上 下
1 / 1

覚えたての催眠術で幼馴染(悔しいが美少女)の弱味を握ろうとしたら俺のことを好きだとカミングアウトされたのだが、この後どうしたらいい?

しおりを挟む
 五円玉の穴に糸を通す。たったそれだけで、必要なものは完成した。

「これで、今日から俺も催眠術師か」

 プラプラと揺れる五円玉。確かに見ているだけで言いようのない何かに意識が囚われそうになる。
 テレビで催眠術の番組をやっていた。出演者には本当に効いていたように見えたし、これなら俺にだってできると思った。

「本当に催眠術が使えるのか、早く試してみたいな」

 なんてことを口にしたからだろうか。ノックもなしに自室のドアが開けられた。

「はろー、マーくん遊びに来たよー」

 そんな礼儀知らず、俺は一人しか知らない。
 にぱーと笑顔満面の女子。能天気だが顔だけは良い。それが俺の幼馴染であるカナだ。

「なんか失礼なこと考えなかった?」
「気のせいだろ」

 幼馴染とはいえ、年頃の男子の部屋に躊躇なく入ってきやがる。やはり能天気女。何も考えていないに違いない。
 でもこれはチャンスじゃないか? 実験台としてこれほどちょうどいい奴もいないだろう。成功しても失敗してもリスクは低いだろうからな。

「ようこそカナ。さっそくだけどちょっとした遊びに付き合ってくれ」
「えー? あたし漫画読みに来ただけなんだけど」

 うちは漫画喫茶じゃねえよ。内心はちょっとイラッとしていたが、表情はスマイルで応じた。

「まあまあそう言うなって。そんなに時間かかんないし」
「マーくんのおやつくれるってんならいいよー」

 こいつ……っ。

「いいよ、わかった」

 今日のおやつは好物のモンブランだってのに……。催眠術かけたら覚悟しろよ。

「うぉっほんっ。では、この五円玉を見てください」

 糸で吊るした五円玉をカナの眼前に持っていく。それだけしかしていないのに「ウケるー」とか言って笑いやがった。マジで覚えてろよ。

「何? 催眠術ってやつ? マジでできるかやってみせてよー」

 これが催眠術の道具と知っていたか。それでも興味津々ってならちょうどいい。逃げられる心配がないなら俺も安心だ。

「この五円玉から目を離すなよ。……いくぞ」
「オーケーオーケー」

 返事は適当だったが、言う通り五円玉を見つめている。
 俺は少しの緊張を感じながらも、五円玉を揺らし始める。

「あなたはだんだん眠くなる~。眠くな~る」

 左右に揺れる五円玉の動きに合わせるようにして、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「うわっ、本当に催眠術みたい。ウケる」

 うるせー黙ってろと心の中で注意する。集中集中。
 カナに構わず何度も同じ言葉を繰り返す。カナの頭に沁み込ませるようにと意識した。

「……」

 しばらくそうしていると、カナに変化が現れた。
 カナはうっつらうっつらと船を漕ぎ始めたのだ。まぶたも重たそうにしている。今にも眠ってしまいそうだった。
 俺は内心でガッツポーズした。催眠術の効果が出たのだと自信を持てたからだ。

「あなたは眠りま~す。そして次に起きた時、俺の言うことをなんでも聞くようにな~る……」

 そう言い終わった瞬間、カナが突然がくんと前のめりに倒れた。俺は咄嗟に彼女の体を抱きとめる。
 急に倒れるからびびった。でも、本当に催眠術が成功したのだろう。段々と嬉しさが込み上げてくる。

「おーいカナー。早く起きろよー」

 本番はカナが目を覚ました時である。催眠術が効いているのなら、俺の言うことはなんでも聞いてくれるはずだ。

「……」

 それにしても、と。抱きかかえた彼女に目をやる。
 見慣れた幼馴染とはいえ、最近はこれだけ近くでカナの顔を見ることなんてなかった。肌が綺麗だとかまつ毛が長いだとか、わりと顔の作りは良いよなとか思ってみたり……。
 カナの目がパチリと開いた。

「うおっ!?」

 変なことを考えていたせいか、本気で驚いてしまった。びびったことが恥ずかしくて顔が熱くなる。
 こういう時に嬉々としてからかってきそうなカナは口を閉ざしていた。目も焦点が合っていないように見える。
 これは、催眠術にかかってるってことでいいんだよな?
 ちょっと試してみようか。

「カナ、そこに正座しなさい」
「はい」

 おおっ、文句も言わずに正座しやがった。ちゃんと意識があれば絶対に素直に聞かないはずだ。

「お手」
「はい」

 犬のようにお手をするカナ。

「手を挙げて」
「はい」

 授業中では絶対にしないような綺麗な挙手をするカナ。

「変顔して」
「はい」
「ぶはっ!」

 年頃の女子が見せられないような変顔をしやがった。笑いすぎて腹が痛くなった。
 しかし、これで確定だろう。
 すごい……。これが催眠術の力か。これだけのことができるならもっと早く覚えておけばよかった。
 くっくっくっ、さて、次はどんなことをしてやろうか。

「そうだ、弱味を聞き出そう」

 弱点がわかれば、もうカナの好き勝手にはさせない。俺のおやつも死守できるってもんだ。
 俺はカナに向き直る。
 弱点っていってもどんな風に聞き出せばいいだろうか。「弱点は?」と聞いたら「ピーマン怖い…」とか返ってきそうだ。そんなことはとっくの昔から知っている。
 うーむ、と考えて、ぱっと思いついた。

「カナ」
「はい」

 焦点が合っていないような視線が向けられる。俺はニヤニヤしながら尋ねた。

「カナの好きな人って誰?」

 好きな人。思春期の俺達にとって、それを知られるほど恥ずかしいことはない。クラスのみんなに知られれば羞恥心に耐えかねて叫んだっておかしくない。俺なら叫ぶ。
 普段から軽い奴だが、それでも一応年頃の女子である。きっとこいつだって好きな人を知られるのが恥ずかしいはずだ。

「……」

 その証拠に、催眠術にかかっているはずのカナがなかなか答えようとしない。口を固く閉ざし続けていた。
 俺は根気強く待った。穴が空きそうなくらい見つめ続けた。
 カナの心理的ストッパーってやつが戦っているのだろうと思う。それだけ恥ずかしい情報なのだ。弱味を握れるチャンスに胸がドキドキした。
 やがて催眠術に負けたのだろう。カナが口を開いた。

「……マーくん」
「はい?」

 なんか予想外にもほどがある名前が聞こえた気がする。

「あたしの好きな人は、マーくん……」

 今まで見たこともない熱っぽい目で見つめられる。俺は逃げるようにベッドにダイブした。
 な、なんだ今の? 見間違いか?
 もう一度、恐る恐るカナを見る。

「じー……」

 穴が空きそうなほど見つめられていた。ちょっと目が潤んでいるのは気のせいか。
 再びベッドに顔を埋めて緊急離脱する。視線からは逃れられた。問題は解決していないが……。
 え、これどうすればいいの?
 催眠術で聞き出したということは本心のはず。だったら告白に対して返事した方がいいのか?
 いやいや待て待て。催眠術にかかっている間のことは記憶に残らないはずだ。うやむやにしてしまえばなかったことになるだろう。

「い、いいのか?」

 正直な話、俺はカナに対して恋愛感情なんぞ抱いてはいない。
 だって、ずっと幼馴染として接してきたのだ。いくら異性とはいっても、兄妹とそう変わらない関係だと思っていた。カナだって俺と同じように考えていると思っていたのに……。
 まさか、いきなりこんな……ええいっ、こんなん予想できるかっ!
 唇をぐっと噛みしめて、おもむろに体を起こす。

「カナ」
「は、はい」

 俺はカナの前に正座した。心なしか彼女の背筋が伸びた気がした。
 さっきまでは気にも留めなかったが、なんだか甘いようないい匂いがする。それがカナから漂う女の子の匂いだと気づいて、ばっと目を逸らす。

「お、俺が手を叩くと催眠術が解ける。催眠術にかかっている間の記憶もなくなる。いいな?」
「……」
「あ、あれ?」

 急に返事しなくなって焦る。別に葛藤するようなこと言ってないだろ? ないよな?
 わたわたしていると小さなため息が聞こえた気がした。

「……はい」

 無感動というより、ぶっきら棒な感じで返事された。
 とにかく返事したってことは催眠術は効いてるってことだ。落ち着いて手を叩いた。

「……なんか疲れちゃった」
「そ、そうか? 催眠術にかかってる記憶は残ってるか?」
「あたし催眠術にかかってたの? 残念、記憶にないなぁ。今度はもっとわかりやすいのにしてよ」
「お、おう」

 正気を取り戻したカナはコリをほぐすように首を回した。
 不自然なところはないよな? 彼女を観察していると深いため息をついていた。催眠術にかかると体力を使うようだ。
 催眠術にかかっている間のことを深くは追及してこなかった。カナは「疲れちゃったからもう帰るね」と立ち上がった。
 部屋を出る間際、カナは振り返ってこう言った。

「マーくん、今度は覚悟を決めてから催眠術にかけてね。あたしの気持ち……変わんないからっ」

 パタンとドアが閉まる。俺はそれを口を半開きにして見送った。
 え、いや、ん? それって? ちょっ、待って? どういう?
 ……え? ええっ!?
 この日から、俺はこれっぽっちも意識していなかった幼馴染にドギマギさせられることとなる。……なってしまったのだ。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

【完結】似て非なる双子の結婚

野村にれ
恋愛
ウェーブ王国のグラーフ伯爵家のメルベールとユーリ、トスター侯爵家のキリアムとオーランド兄弟は共に双子だった。メルベールとユーリは一卵性で、キリアムとオーランドは二卵性で、兄弟という程度に似ていた。 隣り合った領地で、伯爵家と侯爵家爵位ということもあり、親同士も仲が良かった。幼い頃から、親たちはよく集まっては、双子同士が結婚すれば面白い、どちらが継いでもいいななどと、集まっては話していた。 そして、図らずも両家の願いは叶い、メルベールとキリアムは婚約をした。 ユーリもオーランドとの婚約を迫られるが、二組の双子は幸せになれるのだろうか。

〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?

詩海猫
恋愛
私の家は子爵家だった。 高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。 泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。 私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。 八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。 *文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*

そんなに幼馴染の事が好きなら、婚約者なんていなくてもいいのですね?

新野乃花(大舟)
恋愛
レベック第一王子と婚約関係にあった、貴族令嬢シノン。その関係を手配したのはレベックの父であるユーゲント国王であり、二人の関係を心から嬉しく思っていた。しかしある日、レベックは幼馴染であるユミリアに浮気をし、シノンの事を婚約破棄の上で追放してしまう。事後報告する形であれば国王も怒りはしないだろうと甘く考えていたレベックであったものの、婚約破棄の事を知った国王は激しく憤りを見せ始め…。

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

【完結】好きでもない私とは婚約解消してください

里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。 そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。 婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。

この国に私はいらないようなので、隣国の王子のところへ嫁ぎます

コトミ
恋愛
 舞踏会で、リリアは婚約者のカールから婚約破棄を言い渡された。細身で武術に優れた彼女は伯爵家の令嬢ながら、第三騎士団の隊長。この国の最重要戦力でもあったのだが、リリアは誰からも愛されていなかった。両親はリリアではなく、女の子らしい妹であるオリヴィアの事を愛していた。もちろん婚約者であったカールも自分よりも権力を握るリリアより、オリヴィアの方が好きだった。  貴族からの嫉妬、妬み、国民からの支持。そんな暗闇の中でリリアの目の前に一人の王子が手を差し伸べる。

処理中です...