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29.善意じゃない気持ち
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橘さんに話があると言われ通学路から少し外れたところへと連れてこられた。少し道を外れただけで人気がなくなる。通勤で急いでいるであろう車の音も遠くなった。
「話って何かな?」
同級生の男女が二人きり。昨日のことがあるだけに身構えてしまう。別に期待しているとかじゃないぞ。
向き合った彼女はいつも通り美しく、でもちょっぴり間が抜けたような表情で首を傾けた。
「能見くんは、由希ちゃんの告白を断ったんですか?」
「え? あ、ああ……」
柔らかい声色。でもいつもとは違う口調で橘さんは昨日のことを口にした。
って、もう伝わっているのか……。女子ネットワークに筒抜けになることくらい想定しておけばよかった。気持ちに余裕がなさすぎて何も考えてなかった。
「本人に聞いてるなら知ってるだろ」
内心の焦りからぶっきら棒な口調になる。仕方ないだろ、と自分に言い聞かせた。
「聞いてはいませんよ。でも泣いていた由希ちゃんを見れば想像はつきます」
聞いてないのか。雛森が話せる状態じゃなかったから俺に確認しに来たってことか。友達だからってそこまでしなくてもいいだろうに。
「……橘さんの想像通りだよ。雛森に告白されて、断った。それだけだ」
簡単な事実だけを口にする。それだけの確認で済むのならそれでいい。
だが、橘さんは俺の答えだけでは疑問を解消しきれなかったようだ。
「なぜですか?」
「なぜって……」
橘さんはこてんと首を傾げる。とても不思議そうにして、俺を見る目が普通の人を見る目じゃないようだった。
……女子同士の友達って面倒臭いな。告白断ったら理由を追及されるのかよ。
「だって由希ちゃんってすごく可愛いじゃないですか。男の人はああいう子が好きなのでは?」
ああいう子って何だよ。なんだか嫌な気分にさせる言い方だ。
「雛森が可愛いのは認めるけどさ。まあ人の好みは千差万別ってことだよ」
「能見くんの好みではなかったと?」
ぐっと言葉に詰まる。別に俺の好みじゃないとは言っていない。
最初は見た目の派手さがちょっと怖かった。金髪ギャルだなんて俺の人生で関わったことのない人種だ。なんとなくのイメージで、俺とは合わないんだろうなって勝手に思っていた。
だけど実際に接してきて、雛森に怖いところなんてなかった。抜けてる奴で、無警戒な奴で、でも一生懸命な奴だ。
いっしょにいて、安心させてくれる奴だ。
「由希ちゃん胸が大きいし、けっこう遊んでそうに見えるからって好きになる男子は多いんですけどねー。ほら、すぐやれそうって思うでしょう?」
「は?」
思わず眉間に力がこもってしまった。ていうか橘さんは何言ってんだ?
雛森は抜けてる奴だけど、そういう軽い女子じゃない。見た目は金髪ギャルに思われるかもしれないが、全然ギャルっぽくないし、ただの普通の女の子だ。
そんなことは友達の橘さんなら知っているはずだ。それとも、実はそんな風に思ってたのか?
「そりゃあ、そんな風にしか見られない男が見る目ないって話だろ」
「いえいえ、案外本当かもしれませんよ? 表はいい顔して裏では遊んでる、なんてよくある話じゃないですか」
「雛森はそんなんじゃねえ!」
大声を出した自分に驚く。むしろ橘さんは平然としていて動揺した風でもない。
なんなんだよ……。何で友達なのに、雛森はこんなこと言われなきゃならないんだ。
けど女子相手に大きい声を出した俺が悪い。俺は関係ないんだから、雛森のことで橘さんを怒る資格なんかない。
「ごめん……脅かすつもりはなかったんだ」
「なぜです?」
「え? いや、だから大声出したことはごめんって……」
「そうじゃなくて。なぜ、由希ちゃんがそんなんじゃないって思うんですか?」
橘さんとの距離が縮まる。大声を出したにもかかわらず、彼女は迫ってきた。
「そんなの……、雛森としゃべってたらわかるよ。橘さんだって友達だからよく知っているはずだろ」
そう、橘さんなら雛森がどんなにいい奴か知っているはずなのに……。どうしてあんなこと言ったんだよ。
「ええ、よく知っているわ」
さっきまでとは違う印象の言葉。思わずまじまじと彼女を見つめる。
ふっと彼女の目元が緩んだことに気づく。その目からは慈しみの感情を思わせた。
「由希ちゃんは人の善意を疑わないわ。とても純粋で、今でも人を信じたいと思っているのよ」
その言葉はどこまでも優しく響いた。
なぜいきなりそんなことを言うのかはわからない。でも、そこには橘さんの本当の気持ちが込められているように感じられたのだ。
「能見くんならわかるはずじゃない。由希ちゃんがただの善意なんかで告白をする子じゃないってことくらい。嘘が苦手で、正直な気持ちをがんばって伝えようとしている子よ。それとも、能見くんは由希ちゃんと善意で仲良くなったのかしら?」
「それは……」
息が詰まる思いになる。
本当はわかっていた。雛森が本気の気持ちを俺にぶつけていたってことくらい。
結局、俺は俺の気持ちを一番に考えてただけだ。自分のトラウマと向き合えなくて、雛森を信じられなかった。勝手に信じてはならないものだと思い込もうとしていた。
あの中学から離れられて、過去の自分を変えたいと思っていたのにな。なのに過去に囚われて、やってることはただの焼き直しになっていた。
「俺、もう一度雛森と話したい……」
それが今の率直な気持ちだった。
付き合うとか付き合わないとか、そこまではまだ考えられない。でも、このまま終わってしまったらいけないと思った。絶対に後悔してしまう。
「能見くん?」
「橘さん、俺先に学校行くよ」
いてもたってもいられずに駆け出した。
早く雛森に会いたい。
いつも元気で笑顔で、俺のことを思ってくれて、その善意は嬉しいものだったはずだ。
俺と雛森は違う。過去も考え方も違う。だから俺の偽善を押しつけるのは、なんか違っていた。
「由希ちゃんが信じたあなたを、私も信じてみるわ」
去り際、橘さんが口を開いた気がしたが、走り出した俺の耳には届かなかった。
※ ※ ※
学校に着いた。早足で教室に向かう。
「あ……」
教室に入ると席に着いていた雛森と目が合った。
気まずそうに目を逸らされる。初めて見る彼女の態度に胸がズキリと痛んだ。
でも今は一刻も早く雛森と話がしたかった。気を強く持って彼女へと近づいた。
「能見、由希に何か用か?」
雛森との間に古川さんが立ち塞がった。
目つきが以前のような鋭さを帯びている。橘さんが知っていたように、古川さんも雛森が俺に告白した件を察しているのだろう。
「ああ、用がある。雛森と二人きりにさせてくれ」
真っすぐに目を見つめて言った。絶対に退かないと意志を強く持つ。
「わ、わかった」
真剣さが伝わったのだろう。古川さんはあっさりよけてくれた。
そして、雛森の目の前に立つ。
「雛森」
「えっと……」
「今から俺といっしょに屋上に来てくれ」
雛森の体がビクリと跳ねる。昨日のことを思い出させてしまったのかもしれない。
雛森が恐る恐る俺を見つめる。震えるまつ毛は彼女の迷いを表しているようだった。
我慢強く返事を待った。内心では何度も「頼む!」と連呼していた。長い沈黙が続く。
「…………うん」
根負けしたのだろう。ついに彼女は肯定の頷きを返してくれたのだ。
「話って何かな?」
同級生の男女が二人きり。昨日のことがあるだけに身構えてしまう。別に期待しているとかじゃないぞ。
向き合った彼女はいつも通り美しく、でもちょっぴり間が抜けたような表情で首を傾けた。
「能見くんは、由希ちゃんの告白を断ったんですか?」
「え? あ、ああ……」
柔らかい声色。でもいつもとは違う口調で橘さんは昨日のことを口にした。
って、もう伝わっているのか……。女子ネットワークに筒抜けになることくらい想定しておけばよかった。気持ちに余裕がなさすぎて何も考えてなかった。
「本人に聞いてるなら知ってるだろ」
内心の焦りからぶっきら棒な口調になる。仕方ないだろ、と自分に言い聞かせた。
「聞いてはいませんよ。でも泣いていた由希ちゃんを見れば想像はつきます」
聞いてないのか。雛森が話せる状態じゃなかったから俺に確認しに来たってことか。友達だからってそこまでしなくてもいいだろうに。
「……橘さんの想像通りだよ。雛森に告白されて、断った。それだけだ」
簡単な事実だけを口にする。それだけの確認で済むのならそれでいい。
だが、橘さんは俺の答えだけでは疑問を解消しきれなかったようだ。
「なぜですか?」
「なぜって……」
橘さんはこてんと首を傾げる。とても不思議そうにして、俺を見る目が普通の人を見る目じゃないようだった。
……女子同士の友達って面倒臭いな。告白断ったら理由を追及されるのかよ。
「だって由希ちゃんってすごく可愛いじゃないですか。男の人はああいう子が好きなのでは?」
ああいう子って何だよ。なんだか嫌な気分にさせる言い方だ。
「雛森が可愛いのは認めるけどさ。まあ人の好みは千差万別ってことだよ」
「能見くんの好みではなかったと?」
ぐっと言葉に詰まる。別に俺の好みじゃないとは言っていない。
最初は見た目の派手さがちょっと怖かった。金髪ギャルだなんて俺の人生で関わったことのない人種だ。なんとなくのイメージで、俺とは合わないんだろうなって勝手に思っていた。
だけど実際に接してきて、雛森に怖いところなんてなかった。抜けてる奴で、無警戒な奴で、でも一生懸命な奴だ。
いっしょにいて、安心させてくれる奴だ。
「由希ちゃん胸が大きいし、けっこう遊んでそうに見えるからって好きになる男子は多いんですけどねー。ほら、すぐやれそうって思うでしょう?」
「は?」
思わず眉間に力がこもってしまった。ていうか橘さんは何言ってんだ?
雛森は抜けてる奴だけど、そういう軽い女子じゃない。見た目は金髪ギャルに思われるかもしれないが、全然ギャルっぽくないし、ただの普通の女の子だ。
そんなことは友達の橘さんなら知っているはずだ。それとも、実はそんな風に思ってたのか?
「そりゃあ、そんな風にしか見られない男が見る目ないって話だろ」
「いえいえ、案外本当かもしれませんよ? 表はいい顔して裏では遊んでる、なんてよくある話じゃないですか」
「雛森はそんなんじゃねえ!」
大声を出した自分に驚く。むしろ橘さんは平然としていて動揺した風でもない。
なんなんだよ……。何で友達なのに、雛森はこんなこと言われなきゃならないんだ。
けど女子相手に大きい声を出した俺が悪い。俺は関係ないんだから、雛森のことで橘さんを怒る資格なんかない。
「ごめん……脅かすつもりはなかったんだ」
「なぜです?」
「え? いや、だから大声出したことはごめんって……」
「そうじゃなくて。なぜ、由希ちゃんがそんなんじゃないって思うんですか?」
橘さんとの距離が縮まる。大声を出したにもかかわらず、彼女は迫ってきた。
「そんなの……、雛森としゃべってたらわかるよ。橘さんだって友達だからよく知っているはずだろ」
そう、橘さんなら雛森がどんなにいい奴か知っているはずなのに……。どうしてあんなこと言ったんだよ。
「ええ、よく知っているわ」
さっきまでとは違う印象の言葉。思わずまじまじと彼女を見つめる。
ふっと彼女の目元が緩んだことに気づく。その目からは慈しみの感情を思わせた。
「由希ちゃんは人の善意を疑わないわ。とても純粋で、今でも人を信じたいと思っているのよ」
その言葉はどこまでも優しく響いた。
なぜいきなりそんなことを言うのかはわからない。でも、そこには橘さんの本当の気持ちが込められているように感じられたのだ。
「能見くんならわかるはずじゃない。由希ちゃんがただの善意なんかで告白をする子じゃないってことくらい。嘘が苦手で、正直な気持ちをがんばって伝えようとしている子よ。それとも、能見くんは由希ちゃんと善意で仲良くなったのかしら?」
「それは……」
息が詰まる思いになる。
本当はわかっていた。雛森が本気の気持ちを俺にぶつけていたってことくらい。
結局、俺は俺の気持ちを一番に考えてただけだ。自分のトラウマと向き合えなくて、雛森を信じられなかった。勝手に信じてはならないものだと思い込もうとしていた。
あの中学から離れられて、過去の自分を変えたいと思っていたのにな。なのに過去に囚われて、やってることはただの焼き直しになっていた。
「俺、もう一度雛森と話したい……」
それが今の率直な気持ちだった。
付き合うとか付き合わないとか、そこまではまだ考えられない。でも、このまま終わってしまったらいけないと思った。絶対に後悔してしまう。
「能見くん?」
「橘さん、俺先に学校行くよ」
いてもたってもいられずに駆け出した。
早く雛森に会いたい。
いつも元気で笑顔で、俺のことを思ってくれて、その善意は嬉しいものだったはずだ。
俺と雛森は違う。過去も考え方も違う。だから俺の偽善を押しつけるのは、なんか違っていた。
「由希ちゃんが信じたあなたを、私も信じてみるわ」
去り際、橘さんが口を開いた気がしたが、走り出した俺の耳には届かなかった。
※ ※ ※
学校に着いた。早足で教室に向かう。
「あ……」
教室に入ると席に着いていた雛森と目が合った。
気まずそうに目を逸らされる。初めて見る彼女の態度に胸がズキリと痛んだ。
でも今は一刻も早く雛森と話がしたかった。気を強く持って彼女へと近づいた。
「能見、由希に何か用か?」
雛森との間に古川さんが立ち塞がった。
目つきが以前のような鋭さを帯びている。橘さんが知っていたように、古川さんも雛森が俺に告白した件を察しているのだろう。
「ああ、用がある。雛森と二人きりにさせてくれ」
真っすぐに目を見つめて言った。絶対に退かないと意志を強く持つ。
「わ、わかった」
真剣さが伝わったのだろう。古川さんはあっさりよけてくれた。
そして、雛森の目の前に立つ。
「雛森」
「えっと……」
「今から俺といっしょに屋上に来てくれ」
雛森の体がビクリと跳ねる。昨日のことを思い出させてしまったのかもしれない。
雛森が恐る恐る俺を見つめる。震えるまつ毛は彼女の迷いを表しているようだった。
我慢強く返事を待った。内心では何度も「頼む!」と連呼していた。長い沈黙が続く。
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