8 / 66
太陽系
祈りと告解
しおりを挟む
夕日の沈む水平線、この雄大な景色を
前にして、この景色のことを語らず、
他の話題を話せる者はいるのだろうか。
「これ、特上カルビでしょ、で、これ
フィレミニヨン」
「親が送ってくれたの?」
「うん」
「あとこれマツタケ」
夕日のほうもたまにチラチラ見つつも、
彼らの視線の9割は食材に向いていた。
炭と網もほどよく温まってきた。
焼きはじめると、もう夕日に視線が移る
ことはなくなった。
「焼くときに、こう、肉汁がちょっと出る
ぐらいで止めて、焼き過ぎない」
「あ、ほんとだ、確かに旨いかも」
「タレもいいねこれ」
「うん、辛味噌」
そこからしばらくの間、二人とも喋らない。
二人でかなりの量を食べたあげく、今日は
腹八分ぐらいで止めておこう、という
話になった。
数か月前のことだ。
ディサ・フレッドマンは、ヨーロッパと
呼ばれる地域にいた。ギリシャ正教の教会の
中だ。
この教会の、まず変わっているところは、
数百メートルある巨岩の上に建てられている
ことだ。建て替えももちろん行われているが、
教会自体は宇宙世紀前から存在する。
もうひとつ変わっているのは、観光客が、
祈りの体験を出来ることだ。祈る場所が、
少し変わっている。
教会の中に10メートルほどの塔があり、
その上で祈りを捧げる。
教会の入り口で、体験の申し込みをして
いると、ちょうどそれを終えた太った
おばさんが、興奮気味で出てきた。
あなたも、祈りを体験するの、これはとても
神聖で素晴らしい体験になるわよ、神が
直接私に語り掛けてきたわ、必ずもう一度
くるわ、などといったことを話していた
ようだ。
塔の階段を登っていくと、その屋上に出る。
そこからは、レンガ造りにコの字型の鉄を
打ち込んである。
それを3メートルほど登ると、そこからは、
2メートルほどだが、木の柱しかない。
それを足で挟みながらよじ登っていくと、
突端に30センチ四方の木の板があり、
そこに立って祈りを捧げる。
これがけっこうな高さであり、念のための
無重力ジャケットを着ていても少し恐い。
さきほどの、太った女性はここを本当に
自力で登ったのだろうか。
それこそ神の奇跡ではないだろうか、などと
思いながら、バランスをとるが、風が強く
なってきたのか、けっこうつらい。
下から係のひとが何か大声で言っている。
そうだ。この板の真ん中のリングを引っ張れば、
バーが出てくる。腰の高さあたりのその
バーをつかんでいれば、強風でも大丈夫だ。
さきほどから雲行きが怪しかったが、その
バーを引き出したあたりから、本格的に
降り出した。雷雨だ。
自分より離れた高い位置に、避雷針らしきもの
もある。このジャケットは、対ショック
耐性がある。しかし、試すつもりはない。
係のひとが言ってくれれば、いつでも喜んで
降りるつもりでいたが、元々確保された
10分の時間を、最後まで与えてくれる
ようだ。
正直に告解しよう。
この教会の、宗教のことをあまりよく理解して
いない。たしか、キリスト教という宗教の、
いち宗派のはずだ。
たしか、一神教だったはずだ。きちんと理解
したところで、自分が崇める800万の
神々に、ひとつ足されて、800万と1に
なるだけだ。
そういった気持ちが伝わったのか、風雨は
ますます強くなり、雷の音の間隔と、
距離が近くなる。
こういう場合、何と祈るのが最適なのか、
前もって調べてこなかったので、いったん、
南無阿弥陀仏と祈っておく。
数々の間違いを重ねながらも、ディサ・
フレッドマンが雷に撃たれることは
なかった。時間が過ぎて、係員が早く降りて
来いと告げる。
その話をボム・オグムにすると、面白がって
くれはしたが、実際やってみたい感じでは
ないらしい。
高山の中腹でコタツに入る話は少し興味
を引いたようだ。しかし、おそらくこの次に
実現しそうなのは、キョクトウの温泉だろう。
「ディサさあ、この仕事、一生続ければいいと
思う」
「一生はどうだろうね」
「一緒に廻れるひとと結婚すればいいんじゃ
ない?」
「いるかな?」
「いるよ、ほら、駅前の美容院の子」
「えーないない、旅行好きなの知ってるけど、
あれはないな」
外は雨が降って来たので、リビングにいる。
タピオは横で話を聞いていて、ウッコは
ケージで回し車をやっているのだろう、
カタカタと音がする。
こういった南の島で降る雨を、ディサは
好きだった。晴れた空も好きだが、雨の日
も好きなのだ。
いつも大事なところで雨が降るので、
雨将軍、などと呼ばれていた時期もあったのを
思い出した。
歴史の先生などは、大事な場面で雨が降る
のは、野戦の将ならばとても有用な能力
なのだ、とディサをフォローしてくれた。
野戦の将になる機会が今後あるのかどうか
わからなかったが、雨を降らせる能力なんて
ものがあるのなら、それは捨てたくないな、
そう思うディサだった。
前にして、この景色のことを語らず、
他の話題を話せる者はいるのだろうか。
「これ、特上カルビでしょ、で、これ
フィレミニヨン」
「親が送ってくれたの?」
「うん」
「あとこれマツタケ」
夕日のほうもたまにチラチラ見つつも、
彼らの視線の9割は食材に向いていた。
炭と網もほどよく温まってきた。
焼きはじめると、もう夕日に視線が移る
ことはなくなった。
「焼くときに、こう、肉汁がちょっと出る
ぐらいで止めて、焼き過ぎない」
「あ、ほんとだ、確かに旨いかも」
「タレもいいねこれ」
「うん、辛味噌」
そこからしばらくの間、二人とも喋らない。
二人でかなりの量を食べたあげく、今日は
腹八分ぐらいで止めておこう、という
話になった。
数か月前のことだ。
ディサ・フレッドマンは、ヨーロッパと
呼ばれる地域にいた。ギリシャ正教の教会の
中だ。
この教会の、まず変わっているところは、
数百メートルある巨岩の上に建てられている
ことだ。建て替えももちろん行われているが、
教会自体は宇宙世紀前から存在する。
もうひとつ変わっているのは、観光客が、
祈りの体験を出来ることだ。祈る場所が、
少し変わっている。
教会の中に10メートルほどの塔があり、
その上で祈りを捧げる。
教会の入り口で、体験の申し込みをして
いると、ちょうどそれを終えた太った
おばさんが、興奮気味で出てきた。
あなたも、祈りを体験するの、これはとても
神聖で素晴らしい体験になるわよ、神が
直接私に語り掛けてきたわ、必ずもう一度
くるわ、などといったことを話していた
ようだ。
塔の階段を登っていくと、その屋上に出る。
そこからは、レンガ造りにコの字型の鉄を
打ち込んである。
それを3メートルほど登ると、そこからは、
2メートルほどだが、木の柱しかない。
それを足で挟みながらよじ登っていくと、
突端に30センチ四方の木の板があり、
そこに立って祈りを捧げる。
これがけっこうな高さであり、念のための
無重力ジャケットを着ていても少し恐い。
さきほどの、太った女性はここを本当に
自力で登ったのだろうか。
それこそ神の奇跡ではないだろうか、などと
思いながら、バランスをとるが、風が強く
なってきたのか、けっこうつらい。
下から係のひとが何か大声で言っている。
そうだ。この板の真ん中のリングを引っ張れば、
バーが出てくる。腰の高さあたりのその
バーをつかんでいれば、強風でも大丈夫だ。
さきほどから雲行きが怪しかったが、その
バーを引き出したあたりから、本格的に
降り出した。雷雨だ。
自分より離れた高い位置に、避雷針らしきもの
もある。このジャケットは、対ショック
耐性がある。しかし、試すつもりはない。
係のひとが言ってくれれば、いつでも喜んで
降りるつもりでいたが、元々確保された
10分の時間を、最後まで与えてくれる
ようだ。
正直に告解しよう。
この教会の、宗教のことをあまりよく理解して
いない。たしか、キリスト教という宗教の、
いち宗派のはずだ。
たしか、一神教だったはずだ。きちんと理解
したところで、自分が崇める800万の
神々に、ひとつ足されて、800万と1に
なるだけだ。
そういった気持ちが伝わったのか、風雨は
ますます強くなり、雷の音の間隔と、
距離が近くなる。
こういう場合、何と祈るのが最適なのか、
前もって調べてこなかったので、いったん、
南無阿弥陀仏と祈っておく。
数々の間違いを重ねながらも、ディサ・
フレッドマンが雷に撃たれることは
なかった。時間が過ぎて、係員が早く降りて
来いと告げる。
その話をボム・オグムにすると、面白がって
くれはしたが、実際やってみたい感じでは
ないらしい。
高山の中腹でコタツに入る話は少し興味
を引いたようだ。しかし、おそらくこの次に
実現しそうなのは、キョクトウの温泉だろう。
「ディサさあ、この仕事、一生続ければいいと
思う」
「一生はどうだろうね」
「一緒に廻れるひとと結婚すればいいんじゃ
ない?」
「いるかな?」
「いるよ、ほら、駅前の美容院の子」
「えーないない、旅行好きなの知ってるけど、
あれはないな」
外は雨が降って来たので、リビングにいる。
タピオは横で話を聞いていて、ウッコは
ケージで回し車をやっているのだろう、
カタカタと音がする。
こういった南の島で降る雨を、ディサは
好きだった。晴れた空も好きだが、雨の日
も好きなのだ。
いつも大事なところで雨が降るので、
雨将軍、などと呼ばれていた時期もあったのを
思い出した。
歴史の先生などは、大事な場面で雨が降る
のは、野戦の将ならばとても有用な能力
なのだ、とディサをフォローしてくれた。
野戦の将になる機会が今後あるのかどうか
わからなかったが、雨を降らせる能力なんて
ものがあるのなら、それは捨てたくないな、
そう思うディサだった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ずっと女の子になりたかった 男の娘の私
ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。
ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。
そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。
乾坤一擲
響 恭也
SF
織田信長には片腕と頼む弟がいた。喜六郎秀隆である。事故死したはずの弟が目覚めたとき、この世にありえぬ知識も同時によみがえっていたのである。
これは兄弟二人が手を取り合って戦国の世を綱渡りのように歩いてゆく物語である。
思い付きのため不定期連載です。
どうしてこうなった道中記-サブスキルで面倒ごとだらけ-
すずめさん
ファンタジー
ある日、友達に誘われ始めたMMORPG…[アルバスクロニクルオンライン]
何の変哲も無くゲームを始めたつもりがしかし!?…
たった一つのスキルのせい?…で起きる波乱万丈な冒険物語。
※本作品はPCで編集・改行がされて居る為、スマホ・タブレットにおける
縦読みでの読書は読み難い点が出て来ると思います…それでも良いと言う方は……
ゆっくりしていってね!!!
※ 現在書き直し慣行中!!!
スペースウォーリャーズ
大和煮の甘辛炒め
SF
(仮)
巨大な戦闘ロボ、アーマードスーツに乗って宇宙を駆けるゲーム『スペースウォーリャーズ』。
平凡な男子大学生として生きてきた花鷺(はなさぎ)誠也(せいや)は友人から誘われて『スペースウォーリャーズ』の世界に脚を踏み入れる。
花鷺はプレイヤーネーム《ハナサギ》として数々の戦闘をこなし、秘められた才能を開花させていく。
仲間たちと共に闘うハナサギは『スペースウォーリャーズ』最強のプレイヤーに気に入られたり、チーターと戦ったり運営から目をつけられたりと、とにかく目まぐるしい『スペースウォーリャーズ』ライフを送ることになる。
数々の戦いを経験してきたハナサギ達はゲーム内に存在するS(シンギュラリティ)の存在へと近づいていく。
シンギュラリティとはなんなのか?
何故そんな要素が実装されているのか?
その謎が明かされる時、『スペースウォーリャーズ』は大きな転換を迎えることになる。
※更新はできるだけ早くします。
⭐️⭐️⭐️は場面転換です。
一人称と三人称が切り替わるところがありますが、ハナサギ視点だけが一人称です。
追加6月11日
一応完結させましたが、また連載再開します。
追加6月30日
連載再開しました。
主人公が変わっています
後天スキル【ブラックスミス】で最強無双⁈~魔砲使いは今日も機械魔を屠り続ける~
華音 楓
SF
7歳で受けた職業診断によって憧れの狩猟者になれず、リヒテルは失望の淵に立たされていた。
しかし、その冒険心は消えず、立入禁止区域に足を踏み入れ、そこに巣食う機械魔に襲われ、命の危機に晒される。
すると一人の中年男性が颯爽と現れ、魔砲と呼ばれる銃火器を使い、全ての機械魔を駆逐していった。
その姿にあこがれたリヒテルは、男に弟子入りを志願するが、取り合ってもらえない。
しかし、それでも諦められず、それからの日々を修行に明け暮れたのだった。
それから8年後、リヒテルはついに憧れの狩猟者となり、後天的に得た「ブラックスミス」のスキルを駆使し、魔砲を武器にして機械魔と戦い続ける。
《この物語は、スチームパンクの世界観を背景に、リヒテルが機械魔を次々と倒しながら、成長してい物語です》
※お願い
前作、【最弱無双は【スキルを創るスキル】だった⁈~レベルを犠牲に【スキルクリエイター】起動!!レベルが低くて使えないってどういうこと⁈~】からの続編となります
より内容を楽しみたい方は、前作を一度読んでいただければ幸いです
Select Life Online~最後にゲームをはじめた出遅れ組
瑞多美音
SF
福引の景品が発売分最後のパッケージであると運営が認め話題になっているVRMMOゲームをたまたま手に入れた少女は……
「はあ、農業って結構重労働なんだ……筋力が足りないからなかなか進まないよー」※ STRにポイントを振れば解決することを思いつきません、根性で頑張ります。
「なんか、はじまりの街なのに外のモンスター強すぎだよね?めっちゃ、死に戻るんだけど……わたし弱すぎ?」※ここははじまりの街ではありません。
「裁縫かぁ。布……あ、畑で綿を育てて布を作ろう!」※布を売っていることを知りません。布から用意するものと思い込んでいます。
リアルラックが高いのに自分はついてないと思っている高山由莉奈(たかやまゆりな)。ついていないなーと言いつつ、ゲームのことを知らないままのんびり楽しくマイペースに過ごしていきます。
そのうち、STRにポイントを振れば解決することや布のこと、自身がどの街にいるか知り大変驚きますが、それでもマイペースは変わらず……どこかで話題になるかも?しれないそんな少女の物語です。
出遅れ組と言っていますが主人公はまったく気にしていません。
○*○*○*○*○*○*○*○*○*○*○
※VRMMO物ですが、作者はゲーム物執筆初心者です。つたない文章ではありますが広いお心で読んで頂けたら幸いです。
※1話約2000〜3000字程度です。時々長かったり短い話もあるかもしれません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる