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三章 冒険者編

第74話 嫌な奴

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『黒蠍』とは、とある冒険者のパーティー名である。

 みんなパーティー名に黒って単語を入れたくてたまらないのかね。『漆黒の翼』なんてももいるし。黒という中に秘められたカオスな感じがいいのだろうか。なんかカッコいいもんねー(棒読み)

 まあ、そんなことはどうでもいいとしてだ。わたしはその『黒蠍』というパーティーが嫌いだったりする。
 というか冒険者のほとんどから嫌われているだろう。その理由は奴らのやり口にあった。

 奴らのやり口は他の冒険者の手柄を横取りしていくというものだ。
 冒険者の依頼がかぶってしまうことはある。実際にわたしとサイラス達の依頼がかぶったこともあった。そういう場合は早い者勝ちが冒険者のルールだ。
 だが、それを意図してやっていたとすれば? 面倒なことは他の冒険者に任せておいしいところだけかっさらっていく。苦労もせずに報酬だけはいただいていく連中。それが『黒蠍』なのだ。
 そんな連中なんて他の冒険者の皆様方から叩かれそうなものなのだが、そうはさせないほどの実力が『黒蠍』の連中にはあった。パーティーのランクはB。そう、Bランクはそんじょそこらの冒険者では太刀打ちできないほどの実力者ということなのだ。
 ちなみに、わたしもBランク冒険者である。これでも実力者なのだよー。
 まあだからこそわたしを頼ってきたのだろうな。正直面倒だけどあんまり無下にはできない。
 だって、確かに放っておいたら何かしら問題を起こすかもしれない連中だもの。

「はぁ~……」

 面倒くさい依頼というのもあってため息をついてしまう。
 そう、これは依頼なのだ。しっかりお金が出る。『黒蠍』の皆さんはどんだけ信頼されていないんだかね。わたしも信用していませんけどね。
 ここらの冒険者ではわたしと『黒蠍』がBランク。それからサイラス達『漆黒の翼』がAランクである。Bランク以上がこれだけしかいないともなればどれだけ厄介なのかというのがわかろうというものだ。
 一番なんとかできそうなサイラス達は依頼をこなしている真っ最中らしい。さすがに聖女様が来る前までには町に戻るとのことだけど……。この時ばかりは早く戻ってこいと言ってやりたかった。
 冒険者ギルドも普段は『黒蠍』のマナー違反なんて目をつむるのだけど、それだけじゃない黒いうわさがあるのだとか。万が一にも聖女様に何かあってはいけないと心配しているようだった。
 だったらお金でも渡して黙らせればいいのに。ギルドがそんなことすれば余計につけあがるだけか。

「お?」
「げっ」

 町中を歩いていると男とばったり会った。遭遇してしまった。
 男はツンツン頭で顔の輪郭もなんか尖っている印象。身長は高く、ごつい体つきをしているサイラスよりも高い。とはいえやせ型なので威圧感自体はあまりない。

「ケケケ。探していたんだぜエルさんよ」

 独特な笑い方をする目の前の男の名はマーセル。『黒蠍』のリーダーだ。
「わたしは探してなかったけどね」

 見下ろしてくる目から視線を逸らす。先に目を逸らした方が負けだとか、んなもんには構わない。
 マーセルとは一度衝突したこともあって、その時は搦め手に強いゾランがいたおかげで返り討ちにできていた。それからは視界に入ってもお互いことを構えないようにしてきた。本気でやり合えばどちらもただでは済まないという確信があったからだ。
 それなのにわざわざ声をかけてきた。何か嫌なことが起きる前兆のようだった。

「で? わざわざわたしを探してたってのは用があるんでしょ? さっさと言え」
「おうおう刺々しい態度だねぇ。そんな顔すんなよ。ちょいと協力を頼みたいだけだ」
「協力?」

 わたしは身構えた。それに気づいているだろうにマーセルは笑みを止めはしない。

「安心しろよ。エルさんにも分け前はあるぜ」
「あいにく稼ぎには困ってないんだよ」
「そうかぁ?」

 マーセルはにやぁと背筋がぞわぞわするような笑みを浮かべる。笑顔にレパートリーのある奴だ。もちろん褒めてない。

「最近ガキのおもりをしてるらしいじゃないか。ガキ一人できるだけでも金がかかるよなぁ」
「なっ!?」

 こいつ……っ。まるでわたしが子供を産んだみたいな口ぶりをしたなっ。
 なんか腹立つ! なんでこんなにもムカつくんだ!

「睨むな睨むな。世話してやってるだけに本当に大事にしてやってんだな。感動で涙が出そうだぜ」

 そんなことを言いながらも笑みを深めてやがる。やっぱりこいつ嫌いだ。

「お前には関係ないだろ」

 わたしはこの場を去ろうとする。『黒蠍』を見張れとは言われたが、別に仲良く会話しろとまでは言われてない。
 しかし、マーセルはわたしの行く手を遮った。

「待てって。うちには魔道士がいねえんだ。今回は魔法がどうしても必要なんだって」
「知らないよ。他をあたれ」
「まったく、しょうがねえなぁ……」

 目の前で深いため息をつかれる。イライラゲージがさらに上昇した。

「まあ今はいい。協力したくなったらいつでも訪ねてこいよ。歓迎するぜ」
「安心しろよ。歓迎する必要は絶対にないから」
「ケケケ。絶対、ねえ?」

 わたしは今度こそこの場を後にした。今度は止められることはなかった。
 聖女様が来るのは五日後。今日は準備に費やすことにして、明日から依頼をこなすことにしよう。とにかく今日はもうマーセルの顔を見たくなかった。だってムカつくんだもん。
 とりあえず、見張りにはあんぱんと牛乳がほしいな。刑事気分にでもなってイラ立ちを抑えるのであった。


  ※ ※ ※


「ハドリーってキミのことかしら?」
「え? 姉ちゃん誰だ?」
「ふふふ、あたしのことよりも急いでキミに伝えなきゃいけないことがあるの」
「って言われてもな。俺ヨランダさんからおつかい頼まれてんだよ。それが終わってからでもいいか?」
「そう? ハドリーはエルよりもおつかいが大事ということかしら?」
「なんでエルが出てくるんだ?」
「ふふふ、エルが今大変な目に遭っているからよ。キミの助けがすぐにでも必要だわ」
「なんだって!?」
「こっちよ。あたしについて来て」
「わかった! 待ってろよエル」

 向かう先に何が待つのか知りもせず、少年は女の後を追って駆け出すのだった。
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