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二章 魔道学校編
第58話 さよならすら口にできなくて
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「――ディスペル」
コーデリアさんの水魔法をディジーはことごとく無効化していた。
詠唱がないだけにコーデリアさんの方が初動が速い。それでもディスペルの呪文さえ完成すればその魔法は霧散される。普通に詠唱していたら間に合わないだろうがディジーは高速詠唱の使い手だ。
つまりディジーはコーデリアさんを完全に封殺していた。
「このっ、調子に乗らないでくださいまし!」
「調子に乗ってバンバン魔法を放ってくるのはキミの方じゃないか。まったく困ったお嬢様だよ」
そう言いながらまた魔法を解除する。
ディジーの様子から余裕を感じられる。コーデリアさんの単純な魔法の強さはわたし以上だ。たぶん魔道学校の学生に限れば一番かもしれない。
それをすべて無効化にしてしまえる魔法。それを魔力の消費があると思わせないほどの頻度で使用するディジーは間違いなく魔道士でありながら魔道士殺しである。
「お?」
気づけばディジーが何十と言う数の水玉に囲まれていた。
「この数ならいかがでしょう?」
コーデリアさんの口角が持ち上がる。
四方八方からの攻撃魔法。それなら魔法解除する前にいくつかは当てることができると考えたのだろう。
でもそれは無理だ。彼女はわたしとディジーが対校戦で戦うところを見ていなかったのだろうか?
すべての水玉が押し潰すための水圧へと変わる。ディジーは慌てることなく杖を振るった。
「――エリアディスペル」
ディジーの有効距離に入った水圧が次々と消滅していく。
この範囲魔法があるから三六〇度どこから魔法を放っても意味を成さない。やがてすべての水が消え去る。
苦虫を噛み潰したような表情をするコーデリアさん。実力の差、というより相性の差がはっきりと出ていた。
攻撃が泊ったのを見て、ディジーは杖をコーデリアさんに突き付けた。
「そろそろボクの番だね。――ファイアボール」
先ほどのコーデリアさんに対抗するかのような数の火球をあっさりと生み出していた。
「その程度の火魔法でっ」
コーデリアさんが長い杖をかざす。迫るファイアボールを水流を駆使して迎撃する。
火と水がぶつかり水蒸気を上げる。火は水に消されていった。
ディジーの得意魔法であろう火属性の魔法はコーデリアさんの水魔法と相性が悪かった。そんなのは考えるまでもないはずだ。彼女は何を考えているのだろうか。
互いに決め手がない。長期戦になるかと思われた。が、そんなことはなかった。
「やっぱりキミは甘いね。――サイレントボム」
ディジーが魔法を行使してから数秒後、水蒸気に紛れるようにコーデリアさんの地面が爆発した。
「きゃあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
コーデリアさんの悲鳴が響いた。もうもうと黒煙が立ち込める。そのせいでその姿が見えなくなっている。
ディジーは踵を返すとわたしの手を取って走り出した。
「ここまでだ。行こう」
「で、でも……」
「不意はつけたけど上手く防御された。早く逃げないとまた追ってくるよ」
どうやらコーデリアさんは無事らしかった。
どんな感情になれば正解なのかわからない。空転する頭のまま、引っ張られるままわたしは走った。
わたしの手を引くディジーは前を向いたままだ。何も言ってはくれない。わたしは何も聞けない。
刻々と時は過ぎていく。ついに門の前まで辿り着いた。
「うっ……」
辿り着いた門の前ではたくさんの人が倒れていた。ここで戦いがあったかのような有様だ。血の臭いが立ち込めていた。
「し、死んでるの……?」
「たぶんね。他に誰かがいる気配はないようだ」
たくさん人が死んでいる。なのにディジーは淡々と周囲を確認していた。恐ろしいほどに冷静だった。
対するわたしは嘔吐感を押さえるので精一杯だ。足なんて震えている。
わたしが思っている以上に大事件が起きている。それもこんなにたくさんの人の命が関わってしまうほどだ。
もう頭がどうにかなってしまいそうだ……。
「門の鍵は閉まっている。ご丁寧に魔障壁が付与されている。ここを通るのは無理そうだね」
動けずにいるわたしと違ってディジーはてきぱきと動いていた。どうやら脱出経路を探しているみたい。
「エル」
「な、何?」
「エルは飛行魔法は使えるかい?」
「いや、浮遊までなら」
「それで充分だ」
何年か前に飛べるようになってはしゃいでいたけれど、あれってただの浮遊魔法だったんだ。ディジーみたいに高く自由には飛べない。飛ぶというより浮いている程度の魔法だった。
魔法に関してもわたしはまだまだだ。ディジーみたいにたくさんの魔法を扱えるわけじゃない。コーデリアさんほどの強い魔法を使えない。
「ボクが引っ張って行くよ。エルは浮遊魔法を」
「え、どうするの?」
「ここを飛び越えるのさ」
ディジーが指差したのは門というか壁だった。
王都を円形に囲む外壁。その高さは三〇メートルを軽く超えていた。
飛んで行く? 戸惑ってしまうのは当然だと思いたい。
それでもディジーは関係ないとばかりにわたしの手を握る。
「じゃあ行くよ!」
「で、でもっ」
「悪いけど覚悟を決める時間なんてないよ。キミはもうこの国では生きられない。生きたいのなら黙ってついてきてくれないか」
言葉に詰まっているとぐい、と引っ張られる力が強くなった。慌てて浮遊魔法を使う。するとぐんぐんと高度を上げていく。足場を失って自分の存在そのものが軽くなった気がした。
「手を離さないで」
「う、うん」
高さを増していくと段々怖くなってくる。いや、恐怖はずっと続いていたか。
壁のてっぺんが見えてきた。そこでふと下を見てしまう。
誰かがいた。倒れている人が起き上がったわけじゃない。それは知っている人だったから。
「トーラ先生?」
アルバート魔道学校の治療教諭。学校外だというのに白衣を羽織っていて髪が跳ねているのは相変わらずだ。
そんな彼女が手に持ったものをこちらへと向ける。それはまるで銃のようだった。
「がっ!?」
急にがくんと高度が落ちる。咄嗟にディジーの腕を両手で掴んだ。
何が起こったのかと彼女を見れば、激しく吐血していた。
「ディジー!? 何がっ!?」
ディジーは苦しそうだ。強襲された? 一体どこから。
……いや、本当は一部始終を見ていた。トーラ先生が銃のようなものから光を放つと、それがディジーの体を貫いたのだ。その光景を呆然としたまま見つめていた。
「エ……ル……」
彼女は苦しそうに、それでも微笑みながらわたしに顔を向けてくる。
空いた手で腹を押さえていた。暗くてわかりにくいけど血が滲んでいるのがわかった。 治さなきゃ。咄嗟にそう思って治癒魔法を使おうとする。そうする前に彼女に抱きしめられていた。
「ごめんね……」
何に対しての謝罪なのかわからなかった。
暖かい体が急速に冷えていく。それが返って現実感を湧かせる。
ディジーはわたしから体を離すと、とんがり帽子をわたしの頭に被せてきた。
何を、と聞く前に彼女は微笑みながら呪文を詠唱した。
わたしの体が飛んだ。投げられてしまったかのような、どうしようもない浮遊感に襲われる。
軽々と外壁を超える。逆にディジーが落下しているのが見えた。
「ディジー!!」
叫んだところで遠のいていくのは変わらない。
ぐんぐんと空を飛ぶ。いや、飛ばされている。
高いところから見る王都は夜だというのにたくさんの光があって綺麗だった。呑気なことにそんな感想を抱いた。
次第に王都から離れていく。外壁の向こう側はしばらく平地が続いていた。
だいぶ王都から離れた頃、ついに墜落を始める。
目算でも何十メートルどころではない高さだ。このまま落ちたら死んでしまうのは確実だ。
風魔法を駆使してなんとか着地する。それでも衝撃を完全には殺せなかったようで地面にクレーターを作ってしまった。
「……」
王都を囲む外壁が小さく見える。ここまで離れればもう追手の心配はないだろう。
どうしてこうなった? なんて言うわたしはとんでもない大バカなのだろう。そして、考えたところでなぜこんな状況になったかの答えなんて出てくるはずもない。
「ぐ……ひぐっ……うぅ……」
ただ涙が零れた。
こんなわたしにでもわかることがあるとするのなら、それはもう後戻りができない。ただそれだけだった。
コーデリアさんの水魔法をディジーはことごとく無効化していた。
詠唱がないだけにコーデリアさんの方が初動が速い。それでもディスペルの呪文さえ完成すればその魔法は霧散される。普通に詠唱していたら間に合わないだろうがディジーは高速詠唱の使い手だ。
つまりディジーはコーデリアさんを完全に封殺していた。
「このっ、調子に乗らないでくださいまし!」
「調子に乗ってバンバン魔法を放ってくるのはキミの方じゃないか。まったく困ったお嬢様だよ」
そう言いながらまた魔法を解除する。
ディジーの様子から余裕を感じられる。コーデリアさんの単純な魔法の強さはわたし以上だ。たぶん魔道学校の学生に限れば一番かもしれない。
それをすべて無効化にしてしまえる魔法。それを魔力の消費があると思わせないほどの頻度で使用するディジーは間違いなく魔道士でありながら魔道士殺しである。
「お?」
気づけばディジーが何十と言う数の水玉に囲まれていた。
「この数ならいかがでしょう?」
コーデリアさんの口角が持ち上がる。
四方八方からの攻撃魔法。それなら魔法解除する前にいくつかは当てることができると考えたのだろう。
でもそれは無理だ。彼女はわたしとディジーが対校戦で戦うところを見ていなかったのだろうか?
すべての水玉が押し潰すための水圧へと変わる。ディジーは慌てることなく杖を振るった。
「――エリアディスペル」
ディジーの有効距離に入った水圧が次々と消滅していく。
この範囲魔法があるから三六〇度どこから魔法を放っても意味を成さない。やがてすべての水が消え去る。
苦虫を噛み潰したような表情をするコーデリアさん。実力の差、というより相性の差がはっきりと出ていた。
攻撃が泊ったのを見て、ディジーは杖をコーデリアさんに突き付けた。
「そろそろボクの番だね。――ファイアボール」
先ほどのコーデリアさんに対抗するかのような数の火球をあっさりと生み出していた。
「その程度の火魔法でっ」
コーデリアさんが長い杖をかざす。迫るファイアボールを水流を駆使して迎撃する。
火と水がぶつかり水蒸気を上げる。火は水に消されていった。
ディジーの得意魔法であろう火属性の魔法はコーデリアさんの水魔法と相性が悪かった。そんなのは考えるまでもないはずだ。彼女は何を考えているのだろうか。
互いに決め手がない。長期戦になるかと思われた。が、そんなことはなかった。
「やっぱりキミは甘いね。――サイレントボム」
ディジーが魔法を行使してから数秒後、水蒸気に紛れるようにコーデリアさんの地面が爆発した。
「きゃあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
コーデリアさんの悲鳴が響いた。もうもうと黒煙が立ち込める。そのせいでその姿が見えなくなっている。
ディジーは踵を返すとわたしの手を取って走り出した。
「ここまでだ。行こう」
「で、でも……」
「不意はつけたけど上手く防御された。早く逃げないとまた追ってくるよ」
どうやらコーデリアさんは無事らしかった。
どんな感情になれば正解なのかわからない。空転する頭のまま、引っ張られるままわたしは走った。
わたしの手を引くディジーは前を向いたままだ。何も言ってはくれない。わたしは何も聞けない。
刻々と時は過ぎていく。ついに門の前まで辿り着いた。
「うっ……」
辿り着いた門の前ではたくさんの人が倒れていた。ここで戦いがあったかのような有様だ。血の臭いが立ち込めていた。
「し、死んでるの……?」
「たぶんね。他に誰かがいる気配はないようだ」
たくさん人が死んでいる。なのにディジーは淡々と周囲を確認していた。恐ろしいほどに冷静だった。
対するわたしは嘔吐感を押さえるので精一杯だ。足なんて震えている。
わたしが思っている以上に大事件が起きている。それもこんなにたくさんの人の命が関わってしまうほどだ。
もう頭がどうにかなってしまいそうだ……。
「門の鍵は閉まっている。ご丁寧に魔障壁が付与されている。ここを通るのは無理そうだね」
動けずにいるわたしと違ってディジーはてきぱきと動いていた。どうやら脱出経路を探しているみたい。
「エル」
「な、何?」
「エルは飛行魔法は使えるかい?」
「いや、浮遊までなら」
「それで充分だ」
何年か前に飛べるようになってはしゃいでいたけれど、あれってただの浮遊魔法だったんだ。ディジーみたいに高く自由には飛べない。飛ぶというより浮いている程度の魔法だった。
魔法に関してもわたしはまだまだだ。ディジーみたいにたくさんの魔法を扱えるわけじゃない。コーデリアさんほどの強い魔法を使えない。
「ボクが引っ張って行くよ。エルは浮遊魔法を」
「え、どうするの?」
「ここを飛び越えるのさ」
ディジーが指差したのは門というか壁だった。
王都を円形に囲む外壁。その高さは三〇メートルを軽く超えていた。
飛んで行く? 戸惑ってしまうのは当然だと思いたい。
それでもディジーは関係ないとばかりにわたしの手を握る。
「じゃあ行くよ!」
「で、でもっ」
「悪いけど覚悟を決める時間なんてないよ。キミはもうこの国では生きられない。生きたいのなら黙ってついてきてくれないか」
言葉に詰まっているとぐい、と引っ張られる力が強くなった。慌てて浮遊魔法を使う。するとぐんぐんと高度を上げていく。足場を失って自分の存在そのものが軽くなった気がした。
「手を離さないで」
「う、うん」
高さを増していくと段々怖くなってくる。いや、恐怖はずっと続いていたか。
壁のてっぺんが見えてきた。そこでふと下を見てしまう。
誰かがいた。倒れている人が起き上がったわけじゃない。それは知っている人だったから。
「トーラ先生?」
アルバート魔道学校の治療教諭。学校外だというのに白衣を羽織っていて髪が跳ねているのは相変わらずだ。
そんな彼女が手に持ったものをこちらへと向ける。それはまるで銃のようだった。
「がっ!?」
急にがくんと高度が落ちる。咄嗟にディジーの腕を両手で掴んだ。
何が起こったのかと彼女を見れば、激しく吐血していた。
「ディジー!? 何がっ!?」
ディジーは苦しそうだ。強襲された? 一体どこから。
……いや、本当は一部始終を見ていた。トーラ先生が銃のようなものから光を放つと、それがディジーの体を貫いたのだ。その光景を呆然としたまま見つめていた。
「エ……ル……」
彼女は苦しそうに、それでも微笑みながらわたしに顔を向けてくる。
空いた手で腹を押さえていた。暗くてわかりにくいけど血が滲んでいるのがわかった。 治さなきゃ。咄嗟にそう思って治癒魔法を使おうとする。そうする前に彼女に抱きしめられていた。
「ごめんね……」
何に対しての謝罪なのかわからなかった。
暖かい体が急速に冷えていく。それが返って現実感を湧かせる。
ディジーはわたしから体を離すと、とんがり帽子をわたしの頭に被せてきた。
何を、と聞く前に彼女は微笑みながら呪文を詠唱した。
わたしの体が飛んだ。投げられてしまったかのような、どうしようもない浮遊感に襲われる。
軽々と外壁を超える。逆にディジーが落下しているのが見えた。
「ディジー!!」
叫んだところで遠のいていくのは変わらない。
ぐんぐんと空を飛ぶ。いや、飛ばされている。
高いところから見る王都は夜だというのにたくさんの光があって綺麗だった。呑気なことにそんな感想を抱いた。
次第に王都から離れていく。外壁の向こう側はしばらく平地が続いていた。
だいぶ王都から離れた頃、ついに墜落を始める。
目算でも何十メートルどころではない高さだ。このまま落ちたら死んでしまうのは確実だ。
風魔法を駆使してなんとか着地する。それでも衝撃を完全には殺せなかったようで地面にクレーターを作ってしまった。
「……」
王都を囲む外壁が小さく見える。ここまで離れればもう追手の心配はないだろう。
どうしてこうなった? なんて言うわたしはとんでもない大バカなのだろう。そして、考えたところでなぜこんな状況になったかの答えなんて出てくるはずもない。
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