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58.彼女のことをわかっていない婚約者

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 どこでどう嗅ぎつけたのか。西園寺が俺の住むアパートに辿り着いていた。
 目的はエリカだろう。てことは彼女が家出をしたことも知っているのか? だったらその理由に自分も無関係ではないとわかっているはずなのだが……。
 いや、今はそんなことを考えている暇はない。西園寺からエリカを守ろうと日葵と羽彩ががんばってくれている。一刻も早く間に割って入るんだ。

「西園寺……さん、でしたっけ? うちに何か用ですか?」
「む、君は……」

 日葵と羽彩を守るようにして前に立つ。いきなり強面の男が現れたからか、西園寺は表情を歪めた。

「晃生くん!」
「晃生っ!」

 俺が帰ってきたのを見て、日葵と羽彩がほっとしたように俺の名を呼ぶ。西園寺の相手はかなり大変だったらしい。
 西園寺は気を取り直して、自分では爽やかとでも思っているみたいなスマイルを浮かべた。作っていますって感じで気持ち悪いなぁ。

「君には用がないんだ。僕はエリカさんに会いに来ただけだからね。どいてもらえるかな?」
「こんな普通のアパートの前にそんないかつい黒塗りの車が停まっていたんじゃあ他の住人に迷惑ですよ。それにエリカの姿が見えないようだが、どこのエリカさんに会いに来たってんですか?」

 辺りにエリカの姿は見えない。おそらく黒塗りの高級車を見て、エリカを部屋に隠して日葵と羽彩で追い返そうとしていたのだろう。
 無茶しやがって……。エリカのことは頼むとは言ったが、こんな危ない状況になってしまってさえも庇ってくれるとはな。
 そんな危険な状況でも、日葵と羽彩はエリカを守ろうと立ち上がった。二人にとっても、それだけエリカが大切な存在なのだろう。
 エリカは原作ではただのモブキャラで、ヒロインたちとは関わりもしなかったってのにな。ちょっと展開が変わっただけで、ここまで仲良くなるとは思っていなかったぞ。
 もちろん二人だけじゃなく、俺にとっても大切な存在だ。絶対に守るという意思を込めて、目に力を込めた。

「うっ……。そ、そんなに睨んだって無駄だぞっ。エリカさんがこのアパートにいるのは知っているんだ!」

 西園寺は慌てた手つきでスマホを取り出した。何やら操作したかと思えば、ニヤリと口の端を上げる。

「君、GPSって知ってるかい?」
「はぁ。まあ一応」

 位置情報がわかるってやつだよな。日本語では全地球測位システムっていうんだっけか。……こいつ、もしかして?

「フンッ。つまり僕には、エリカさんがどこにいるのかお見通しってことさ!」

 ドーン! 西園寺は気持ちの良いほどのドヤ顔を見せつけてきた。いや、やっぱりその顔は気持ち悪いなぁ。

「あの、エリカのスマホに位置情報がわかるアプリを入れていたってことっすか?」
「ああそうさ。婚約者として、彼女の行動はチェックしておきたいからね」

 俺は思わず呻いた。エリカのことを思うと胸が痛くなったのだ。

「うわぁ……キモッ」
「最低ね……エリカさんが可哀そうだわ」

 後ろからもドン引きした声が聞こえてくる。それが聞こえているのかいないのか。西園寺は構わず続けた。

「エリカさんはどうやら二日続けてこのアパートに寝泊まりしていたようだったからね。いつもは旅行でもない限り外泊なんかしない人なんだ。何かあったのかと心配して、婚約者が動くのは当然だろう?」

 西園寺は胸を張ってそんなことを言った。
 こいつ、もしかしてエリカが家出したということは知らないのか? 口振りからだとGPSで調べたら家にいる様子ではないから気になって来てみた、としか聞こえないのだが。
 いや、それはそれで怖いんだけども……。

「あの、確認したいんすけど……そのGPSが入っていることは、エリカは知っているんですか?」
「これは僕の無償の愛の一つだからね。エリカさんに伝える必要はないよ」
「……」

 これを知った時のエリカのメンタルが心配である。許可もなく、良く思っていない男から見張られていたと考えるだけで悪寒が止まらない。
 それは女子の共通認識だったのだろう。振り返らずとも身体を震わせている女子二人の気配が感じられた。

「さあ、もういいだろう。君たちは大学のサークルか何かの関係でしかないのだろう? だったら無関係だ。婚約している僕たちにこれ以上踏み込むのはやめたまえ」

 西園寺は「決まった!」とばかりに前髪をばっさぁっと手で払う。そんなに前髪長くないけどな。
 というか俺たち大学生ですらないんですけど……。この西園寺って男、行動がストーカーじみている割に、エリカのことを何もわかっていない。

 エリカが家出をしたことも、なぜ両親とケンカをしたのかということも。大学でどんなことをしているのかということも、サークルに入っているのかどうかもわかっていない。
 やたらと「婚約者」を強調してくるが、こいつにはエリカにちゃんと興味を持っているという印象を感じない。
 好きな人のことを知りたい。それはわかる。だが、なぜ知りたいのか。その先が全然見えてこなかった。
 それは結局のところ、エリカが美しい女という上っ面で満足してしまっていたからなのだろう。
 美人で優秀な女を手に入れた。婚約者として共に人生を考えるわけではなく、アクセサリーのように見ていたからこそ内面に興味がなかった。そう感じずにはいられなかった。

「いや、無理っすね」
「は? 何が無理だって?」
「エリカにアンタは相応しくねえつってんだよ」

 ギロリと睨みつける。本物の悪役の目つきに西園寺は怯んだ様子を見せたが、すぐに余裕を取り戻した。

「ふ、ふふっ。ついに本性を現したな! やはりこんな不良が傍にいるとエリカさんに悪影響を及ぼす。おいっ、この世間知らずの不良を痛めつけてやれ!」

 西園寺がパチンッと指を鳴らすと、控えていた黒服の男が前に出てきた。
 今の今まで黒服の存在に気づかなかった。黒子のように存在感を消していたってのか。こいつ……できる!

「二人とも下がってろ」
「あ、晃生……大丈夫?」
「晃生くんがんばって!」

 羽彩と日葵から心配と応援をもらう。やれやれ、俺はこう見えて暴力反対の男なんですけどね。
 後ろをチラリと目を向けた時に見えた人影……。穏便に済ませたいなと、俺は息を深く吐くのであった。
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