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受験

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 マルヴィナは、汗びっしょりになりながら起き上がった。

そこは、ビヨルリンシティのある宿のベッドだった。昨日遅くまで、魔法学校の編入試験用の過去問題と戦っていたのだ。そして、さきほどまで見ていたのは、その編入試験に寝坊する夢だった。

時計を見ると、ちょうど起きないといけない時間を少し過ぎている。
「私、寝坊する夢見ていなかったら、果たしてこの時間に起きれたかしら?」
そう思うと、ぶるっと寒気がした。

急いで支度を始める。朝食は摂らない。ヨエルは宿の隣の部屋で寝ているだろうけど、起こさないで一人で試験会場へ行く。色々大変だったし、今日は休んでいてもらおう。

筆記用具などの必要なものを持って外に出ると、日差しが眩しく、それが寝不足の体にかえって辛かった。そこから歩いて魔法学校まで向かう。

「この道をまっすぐ行った丘の上だわ」

昨日行ったばかりなのもあって迷うことはなかった。通りは広く綺麗なのだが、整備され過ぎているのかなんとなく印象が薄い。

「朝の時間にこんなに人が歩いてるんだ」
だが、皆一様に黒か灰か紺の服に黒の鞄。誰一人話すことなく、笑うこともなく黙々と歩いている。その光景に、マルヴィナは歩きながら身震いがした。微熱も出てきたかもしれない。

「早くいこう」
大都会の、見てはいけない光景だと割り切って、足早に黙々と進むのだが、それがかえってその集団に同化したような感覚になって、余計に気分が悪くなってきた。

しかし、それも坂道が近づいてきた頃には緩和されてきた。ちらほらと、色彩豊かな学生たちが増えてきたからだ。

息を切らせながら、昨日よりも速い速度で坂道を登っていく。


 教養学部の建物の内部には、編入試験を受けると思しき学生たちが十数人ほど、すでに集まって所在なさげに佇んでいた。そして、現実に自分が競い合う相手を見たことで、マルヴィナの緊張感が一気にあがってきた。

「編入試験を受ける方、こちらに集まってください」
中年の事務員の女性が紙を見ながら受験生を呼び集めた。

「今から名前を読み上げますので、呼ばれたら返事をしてください」
昨日申し込んだからだろうか、マルヴィナが呼ばれたのは最後だった。

「本日の試験は、午前中に筆記試験、そして昼食時間を挟んで、午後から実技試験になります。では、これより係りの者が筆記試験場まで案内しますので……」
昨日窓口にいた若い女性、マルヴィナが思っていたよりだいぶ背が低かったのだが、受験生の先頭に立って歩き出した。マルヴィナは、なんとなく最後に名前を呼ばれたこともあって、列の最後尾に並んでついていく。

階段を登って、少し行ったさきの扉を入ると、そこは大きな講堂になっていた。いかにも年季の入った内壁、扇状に配置された席。

「自分の名前が書かれた試験用紙を受け取ったら、そこに番号が書いてあるので、同じ番号が書かれた席に座ってください」
若い学生に見える試験官が数人。受験生は試験問題の紙を受け取って、順々に間隔をあけて座っていく。

マルヴィナが試験用紙を受け取ると、そこには名前と番号が記載されていた。マルヴィナの番号、十九番の席はすぐに見つかった。

「それでは試験を始めます。試験時間は今から九十分です」
その言葉で試験用紙を開く。いきなり最初の行から、文字がぜんぜん頭に入ってこない。

「落ち着いて私、筆記試験にそんなに難しい問題はないはずよ」
目をつぶって少し深呼吸をすると、気持ちが少し落ち着いた。

そこから最初の問題を解いたあたりで、体の異変を感じてきた。尿意だ。

いや、正直なところ、試験が始まる前にすでに感じていたのだが、状況的にどのタイミングでトイレに行ってよいものかわからなかったのだ。

「どうしよう、試験はあと八十分あるし……」
とにかく、いったんそのことを忘れて目の前の紙の上にある問題に集中する。

しかし。

ついに限界がやってきた。

「すみません……」

試験中に手を挙げるマルヴィナ。すかさず試験官の一人、講堂の後ろのほうに立っていた、眼鏡を掛けた若い男性がそばまでやってくる。

「あのう、トイレに行きたくて」
小声で話す。

「あ、わかりました」
試験官は、いったん周囲を見渡してから、

「ご案内します」
と小さく伝えた。

なんとなく二人とも背を低くかがめながら講堂を出る。そこから廊下を右にひとつ曲がって少しいったところにトイレがあった。

試験官はそのトイレのだいぶ手前で待つかたちになり、マルヴィナは急いでトイレに駆け込んだ。そして、生まれてきてこれまで、これほど我慢して、そしてすっきりしたことはなかった。

「ふー。……よし、頑張るか」

教室に戻ったマルヴィナは、再び問題に取り掛かるが、今度は集中できた。その後、休憩時間に念のためもう一度トイレに行き、そして次の試験が始まると再び問題に集中した。一応、全ての問題の答えを埋めることができたので、かなり満足だった。


 お昼休み。

昨夜の寝不足が効いてきて、ふらふらと食堂へ向かう。

「朝ごはんも食べてないし、何かおなかに入れたいな」
そう思って食堂に入ってみるが、

中は非常に多くの人でごった返していた。ほとんどがグループで来ているのだろう、にぎやかに会話しながら食事をしている。料理を受け取るカウンターにはお盆を持った人たちが行列を作っている。そういった中に、一人で来ているからだろうか、小さくなりながら食事をしているひとも点在している。

「どうしよう……」
昨日来たときにはそれほど感じなかったのだが、こういう場所で一人でいることがとても辛く感じてきた。自分の居場所がない。ここに入っていくことを想像するだけで、めまいがする。

結局、マルヴィナは食堂横の売店を見つけ、そこに入った。

「何か食べたいけど、あんまり食べると眠くなるよね……」
マルヴィナは店の中を探して、小さなパンを手に取った。豆を潰して甘味を足して練ったものが挟まっているやつだ。

店の中は食堂と同様に混雑していて、カウンター前の列に並ぶ。

やっと買い終えて外に出る。座れそうな場所を見つけていったん腰を下ろしたが、日が照っていて眩しくて、今の自分にはきつい。日陰を探してもう一度座る。そして、パンをひとくちで詰め込んで、持っていた水筒の水を飲んだ。

「晩ごはんはぜったい何かおいしいもの食べよう」
そう心に誓って、午後の試験に備えようとしたが、しかし真っ昼間の雰囲気に猛烈に眠くなってきた。

「とりあえず、集合場所に行こう」
そこに居れば、多少居眠りしていても起こしてもらえるという期待があった。

その集合場所、一階の窓口の前には少し広めのスペースがあり、そこにすでに数人が待っていた。座る場所がないため、それぞれ壁にもたれかかっている。マルヴィナも、同じように空いている壁を見つけてそこにもたれて立った。

「そういえば……、なんかそんな話あったわね」

いつか母親が貸してくれた本。その冒頭、主人公が、国の偉い役人を登用する試験を受ける話だった。その主人公はかなりの勉強家で、試験に合格する自信も満々だった。しかし、筆記試験を終えたあとの面接試験を待っている間に居眠りしてしまい、気が付いた時にはすでに失格となっていたのだ。

その主人公は、ショックのあまりしばらく街を徘徊したすえに、どこか遠い国を目ざして旅立つことを決意する、といった話だった。しかし、けっきょく途中までしか読んでいない。いや、読んだが忘れただけだろうか、記憶が曖昧過ぎる。いや、試験には合格したがそのあと恋人に振られて旅立つことを決意した、そして幻想的な世界に踏み込んだ、だっけ? そして村が恋しくなって、帰ってくると悪い魔法使いがヨエルやダスティンや村人を全部殺していて……。

「……は!?」
マルヴィナは、もう少しで自分が寝入ってしまいそうになっていたことに気付いた。

「目を開けていたつもりが、知らないあいだに閉じていた……」
それから、大きく瞳を開いた状態で耐えたり、両手の人差し指と親指でまぶたの上下を押し広げ、その状態を維持したり。なんとか眠らないように頑張っていると、

「マルヴィナメイヤーさん、いますかー? 実技試験の場所までご案内しまーす」
といきなり呼ばれて、

「んふはぁい」
思わず変な声が出てしまった。

首を縮めながら、彼女の名前を呼んでくれた、太った長髪の男性のところに行く。

「今から実技試験会場までご案内します」
マルヴィナがやや挙動不審だったためか、怪訝な顔つきの男性に促され、後ろを付いていく。

建物を出て、しばらく構内を歩いているとグランドがあった。その端っこをさらに歩いていく。

「あ、あの、実技試験って、私一人なんですか?」
どうしても気になって聞いてみた。

「屍道士コース受けるのは君だけだよ」
先を歩いていたその男性は、少し息を切らせながらも振り返り、そう答えてくれた。

「はあ、そうですか」

「最近屍道士になるひとが減ってるからね。僕も屍道士コースだけど、最近は屍道士の人気がないらしくて、学生もとても少ないんだ」
最後のほうはやや怒ったような口調だった。

「ふうん、そうですか」

グランドの端に到達するとそこはずっと木の壁が続いていた。そこに出入口があって、そこから先は学外のようだ。その出入口を抜けて、道の向かいのところがどうやら試験場のようだった。

「ここが試験場で、そこに試験官がおりますので」
じゃあ僕はここで、と言ってその案内してくれた男性は早々に立ち去ってしまった。

その試験場は、やや広めの砂地の端に墓が少しだけ並ぶ墓地だった。その敷地へ入っていくと、ローブを着た背の低い老人が険しい表情で腕を組んで立っていた。近くまで行ってマルヴィナは、よろしくお願いしますと言ったが、老人は彼女を睨みつけているだけで何も言わない。

「あ、あの、屍道士コースの実技試験を受けに来たマルヴィナメイヤーです」

「ふむ」
そこで再び睨みつけるだけだったので、

「あ、あの……」
何か言おうとすると、

「始めたまえ」
そう言って老人は組んでいた両手を腰にあてた。

マルヴィナは、いきなり何の説明もなく始めたまえと言われて、やや狼狽した。しかも、その老人は明らかに手に何も持っていない。試験の結果を記録する用紙などが必要ではないのだろうか。

「えっと、じゃあ、ゾンビ呼び出します」
そう言ってみて初めて、マルヴィナはこの周辺に埋まっている見たこともない屍を呼び覚まそうとしていることに気付いた。いや、魔法学校の試験ということで、心のどこかで何か試験用の綺麗な屍体を準備してくれている、などという期待があったかもしれない。しかし、それがおそらく過剰な期待であることも、心のどこかで分かっていた。

「でも……、ここまで来て引けないわ。やるしかない。アー、ウー、ムー、私は、慈悲深き冥界神ニュンケに帰依します。そして私の眼前に起こる奇跡に感謝します……、屍体招魂!」
思っていたより早く、かつだいぶ手前の地面がボコッと盛り上がったので、すかさず数歩うしろへ下がる。

「お願い、立ち止まって!」
奇跡的にゾンビが立ち上がり、そしてそのまま立ち止まった。それは、何も身に纏わない、そして完全に腐敗した裸のゾンビだった。なるべくそちらを見ないように、呼び出せたからこれでもういいよね、と懇願するような目で試験官の老人を見つめる。

「ふむ。では、各部を説明してもらおう」
一瞬、試験官のへの字にぎゅっと結んだ口角がやや上がったように見えた。

「えっと……」
マルヴィナは腐敗した屍体に目を戻し、必死に耐えながら各部の説明を試みた。だが、

「もう少し前に出たまえ、そう、もっと近くに寄って」
そう言われて近づく。近づくほど、動悸が激しくなる。

「えっと……、ここが頭部で……」
予想通り、その距離から屍体の臭いが漂ってきた。強まるめまいと吐き気、

そしてその瞬間、なぜか耳元で誰かの声がした。そう思ったとたん、

すっと意識が飛んだ。

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