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愉快な無表情クール系幼馴染にがんばって告白したら、強烈な一撃をもらった話

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 俺の幼馴染、赤城あかぎ美穂みほは不思議な奴である。
 表情が乏しいせいもあってか、イマイチ掴みどころがわからない性格をしている。何かと理由をつけては俺をいじってくるので、周囲からは悪戯好きなのだろうと予想されていた。
 トントンと肩を叩かれた。反射的に振り向くと、頬に指が当たる感触。

「ふふっ。変な顔」

 俺の頬を指で突いたのは美穂だった。あまり表情が変わっていないように見えるが、おかしそうに笑いを堪えているのは隠せてはいない。

「もう高校生なんだから、そういうガキっぽいことするなよな」
「ひっかかった俊成としなりが悪い」
「俺は被害者だよね?」
「この世は所詮弱肉強食。俊成はこれからライオンに食べられそうになっていたとして、被害者だって言い訳するの?」
「話が飛躍しすぎでは!?」

 内容的には冗談以外の何ものでもないんだけど、真剣な表情で言われてしまうと笑ってやることもできない。乾いた笑いで誤魔化すだけだ。

 ──と、思っている連中が多いからか、愉快な性格をしている割にあまり理解してもらえない不憫な幼馴染なのである。

「美穂は顔で損しているよな」
「そんなに面白くない顔してる?」

 むしろ整った顔立ちをしている。その綺麗さがかえって「こんな美少女がくだらない冗談を口にするはずがない」というイメージを作っているのだろう。

「……もっと笑えばいいのにな」

 美穂がニコリと笑うだけで、冷淡な印象なんかどこかへ吹っ飛んでいくに決まっている。こいつ、笑顔が滅茶苦茶可愛いんだよな。なかなか見せてくれないけど。

「いや、待て。美穂が笑顔を見せるようになったら男子どもが放っておかないぞ。うーむ、それはそれで困る……」
「さっきから何ぶつぶつ言っているの?」

 美穂は無表情のまま、こてんと首をかしげる。素で可愛い奴め。

「なんでもない。……なあ美穂」
「何?」
「俺以外の男子にさっきみたいなことするなよ」

 美穂はさらに首をかしげた。

「さっきみたいなことって?」
「だ、だからっ。俺の頬を指で、その……」

 突っつくな、そう言いたいのに続きは言葉にならなかった。
 他の男に触らせたくない。そんな独占欲を丸出しにした言葉を伝えるには、俺達の関係はそこまで特別なものじゃなかった。

「ふーん」

 気づけば、美穂は面白いものを見つけたと言わんばかりの目をしていた。

「俊成、顔真っ赤」
「あ、赤くなんかっ」

 言われて顔が熱くなっていることを自覚する。それに気づいた瞬間、ぶわっと変な汗が出てきた。

「赤くないの? 本当に? こんなにも熱くなっているのに?」

 美穂はわざとらしく俺の額に手を当てる。声にからかいの色があって、俺の顔をさらに熱くさせた。

「ぐぅ~~」

 何を言ったところでからかいのネタにしかならない。そう考えると唸ることしかできなかった。

「フフン」

 なぜか勝ち誇ったように鼻を鳴らす美穂。得意げな顔が憎たらしい。
 ……そんな憎たらしいはずの顔さえも、可愛いと思ってしまうのだから俺は重症だ。

 俺、高木たかぎ俊成としなりと赤城美穂は幼馴染である。
 だがしかし、幼馴染でありながら力関係は対等ではなかった。
 惚れた弱味があるからこそ、俺は彼女には敵わない。そのことを知らずにからかってくるのだから、本当にタチの悪い幼馴染なのである。


  ※ ※ ※


 俺だって、いつまでも幼馴染という関係に甘んじるつもりはない。

「俺は、好きな子に告白しようと思っている」

 そう、関係を変えるためにいつかは告白しなければならないのだ。思いを伝えなければ、美穂にとって俺は一生幼馴染の男でしかない。

「告白……?」

 俺の宣言を聞いた美穂は首をかしげる。
 美穂の前で「好きな子」の話をしたのには理由がある。告白する前に相手を調査する。俺の深すぎる考えから導き出された作戦だった。

「おう、告白だ。そこで相談なんだけど、美穂はどんなシチュエーションで告白されたら嬉しいんだ?」

 サプライズプレゼントされたとしても、それが求めていないものであればあまり嬉しくないと聞く。大事なのは意外性なんかじゃない。本人が求めている中身を用意することなのだ。
 だったら、いきなり呼び出して告白するのではなく、美穂からちゃんと希望の告白シチュエーションを聞いておいた方が良いだろう。

「告白……俊成が……告白……」

 美穂は何やらうわごとのように呟いている。俺の話を聞いていなかったのか?

「おーい美穂。聞いてんのかー?」

 顔を近づけながら尋ねてみる。美穂の肩が微かに跳ねた。……聞いてなかったんだな。

「聞いてる。俊成が告白? 本気なの?」
「本気だ。俺はこの恋を絶対に成就させたいと思っている」

 真面目に答える。こちとら幼馴染になってから十年以上の片思い期間を経て、失敗する恐怖がありながらも告白したいという気持ちが勝ったのだ。誰に聞かれたって、本気なのだと胸を張ってみせる。

「へぇー……」

 気のない返事だ。美穂は興味がないのかそっぽを向いてしまった。
 くっ、脈がないかもしれないと覚悟をしていたけど、ここまで興味なさそうな態度を見せられると落ち込みたくなるな。
 だけど、まだわからない。美穂の希望の告白シチュエーションを再現できれば、まだ俺にだってチャンスはあるかもしれない。

「へぇー、じゃなくて。ちゃんと答えてくれよ。告白の参考にしたいんだよ」
「別に。あたしに聞かなくてもいいでしょ」
「そ、それはその……美穂くらいしかこういうこと聞ける女子がいないんだよ」
「ふーん……」

 美穂の声には、わかりにくいものの不機嫌な感情が混じっていた。
 あれ、なんで不機嫌なんだ? もしかしてあれか。高校生にもなって相談できる女子が幼馴染しかいない俺への落胆が表れたのか?
 くっ、もっと良い言い訳を考えておくべきだった。まともに女子とお話できない情けない男、という認識をされてしまった気がする。
 俺が後悔で内心頭を抱えていると、美穂が小さく口を開いた。

「バク転でもしてみたら?」
「バク転?」

 美穂が小さく頷く。

「バク転できる男子はカッコいい雰囲気がある。だからバク転をして告白すれば、雰囲気に流される子はオーケーしてくれるんじゃない?」

 なるほど。つまり男らしさを見せつければいいんだな!

「でも俺、バク転できないんだよなぁ」
「どんまい。まあ冗だ──」
「でも、せっかく美穂がそう言ってくれたんだ。絶対にバク転できるようになってみせるぞ!」
「……え?」

 俺がバク転するところを見れば、美穂も俺のことをただの幼馴染ではなく一人の男として見ずにはいられないだろう。
 希望の光が見えてきた! 美穂との関係を進めるために、俺はバク転の練習をすることにしたのである。


  ◇ ◇ ◇


 高木俊成はあたしの幼馴染だ。

 あたしは不器用で表情が乏しくて、みんなに好かれるタイプじゃないという自覚はある。けれどそんな自分を変えたくても変えられなかった。
 そんなあたしに対して、俊成だけは嫌な顔をすることもなく、ずっと一緒にいてくれた。つまらなそうにすることなく、いつも笑顔で傍にいてくれた。

 小学生の頃。あたしはみんなに非難されるような失敗をした。
 その時に俊成が明るく、それでいて真剣に、あたしの失敗を帳消しにしてくれた。もし彼のがんばりがなければ、悪びれもしないように見えるあたしの表情で、クラスのみんなを余計に怒らせてしまったかもしれない。

「好き」

 ピンチを救われて恋に落ちてしまうだなんて、あたしは思った以上に単純だった。
 それでも、当時はまだ小学生というのもあって、急に芽生えた感情を理解できていなかった。
 自覚したのはそれからだいぶ時が経ってからだった。
 中学の頃に初めて男子から告白されて、意味もわからないままお断りをした。みんなが思春期で男女を意識している頃に、あたしは俊成の隣という居心地の良さにぬくぬくしていた。

「高木って赤城さんのなんなわけ?」

 あたしに告白してきた人に、そんなことを尋ねられた。
 考えてみて、一緒にいたい男子は俊成だけだと気づいた。もし告白してきた男子が俊成だったと考えて、胸がぽかぽかする感覚が身体中に広がった。
 高校生になった頃には恋心を完全に自覚した。その時にはどうしようもないほど膨れ上がっていて、自分の気持ちをどう処理すればいいのかわからなくなっていた。

「俊成は、あたしの気持ちには気づかないよね……」

 あたしの表情の些細な違いに気づいてくれるのは俊成だけだった。そんな彼でも、あたしの恋心には気づく様子すらない。
 それもそうだ。本来はあたし自身の口から言わなければならない気持ちだ。気づいてほしい、だなんていつまでも受け身で甘えてばかりはいられない。

「告白しよう。そう、決めたばかりだったのに……」

 まさか、俊成に好きな人がいただなんて考えてもいなかった。
 自分の気持ちに気づいてくれない、だなんてよく言えたものだ。あたしの方が俊成の気持ちに気づけなかったくせに……。
 突然好きな人がいると聞かされて、頭が真っ白になった。誰? どうして? いつの間に? たくさんの疑問が浮かんだけれど、それをぶつけられなかった。聞くのが怖くて声を出せなかった。
 それを誤魔化すようにおかしなアドバイスをした。「バク転する男子がカッコいい」だなんて、いい加減なことを言ってしまった。告白する時にバク転なんかされたら、あたしなら引く。

「俊成は本気……なんだよね」

 できないくせに、それでも告白が成功するならと。あたしのいい加減なアドバイスを真に受けてバク転の練習をすると言った。
 俊成はやると言ったら絶対に最後までやり切る。今までずっと見てきたから、痛いくらいに知っている。知っていたはずなのに、あんなことを言ってしまった……。
 今からでもあれは嘘なんだって伝えた方がいい。それをわかっていても、俊成があたしとは別の女子に告白すると考えただけで、胸が締めつけられて動けなかった。

「ごめん、なさい……」

 布団に潜り込んで丸くなる。好きな人に何もできないどころか足を引っ張って。どうしようもなく卑怯な自分が情けなくて涙が出た。


  ◇ ◇ ◇


 あれから一週間。練習したらバク転をできるようになった。やってみれば案外できるものである。

「ついに、告白の時か」

 バク転ができれば、美穂も俺にときめくはずだ。本人もバク転できる男子がカッコいいって言っていたからな。もう俺のことをただの幼馴染として見られなくなるに違いない。
 あとはいつ告白するか。呼び出す場所はどこにするか。頭の中でシミュレーションした。

「なあ美穂」
「何?」
「今日の放課後、暇か?」

 いつも通りを装って、美穂の予定を聞いた。

「今日? 何か用なの?」

 ここ一週間、ちょっと元気のない様子の美穂。いつも通りに見えなくはないが、声のトーンに落ち込んでいるのを感じる。

「えっと……」

 落ち込んでいる状態の時に告白をしていいものなのだろうか?
 いや、むしろ今が告白するタイミングなのかもしれない。落ち込んでいる時こそ慰められたいはずだ。そして、美穂を慰められるのは俺しかいない!

「そ、その……見てもらいたいものがあってだな」
「今じゃダメなの?」
「ダメに決まってんだろ!」

 思わず大声を出してしまった。俺のバカ。美穂が怯えるだろうがっ。

「そんな風に言われても、あたし知らないし」

 ほら見ろ。さらに声のトーンが落ちてしまっただろうが。
 心の中で深く反省する。イメージトレーニングしていても、上手く感情のコントロールができていなかった。若さゆえの過ちをしないためにも、深呼吸して気持ちを落ち着ける。

「ごめんな、怒ったわけじゃないんだ。えっと、今はまだ何の用かは言えないから上手く説明できないんだけどさ……放課後に美穂と二人きりになりたいんだ。……ダメかな?」
「……っ」

 首を縦に振ってくれ! 強い思いで言葉にすると、美穂に顔を逸らされてしまった。
 なぜに!? 俺から顔を背けるくらい嫌だったのかと落ち込みそうになった時だった。

「わかった。放課後、ね……」

 美穂が小さい声で了承の返事をくれたのだ。
 思わず心の中でガッツポーズした。この告白、絶対に成功させてみせる。
 決意を胸に秘めたまま、放課後がやってきた。
 場所は校舎裏。いろいろ考えた結果、変に奇をてらわない方がいいと判断した。
 一応学校で一番の告白スポットである。そのことはこの学校の生徒なら知っているのが常識といえるほど有名だ。……美穂に常識が通用するかは微妙だけども。
 校舎の壁に隠れながら、待ち合わせ場所をこっそりと覗き見る。すでに美穂は到着して俺を待っていた。
 うぅ……。美穂の姿を見た瞬間一気に緊張してきた。心臓がバクバクしているのが痛いくらい感じられる。
 決意していたはずの気持ちが緊張で揺らぐ。だけど、俺の決意は長年のものだ。この程度で崩れたりはしない。
 それに、美穂も俺のことを嫌ってはいないはずだ。他の男子への対応を見ていると、俺は何十歩もリードしている……はず。
 学内でもトップクラスの美少女である美穂を狙っている男子はたくさんいる。絶対に渡したくない。焦らずにはいられなくて、すぐにでも俺の気持ちを美穂に知ってほしかった。
 ぐっと拳を握る。もう手は震えていなかった。

「……行くか」

 俺は美穂が待つ方へと歩き始めた。

「ん」

 彼女が俺の姿を捉える。それを確認し、俺はくるりと反転した。

「うおりゃっ」

 華麗なバク転。それも連続で行い、バク転をしながら美穂のもとへと向かって行く。
 最後のバク転を美穂の目の前で着地する。そして、振り向きざまに俺はこう言い放ったのだ。

「好きだ美穂。俺と付き合ってくれ!」

 言葉はストレートにはっきりと。万が一にも聞き違いのないように大きな声で言った。

「…………」

 なのに、美穂から何も反応が返ってこない。いつも通りの無表情が凍りついている……と俺には見えた。
 戸惑っているだけだよな? 呆れて物も言えないってわけじゃないよな?
 段々と不安に押し潰されそうになっていた時だった。美穂がずいと顔を寄せてきた。

「……本気?」

 相変わらず表情はピクリとも動かないのに、圧がすごい。ここで嘘や冗談を口にしようものなら命をかけなければならない。そう思わせるだけの圧だった。
 だから、俺は彼女の目を見て真剣に返した。

「ほ、本気……なんだけど……」

 どもったけど責めないでほしい。圧がすごすぎて怖いんだよ。長年の付き合いではあるが、こんな美穂は初めてだ。
 でも、ちゃんと言葉にしたことには変わりない。告白を受けるか受けないか。美穂の返事を待った。

「……なんだ」

 顔をうつむかせた美穂が何か呟いた気がした。よく聞こえなくて身を屈めると、急に顔を上げた彼女に襟首を掴まれた。

「うえっ!? な、なん──」

 言葉は続けられなかった。
 なぜなら美穂に思いっきりボディブローをもらったからである。突然の暴力に、隙だらけの腹は無防備すぎた。

「バカ。俊成のバカ。本当にバカ。バカバカバーカ」

 腹を摩る俺に、語彙力のない罵倒を浴びせてくる美穂。

「でも」

 言葉が区切られる。彼女の目がちょっとだけ潤んでいた。

「こういうことを大真面目にする俊成が……あたしは好き」
「え?」

 えっと、つまりその……相思相愛ってこと?
 驚きが喜びに変わる前に、強引に口づけされた。

「んんっ……!?」

 キスはとても熱烈なもので。幼馴染にこんな一面があることを、俺は初めて知った。

「ぷはっ……もう一回」
「は、はい……」

 唇を差し出す俺。なんか想像していたものと違う。もっとこう、初々しい場面を想像していた。

「ん……」

 それでも、まあいいかと思えるくらいには衝撃的な感覚で。それ以上に気持ちを通じ合えたことが、天にも昇るほどの満足感をくれたのだった。

「ごめんね俊成。お腹殴っちゃって……」

 顔を離すと、美穂は俺の腹を撫でながら謝った。
 なんで殴った!? とツッコミたい気持ちがなかったかと聞かれれば嘘にはなるけど、彼女の若さゆえの過ちを許すのが彼氏ってものだろう。
 そう、俺たちはただの幼馴染ではなく、今この時から恋人になったのだから。

「別にいいよ。痛くなかったし」
「でも──」
「まあそうだな。あの場面はボディブローよりも、優しいキスが良かったなぁ」

 悪戯心でそんなことを言ってみれば、美穂は顔を真っ赤にさせた。
 表情が恥ずかしそうなものになり、その後は優しい微笑みを見せてくれる。
 そんな魅力的な表情で、美穂はこう言うのだ。

「じゃあ、優しいキス……する?」
「する」

 三度目のキスは、ゆっくりと味わうことができた。
 長年の思いを募らせていたのは俺だけじゃなかった。そのことをこの後すぐに知ることになるのだけど、今は溢れるほどの愛しさをキスにぶつけることしか頭になかったのであった。
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