上 下
159 / 172
第二部

158.幼馴染育成計画の終わり

しおりを挟む
 瞳子といっしょに文化祭を楽しんだ。彼女に振り回されながら、次へ次へと模擬店を巡った。

「はい。そろそろ時間よ俊成。葵が待っているんだから早く行ってきなさい!」

 バシンッ! と気持ち良く背中を叩かれて送り出されてしまった。こんな風にされたら本当に瞳子に頭が上がらなくなってしまうじゃないか。

「……行ってくる」

 それだけ言って屋上へと足を向けた。
 振り返りはしなかった。瞳子が今どんな表情を浮かべているか想像がつくから。彼女の思いやりだけは無下にしたくない。


  ※ ※ ※


 文化祭の終了時刻が刻々と迫っていた。
 外は茜色に染まりつつある。また日が短くなってきただろうか。少し肌寒い。
 屋上のドアに手をかける。力を込めれば、重たい扉が軋んだ音を立てながら開いた。

「葵」
「トシくん、来てくれたんだね」

 そこには約束通り、俺を待つ葵の姿があった。
 葵の長い黒髪が風になびいている。茜色に染まる彼女は、大人びた美しさがあった。
 見慣れた笑顔が向けられる。俺を安心させてくれる表情で、胸を高鳴らせる微笑みだ。

「ごめんね。今日は瞳子ちゃんといっしょに回る予定だったのに」
「瞳子も納得して送り出してくれたから。えっと、それで……」

 いつも通りの雰囲気なのに、ちょっと違う。そのちょっとの違いが、葵に聞いていいのかと迷わせた。
 普段の葵ならこんな風に呼び出したりはしない。瞳子も違和感を覚えたからこそ、大切な話があるのだろうと身を引いたのだ。

「ここから眺める景色、とっても綺麗なんだよ。ほら、トシくんもこっちおいでよ」

 無邪気な顔で手招きされる。こっちの警戒心を根こそぎ奪い取る笑顔だ。この破壊力を前にしては逆らえない。
 言われるがまま葵に近づいた。フェンス越しから見える景色は確かに綺麗だった。

「校庭に模擬店があんなにたくさんあったんだね。実際に回ってみて多いとは思ったけれど、上から見ると本当にいっぱい出店していたんだなってわかるよ」
「もう文化祭の残り時間もそうないってのに、みんな最後までがんばっているよな」

 校庭に色とりどりの模擬店がたくさん並んでいる。ここからでも全力で接客しているのが見えて、最後までやり切ろうという盛り上がった熱が伝わってくる。
 前世の高校時代。文化祭でここまでの盛り上がりはなかった。
 学校の違いか、それとも当時の俺自身の熱量のせいなのか。たぶん両方なんだろうな。
 高校生にもなって文化祭に本気で取り組むなんてだとか、こんなことでがんばっても大人になると忘れるに決まっているだとか。達観したフリをして、貴重な青春を棒に振ってしまった。
 本当はずっと後悔していた。灰色と化していた文化祭の思い出だけじゃない。どうせ無理だとか、恥をかくに決まっているだとか、そういう言い訳ばかりをして何もしてこなかった自分自身に悔やまずにはいられなかった。
 本当に悔やんでも悔やみきれない。大人になって、おっさんになって、それでも消えない後悔があることを思い知った。
 やらない後悔よりも、やる後悔の方がマシだ。この言葉をどこで聞いたのだったか。
 いや、言葉の出所はどうでもいい。
 大切なのは二度と同じ後悔をしないこと。それが前世の俺が学んだ教訓だ。

「トシくん」

 気づけば傍らにいた葵の顔が、真っ直ぐ俺に向いていた。
 今回の文化祭は楽しかった。胸を張って青春を謳歌したと言ってもいいくらいだ。後悔しないと断言できるほどに取り組めた。
 だからこそ、葵が覚悟を決めて切り出そうとしている話を聞かなければならない。

「それで、話って?」

 今度は聞くことができた。
 屋上に届くほど賑やかなのに、俺と葵の空間だけ静寂に包まれているかのような感覚。そう感じるほど、次に葵が口を開くまでに間があった。

「……トシくんは、前世って信じる?」

 切り出された言葉は、まったく予期していないものだった。
 ようやく沈黙を破ったかと思えば、葵の放った言葉に俺は固まるしかなかった。
 俺は自分に前世があることを知っている。でもそれは俺だけの秘密で、葵にだって話したことのない大きな秘密だ。
 なのになぜ葵の口から『前世』という単語が出たのか?
 ……わからない。そういった類の話をしたことはないし、そういった情報に触れた覚えもない。

「前世ってあれか? 大昔に別の人の人生を送っていたみたいな。ははっ、葵なら前世でお姫様だったかもしれないな」

 どう答えるかを考えるよりも早く、俺はそんな適当なことを口にしていた。
 今正直に答えてどうなる? 俺は赤ん坊に戻って一から人生をやり直しているって言うのか? そんなことを聞いた葵がどんな反応をするのか、想像するのも怖い。
 そもそも俺に前世があるってばれたわけじゃない。葵はそういうつもりで話を切り出したとは限らない。だっていくらなんでも唐突すぎるだろ!

「私ね、たまに夢を見るの」
「夢?」
「うん。今の私じゃない、私の夢。トシくんが同じ学校にいるのに話もしなくて、瞳子ちゃんはどこにもいなくて。みんな、今とは少しずつ変わっている。そんな夢」

 葵は遠くを見つめていた。夢の中の自分を見ているようで、とても悲しそうに見えた。

「自分を曲げて、自分を殺して。それでも周りに上手く馴染めなくて……。ずっと一人ぼっちでいる。そんな自分が嫌いで、どうしようもなかった」
「ゆ、夢の話じゃないかっ。あまり気にするものじゃないって」
「笑われるかもしれないけれど、私が見た夢は本当にあったことだと思っているの。それだけ実感があって、心から信じてしまうほどに……私の人生だった」

 心臓の鼓動が激しくなる。手が震えて、指先が冷たくなっていく。
 なぜ、このやり直しの機会を俺だけに与えられたものだと勘違いしていたのか。

「私が変わったきっかけはトシくんだよ。トシくんがいなかったら、今の私は絶対にいなかった。トシくんのおかげで、私にも幸せになる道があるんだって知ったの」
「それは……」

 葵との出会いはよく覚えている。
 出会いは偶然だったけれど、その後の付き合いは俺が意図したものだ。
 かわいい彼女を幼馴染にして、将来のお嫁さんにする。そんな安直な考えが、俺が初めに思いついた計画だった。
 俺好みに育て上げて、好感度もしっかり稼いでいく。今考えると我ながらひどい始まりだったな。
 でも、計画通りにはいかなかった。
 葵だけじゃなく、瞳子も俺のことを好きになってくれて。しかもどちらもが最高すぎるほど良い娘で。俺は二人とも好きになってしまった。
 優柔不断なのはわかっている。それでも「好き」の気持ちは想像以上に強烈で。到底コントロールできるものじゃなかったのだ。
 葵のことも、瞳子のことも。どちらも好きで、好きで、好きで、好きで好きで好きでしょうがないんだ!
 前世があろうとも、恋心に対して経験不足だった。この大きく育ってしまった気持ちをどう処理をすればいいのか、見当もつかなかった。
 その結果が、今の状況だ。

「……ありがとうトシくん。私に、優しくしてくれて」

 きっと葵は気づいている。俺に前世があることをわかっているのだ。じゃなきゃこんな話を切り出したりはしない。
 それでも葵は、俺にお礼を言った。自分の人生を歪めたかもしれない相手にもかかわらず。

「トシくんがいてくれたから、私は変われたよ。できることが増えて、人との繋がりもあって。苦手なことだって克服できた。全部、トシくんのおかげなんだよ」
「俺は……」

 息が詰まる。でも、言わないわけにはいかなかった。
 葵がここまでさらけ出したのだ。これ以上、前世のことを秘密にし続けるわけにはいかなかった。
 意を決して口を開こうとする。だけど、なかなか唇は動かなくて。葵のすごさを実感した。

「……俺は、これが二度目の人生なんだ」

 そして、ついに俺は彼女に秘密を明かしたのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

覚えたての催眠術で幼馴染(悔しいが美少女)の弱味を握ろうとしたら俺のことを好きだとカミングアウトされたのだが、この後どうしたらいい?

みずがめ
恋愛
覚えたての催眠術を幼馴染で試してみた。結果は大成功。催眠術にかかった幼馴染は俺の言うことをなんでも聞くようになった。 普段からわがままな幼馴染の従順な姿に、ある考えが思いつく。 「そうだ、弱味を聞き出そう」 弱点を知れば俺の前で好き勝手なことをされずに済む。催眠術の力で口を割らせようとしたのだが。 「あたしの好きな人は、マーくん……」 幼馴染がカミングアウトしたのは俺の名前だった。 よく見れば美少女となっていた幼馴染からの告白。俺は一体どうすればいいんだ?

美少女幼馴染が火照って喘いでいる

サドラ
恋愛
高校生の主人公。ある日、風でも引いてそうな幼馴染の姿を見るがその後、彼女の家から変な喘ぎ声が聞こえてくるー

3年振りに帰ってきた地元で幼馴染が女の子とエッチしていた

ねんごろ
恋愛
3年ぶりに帰ってきた地元は、何かが違っていた。 俺が変わったのか…… 地元が変わったのか…… 主人公は倒錯した日常を過ごすことになる。 ※他Web小説サイトで連載していた作品です

隙のない完璧美少女が幼馴染の俺にだけ甘えてくるので、めちゃくちゃ甘やかしてみたら俺がどうにかなりそうになった

みずがめ
恋愛
 俺の幼馴染、木之下瞳子は学校で完璧と言われている女の子だ。  銀髪碧眼ハーフの美少女で、みんなの目を惹く整った容姿。さらには成績優秀でスポーツ万能という、欠点らしい欠点のない女子である。 「あたしって……近寄りがたい雰囲気があるのかしら?」  瞳子のことを、みんなが「完璧」だと言う。けれど俺は知っていた。彼女が繊細な女の子だということを、俺だけは知っていたのだ。  ならば瞳子が悩んだり、傷ついたり、プレッシャーに圧し潰されそうになった時、傍にいてやるのが幼馴染としての俺の役目ってもんだろう。  俺が幼馴染権限をフルに使って、瞳子を慰めたり甘やかしたりする。そんな思春期を迎えた中学生男女の話。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?

おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。 『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』 ※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

処理中です...