上 下
39 / 124

39.体育祭当日、重低音ボイスが響き渡る

しおりを挟む
 体育祭当日。賑やかな空気が心を浮つかせる。

「郷田くん、もうすぐ放送係の仕事ですよ」
「おう。行ってくるぜ黒羽」

 当日も実行委員の仕事があった。荷物運びだけじゃなく放送係もさせるとは、郷田晃生も使われるようになったものである。

「よう郷田。今日はお互いがんばろうな」
「おはよう郷田くん。晴れて良かったね」
「ご、郷田先輩……本日はお日柄も良く……じゃなくて! 今日もよろしくお願いします!」

 準備期間で一緒に仕事をしてきたからか、実行委員の人たちと仲良くなれたと思う。こうやって声をかけられる程度には恐れられなくなったのだろう。この関係の変化がちょっぴり嬉しいもんだ。
 あいさつを返しながら、放送機器が設置されたテントへと向かう。これを運ぶのも大変だったなぁ。
 一つ深呼吸をしてから放送席に着く。とくに緊張はしていない。こういった肝っ玉もチートボディの恩恵だった。

「では最初の種目、百メートル走が始まりますので選手は入場口に集合してください」

 マイクに口を寄せて、落ち着いた口調で声を発した。重低音ボイスがスピーカーを通してグラウンドに響き渡る。
 すごんだ時の声はものすごく怖いのだが、普通に話せば割とイケボである。郷田晃生の時からすごむことが多く、口数も少ないのでそのことに気づいている奴はあまりいないだろう。

「うわぁ、すごく良い声……」
「え、誰? 今の声って誰なの?」
「こんなに色気のある声……絶対にイケメンだよ~」

 まさか郷田晃生がこういう仕事をすると思いもしないのか、あちらこちらで女子がきゃいきゃいと騒ぎ出す。それをわかっている実行委員の仲間が腹を抱えて笑いを堪えていた。肩をぽんぽんと叩いてくれる先輩もいた。
 体育祭実行委員に選ばれる前は、絶対にこういう扱いはされなかった。俺にならこれくらい気安くしても大丈夫だと思ってくれたのだろう。本当に仲良くなれたものだ。

「さあ始まりました! この百メートル走でどの組が優勝への勢いを引き寄せるのか? 第一走者の気合いは充分。みんな良い面構えだ。みんな応援の準備はできているか? 今、第一走者が……スタートしました!」

 ちょっと調子に乗って実況っぽいことをやってしまう。周りに仲間がいると思うと、こんなにも楽しくなってしまうものなんだな。充実した気持ちで仕事ができた。
 百メートル走が終わり、玉入れ、綱引きと種目が進んでいく。懐かしいなぁ、という気持ちとともに実況をした。
 俺の分の放送の仕事を終えて、自分のクラスが集まっている場所に戻る。良い汗かいたぜ。

「お帰り晃生くん。カッコ良かったわよ」
「晃生の実況マジでウケたよー。けっこう向いてんじゃない?」

 日葵と羽彩が笑顔で出迎えてくれた。羽彩はいつものサイドテールだが、日葵はピンク髪をポニーテールにしていた。体操服と合わさって新鮮さが増しましだ。
 だが、声をかけてくれたのは彼女たちだけではなかった。

「お疲れ様です郷田くん。準備からこの当日まで、本当に大活躍ですね」

 黒羽が労いの言葉をかけてくれる。俺も「ありがとう」と返した。
 この体育祭で一番仲良くなれたのは彼女だった。同じ実行委員として働いてきて、お互いに仲間意識が芽生えているのだろう。俺もかなり話しやすく感じている。

「黒羽もプログラム作成とかがんばってただろ」
「いえ、あたしは郷田くんほどいろいろやっていたわけではないので……」
「何言ってんだ。各種目の段取りを考えてくれていただろ。そのおかげでこうやってスムーズに進行しているんだ。黒羽が大活躍したって証拠だろ」
「郷田くん……」

 眼鏡の奥の瞳が俺を捉える。彼女の大きな目に吸い込まれそうになった。

「ありがとうございます。うん、そう言ってもらえるのは嬉しいものですね」

 緑髪がふわりとなびく。可愛らしい笑顔にドキリとさせられてしまった。……さすがはヒロインの一人だな。

「さっきの放送って郷田くんだったの?」
「びっくりしたよ。なんかいつもとイメージが違ったよな」
「俺も思った。カラオケが上手そうな声だよな」

 何人かのクラスメイトが話しかけてくる。少し前だと考えられなかった光景だ。
 羽彩は俺と同じ不良仲間だったし、日葵は誰にでも分け隔てなく接することのできる優等生だ。この二人が俺に話しかけても、それは例外というか特別なことで、今まで他のクラスメイトが俺に近づくことはなかった。
 体育祭特有の連帯感もあるのだろう。でも、それ以上に黒羽の存在が大きいのではないかと思う。
 大人しい黒羽が郷田晃生と仲良くしている。それが安心感に繋がり、郷田晃生に対する恐れを薄れさせたのかもしれなかった。
 ……実行委員に立候補して良かった。黒羽と一緒に仕事をできて、本当に良かった。

「ふふっ、良かったわね晃生くん」
「青春できてんじゃん晃生ー」

 クラスメイトに囲まれる俺を、微笑ましそうに見守ってくれている女子が二人。温かい眼差しが気恥ずかしくて、俺はクラスメイトの対応に集中したのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

元おっさんの幼馴染育成計画

みずがめ
恋愛
独身貴族のおっさんが逆行転生してしまった。結婚願望がなかったわけじゃない、むしろ強く思っていた。今度こそ人並みのささやかな夢を叶えるために彼女を作るのだ。 だけど結婚どころか彼女すらできたことのないような日陰ものの自分にそんなことができるのだろうか? 軟派なことをできる自信がない。ならば幼馴染の女の子を作ってそのままゴールインすればいい。という考えのもと始まる元おっさんの幼馴染育成計画。 ※この作品は小説家になろうにも掲載しています。 ※【挿絵あり】の話にはいただいたイラストを載せています。表紙はチャーコさんが依頼して、まるぶち銀河さんに描いていただきました。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

幼馴染と話し合って恋人になってみた→夫婦になってみた

久野真一
青春
 最近の俺はちょっとした悩みを抱えている。クラスメート曰く、  幼馴染である百合(ゆり)と仲が良すぎるせいで付き合ってるか気になるらしい。  堀川百合(ほりかわゆり)。美人で成績優秀、運動完璧だけど朝が弱くてゲーム好きな天才肌の女の子。  猫みたいに気まぐれだけど優しい一面もあるそんな女の子。  百合とはゲームや面白いことが好きなところが馬が合って仲の良い関係を続けている。    そんな百合は今年は隣のクラス。俺と付き合ってるのかよく勘ぐられるらしい。  男女が仲良くしてるからすぐ付き合ってるだの何だの勘ぐってくるのは困る。  とはいえ。百合は異性としても魅力的なわけで付き合ってみたいという気持ちもある。  そんなことを悩んでいたある日の下校途中。百合から 「修二は私と恋人になりたい?」  なんて聞かれた。考えた末の言葉らしい。  百合としても満更じゃないのなら恋人になるのを躊躇する理由もない。 「なれたらいいと思ってる」    少し曖昧な返事とともに恋人になった俺たち。  食べさせあいをしたり、キスやその先もしてみたり。  恋人になった後は今までよりもっと楽しい毎日。  そんな俺達は大学に入る時に籍を入れて学生夫婦としての生活も開始。  夜一緒に寝たり、一緒に大学の講義を受けたり、新婚旅行に行ったりと  新婚生活も満喫中。  これは俺と百合が恋人としてイチャイチャしたり、  新婚生活を楽しんだりする、甘くてほのぼのとする日常のお話。

処理中です...