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一章 領地編
第15話 将来への選択肢
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領内の村はだいぶ様変わりしていた。
隣町までの道を舗装した甲斐もあり、流通ルートはしっかりと機能していた。
ベドス以外にも外で仕事をする人が増えた。その成果はちゃんとでており、村の規模が大きくなっていた。
村の中を歩けば家畜の姿を見かけるようになった。つまり食卓にお肉が並ぶようになったのだ。野菜に肉。こんな辺境の土地でここまで揃うのは珍しい。
そんなうわさがどこで広まったのか。この領地に移住する人が増えた。
移住した人の中には隣町でわたしが治癒魔法を使った人もいた。というかそういう人が多かった。
どうやらわたしが領民ならタダで治癒しているのもバレたようだった。交通の便も良くなったのでけっこうな人達が集まった。もちろん治したら労働力になってもらった。
もともとちょっとアレな連中が集まるところである。いくら増えたってわたしの両親はノータッチ。わたしは把握してるけどね。
アレな人達とはいえこうも豊かになってくると丸くなるようだ。村では笑顔が絶えない。子供たちが仲良く遊んでいる風景なんて昔では考えられなかった。それくらいはギスギスしたところだったけど、今ではそんなことを感じさせない。
こうも変化を目の当たりにすると、なんて言うのかな。感慨深い、みたいな?
まあ変わったのはわたしじゃなくて領民達だ。彼等のがんばりがあってこそである。
「どうしたのエル? なんかニヤニヤしてるよ」
「ニヤニヤ!? わたしそんな変な風に笑ってた?」
「え、うーん……」
なぜ悩むのか。頼むよウィリアムくん。
さて、ベドスに呼ばれたというのもあって、わたしとウィリアムくんは一軒の酒場を訪れた。
そう、酒場である。規模が大きくなったついでと言わんばかりにいつの間にかこんなものが建っていた。ちなみにわたしは聞いてなかった。大人の陰謀である。
わたしとウィリアムくんは未成年だけど関係なく入った。未成年とは言ってるけど、この世界にお酒は二十歳になってから、という概念はない。年齢制限はないので子供でもお酒飲んでも問題ないようだった。飲まないけどね。
「エル様! お勤めご苦労さまです!」
『ご苦労さまです!』
野太い男達の声が重なる。ピシッと全員同時に頭を下げている。綺麗に揃っているのが軍隊みたいだ。
男達は三十人以上はいた。どの人も屈強な体つきをしていた。
そんな男達にわたしは慕われているのだ。まあ村の大半の人はわたしを領主扱いである。あくまでわたしは領主の娘なんだけども。
この人達、村の自警団である。規模が大きくなった時に問題を起こさせないようにと思ってベドスをリーダーにして結成させたのだ。ちなみにバガンは平である。
「おう、こっちですエル様」
奥からベドスが顔を出した。
自警団のリーダーもさせるようになってさらに多忙となった。それでも文句ひとつ口にしない。
それにベドスはバガンと違って頭が回る。村の問題点はベドスがまとめてくれているのだ。バガンじゃ絶対できないね。
「おうウィリアム。お前もいっしょだったのか」
「うん。父さん、仕事ご苦労さまです」
親子の時間を取ってあげたいものである。わたしはベドスがまとめたであろう村の問題点の書かれた羊皮紙を手に取った。
「わたしはこれを読んでるからさ。二人は親子の語らいでもしてるといいよ」
「そ、そうですか?」
ベドスは申し訳ないと思っているのだろう。でも息子との時間が取れて嬉しいといった感情が見えている。
付き合いが長くなってくるとそういうのがわかるようになるんだね。前世の時だったらそんなのわからなかったなぁ。長い付き合いの人がいなかったからね。
ウィリアムくんとベドスが並んでおしゃべりしている。奥さんがいないと親子だって気づかないだろうなぁ。だってウィリアムくんは美少年なのに、ベドスってばただの中年のおじさんなんだもの。
でも、仲は良いようだ。
わたしは両親と気がねなくおしゃべりってのはしたことがない。かわいがられてはいるけれど、それは魔法の才能があるからだ。
兄妹に関しては言うまでもない。わたしにもっとコミュニケーション能力があればこんなことにはなっていなかったのかもしれない。
領民との関係は良好だ。けれど、家の中のこともあって、ちょっとだけ心残りがあった。
※ ※ ※
「えっ!? 冒険者って職業があるの!?」
わたしが村の問題点が書かれた羊皮紙を読み終わってベドスのところに近づいた時である。彼はウィリアムくんに自慢するように昔話をしていた。
それが冒険者時代のことだった。
あれだよね? 冒険者はギルドから依頼を受けていろんなことをやるっていう。何それ異世界ファンタジーの憧れの職業じゃないっすか!
この世界にもあったのか。全然耳にしないからそんなもんないものだと思っていた。
「ええ。まあ昔の話ですがね。俺の剣の腕は冒険者をやっている時に身につけたもんです」
知らんかった。ベドスが冒険者なんて知らんかった。確かにただのゴロツキの割には強かったけれども。
「まさかバガンも?」
「いや、あいつは違います」
まあそうだよね。バガンはただのチンピラって感じだからね。たぶん冒険者なんてやってたらこの世にはいないだろう。
「父さんはすごいんだよ! 強い魔物をたくさん倒したんだ!」
ウィリアムくんはキラキラとした目をしていた。夢見る男の子って感じだ。
自分のお父さんが英雄だと思ったらそんな目にもなるだろう。自慢のお父さんだ。
「いいなー。僕も冒険者になりたいよ」
「まあ隣町まで行けば冒険者ギルドはあるけどよ」
「そうなの!?」
わたしは食いついた。
「え、ええ。中規模の街ならどこにでもありますよ。王都のような大規模な場所なら複数のギルドがあると聞きますし」
「知らなかった。わたしベドスにくっついて隣町に行くのに今まで気づかなかった」
「聞かれませんでしたしねぇ」
「なんで教えてくれないのさっ」
ベドスが困った顔をする。
「いやその……、普通の貴族様だったら冒険者なんて職業なろうとはしませんよ」
そうか。普通の貴族だったらもっと良い職業があるか。冒険者なんてフリーターみたいな扱いなのだろう。
「でもねベドス。わたしは普通の貴族様じゃないんだよ」
「は、はい。そうでしたね」
ベドスは頭を下げた。別に頭を下げさせるつもりはなかったのだけど。
でも、冒険者か。異世界転生の醍醐味だよね。前世の時に読んでいたラノベを思い出す。
なんだかんだで冒険者は成り上がりの職業だ。そこで認められればわたしを侮る人なんていなくなるだろう。
やばいな。ワクワクしてきたぞ。将来冒険者になるのも悪くないかもしれない。
そんなことを考えていたらウィリアムくんと目が合った。
「ねえねえエル。将来僕といっしょにパーティーを組んで冒険者になろうよ!」
無邪気な笑顔だ。かわいい。
それに悪くない提案に思えた。
ウィリアムくんは優秀だし、将来性もある。わたしが魔道学校を卒業して帰ってくる頃には強い男になっているだろう。
「うん。わたしも冒険者に興味があるからね。いいよ」
「やったーーっ!!」
両手を上げて喜ぶウィリアムくん。全身で喜びを表しているところがなんともほっこりさせてくれる。
「そうかそうか。ならもっと厳しく鍛えてやらねえとな」
ベドスも嬉しそうだ。我が子が自分と同じ道を行く。そういうのは親にとって喜ばしいものなのかもしれなかった。
かわいい子には旅をさせろ。ベドスはウィリアムくんに外の世界でたくましくなることを望んでいるのだろう。親になったことはないけれど、男親が息子に求めるのってそんな感じではないだろうか。
また一つ選択肢が増えた。
前世では将来に不安ばかりだった。でも今は違う。将来に対して楽しみが増えていく。
これって普通なのかな? それとも特別? 誰かと比較しないとわからないことだ。
それでも誰かと比較することに意味なんてないのだろう。
みんなが苦しいから自分も苦しまなきゃいけないのか。みんなが幸福だから自分も幸福じゃないといけないのか。
そうじゃないはずだ。わたしの幸せも不幸せも感じているのはわたしだけ。だったら相対的ではなく絶対的であるべきだ。
人生を後悔しないために。
そのためには素直であるべきなのだ。前世でできなかったことを、今度こそはやってやるのだ。
そう決意して、月日は巡る。
そして、ついにわたしは十五歳になった。
隣町までの道を舗装した甲斐もあり、流通ルートはしっかりと機能していた。
ベドス以外にも外で仕事をする人が増えた。その成果はちゃんとでており、村の規模が大きくなっていた。
村の中を歩けば家畜の姿を見かけるようになった。つまり食卓にお肉が並ぶようになったのだ。野菜に肉。こんな辺境の土地でここまで揃うのは珍しい。
そんなうわさがどこで広まったのか。この領地に移住する人が増えた。
移住した人の中には隣町でわたしが治癒魔法を使った人もいた。というかそういう人が多かった。
どうやらわたしが領民ならタダで治癒しているのもバレたようだった。交通の便も良くなったのでけっこうな人達が集まった。もちろん治したら労働力になってもらった。
もともとちょっとアレな連中が集まるところである。いくら増えたってわたしの両親はノータッチ。わたしは把握してるけどね。
アレな人達とはいえこうも豊かになってくると丸くなるようだ。村では笑顔が絶えない。子供たちが仲良く遊んでいる風景なんて昔では考えられなかった。それくらいはギスギスしたところだったけど、今ではそんなことを感じさせない。
こうも変化を目の当たりにすると、なんて言うのかな。感慨深い、みたいな?
まあ変わったのはわたしじゃなくて領民達だ。彼等のがんばりがあってこそである。
「どうしたのエル? なんかニヤニヤしてるよ」
「ニヤニヤ!? わたしそんな変な風に笑ってた?」
「え、うーん……」
なぜ悩むのか。頼むよウィリアムくん。
さて、ベドスに呼ばれたというのもあって、わたしとウィリアムくんは一軒の酒場を訪れた。
そう、酒場である。規模が大きくなったついでと言わんばかりにいつの間にかこんなものが建っていた。ちなみにわたしは聞いてなかった。大人の陰謀である。
わたしとウィリアムくんは未成年だけど関係なく入った。未成年とは言ってるけど、この世界にお酒は二十歳になってから、という概念はない。年齢制限はないので子供でもお酒飲んでも問題ないようだった。飲まないけどね。
「エル様! お勤めご苦労さまです!」
『ご苦労さまです!』
野太い男達の声が重なる。ピシッと全員同時に頭を下げている。綺麗に揃っているのが軍隊みたいだ。
男達は三十人以上はいた。どの人も屈強な体つきをしていた。
そんな男達にわたしは慕われているのだ。まあ村の大半の人はわたしを領主扱いである。あくまでわたしは領主の娘なんだけども。
この人達、村の自警団である。規模が大きくなった時に問題を起こさせないようにと思ってベドスをリーダーにして結成させたのだ。ちなみにバガンは平である。
「おう、こっちですエル様」
奥からベドスが顔を出した。
自警団のリーダーもさせるようになってさらに多忙となった。それでも文句ひとつ口にしない。
それにベドスはバガンと違って頭が回る。村の問題点はベドスがまとめてくれているのだ。バガンじゃ絶対できないね。
「おうウィリアム。お前もいっしょだったのか」
「うん。父さん、仕事ご苦労さまです」
親子の時間を取ってあげたいものである。わたしはベドスがまとめたであろう村の問題点の書かれた羊皮紙を手に取った。
「わたしはこれを読んでるからさ。二人は親子の語らいでもしてるといいよ」
「そ、そうですか?」
ベドスは申し訳ないと思っているのだろう。でも息子との時間が取れて嬉しいといった感情が見えている。
付き合いが長くなってくるとそういうのがわかるようになるんだね。前世の時だったらそんなのわからなかったなぁ。長い付き合いの人がいなかったからね。
ウィリアムくんとベドスが並んでおしゃべりしている。奥さんがいないと親子だって気づかないだろうなぁ。だってウィリアムくんは美少年なのに、ベドスってばただの中年のおじさんなんだもの。
でも、仲は良いようだ。
わたしは両親と気がねなくおしゃべりってのはしたことがない。かわいがられてはいるけれど、それは魔法の才能があるからだ。
兄妹に関しては言うまでもない。わたしにもっとコミュニケーション能力があればこんなことにはなっていなかったのかもしれない。
領民との関係は良好だ。けれど、家の中のこともあって、ちょっとだけ心残りがあった。
※ ※ ※
「えっ!? 冒険者って職業があるの!?」
わたしが村の問題点が書かれた羊皮紙を読み終わってベドスのところに近づいた時である。彼はウィリアムくんに自慢するように昔話をしていた。
それが冒険者時代のことだった。
あれだよね? 冒険者はギルドから依頼を受けていろんなことをやるっていう。何それ異世界ファンタジーの憧れの職業じゃないっすか!
この世界にもあったのか。全然耳にしないからそんなもんないものだと思っていた。
「ええ。まあ昔の話ですがね。俺の剣の腕は冒険者をやっている時に身につけたもんです」
知らんかった。ベドスが冒険者なんて知らんかった。確かにただのゴロツキの割には強かったけれども。
「まさかバガンも?」
「いや、あいつは違います」
まあそうだよね。バガンはただのチンピラって感じだからね。たぶん冒険者なんてやってたらこの世にはいないだろう。
「父さんはすごいんだよ! 強い魔物をたくさん倒したんだ!」
ウィリアムくんはキラキラとした目をしていた。夢見る男の子って感じだ。
自分のお父さんが英雄だと思ったらそんな目にもなるだろう。自慢のお父さんだ。
「いいなー。僕も冒険者になりたいよ」
「まあ隣町まで行けば冒険者ギルドはあるけどよ」
「そうなの!?」
わたしは食いついた。
「え、ええ。中規模の街ならどこにでもありますよ。王都のような大規模な場所なら複数のギルドがあると聞きますし」
「知らなかった。わたしベドスにくっついて隣町に行くのに今まで気づかなかった」
「聞かれませんでしたしねぇ」
「なんで教えてくれないのさっ」
ベドスが困った顔をする。
「いやその……、普通の貴族様だったら冒険者なんて職業なろうとはしませんよ」
そうか。普通の貴族だったらもっと良い職業があるか。冒険者なんてフリーターみたいな扱いなのだろう。
「でもねベドス。わたしは普通の貴族様じゃないんだよ」
「は、はい。そうでしたね」
ベドスは頭を下げた。別に頭を下げさせるつもりはなかったのだけど。
でも、冒険者か。異世界転生の醍醐味だよね。前世の時に読んでいたラノベを思い出す。
なんだかんだで冒険者は成り上がりの職業だ。そこで認められればわたしを侮る人なんていなくなるだろう。
やばいな。ワクワクしてきたぞ。将来冒険者になるのも悪くないかもしれない。
そんなことを考えていたらウィリアムくんと目が合った。
「ねえねえエル。将来僕といっしょにパーティーを組んで冒険者になろうよ!」
無邪気な笑顔だ。かわいい。
それに悪くない提案に思えた。
ウィリアムくんは優秀だし、将来性もある。わたしが魔道学校を卒業して帰ってくる頃には強い男になっているだろう。
「うん。わたしも冒険者に興味があるからね。いいよ」
「やったーーっ!!」
両手を上げて喜ぶウィリアムくん。全身で喜びを表しているところがなんともほっこりさせてくれる。
「そうかそうか。ならもっと厳しく鍛えてやらねえとな」
ベドスも嬉しそうだ。我が子が自分と同じ道を行く。そういうのは親にとって喜ばしいものなのかもしれなかった。
かわいい子には旅をさせろ。ベドスはウィリアムくんに外の世界でたくましくなることを望んでいるのだろう。親になったことはないけれど、男親が息子に求めるのってそんな感じではないだろうか。
また一つ選択肢が増えた。
前世では将来に不安ばかりだった。でも今は違う。将来に対して楽しみが増えていく。
これって普通なのかな? それとも特別? 誰かと比較しないとわからないことだ。
それでも誰かと比較することに意味なんてないのだろう。
みんなが苦しいから自分も苦しまなきゃいけないのか。みんなが幸福だから自分も幸福じゃないといけないのか。
そうじゃないはずだ。わたしの幸せも不幸せも感じているのはわたしだけ。だったら相対的ではなく絶対的であるべきだ。
人生を後悔しないために。
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