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17.ピンクの影

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 中間考査が終わった。

「ふぃ~。疲れた~」

 テスト最終日。答案用紙を提出した瞬間、氷室がぐでーと机に突っ伏した。
 いつもはまともに勉強していなかったからな。そんな氷室がテスト期間に行った勉強会にすべて参加してくれたのだ。疲れても仕方がないだろう。
 最初は白鳥と二人きりになりたくないという理由で誘ったのだが、ここまでがんばってくれるとお疲れ様と労ってやりたくなる。

「ねー、晃生ー」
「なんだ?」

 氷室は机に突っ伏したまま、上目遣いで俺に視線を送る。

「テスト終わったんだし、遊びに行こ?」

 氷室はおずおずと、でも期待を隠し切れないといった声色で俺を誘った。
 がんばったからにはご褒美が必要だ。それに俺も転生してからまともに遊んでいない。その提案はお互いにとってWIN-WINに思えた。

「そうだな。ぱぁーっと遊ぶか」
「やった! ねえねえどこ行く?」

 疲れが吹っ飛んだと言わんばかりに、氷室が明るい笑顔を見せる。
 原作ではサブヒロインというのもあってあまり注目はしていなかったが、氷室は滅茶苦茶可愛い。メイクでは隠し切れない無邪気な笑顔が俺を魅了する。
 そんな女子と仲良く遊びに行く。よくよく考えてみれば最高の青春じゃなかろうか。

「へぇー、遊びに行くの? 私も一緒に行ってもいいかな?」

 そんな俺たちに話しかけるピンクの影。白鳥が優等生の顔をしながら混ざろうとしてきた。

「勉強会をした打ち上げということで。ねえ、純平くんも行きたいでしょう?」
「え、俺?」

 今にも白鳥を俺から引き離そうとしていた野坂の動きが止まる。白鳥の背後から迫っていたのに、見えてんのかと言いたくなるくらいの絶妙なタイミングだった。

「ほら、私たち一緒に勉強した仲じゃない。打ち上げでぱぁーっと遊びに行っても、普通のことだと思うのよ」
「う、うーん……」

 まずい。このままだと野坂が白鳥に言いくるめられてしまう。
 しかし言い分としてはまっとうだ。これを断るのは、少しでも空気を読める奴にはできないだろう。

「待ってくれ白鳥」
「どうしたの郷田くん?」

 反射的に待ったをかけたものの、どうしたものか。笑顔の白鳥からプレッシャーを感じて、俺は口を開いた。

「俺と氷室が遊びに行く場所だぞ。そんなの、いかがわしい場所になるに決まっているだろ」
「「えっ!?」」

 反応したのは氷室と白鳥だった。野坂は何を想像したのか顔を赤くして口をパクパクさせていた。

「い、いかがわしいところに行くの? アタシと二人きりで……?」

 氷室が恥ずかしそうに尋ねてきた。顔を真っ赤にして、手持ち無沙汰に指を突っつき合わせている。
 うん、そりゃあ戸惑うよね。でもこうでも言わなきゃ白鳥がついてきそうなんだもん。
 郷田晃生の悪いうわさ。そしてこの凶悪顔。言葉だけだが信ぴょう性を感じさせるはずだ。

「郷田くん、本当に氷室さんをいかがわしい場所に連れて行くつもり?」

 白鳥がずいっと顔を近づけてくる。距離が近くて恥ずかしいというより、圧がすごすぎて別の意味でドキドキしてしまった。

「お、おうよ。だからお前らは連れて行けねえな。俺たちは真面目な遊びじゃ満足できねえんだ」

 勉強会をしてもらったことで、白鳥にはもう借りを返してもらった。おかげで中間考査の結果に自信がある。
 だがここまでだ。白鳥のことは嫌いじゃないが、これ以上仲良くするのは危険だ。郷田晃生の人格がどこで現れるかわからないし、世界の修正力で肉体関係を持ってしまえば。きっとお互いに後悔することになる。
 氷室はいいのかって? 上手く言葉にできないんだけど、氷室は安心感があるんだよな。原作でもずっと近くにいた割にはなかなか手を出さなかったし。なんか大丈夫な気がする。

「っ」

 俺は野坂にアイコンタクトを送った。すると睨み返されてしまった。普通目と目で通じ合わないよね。

「日葵。二人のことは放っておいてやろう」

 だが野坂は俺の思いが通じたかのように、白鳥を引き離そうとしてくれた。
 グッジョブ野坂! 俺は原作主人公を信じていたぞ。
 これで白鳥と距離を置ける。そう思っていたのだが、エロ漫画のヒロインは思ったよりも頑固だった。

「純平くんには関係ないでしょう。もう私たち恋人じゃないんだから。放っておいてよ」

 思わぬ白鳥の反撃で野坂が大ダメージを受けた。
 胸を押さえて後退る野坂。俺は慌てて止めに入った。

「お、おいっ。そういう言い方はないだろ。野坂はお前のことを思ってだな……」
「あら。私のことをお前呼ばわりするだなんて──」
「あっ。わ、悪い」

 反射的に謝ってしまう。白鳥に「良い度胸だわ」とでも言われるんじゃないかと身構えた。
 けれど、予想に反して白鳥は頬を紅潮させながら微笑んでいた。

「──それだけ郷田くんの中で私が気安い関係になったってことよね。ふふっ、嬉しいわ」
「……」

 もう白鳥をどう扱えばいいのかわからない。誰か白鳥日葵のマニュアルを持ってきてくれ!

「ねえ晃生。別に一緒に遊びに行ってもいいんじゃない?」

 氷室が仕方がないとばかりにそう提案する。

「え、みんなでいかがわしい遊びをするのか?」
「それ冗談なんだよね!?」

 はっきり「冗談」と言われてしまえば嘘をつき続けることはできない。

「白鳥さんに勉強を教えてもらったんだからさ、感謝の意味も込めて一緒に打ち上げしてもいいよ。勉強会のメンバーは野坂くん入れても四人だけなんだから大所帯ってわけでもないでしょ? 安全な場所は当然として、暗くなる前にお開きにすればみんな問題なくない?」

 確かにそうだ。一番アホかと思っていた氷室は、この中で一番大人の対応をしてくれた。

「野坂くんもそれでいい? 四人なら安心でしょ?」
「ま、まあ……四人なら。遅くならないみたいだし」
「じゃあ決まりね」

 反対する理由がなくなってしまった。
 確かに白鳥に借りを返させるためだったとはいえ、あれだけ真剣に勉強を教えてくれたのだ。礼くらいしておいた方がいいだろう。
 それに、暗くなる前に帰るなら俺も暴走せずに済むだろう。さすがに明るいうちから何かしようって考えは郷田晃生にもないはずだ。

「それじゃあみんなどこ行きたいか意見出して。条件はぱぁーっと盛り上げられるところね」

 氷室が中心になって仕切ってくれた。意外とまとめ役が向いているのか? イキイキとしている彼女を眺めながらそんなことを思った。
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