遺伝子分布論 102K

黒龍院如水

文字の大きさ
上 下
1 / 66
太陽系

神々の退屈凌ぎ

しおりを挟む
  白い稜線が並ぶ。
 九千メートル級の峰々が並ぶヒマラヤ山脈。
 神々が住むと言われるその稜線に目を
 向けるが、遠景のためかその姿は見えない。
 
 ディサ・フレッドマンは、
 屋外を眺めることができる居間にいた。
 特にやることもない午後。
 
 仕事は週の頭の三日間で終わらせた。
 週末は何かと忙しい。この四日目と五日目の
 明日が比較的暇なのだ。
 
 そして、こんな時は、何もしないことが最高の
 贅沢だと思っている。何もしない、かといって
 昼寝をするわけでもない。
 
 リクライニングチェアに寝転がるが、外を
 眺めるわけでもない、考えごとすらしない。
 過去のことも、未来のことも、全てを忘れる。
 
 最近の記憶も、子どものころの記憶も、母親
 のお腹の中にいた記憶も、単細胞生物だった
 ころの記憶も、全て忘れる。
 
 友達のことも、昔のクラスメイトのことも、
 仕事のことも親族のことも、昨日のニュース
 のことも、学校で習ったすべてのことも、
 本で読んだ全ての内容も、
 
 家にいることも、地球上にいることも、
 太陽系にいることも、銀河系にいることも、
 銀河系が属する銀河団にいることも、そして、
 この宇宙に人間として存在することも。
 
 そして、それでどれだけの時間を耐えられる
 のかを試してみる。悠久の時間の流れに
 身を任せる・・・・・・。
 
  数十分が過ぎていた。
 
 白を基調とした家の中。リビング、ダイニング、
 キッチンとほぼ白一色、無駄なものが一切
 置かれていない。一方、奥の寝室は暗めの色で
 統一されている。
 
 何も考えない時間のときは、ラジオも音楽も
 かけない。お香も焚かない。豊かな、贅沢な
 時間の使い方をしている、ということすら
 忘れるのだ。
 
 外からの情報を一切遮断する。
 
 根本から全てを忘れる作業をやると、その後に
 新しい何かが、心の中から生まれてくる。
 しかし、忘れる作業を、その何か新しいものを
 得るためにやる、と考えても駄目なのだ。
 一切の見返りなしで遂行する。
 
 すべてが無駄に終わっても、気にしない。
 この宇宙が終わるときに、すべての営みが
 無駄に終わったとしても、
 
 一切、気にしない。
 
  そうして生まれ変わったような気分になった
 後、無の時間の次に好きなのは、何をやるかを
 考える時間だ。
 
 ディサは、実際に何か楽しいことをやっている
 時間よりも、それを計画している時間のほうが
 好きかもしれない。
 
 思えば子どものころからそういう傾向があった。
 
 コインを挿入して、ハンドルを回すと出てくる
 カプセルトイ。安価なのもあって、たいてい
 くだらないものが出てくるのであるが、その
 ワクワク感が今でも大好きなのである。
 
 出てくる玩具より、出てくる前の期待感が
 好きだ、ということに気づいたのは最近の事。
 
 ディサの実家は貧困家庭ではなかったが、
 他の同じような経済状態の家庭とくらべると、
 あまり玩具を買ってもらえなかった。
 
 そのかわり、祖父が買ってくれた。ディサが
 好きだったのは、大型店舗で完成された大きな
 玩具を買うよりも、寂れた感じの、そして
 どことなく怪しい感じの小さな店舗で、何か
 変なものを探す、ということだった。
 
 たいていろくなものが見つからないのであるが、
 でも、何かありそう、何か今まで見たことの
 ないものが見つかりそう、といった期待感が、
 なぜかそういった怪しい小型店舗にはあった。
 
 ディサはそれを、自分の中で、ガラクタが醸す
 ドキドキ感、と名付けている。それは、モノ
 だけでなく、人からも感じることがある。本人
 には少し申し訳ないのだが。
 
  一人で笑いをこらえていると、リビングの
 端からこちらを見る目がある。四つの目だ。
 
 タピオとウッコだ。
 
 タピオはグレートピレニーズのオス、2歳、
 白色。ウッコはげっ歯類のチンチラ、オス、
 1歳、同じく白色。
 
 2匹とも、大人しいのもあって、この部屋に
 いるとまるで偽装しているかのように目立た
 ない。本人たちにそのつもりはないのだろうが。
 
 ディサが去年一人暮らしを始めるタイミングで、
 親が買ってくれたのだ。
 
 タピオは呼べば近寄ってくる。もう、ほとんど
 ディサと同じぐらいの体重になってきた。
 ウッコは呼んでも来ないことも多いが、気分で
 近寄ってきて、ヒザに乗ってきたりする。
 
 タピオのほうはだいぶ行動のほうも大人に
 なってきたが、ウッコのほうは油断すると
 とんでもないことをやらかしてくれる。
 
 家の中の家具やら壁などを齧るのはまだいい。
 素材も問題ないものを使っている。危ないのは
 ひも状のものだ。鞄のハンドル部分なども
 齧られる。作りかけの食材を入れたボウルを
 ひっくり返すのも得意だ。
 
 なので、最近は危なそうな臭いがするときは
 ウッコ専用のゲージに戻すようにしている。
 機嫌のいい時はゲージを開けると自分から
 入っていくときもあるが、
 
 悪いときは家中を追いかけまわすことになる。
 そして、部屋の隅に追いつめられると、
 諦めたかのように二本足で立ち、何かブツクサ
 とチンチラ語で文句を言う。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

後天スキル【ブラックスミス】で最強無双⁈~魔砲使いは今日も機械魔を屠り続ける~

華音 楓
SF
7歳で受けた職業診断によって憧れの狩猟者になれず、リヒテルは失望の淵に立たされていた。 しかし、その冒険心は消えず、立入禁止区域に足を踏み入れ、そこに巣食う機械魔に襲われ、命の危機に晒される。 すると一人の中年男性が颯爽と現れ、魔砲と呼ばれる銃火器を使い、全ての機械魔を駆逐していった。 その姿にあこがれたリヒテルは、男に弟子入りを志願するが、取り合ってもらえない。 しかし、それでも諦められず、それからの日々を修行に明け暮れたのだった。 それから8年後、リヒテルはついに憧れの狩猟者となり、後天的に得た「ブラックスミス」のスキルを駆使し、魔砲を武器にして機械魔と戦い続ける。 《この物語は、スチームパンクの世界観を背景に、リヒテルが機械魔を次々と倒しながら、成長してい物語です》 ※お願い 前作、【最弱無双は【スキルを創るスキル】だった⁈~レベルを犠牲に【スキルクリエイター】起動!!レベルが低くて使えないってどういうこと⁈~】からの続編となります より内容を楽しみたい方は、前作を一度読んでいただければ幸いです

乾坤一擲

響 恭也
SF
織田信長には片腕と頼む弟がいた。喜六郎秀隆である。事故死したはずの弟が目覚めたとき、この世にありえぬ知識も同時によみがえっていたのである。 これは兄弟二人が手を取り合って戦国の世を綱渡りのように歩いてゆく物語である。 思い付きのため不定期連載です。

スペースウォーリャーズ

大和煮の甘辛炒め
SF
(仮) 巨大な戦闘ロボ、アーマードスーツに乗って宇宙を駆けるゲーム『スペースウォーリャーズ』。 平凡な男子大学生として生きてきた花鷺(はなさぎ)誠也(せいや)は友人から誘われて『スペースウォーリャーズ』の世界に脚を踏み入れる。 花鷺はプレイヤーネーム《ハナサギ》として数々の戦闘をこなし、秘められた才能を開花させていく。 仲間たちと共に闘うハナサギは『スペースウォーリャーズ』最強のプレイヤーに気に入られたり、チーターと戦ったり運営から目をつけられたりと、とにかく目まぐるしい『スペースウォーリャーズ』ライフを送ることになる。 数々の戦いを経験してきたハナサギ達はゲーム内に存在するS(シンギュラリティ)の存在へと近づいていく。 シンギュラリティとはなんなのか? 何故そんな要素が実装されているのか? その謎が明かされる時、『スペースウォーリャーズ』は大きな転換を迎えることになる。 ※更新はできるだけ早くします。 ⭐️⭐️⭐️は場面転換です。 一人称と三人称が切り替わるところがありますが、ハナサギ視点だけが一人称です。 追加6月11日 一応完結させましたが、また連載再開します。 追加6月30日 連載再開しました。 主人公が変わっています

どうしてこうなった道中記-サブスキルで面倒ごとだらけ-

すずめさん
ファンタジー
ある日、友達に誘われ始めたMMORPG…[アルバスクロニクルオンライン] 何の変哲も無くゲームを始めたつもりがしかし!?… たった一つのスキルのせい?…で起きる波乱万丈な冒険物語。 ※本作品はPCで編集・改行がされて居る為、スマホ・タブレットにおける 縦読みでの読書は読み難い点が出て来ると思います…それでも良いと言う方は…… ゆっくりしていってね!!! ※ 現在書き直し慣行中!!!

ずっと女の子になりたかった 男の娘の私

ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。 ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。 そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。

世界史嫌いのchronicle(クロニクル)

八島唯
SF
 聖リュケイオン女学園。珍しい「世界史科」を設置する全寮制の女子高。不本意にも入学を余儀なくされた主人公宍戸奈穂は、また不本意な役割をこの学園で担うことになる。世界史上の様々な出来事、戦場を仮想的にシミュレートして生徒同士が競う、『アリストテレス』システムを舞台に火花を散らす。しかし、単なる学校の一授業にすぎなかったこのシステムが暴走した結果...... ※この作品は『小説家になろう』『カクヨム』『ノベルアップ+』様にも掲載しております。 ※挿絵はAI作成です。

処理中です...