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48.恩返しの甘やかし
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濡れた衣服は洗濯機にぶち込んで、俺たちは浴室で温まった。スッキリはしていない。悶々としただけだ……。
着替えを持って来ていなかったエリカには俺の服を貸した。サイズが大きすぎて、Tシャツ一枚で彼女の身体をすっぽりと覆い隠せた。……大事なところは隠れてるけど、Tシャツ一枚じゃあさすがにエッチすぎませんかね?
「これでも飲んで温まってろ」
「ありがとう。……温かい」
俺以上に何かを我慢している様子のエリカに、ホットコーヒーを渡す。身体の中が温もれば少しはリラックスできるだろう。
「晃生くんがコーヒーを入れてくれるなんて意外だね。そういう気遣いはできない子だと思っていたよ」
「失礼だろ。……まあ、インスタントだけどな」
だが我ながらお湯の入れ具合が絶妙だ。コーヒーもちょうどいい濃さになっているだろう。インスタントコーヒーだけなら羽彩よりも美味いかもしれない。
「……」
エリカがちびちびとコーヒーを飲む。俺もマグカップに口をつける。雨音が静かな部屋によく響いていた。
「何かあったのか?」と聞きたいが、たぶんエリカはそれを望んではいないだろう。
彼女が俺に望んでいることがあるとすれば、何も聞かずにいることだけだ。それがお互いにとっての「都合の良い関係」ってやつだろうからな。
「エリカ、何かあったのなら話を聞くぞ」
そこまで察していても、聞かずにはいられなかった。
以前、彼女は俺の悩みを聞いてくれた。心を楽にしてくれた。だから、今度は俺が恩返しする番だ。
しばらくエリカは黙っていた。聞かなかったフリをしているのか、コーヒーを飲むことに集中していると態度で示していた。
頭をがしがしとかく。
拒絶されても関係ねえ。何かあったら守る。それは俺の女になった奴全員に、そうすると決めたことだから。
「言ったろ? エリカは俺の女だ。俺は自分の女を何が何でも守る。その覚悟は伝えたつもりだ」
「晃生くん……」
濡れた瞳が向けられる。その目は迷っているように見えたが、さらに時間が経ってからエリカはマグカップをテーブルに置いた。
話す気になってくれたのだろう。俺もコーヒーを飲み切ると、話を聞く体勢になる。
エリカは年上の大学生だ。高校生の俺からすれば大人の女性だ。
それでも、俺の女を守るという主義は変わらない。何かあれば力になりたい。そう思えるほどには情が生まれていた。
「……ちょっと、パパとケンカしちゃってね」
エリカはゆっくりと口を開いた。
「私が大学生になってすぐに、婚約者が決められたの」
「婚約者?」
今時婚約者なんているもんなんだな。そういうのって漫画の中だけかと思っていたよ。……よく考えればここも漫画世界だったか。
「私は自分の人生を自由に生きたいって思ったから。婚約はなかったことにしてほしいってパパにお願いしたの。そうしたらケンカになっちゃってね……。私も人生で初めての反抗期だったから退けなくて、最近はずっと衝突を繰り返していたの」
「ああ」
「パパは何度話をしても私の意見が変わらないのが気に入らなかったのね。『どこで失敗してしまったんだ』って……。『お前が育て方を間違えたから!』って、パパはママを責めたの」
「……」
「今度はパパとママがケンカするようになって。私はただ……自分の人生を歩んでいきたいって思っただけだったのに……。あんなの、望んでなんかいないよ……っ」
そんなのは、子供が一番見たくない両親の姿だ……。
エリカは俺よりも年上で、頼り甲斐のある姉のような存在でもある。もう酒だってたしなめる年齢だ。
それでも、親の言葉に傷つかないなんてことはないのだ。親の言葉だからこそ、苦しむことだってある。
『どうしてよ……。どうしてそんな悪いことをするの? こんなの私の子じゃない……。アンタみたいな……アンタみたいな親を苦しめるような子供なんていなければっ!』
「っ!?」
急に胸に鋭い痛みが走った。まるで心臓を刃物で刺されたみたいな激しい痛みに胸を押さえる。
……おいおいおい。勘弁してくれよ郷田晃生。そんな過去、聞いてねえぞ?
「どうしたの晃生くん?」
「いや……、それでエリカは家を飛び出したのか?」
「……うん。家に居づらくて、どうしていいかもわからなくて。行くところがなくて晃生くんの家に来ちゃった」
エリカは冗談めかして小首をかしげたが、声にいつもの元気がなかった。
「話はわかった。こんな時まで無理すんな」
「あ……」
エリカの頭を俺の胸に引き寄せる。
力加減に気をつけながら彼女の頭を撫でる。前に俺がエリカにそうしてもらったみたいに、優しく甘やかしてやる。
「お互い都合の良い関係でいようって、エリカが言ったんだぞ。だから俺を頼れ。何ができるとかできないとか考えるのは後からでもいいんだ。まずは腹いっぱい飯食って、たくさん寝て、それからどうするかを一緒に考えようぜ」
「晃生、くん……」
エリカは俺の胸で静かに泣いた。本当に静かで、胸に濡れた感触がなければわからなかっただろう。
外は真っ暗になって、ようやくエリカも落ち着いてきた。代わりに腹の虫が可愛らしく鳴いた。
「よし、腹が減っただろ? 俺がでっかいオムライスを作ってやる。食べ切れなかったら俺が食うから気にすんな。これでも俺はけっこう大食いなんだぜ?」
「ふふっ……。晃生くんがたくさん食べるの、私は知っているよ……」
エリカは小さく笑う。頬は濡れていたが、もう涙を流してはいなかった。
人様の教育に対して何かを言うつもりはない。ただ、本当にエリカ自身を見てやっていたのかと聞いてやりたかった。
こんなに良い娘を悲しませるほど大事なことがあるのだろうか? 俺には想像もつかなかった。
「ねえ、晃生くん」
「なんだ?」
「今日は、たくさん甘やかしてね」
「任せろ」
この後いっぱい食べて、スッキリして、たくさん寝た。人間の三大欲求をすべて満たすと、とても幸せな気持ちになると知ったのであった。
着替えを持って来ていなかったエリカには俺の服を貸した。サイズが大きすぎて、Tシャツ一枚で彼女の身体をすっぽりと覆い隠せた。……大事なところは隠れてるけど、Tシャツ一枚じゃあさすがにエッチすぎませんかね?
「これでも飲んで温まってろ」
「ありがとう。……温かい」
俺以上に何かを我慢している様子のエリカに、ホットコーヒーを渡す。身体の中が温もれば少しはリラックスできるだろう。
「晃生くんがコーヒーを入れてくれるなんて意外だね。そういう気遣いはできない子だと思っていたよ」
「失礼だろ。……まあ、インスタントだけどな」
だが我ながらお湯の入れ具合が絶妙だ。コーヒーもちょうどいい濃さになっているだろう。インスタントコーヒーだけなら羽彩よりも美味いかもしれない。
「……」
エリカがちびちびとコーヒーを飲む。俺もマグカップに口をつける。雨音が静かな部屋によく響いていた。
「何かあったのか?」と聞きたいが、たぶんエリカはそれを望んではいないだろう。
彼女が俺に望んでいることがあるとすれば、何も聞かずにいることだけだ。それがお互いにとっての「都合の良い関係」ってやつだろうからな。
「エリカ、何かあったのなら話を聞くぞ」
そこまで察していても、聞かずにはいられなかった。
以前、彼女は俺の悩みを聞いてくれた。心を楽にしてくれた。だから、今度は俺が恩返しする番だ。
しばらくエリカは黙っていた。聞かなかったフリをしているのか、コーヒーを飲むことに集中していると態度で示していた。
頭をがしがしとかく。
拒絶されても関係ねえ。何かあったら守る。それは俺の女になった奴全員に、そうすると決めたことだから。
「言ったろ? エリカは俺の女だ。俺は自分の女を何が何でも守る。その覚悟は伝えたつもりだ」
「晃生くん……」
濡れた瞳が向けられる。その目は迷っているように見えたが、さらに時間が経ってからエリカはマグカップをテーブルに置いた。
話す気になってくれたのだろう。俺もコーヒーを飲み切ると、話を聞く体勢になる。
エリカは年上の大学生だ。高校生の俺からすれば大人の女性だ。
それでも、俺の女を守るという主義は変わらない。何かあれば力になりたい。そう思えるほどには情が生まれていた。
「……ちょっと、パパとケンカしちゃってね」
エリカはゆっくりと口を開いた。
「私が大学生になってすぐに、婚約者が決められたの」
「婚約者?」
今時婚約者なんているもんなんだな。そういうのって漫画の中だけかと思っていたよ。……よく考えればここも漫画世界だったか。
「私は自分の人生を自由に生きたいって思ったから。婚約はなかったことにしてほしいってパパにお願いしたの。そうしたらケンカになっちゃってね……。私も人生で初めての反抗期だったから退けなくて、最近はずっと衝突を繰り返していたの」
「ああ」
「パパは何度話をしても私の意見が変わらないのが気に入らなかったのね。『どこで失敗してしまったんだ』って……。『お前が育て方を間違えたから!』って、パパはママを責めたの」
「……」
「今度はパパとママがケンカするようになって。私はただ……自分の人生を歩んでいきたいって思っただけだったのに……。あんなの、望んでなんかいないよ……っ」
そんなのは、子供が一番見たくない両親の姿だ……。
エリカは俺よりも年上で、頼り甲斐のある姉のような存在でもある。もう酒だってたしなめる年齢だ。
それでも、親の言葉に傷つかないなんてことはないのだ。親の言葉だからこそ、苦しむことだってある。
『どうしてよ……。どうしてそんな悪いことをするの? こんなの私の子じゃない……。アンタみたいな……アンタみたいな親を苦しめるような子供なんていなければっ!』
「っ!?」
急に胸に鋭い痛みが走った。まるで心臓を刃物で刺されたみたいな激しい痛みに胸を押さえる。
……おいおいおい。勘弁してくれよ郷田晃生。そんな過去、聞いてねえぞ?
「どうしたの晃生くん?」
「いや……、それでエリカは家を飛び出したのか?」
「……うん。家に居づらくて、どうしていいかもわからなくて。行くところがなくて晃生くんの家に来ちゃった」
エリカは冗談めかして小首をかしげたが、声にいつもの元気がなかった。
「話はわかった。こんな時まで無理すんな」
「あ……」
エリカの頭を俺の胸に引き寄せる。
力加減に気をつけながら彼女の頭を撫でる。前に俺がエリカにそうしてもらったみたいに、優しく甘やかしてやる。
「お互い都合の良い関係でいようって、エリカが言ったんだぞ。だから俺を頼れ。何ができるとかできないとか考えるのは後からでもいいんだ。まずは腹いっぱい飯食って、たくさん寝て、それからどうするかを一緒に考えようぜ」
「晃生、くん……」
エリカは俺の胸で静かに泣いた。本当に静かで、胸に濡れた感触がなければわからなかっただろう。
外は真っ暗になって、ようやくエリカも落ち着いてきた。代わりに腹の虫が可愛らしく鳴いた。
「よし、腹が減っただろ? 俺がでっかいオムライスを作ってやる。食べ切れなかったら俺が食うから気にすんな。これでも俺はけっこう大食いなんだぜ?」
「ふふっ……。晃生くんがたくさん食べるの、私は知っているよ……」
エリカは小さく笑う。頬は濡れていたが、もう涙を流してはいなかった。
人様の教育に対して何かを言うつもりはない。ただ、本当にエリカ自身を見てやっていたのかと聞いてやりたかった。
こんなに良い娘を悲しませるほど大事なことがあるのだろうか? 俺には想像もつかなかった。
「ねえ、晃生くん」
「なんだ?」
「今日は、たくさん甘やかしてね」
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