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中間都市
遊郭の恋
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サンテリが遊郭に通うようになったのは、
確か大学2年の終わりごろだ。そのころ、
学業も部活動もうまくいっておらず、卒業
後のイメージも全く持てていなかった。
要は、色々なことが本当にどうでも
よくなっていたのだ。
その日も、遊郭に来て、適当に相手を選び、
そして事を終え、下のカウンターでいつもの
ようにのんびりして、呼び込みのおばちゃん
と雑談などして帰るつもりだった。
そこに、レイがいた。
確か、学生なのか、どこに通っているかなど
ということを話したと思う。
年齢は自分より少し下。物事をけっこう
はっきり言うタイプで、勝気な感じだった。
特に、自分がすでに遊び終えた後だった、
ということもあり、レイの方もあまり気を
使っていなかった。
それが却って気に入ってしまう原因だった
と思う。なにごとも熟考してしまうサンテリ
に対して、性格も正反対に見えた。
そして、その次からは、レイの元に通う
ことにした。
遊郭といっても、庶民向けのものなので、
学業や部活動の合間にアルバイトなどをして、
月に2回ほど通うことができた。
他の遊女がいる部屋が殺風景なのに対して、
レイは小物や雑貨なども自分で選んでいる
ようで、壁にも色々と賑やかに写真や行事の
フライヤーなどが貼ってある。
若い女性が実際に住んでいる部屋にいるよう
で、趣味も合って居心地が良かった。
それに、レイといると遊女に対するイメージ
が変わった。意外と、育ちがいいのだ。あま
りその辺を根掘り葉掘り聞き出すことは難し
かったが、
書道を幼いころからやっていて、師範代の
資格があるらしい。それと、茶道と呼ばれる
伝統作法も心得ているらしい。
地方から出てきていて、実家は名家だったが
途中でグレて実家を飛び出し、こういう仕事
をしている、といったあたりが推測だ。
なにかとストレートにものを言うレイだった
が、何度か通ううちに、サンテリのファッ
ションについてもうるさくなった。。
「もっと、ちゃんとしたものを着て」という。
確かに、遊郭が近所ということもあり、いい
加減な服装で行くときもあった。
ストレートに言われるのは辛い部分もあった
が、反面何となくうれしい気持ちもあった。
そう、サンテリは、彼女に惚れていた。
そしてそれはもう、今まで出会ったどんな
女性よりも、という程度に達していた。
そこからサンテリの葛藤が始まる。
彼女を好きになればなるほど、彼女が他の
男性とも、どこかの見ず知らずの男性とも、
自分と同じ行為を行っているという現実に、
向き合わなければならなかった。
そういった時期にある映画を見た。耳が
生まれつき不自由な若い女性、その女性に
恋をする青年の物語だ。
恋人同士となった二人に、耳が不自由だから
将来のことも考えたほうがいい、と意見する
者もいた。それに対し、その主人公は、
「だから何なのだ、耳が不自由だから何だと
いうのだ」と返すのだ。
そう、遊女だから、他の男とも行為をした
から何だというのだ、好きという気持ちが
それで揺らぐのなら、最初から好きに
ならなければいい。
そういう思いがサンテリの中で生まれた。
サンテリが通う大学は、その国内でもかな
り有名なところで、いいとこ育ちの学生が
たくさんいた。
サンテリの持つ葛藤を相談できるような知り
合いはほとんどいなかったが、一人だけ学費
を稼ぐのに水商売の接客業をやっている者が
いた。
その友人は、コジモといったが、ある日
コジモの家で、酒を飲む機会があった。
その時、サンテリはその話をした。
サンテリは、それでも反対されると思って
いた。しかし、コジモはすぐ賛成した。
さらに、「付き合えばいい」と言ってくれた。
遊女かどうかなど、関係ない。
反対されることばかり気にして、付き合う
という発想がそれまで出てこなかったのだ。
庶民向けの遊郭とはいえ、場末の雰囲気が
漂うとはいえ、レイは勝気な雰囲気の美人
だった。
なので、自分が交際を申し込んだところで、
断られる可能性も高いし、他に恋人がすでに
いる可能性も充分あった。
しかし、サンテリは、ある日思い切って
聞いてみた。レイは、回答をはぐらかした。
だが、「二人で遊びに行ってあげても
良いよ」という。
そこから、サンテリは努力した。ファッショ
ンについても勉強し、外しのテクニックと
いうのも学んだ。ヘアーサロンに行って髪型
も整えた。
サンテリは車を持っていなかったので、
近くの大きな町の鉄道駅で待ち合わせること
にした。そこでレイと会い、食事をする。
ふだんのレイは、ふつうの女性で、そして
だれよりも可愛かった。
レイは、しょうがないからサンテリと一緒に
居てあげる、という態度だったが、しかし
明らかに喜んでいた。楽しそうだった。
もしかして、ふだんは色んなことをストレー
トに言ってくるのに、そういう気持ちは
照れてしまってストレートに表現できない
だけなのでは?
サンテリは、いつしか、「この女性と結婚
したい」そう思うようになった。いや、それ
は、出会ったときに実はすでに心のどこかに
持っていた思いかもしれない。
3か月ほどだろうか、毎週末会い、遊郭
でも月に一回ほど顔を出す。レイを担当する
呼び込みのジェマおばさんとも仲良くなれた。
サンテリは、厳選した蝶の飾りの付いた
指輪を購入し、思い切って告白した。
レイは、
「こういうのを買うときは、相手の好みを
きちんと分かってからにしたほうがいい、
出来れば一緒に買いにいったほうがいい」
というようなことを言い、その意匠があまり
気に入らなかったようだが、指輪そのものは
受け取ってくれた。
レイは、少し照れているように見えた。
全ての物事を、本当にその世界のすべての
物事を肯定的に受け取れる人間がいるとする
ならば、それはその時の自分だろうと思う。
あらゆるものが自分を、自分たちを祝福
してくれているように見えた。
それが、若干の幻影を含んでいたことが
すぐに判明するのだが、それでもサンテリは
前へ進むことを止めなかった。
まず、実家の反対に遇った。考えを変え
なければ学費は出さないと言われ、サンテリ
は大学を辞めて家も出ることにした。
もうひとつには、仕事を辞めてサンテリと
一緒に住むことを約束してくれたレイの、
銀行口座の名義がレイ本人のものになって
いなかったことだ。
レイが言うには、かなりの金額が店側に没収
されるかたちになったらしい。サンテリの
アルバイトではとても稼ぐことができない額。
それでも、サンテリのなけなしの貯金で
二人で地方に移り、生活を始める。
地方で安いアパートを見つけ、そして
仕事もそれぞれ見つけた。自分の求めていた
暮らしが、そこにあるはずだ。
質素で辛くても、好きな相手と暮らす。
二人の間に子どもも欲しかったが、残念
ながら一人目は流産となった。いや、
希望は捨ててはいけない。
そんな中、大不況がその地方を直撃する。
サンテリが職を失い、そんなに強くもない
体で日雇いの仕事を探す。
レイは、流産のショックと過労がたたり、
精神を病んでしまう。以前より10キロほど
痩せてしまった。それでも知恵をふり絞り、
工夫して生き抜こうとする二人。
ついには、家賃も滞納し、水道光熱費も
滞納し、明日の食べ物に困ることとなった。
近くに助けを求める相手もいない。
ある寒い冬の日、二人は決断する。
「生まれ変わっても、また三人で」
そうして、二人は冬の暗い海の中へ
消えていった。
確か大学2年の終わりごろだ。そのころ、
学業も部活動もうまくいっておらず、卒業
後のイメージも全く持てていなかった。
要は、色々なことが本当にどうでも
よくなっていたのだ。
その日も、遊郭に来て、適当に相手を選び、
そして事を終え、下のカウンターでいつもの
ようにのんびりして、呼び込みのおばちゃん
と雑談などして帰るつもりだった。
そこに、レイがいた。
確か、学生なのか、どこに通っているかなど
ということを話したと思う。
年齢は自分より少し下。物事をけっこう
はっきり言うタイプで、勝気な感じだった。
特に、自分がすでに遊び終えた後だった、
ということもあり、レイの方もあまり気を
使っていなかった。
それが却って気に入ってしまう原因だった
と思う。なにごとも熟考してしまうサンテリ
に対して、性格も正反対に見えた。
そして、その次からは、レイの元に通う
ことにした。
遊郭といっても、庶民向けのものなので、
学業や部活動の合間にアルバイトなどをして、
月に2回ほど通うことができた。
他の遊女がいる部屋が殺風景なのに対して、
レイは小物や雑貨なども自分で選んでいる
ようで、壁にも色々と賑やかに写真や行事の
フライヤーなどが貼ってある。
若い女性が実際に住んでいる部屋にいるよう
で、趣味も合って居心地が良かった。
それに、レイといると遊女に対するイメージ
が変わった。意外と、育ちがいいのだ。あま
りその辺を根掘り葉掘り聞き出すことは難し
かったが、
書道を幼いころからやっていて、師範代の
資格があるらしい。それと、茶道と呼ばれる
伝統作法も心得ているらしい。
地方から出てきていて、実家は名家だったが
途中でグレて実家を飛び出し、こういう仕事
をしている、といったあたりが推測だ。
なにかとストレートにものを言うレイだった
が、何度か通ううちに、サンテリのファッ
ションについてもうるさくなった。。
「もっと、ちゃんとしたものを着て」という。
確かに、遊郭が近所ということもあり、いい
加減な服装で行くときもあった。
ストレートに言われるのは辛い部分もあった
が、反面何となくうれしい気持ちもあった。
そう、サンテリは、彼女に惚れていた。
そしてそれはもう、今まで出会ったどんな
女性よりも、という程度に達していた。
そこからサンテリの葛藤が始まる。
彼女を好きになればなるほど、彼女が他の
男性とも、どこかの見ず知らずの男性とも、
自分と同じ行為を行っているという現実に、
向き合わなければならなかった。
そういった時期にある映画を見た。耳が
生まれつき不自由な若い女性、その女性に
恋をする青年の物語だ。
恋人同士となった二人に、耳が不自由だから
将来のことも考えたほうがいい、と意見する
者もいた。それに対し、その主人公は、
「だから何なのだ、耳が不自由だから何だと
いうのだ」と返すのだ。
そう、遊女だから、他の男とも行為をした
から何だというのだ、好きという気持ちが
それで揺らぐのなら、最初から好きに
ならなければいい。
そういう思いがサンテリの中で生まれた。
サンテリが通う大学は、その国内でもかな
り有名なところで、いいとこ育ちの学生が
たくさんいた。
サンテリの持つ葛藤を相談できるような知り
合いはほとんどいなかったが、一人だけ学費
を稼ぐのに水商売の接客業をやっている者が
いた。
その友人は、コジモといったが、ある日
コジモの家で、酒を飲む機会があった。
その時、サンテリはその話をした。
サンテリは、それでも反対されると思って
いた。しかし、コジモはすぐ賛成した。
さらに、「付き合えばいい」と言ってくれた。
遊女かどうかなど、関係ない。
反対されることばかり気にして、付き合う
という発想がそれまで出てこなかったのだ。
庶民向けの遊郭とはいえ、場末の雰囲気が
漂うとはいえ、レイは勝気な雰囲気の美人
だった。
なので、自分が交際を申し込んだところで、
断られる可能性も高いし、他に恋人がすでに
いる可能性も充分あった。
しかし、サンテリは、ある日思い切って
聞いてみた。レイは、回答をはぐらかした。
だが、「二人で遊びに行ってあげても
良いよ」という。
そこから、サンテリは努力した。ファッショ
ンについても勉強し、外しのテクニックと
いうのも学んだ。ヘアーサロンに行って髪型
も整えた。
サンテリは車を持っていなかったので、
近くの大きな町の鉄道駅で待ち合わせること
にした。そこでレイと会い、食事をする。
ふだんのレイは、ふつうの女性で、そして
だれよりも可愛かった。
レイは、しょうがないからサンテリと一緒に
居てあげる、という態度だったが、しかし
明らかに喜んでいた。楽しそうだった。
もしかして、ふだんは色んなことをストレー
トに言ってくるのに、そういう気持ちは
照れてしまってストレートに表現できない
だけなのでは?
サンテリは、いつしか、「この女性と結婚
したい」そう思うようになった。いや、それ
は、出会ったときに実はすでに心のどこかに
持っていた思いかもしれない。
3か月ほどだろうか、毎週末会い、遊郭
でも月に一回ほど顔を出す。レイを担当する
呼び込みのジェマおばさんとも仲良くなれた。
サンテリは、厳選した蝶の飾りの付いた
指輪を購入し、思い切って告白した。
レイは、
「こういうのを買うときは、相手の好みを
きちんと分かってからにしたほうがいい、
出来れば一緒に買いにいったほうがいい」
というようなことを言い、その意匠があまり
気に入らなかったようだが、指輪そのものは
受け取ってくれた。
レイは、少し照れているように見えた。
全ての物事を、本当にその世界のすべての
物事を肯定的に受け取れる人間がいるとする
ならば、それはその時の自分だろうと思う。
あらゆるものが自分を、自分たちを祝福
してくれているように見えた。
それが、若干の幻影を含んでいたことが
すぐに判明するのだが、それでもサンテリは
前へ進むことを止めなかった。
まず、実家の反対に遇った。考えを変え
なければ学費は出さないと言われ、サンテリ
は大学を辞めて家も出ることにした。
もうひとつには、仕事を辞めてサンテリと
一緒に住むことを約束してくれたレイの、
銀行口座の名義がレイ本人のものになって
いなかったことだ。
レイが言うには、かなりの金額が店側に没収
されるかたちになったらしい。サンテリの
アルバイトではとても稼ぐことができない額。
それでも、サンテリのなけなしの貯金で
二人で地方に移り、生活を始める。
地方で安いアパートを見つけ、そして
仕事もそれぞれ見つけた。自分の求めていた
暮らしが、そこにあるはずだ。
質素で辛くても、好きな相手と暮らす。
二人の間に子どもも欲しかったが、残念
ながら一人目は流産となった。いや、
希望は捨ててはいけない。
そんな中、大不況がその地方を直撃する。
サンテリが職を失い、そんなに強くもない
体で日雇いの仕事を探す。
レイは、流産のショックと過労がたたり、
精神を病んでしまう。以前より10キロほど
痩せてしまった。それでも知恵をふり絞り、
工夫して生き抜こうとする二人。
ついには、家賃も滞納し、水道光熱費も
滞納し、明日の食べ物に困ることとなった。
近くに助けを求める相手もいない。
ある寒い冬の日、二人は決断する。
「生まれ変わっても、また三人で」
そうして、二人は冬の暗い海の中へ
消えていった。
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