恋。こんな時なんて言っていいかわからないの。
「異性を好きになるってことに目覚めたのはその時からだったと思います。それで周りの男子をそういう目で見てみるとですね、気づいたんですよ」
「気づいたって何を?」
「みんな、お姉ちゃんのことが好きってことにです」
すげえな藤咲さん。小学生の頃から年下相手だろうが魅了しちゃってたのかよ。藤咲さん相手に性に目覚めた男子がどれだけいたことか。
「その時は『さすがお姉ちゃん!』ってはしゃいでました。だって大好きなお姉ちゃんが人気者だったから。妹のあたしも嬉しかったんです」
「そっか」
ブランコに揺られる俺。琴音ちゃんも一定のペースで漕いでいた。漕ぎながら話し続ける。
「中学生になってからです。あたし、男子から告白されるようになりました」
「モテモテだった?」
「ええ、そりゃもうたくさんの男子に迫られましたよ」
琴音ちゃんの表情に変わりはない。誇らしそうでもなければ、恥ずかしそうでもない。ただ淡々と語られるだけだ。
「あたしに告白する男子って、みんなお姉ちゃん目当てだったんです。あたしと接点なんかないのに、お姉ちゃんに近づきたいだけの理由で、あたしに迫ってくるんです」
琴音ちゃんが笑った。下手くそな笑い方だった。
「あたしってチョロそうに見えるらしいですよ。そりゃあお姉ちゃんみたいに完璧じゃないですからね。勉強も、運動も、人付き合いだってそれほど得意じゃありません」
チョロそう、か。たぶん頭悪そうな男子どもの会話を偶然聞いちゃったんだろうなと予想する。
「そんな自分を変えたくて。何かがんばろうって、何か一つくらいは得意なことを作ろうって決めました。それで部活に入ったんです。新体操部でがんばったんです」
新体操部。そういや井出からの情報であったな。
藤咲琴音は中等部まで新体操部だった。だが、高等部では続けなかった、てさ。
「がんばろうって。がんばって誰かから認めてもらおうって思ってました。お姉ちゃんとは関係なく、あたし自身の成果を見てほしかった」
「うん」
「そうやってがんばって、良い成績を残せたんです。これで、胸を張って誇れる自分になれたつもりでした」
「うん」
「でも違ってた。最初に耳に入ってきた言葉はこうでした。『さすがは藤咲彩音の妹だ』って」
俺は相槌を打たなかった。
「これだけがんばってもダメなんだから、新体操を続けてたって意味ないかなって。あたし、ダメですよね……」
「なんで?」
「なんでって……」
琴音ちゃんの動きが止まる。ブランコが段々減速していく。
「ここで諦めたら勿体ないって、努力が無駄になるって……」
「そう言われたんだ。勝手な奴らだなー」
俺はブランコに揺られる。琴音ちゃんも俺と同じようにブランコに揺られる。スカートがめくれて中が見えちゃうハプニングは発生しなかった。
琴音ちゃんの話は終わっていない。全部聞いてからにしようと思ったが、俺もおしゃべりしないと会話ってやつにならないだろう。
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