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二章 魔道学校編

番外編 二人の評価

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 対校戦の決着がついた。
 勝ったのはアルバート魔道学校のエル・シエルだった。ゴーレムの姿のまま拳を天に突き出している。それを見た観客からは割れんばかりの拍手が送られていた。

「あんな魔法があるとはね。さすがは我が国が誇る魔道学校というところかな」

 甘いベリーパイをもっちゃもっちゃと食べながら、まん丸とした体形の男が言った。
 その目は終始戦いに釘付けだった。その手は終始用意された甘味を口に運び続けた。
 彼の周囲には専属の騎士団が控えていた。全員が白銀の鎧を着用している。見ただけで特別な身分の者だとわかる。
 それもそのはず、彼らは一般には入れない王族専用の席から対校戦を見物していたのだ。
 ベリーパイを頬張る男の名はチェスタス・レピエイナ。マグニカの国の第一王子である。

「あれだけの戦いを見せられて、キミはどう思った?」

 チェスタスが呼びかけた相手は、テーブルを挟んだ対面に座っていた。
 輝くような金髪をサイドテールにした碧眼の少女だ。芸術のように整えられた顔は凛としており、姿勢の良さも相まって人形じみていた。
 かなりの美人であるのだが、まだ僅かに幼さが残っている。おそらく十代であろうというのが見て取れた。
 そんな彼女の名はクエミー・ツァイベン。王国に仕える武人である。

「ええ、二人とも歳のわりには強いのでしょうね。ただ、私は魔道士ではないので正確な評価はできませんが」
「いいよいいよ。魔法うんぬんは僕にだってちゃんとしたことはわかんないんだから。そういうのは専門職に任せておけばいいんだってば」
「はあ……」
「僕が聞きたいのはキミにとってあの二人は戦うに値するかどうかってところ。そういう本当のところが聞きたいんだよね」

 クエミーは逡巡する。答えはあっさりと出た。

「一対一ならまず遅れを取ることはないでしょうね。距離を取られていたとしても同じでしょう」
「二人がかりだったらどう?」
「変わりません。打ち倒すのは容易いかと」
「そうかそうか」

 きっぱりとした答えにチェスタスは満足げに頷いた。

「キミが手間取るようなら何がなんでもほしくなっちゃうんだけどね。そうでないならそこまで手を回さなくてもいいだろうか」

 うんうんと勝手に結論を出すチェスタスだった。クエミーは興味がないのか背筋を伸ばしたまま表情を変える様子はない。

「これから継承戦のためにも良い配下を加えたいものだ。でも、人手には限度がある。そこはうまく使ってやらなければならない。それが王になる者の役目だ」

 チェスタスはふふんと得意げに鼻を鳴らす。ついでとばかりにもう一つベリーパイを口に入れた。

「うまうま……。ちなみにだがクエミー。エル・シエルとディジー、キミならどちらと戦いたくない? 嫌な相手はどっちだ?」
「どちらも問題になりませんが」
「ここはそういう答えを聞いてるんじゃないんだよね。えーと……もしクエミーが体力限界のボロボロ状態で、さらに女の子の日ですごく体調が悪かったとしたらどうだい?」
「……」
「……女の子の日は忘れてくれ。で、どうだい?」

 クエミーは顎に手を置いて考える。
 先ほどの戦い方。それを吟味しイメージする。実際にそれぞれと戦っている光景が頭に浮かんだ。

「そうですね。ディジーの方が嫌でしょうか」
「ほう。その心は?」
「先ほどの戦い、エル・シエルは対応の遅れが目立ちました。対してディジーの方が判断が速い。結果はエル・シエルが勝ちましたが、あと三回も戦えば勝率は入れ替わるでしょうね。ディジーからはそれだけの修正能力を感じました」
「そんなに違ってた?」
「ええ、私の目からは致命的でした。ですがあの時点でディジーにそれを突くほどの実力がありませんでしたが」
「結局どっちもダメ出ししちゃうのか」
「……ただ、ディジーは常に冷静な目で戦況を見ていました。こういう相手の方が厄介です。敵の弱点を突くことに躊躇いがありませんからね」
「なるほどなー」

 自分から聞いておきながらまん丸体系の王子はベリーパイにかぶりついた。しばらく咀嚼する音だけが耳に入る。若干クエミーの眉間にしわが寄る。

「僕はキミとは逆にエル・シエルの方を押すかな」

 ごくんと嚥下してからチェスタスは言った。

「どちらもものすごい魔法を使った。その上でエル・シエルが勝った。これは彼女の実力と捉えていいんじゃないかな」
「ですが彼女の実力にはムラがあるように見えます。安定感のない強さは本物の強さではない」
「そこがいいんじゃないか」

 チェスタスはからからと笑う。

「もともと魔道士ってのは一対一の戦いなんて想定していないんだよね。後衛職は前衛がいて初めて力を発揮できるんだ。キミのような優秀な前衛ならなお良い」
「それでも実力にムラがあるのは問題でしょう」
「いいんじゃないの。それはつまり実力以上の力だって出せる可能性があるってことだろう。この可能性ってのが重要なんだよね」
「可能性ですか?」
「キミのように完璧な強さを持っているとわからないだろうね。人は窮地に陥った時こそ可能性を求めるものなんだよ。だからこそ僕はエル・シエルが良いと思えるんだよね」
「……そうですか」

 チェスタス・レピエイナ。第一王子であり、継承戦での最有力候補である。
 彼には剣の才能も魔法の才能もない。だが、人を見る目はあった。
 チェスタスから発掘された才能は多い。彼に認められ、彼の騎士団になった者達は堅い忠誠を誓う。それほどまでに埋もれてきた者達から慕われていた。
 そのチェスタスの目だけはクエミーも一目置いていた。

「それに、見た目も好みだからね。できれば隣にはべらせたいものだよね。ぐふふ」
「……」

 ……台無しだ。クエミーは見なかったことにしたいのか目を逸らした。

「でも、わざわざ手を回さないのではなかったのですか?」
「んー? まあ無駄に人を使ったりしないというだけだって。国中が注目する対校戦で決勝戦まで残った二人だ。できればどっちもほしいんだよね」
「それができれば苦労しませんが」
「だよねー。どうせ弟達もすでに動いているだろうしね」

 継承戦。王子達によって次期国王を決めるために行われるものである。
 人柄、人望、配下の質。それら以外にも様々な要素を加味した評価を大臣が吟味し、最終的に現国王の了承のもと決定される。
 その決定は十年単位行われるのが一般的であるのだが、今回は違っていた。

「父上も体が優れないようだ。継承戦とはいえ、長くてもあと数年で終わってしまうだろう。動くなら早い方がいい」

 最後のベリーパイを頬張る。ちなみにクエミーは一口も食べていない。「いっしょに観戦しながら食べようじゃないか」と誘われたのだが、たぶんこの食い意地の張った王子から甘味を取ったら怒るだろう。きっとクエミーはそんなことを考えていた。

「で、クエミーはどうする?」
「どうする、とは?」
「僕達王子にではなく国そのものに仕えるキミにとって継承戦は暇で暇で仕方がないだろう? その間はどうするのかと思ったんだよね」
「とくには……、国王の命令がなければ鍛錬して有事に備えます」

 チェスタスは盛大なため息をついた。がっかりしたように項垂れてみせる。

「はぁ~、年頃の娘さんがなんて枯れたことを言うんだ。お偉い僕でもそれはどうかと思っちゃうなぁ」
「そう言われましても……」

 そんながっかりした態度をされるとクエミーもなんだか申し訳なく感じてしまう。そんな彼女をチラリと確認して、チェスタスは「そうだ!」と膝を叩く。

「きっと父上もキミのことを考えてくださっているだろう。楽しみにしておくといい」
「は? 何を……?」
「さて、と。僕はそろそろ城に戻るよ。クエミーはゆっくりしていくといい」

 チェスタスが指を鳴らすとテーブルに追加のベリーパイが置かれた。

「僕に気遣って食べてなかったからね。もう少し閉会の儀があるのだし、それを眺めながらゆっくり食すといいだろう」

 チェスタスは騎士団を引き連れながら去っていく。無礼と知りながらもクエミーは座ったまま見送ってしまった。

「……またあのお方は何を考えているのやら」

 チェスタス王子の真意は知りようがない。ただ、度々王子の思いつきに振り回された経験があるのだ。今回もよからぬことを思いついていなければいいのに。クエミーの表情に僅かばかりの渋い感情が浮かぶ。
 クエミーは目を伏せる。するとテーブルの上のベリーパイが目に入った。

「せっかくですから、食べましょうか」

 闘技場はしばらく騒がしさを忘れないようだった。
 そして、チェスタスが帰り際に零した言葉は誰の耳にも入ることはなかった。

「僕が本当に欲しているのはクエミー、キミだけだよ。勇者の力を引き継ぐキミだけだ」
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