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45.少しずつ馴染めているから
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「……本当はもっと、上手くやるはずだったのよ」
体育祭後に野坂が起こした騒動が終わって、日葵は落ち込んだように呟いた。
「梨乃ちゃんから純平くんがおかしくなっているって聞いて。どうせ大したことはできないだろうって、ゆっくり思い知らせてあげればいいって思ったの」
「もっと穏便にできると思ったのにな……」そう言って、日葵は目を伏せた。
白鳥日葵と野坂純平は幼馴染である。
幼い頃は仲が良くて、その関係を惰性で続けてきた。というのが原作での関係だった。
ただ、日葵も野坂に告白されて断らない程度には、奴に悪印象はなかったのだろう。男として見ていなかったとは言うが、ずっと続いていた幼馴染の関係を解消せずにいたくらいには、野坂純平という男を信じていたのかもしれない。
「気づいてやれなくて悪かったな……」
「何を言っているのよ。晃生くんに気づかれないように動いていたつもりよ。それに関して言えば、私にとっては大成功だわ」
あっけらかんとそう言ってのける日葵。こういうところが、彼女の強さなのかもしれなかった。
「でも、俺も野坂が何か裏でこそこそやっているのはなんとなく気づいていた。それなのに、下手に首を突っ込むと余計こじれると思って無視していたんだ。日葵に負担をかけているのにも気づかずな……」
野坂とはもう関わらない方がいいと考えていた。
あいつにとって俺はただの寝取り野郎で、俺があいつに何を言っても無駄だろうと諦めていた。距離を置くことでしか、野坂の心が持ち直すことはないだろうと思っていた。
俺に何かやってくるってんなら構わない。だがしかし、俺の女を陥れようってんなら話は別だ。原作主人公なんだからヒロインに悪いことはしないだろうと決めつけていたのが、俺の油断だった。
「ふふっ、バカね」
日葵は微笑む。母親が我が子を見るような目をしているように見えてしまったのは、たぶん俺が反省ってやつをしているからだろう。
「晃生くんは何もしていなかったわけじゃないでしょう? 晃生くん自身の人生とまっとうに向き合っていたじゃない。クラスのこと、体育祭実行委員のこと。そういうところで真っすぐ向き合っていたからこそ、みんなが晃生くんの味方になったのよ」
やってきたことで、その人の在り方は示される。
体育祭を真面目に取り組んだ俺。対する野坂は裏で俺のネガティブキャンペーンをしていた。隠れてやっているつもりでも、不審に思うクラスメイトはいたのだそうだ。
「他人の人生を陥れたってなんにもならないわ。そんなことをしたって自分が評価されるわけでもないのに。……これくらい、気づいてくれると思っていたのにね」
聞いてみれば横柄な奴で、日葵が男として野坂を好きになれなかったのは嘘ではないのだろう。
それでも、幼馴染として傍にいたのは説明し切れない感情ってのがあったのかもしれない。まったく、幼馴染ってのは複雑だ。
「日葵ちゃんと郷田くんは本当に仲良しですね」
黒羽が日葵の隣に座った。
日葵と話してばっかりで忘れそうになっていたが、ここはカラオケボックス。体育祭の打ち上げということで、クラスのみんなで訪れたのだ。
「まあな。意外と相性が良いんだよ」
身体の方含めて相性が良いけどな。なんてことはさすがに言えないが。
「今回は本当にありがとう。梨乃ちゃんのおかげで助かったわ」
「でも結局野坂くんを止められなかったし……。ごめんね日葵ちゃん」
「何を言っているのよ。謝らなきゃいけないのは私の方よ。無茶なことをさせてごめんね」
謝り合う二人を眺める。美少女は目の保養になるね。ウーロン茶が美味いぜ。
「それにしてもよく録音していたもんだな。黒羽のおかげで俺の悪いうわさまで緩和されたぞ」
「いえ、野坂くんの目があまりにも怖くて……。身の危険を感じて無意識に動画を撮っていたんですよね。映像はダメでしたが、音声は拾えました」
黒羽の危機察知能力はかなり高いようだ。咄嗟にスマホで動画撮影するって、簡単にできることじゃない。
「でも良かったのか? 黒羽は野坂のことが好きだったんじゃないのか?」
「は? 誰がそんな世迷い言を口にしたんですか?」
眼鏡の奥の目が感情を失う。あ、これ本気で怒ってる目だ。
「いや悪い。俺が勝手にそう思い込んでいただけなんだ。忘れてくれ」
本当は原作で知っていたから、なんて言えるはずがない。誤魔化すようにウーロン茶に口をつける。
「そうなんですね。確かに日葵ちゃんの幼馴染だから他の男子に比べて話すことは多かったですけど、あたしに彼への好意はありませんので勘違いしないでくださいね」
「お、おう。わかった」
目が笑ってないって。次に同じことを言ったらただでは済まなそうだ。怒ると怖いのは親友と似ているんだな。……気をつけよう。
それにしても、やはり原作と違う部分はあるんだな。これをなんだかんだで現実は別だからと流すのか、実は原作が変わるような要因があったのか……。考え方次第でこれからの俺の行動が変わるかもしれなかった。
「晃生ー。次晃生の番だよー」
羽彩にマイクを渡される。忘れそうになるが、ここへはカラオケをしに来たんだった。
「おっ、次は郷田が歌うんだってよ」
「どんな歌声なんだろ?」
「あのイケボで歌ってくれるのね……。やだ、なんかムズムズしてきた」
クラスメイトから期待の眼差しが向けられる。恐れややっかみではない、好意的な雰囲気だ。
曲が流れる。俺が郷田晃生に転生して、初めて歌った曲だ。
「晃生ー、一緒に歌う?」
笑顔で気遣いをくれる羽彩。俺はその申し出を柔らかく断った。
「もう大丈夫だ」
口を開いて歌い始める。最初の時のような迷いはない。すでに何度も聴いた曲だから。
少しずつこの世界に慣れてきた。上手とは言えないまでも、楽しく歌えたのであった。
体育祭後に野坂が起こした騒動が終わって、日葵は落ち込んだように呟いた。
「梨乃ちゃんから純平くんがおかしくなっているって聞いて。どうせ大したことはできないだろうって、ゆっくり思い知らせてあげればいいって思ったの」
「もっと穏便にできると思ったのにな……」そう言って、日葵は目を伏せた。
白鳥日葵と野坂純平は幼馴染である。
幼い頃は仲が良くて、その関係を惰性で続けてきた。というのが原作での関係だった。
ただ、日葵も野坂に告白されて断らない程度には、奴に悪印象はなかったのだろう。男として見ていなかったとは言うが、ずっと続いていた幼馴染の関係を解消せずにいたくらいには、野坂純平という男を信じていたのかもしれない。
「気づいてやれなくて悪かったな……」
「何を言っているのよ。晃生くんに気づかれないように動いていたつもりよ。それに関して言えば、私にとっては大成功だわ」
あっけらかんとそう言ってのける日葵。こういうところが、彼女の強さなのかもしれなかった。
「でも、俺も野坂が何か裏でこそこそやっているのはなんとなく気づいていた。それなのに、下手に首を突っ込むと余計こじれると思って無視していたんだ。日葵に負担をかけているのにも気づかずな……」
野坂とはもう関わらない方がいいと考えていた。
あいつにとって俺はただの寝取り野郎で、俺があいつに何を言っても無駄だろうと諦めていた。距離を置くことでしか、野坂の心が持ち直すことはないだろうと思っていた。
俺に何かやってくるってんなら構わない。だがしかし、俺の女を陥れようってんなら話は別だ。原作主人公なんだからヒロインに悪いことはしないだろうと決めつけていたのが、俺の油断だった。
「ふふっ、バカね」
日葵は微笑む。母親が我が子を見るような目をしているように見えてしまったのは、たぶん俺が反省ってやつをしているからだろう。
「晃生くんは何もしていなかったわけじゃないでしょう? 晃生くん自身の人生とまっとうに向き合っていたじゃない。クラスのこと、体育祭実行委員のこと。そういうところで真っすぐ向き合っていたからこそ、みんなが晃生くんの味方になったのよ」
やってきたことで、その人の在り方は示される。
体育祭を真面目に取り組んだ俺。対する野坂は裏で俺のネガティブキャンペーンをしていた。隠れてやっているつもりでも、不審に思うクラスメイトはいたのだそうだ。
「他人の人生を陥れたってなんにもならないわ。そんなことをしたって自分が評価されるわけでもないのに。……これくらい、気づいてくれると思っていたのにね」
聞いてみれば横柄な奴で、日葵が男として野坂を好きになれなかったのは嘘ではないのだろう。
それでも、幼馴染として傍にいたのは説明し切れない感情ってのがあったのかもしれない。まったく、幼馴染ってのは複雑だ。
「日葵ちゃんと郷田くんは本当に仲良しですね」
黒羽が日葵の隣に座った。
日葵と話してばっかりで忘れそうになっていたが、ここはカラオケボックス。体育祭の打ち上げということで、クラスのみんなで訪れたのだ。
「まあな。意外と相性が良いんだよ」
身体の方含めて相性が良いけどな。なんてことはさすがに言えないが。
「今回は本当にありがとう。梨乃ちゃんのおかげで助かったわ」
「でも結局野坂くんを止められなかったし……。ごめんね日葵ちゃん」
「何を言っているのよ。謝らなきゃいけないのは私の方よ。無茶なことをさせてごめんね」
謝り合う二人を眺める。美少女は目の保養になるね。ウーロン茶が美味いぜ。
「それにしてもよく録音していたもんだな。黒羽のおかげで俺の悪いうわさまで緩和されたぞ」
「いえ、野坂くんの目があまりにも怖くて……。身の危険を感じて無意識に動画を撮っていたんですよね。映像はダメでしたが、音声は拾えました」
黒羽の危機察知能力はかなり高いようだ。咄嗟にスマホで動画撮影するって、簡単にできることじゃない。
「でも良かったのか? 黒羽は野坂のことが好きだったんじゃないのか?」
「は? 誰がそんな世迷い言を口にしたんですか?」
眼鏡の奥の目が感情を失う。あ、これ本気で怒ってる目だ。
「いや悪い。俺が勝手にそう思い込んでいただけなんだ。忘れてくれ」
本当は原作で知っていたから、なんて言えるはずがない。誤魔化すようにウーロン茶に口をつける。
「そうなんですね。確かに日葵ちゃんの幼馴染だから他の男子に比べて話すことは多かったですけど、あたしに彼への好意はありませんので勘違いしないでくださいね」
「お、おう。わかった」
目が笑ってないって。次に同じことを言ったらただでは済まなそうだ。怒ると怖いのは親友と似ているんだな。……気をつけよう。
それにしても、やはり原作と違う部分はあるんだな。これをなんだかんだで現実は別だからと流すのか、実は原作が変わるような要因があったのか……。考え方次第でこれからの俺の行動が変わるかもしれなかった。
「晃生ー。次晃生の番だよー」
羽彩にマイクを渡される。忘れそうになるが、ここへはカラオケをしに来たんだった。
「おっ、次は郷田が歌うんだってよ」
「どんな歌声なんだろ?」
「あのイケボで歌ってくれるのね……。やだ、なんかムズムズしてきた」
クラスメイトから期待の眼差しが向けられる。恐れややっかみではない、好意的な雰囲気だ。
曲が流れる。俺が郷田晃生に転生して、初めて歌った曲だ。
「晃生ー、一緒に歌う?」
笑顔で気遣いをくれる羽彩。俺はその申し出を柔らかく断った。
「もう大丈夫だ」
口を開いて歌い始める。最初の時のような迷いはない。すでに何度も聴いた曲だから。
少しずつこの世界に慣れてきた。上手とは言えないまでも、楽しく歌えたのであった。
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