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二章 魔道学校編
番外編 不穏な影
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対校戦が終った日の夜。王都では最後だと言わんばかりに祭りのように賑やかだった。
夜だというのにどこもかしこも明るく照らされている。道端ですら酒を飲み、対校戦で活躍した魔道士の卵達の話題で盛り上がっていた。
とある酒場。本日も盛況であり、従業員が忙しく走り回っている。それでも酒や料理の注文が途切れることはなかった。対校戦様様である。
そんな酒場の角の席で、フードを被った人影が一組あった。
最初にそれぞれ一杯の酒を注文してから追加をする素振りはない。むしろ誰からも注目されまいと影を薄くしていた。
「まさかあのお嬢ちゃんが勝っちまうとはね。あっしは驚きましたよ」
一人は出っ歯の小男だった。酒に口をつけながらも酔った風でもなくおどけたように笑う。その顔には薄っすらとしわが見えており、年齢は四十前後と予測できた。
彼の名前はゾラン。非合法なことでもやってのける、いわゆるなんでも屋である。
王都でゾランと連絡できる者は少ない。彼は依頼者を信頼できなければ仕事は受けない主義であった。それでも彼に会いたがる者が多いのはその腕が確かなことが知られているからだ。
「こっちは優勝すると確信していたんだ。あの結果は当然さね」
もう片方の人物はゾラン以上にフードを目深に被っていた。そのせいでその顔は視認できない。
声も魔法か魔道具か、どちらかの作用で不明瞭なものとなっていた。体のラインもわからないので男か女か判別できない。
ゾランにとってはこういった自分の正体を明かしたがらない相手の方が信用できた。
仕事を受ける以上、余計なことは知らない方がいい。それが長く円滑に仕事をこなすために必要なことだと知っていたからだ。
「そうはいいますがねぇ、あっしからあんなに簡単に財布を盗まれるお嬢ちゃんですよ? あれだけ警戒心がないんなら、殺せと言われても簡単にできちまいますぜ」
ゾランの目が細まる。
彼が思い出すのはエルが初めて王都へ遊びに行った日である。
あの日、エルがアルバート魔道学校の敷地を出てからずっと追っていたのだ。あれだけ人がいる中でまるで警戒心がない。財布を盗むのは簡単に過ぎた。
もちろんこれは仕事である。そうでもなければゾランに十代半ばの女をつけ狙う理由はなかった。そこまでの年下趣味はない。
「あの時財布を盗ませた理由ってあったんですかい? いや、やっぱり理由は聞かないでおきますよ」
気になったことがつい口から洩れてしまう。それでもすぐに引っ込める。ただ、相手の反応は見ていた。
フードの人物からとくに目立った反応はない。それでも答えをくれるようだった。
「理由はあったさ。彼女が誰かを頼るということを覚えてくれたらとね。あの冒険者どもをけしかけたのだってそうさ」
「猛虎の爪でしたかね。たった一人にあいつらやられちまったんでしょ?」
「あれは計算外だった。たった一人の魔道士ならまったく問題にならないと言っていたからね。あそこまで弱いとは。冒険者なんてホラ吹きばかりか。まあいい勉強になったよ」
「あの無詠唱があるなら仕方ないでしょう。あっしだって真正面からはごめんでさぁ。不意打ち闇討ちってんならいくらでもやりようがありますがね」
「別に暗殺がしたいわけじゃあないんだ。今日彼女の力は誰もが認めるほどに証明された。それをうまく使ってあげたいんだよ」
「……操りたいの間違いでしょ?」
ゾランは下品な笑い声を上げた。この依頼主はこんなことで怒ったりしないと確信していた。
「ふふ、どう言ってもらっても構わない。ただ、キミにはまた仕事を頼むかもしれない。私に対してゴマを擦っておいた方がいいと思うが?」
「へへっ、もちろんでさぁ。あっしはなんでも屋。依頼があればどんなことだってやってみせますぜ。どうぞ、ごひいきしてくだせぇ」
揉み手をしながらゾランは言った。こういったパフォーマンスも大切なのだ。
フードの人物は酒に口をつける。湿らせた唇を舐めてから口を開く。
「もう一人はどうだ?」
「ああ、あのディジーとかいう小娘ですかい? 今日負けちまいましたが」
「だとしてもこの対校戦であれだけのものを見せられてはね。前から興味を持っていたが、より一層増したよ」
本日の対校戦の決勝。勝ったのはエルであったが、ゾランにとっては負けたディジーの方が厄介な相手だと認識していた。
「……探りは入れているんですがね。あのお嬢ちゃんと違ってまったく隙を見せねえんですよ。あの小娘からは財布を盗めねえでしょうね」
「そうか……。やはり難しいか」
「ああいう相手は最後まで自分の手の内を見せたりなんかしませんぜ。今日の戦いだってあれが本気とは限らねえ」
「だとしたら末恐ろしい。現在の実力でも王宮の魔道士とそん色ないだろうに」
「まっとうな実力ならお嬢ちゃんが上かもしれませんがね。なんですかあのゴーレムの中に入る魔法。あっしでもあの動きは捉えられませんでしたよ」
「あれは私も知らなかった。そもそも術者本人がゴーレムの中に入るなんて聞いたことがない」
フードの人物はくつくつと笑う。
「だからこそおもしろい。あれほどの者が配下に加われば素晴らしい戦力になるとは思わないか?」
「そりゃもう。ただ、あのぼんやりした性格は戦いに向いているとは思いませんがね」
「そこは教育してやればいい。ディジーに比べれば幾分も扱いやすいだろう。できれば彼女もほしいのだがね」
フードの人物はぐいと酒を飲み干した。それから静かに席を立つ。ついでと言わんばかりに金貨を数枚テーブルに置いた。
「エルに関してはこちらから動く。お前は引き続きディジーについて調べておけ」
「おおせのままに」
ゾランは座ったままで頭を下げた。頭を上げた頃にはフードの人物の姿はどこにもなかった。
「ふぅ」
ゾランは一息ついてから追加の酒と料理を注文した。テーブルの上に置かれた金貨を懐に入れることは忘れない。
出された料理に手をつける。肉を頬張り酒で流し込む。依頼主と飲む酒なんて喉を通らない。一人になってからようやく食事がとれた。
食べながらも頭の中に浮かぶのは黒髪の少女。エル・シエルの姿だった。
まだ幼さが残るものの実力があるのはわかった。しかし、結局は貴族だ。のんびりした雰囲気から平和ボケしているのがよくわかる。
そういう輩がゾランは気に食わない。
「まあいいや。どうせあっしには関係ねえ」
独り言が漏れる。それを聞く者はこの場にはいない。
「どうせ幸せな人生なんて送れねえんだ。だったらお嬢ちゃんにはあっしに悲劇的な終わりってのを見せてもらいたいもんだがねぇ」
暗い笑みが広がる。酒と食事が実に美味い。
酒場はいつまでも賑やかに盛り上がる。その角の席に座っていた男は、いつの間にか姿を消していた。それを気に留める者など誰もいなかった。
夜だというのにどこもかしこも明るく照らされている。道端ですら酒を飲み、対校戦で活躍した魔道士の卵達の話題で盛り上がっていた。
とある酒場。本日も盛況であり、従業員が忙しく走り回っている。それでも酒や料理の注文が途切れることはなかった。対校戦様様である。
そんな酒場の角の席で、フードを被った人影が一組あった。
最初にそれぞれ一杯の酒を注文してから追加をする素振りはない。むしろ誰からも注目されまいと影を薄くしていた。
「まさかあのお嬢ちゃんが勝っちまうとはね。あっしは驚きましたよ」
一人は出っ歯の小男だった。酒に口をつけながらも酔った風でもなくおどけたように笑う。その顔には薄っすらとしわが見えており、年齢は四十前後と予測できた。
彼の名前はゾラン。非合法なことでもやってのける、いわゆるなんでも屋である。
王都でゾランと連絡できる者は少ない。彼は依頼者を信頼できなければ仕事は受けない主義であった。それでも彼に会いたがる者が多いのはその腕が確かなことが知られているからだ。
「こっちは優勝すると確信していたんだ。あの結果は当然さね」
もう片方の人物はゾラン以上にフードを目深に被っていた。そのせいでその顔は視認できない。
声も魔法か魔道具か、どちらかの作用で不明瞭なものとなっていた。体のラインもわからないので男か女か判別できない。
ゾランにとってはこういった自分の正体を明かしたがらない相手の方が信用できた。
仕事を受ける以上、余計なことは知らない方がいい。それが長く円滑に仕事をこなすために必要なことだと知っていたからだ。
「そうはいいますがねぇ、あっしからあんなに簡単に財布を盗まれるお嬢ちゃんですよ? あれだけ警戒心がないんなら、殺せと言われても簡単にできちまいますぜ」
ゾランの目が細まる。
彼が思い出すのはエルが初めて王都へ遊びに行った日である。
あの日、エルがアルバート魔道学校の敷地を出てからずっと追っていたのだ。あれだけ人がいる中でまるで警戒心がない。財布を盗むのは簡単に過ぎた。
もちろんこれは仕事である。そうでもなければゾランに十代半ばの女をつけ狙う理由はなかった。そこまでの年下趣味はない。
「あの時財布を盗ませた理由ってあったんですかい? いや、やっぱり理由は聞かないでおきますよ」
気になったことがつい口から洩れてしまう。それでもすぐに引っ込める。ただ、相手の反応は見ていた。
フードの人物からとくに目立った反応はない。それでも答えをくれるようだった。
「理由はあったさ。彼女が誰かを頼るということを覚えてくれたらとね。あの冒険者どもをけしかけたのだってそうさ」
「猛虎の爪でしたかね。たった一人にあいつらやられちまったんでしょ?」
「あれは計算外だった。たった一人の魔道士ならまったく問題にならないと言っていたからね。あそこまで弱いとは。冒険者なんてホラ吹きばかりか。まあいい勉強になったよ」
「あの無詠唱があるなら仕方ないでしょう。あっしだって真正面からはごめんでさぁ。不意打ち闇討ちってんならいくらでもやりようがありますがね」
「別に暗殺がしたいわけじゃあないんだ。今日彼女の力は誰もが認めるほどに証明された。それをうまく使ってあげたいんだよ」
「……操りたいの間違いでしょ?」
ゾランは下品な笑い声を上げた。この依頼主はこんなことで怒ったりしないと確信していた。
「ふふ、どう言ってもらっても構わない。ただ、キミにはまた仕事を頼むかもしれない。私に対してゴマを擦っておいた方がいいと思うが?」
「へへっ、もちろんでさぁ。あっしはなんでも屋。依頼があればどんなことだってやってみせますぜ。どうぞ、ごひいきしてくだせぇ」
揉み手をしながらゾランは言った。こういったパフォーマンスも大切なのだ。
フードの人物は酒に口をつける。湿らせた唇を舐めてから口を開く。
「もう一人はどうだ?」
「ああ、あのディジーとかいう小娘ですかい? 今日負けちまいましたが」
「だとしてもこの対校戦であれだけのものを見せられてはね。前から興味を持っていたが、より一層増したよ」
本日の対校戦の決勝。勝ったのはエルであったが、ゾランにとっては負けたディジーの方が厄介な相手だと認識していた。
「……探りは入れているんですがね。あのお嬢ちゃんと違ってまったく隙を見せねえんですよ。あの小娘からは財布を盗めねえでしょうね」
「そうか……。やはり難しいか」
「ああいう相手は最後まで自分の手の内を見せたりなんかしませんぜ。今日の戦いだってあれが本気とは限らねえ」
「だとしたら末恐ろしい。現在の実力でも王宮の魔道士とそん色ないだろうに」
「まっとうな実力ならお嬢ちゃんが上かもしれませんがね。なんですかあのゴーレムの中に入る魔法。あっしでもあの動きは捉えられませんでしたよ」
「あれは私も知らなかった。そもそも術者本人がゴーレムの中に入るなんて聞いたことがない」
フードの人物はくつくつと笑う。
「だからこそおもしろい。あれほどの者が配下に加われば素晴らしい戦力になるとは思わないか?」
「そりゃもう。ただ、あのぼんやりした性格は戦いに向いているとは思いませんがね」
「そこは教育してやればいい。ディジーに比べれば幾分も扱いやすいだろう。できれば彼女もほしいのだがね」
フードの人物はぐいと酒を飲み干した。それから静かに席を立つ。ついでと言わんばかりに金貨を数枚テーブルに置いた。
「エルに関してはこちらから動く。お前は引き続きディジーについて調べておけ」
「おおせのままに」
ゾランは座ったままで頭を下げた。頭を上げた頃にはフードの人物の姿はどこにもなかった。
「ふぅ」
ゾランは一息ついてから追加の酒と料理を注文した。テーブルの上に置かれた金貨を懐に入れることは忘れない。
出された料理に手をつける。肉を頬張り酒で流し込む。依頼主と飲む酒なんて喉を通らない。一人になってからようやく食事がとれた。
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まだ幼さが残るものの実力があるのはわかった。しかし、結局は貴族だ。のんびりした雰囲気から平和ボケしているのがよくわかる。
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独り言が漏れる。それを聞く者はこの場にはいない。
「どうせ幸せな人生なんて送れねえんだ。だったらお嬢ちゃんにはあっしに悲劇的な終わりってのを見せてもらいたいもんだがねぇ」
暗い笑みが広がる。酒と食事が実に美味い。
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