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第39話 エージェント
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いよいよ会合が始まった。
場所は首相官邸三階の中程度の大きさの会議室。
「わたしはダフネ・ウッテン、そして秘書二名だわ」
エージェントの中年の女性はそう名乗ってテーブルの向こうに座った。マルヴィナは、その女性がなぜか一瞬見覚えのあるような気がしたが思い出せなかった。
「リシャール・カプレと資産家二名だ」
リシャールが中央に座り、その左右にマルヴィナとピエール。相手側も、エージェントを中央にメガネをかけた優秀そうな若い男女がひとりづつ。
「まず、今月の議題に入る前に、相談させていただきたいことがある。それ次第で今回の議題が無意味になる可能性があるのでね」
とリシャールが切り出し、エージェントがゴーアヘッドと促した。
「ではさっそく。このアショフ共和国を買い取らせていただきたい。なので、もし可能であればそちらが希望する金額を提示していただきたいのだが」
というリシャールの言葉に、エージェントの女性は片方の眉をピクリと動かした。
やや考えたあとに姿勢をただし、
「もちろん、わたくしはエージェントとして出資者から全権を預かってここにいます。売買契約を結ぶことも可能だわ」
と隣のメガネの女性と二言三言ことばを交わした。
「四兆ゴンドルピー、といったところでどうかしら」
エージェントの提示した金額にマルヴィナの眉がぴくりと反応した。リシャールは、
「ははは、ご冗談を。この国の総資産額を試算してもせいぜい二兆ゴンドルピーに達するかどうかでしょう」
と肩をすくめる。エージェントがすぐに左右の秘書とヒソヒソ話をして、
「わかりました、では、その二兆ゴンドルピーで手を打ちましょう。それとも、そちらに何か他の案がおありかしら?」
エージェントが微笑みながら尋ねる。
「ええ、もちろん。二兆ゴンドルピーというのは交渉のスタートラインとしては申し分ないかもしれないが、こちらの提示したい金額は、もう少し違うのでね」
リシャールはメガネケースから金縁のメガネを取り出してかけた。
「ぼくが提示するのは、百億ゴンドルピー」
とピエールのほうを見た。ピエールが、パンパンと手を叩くと、会議室のドアが開いて衛兵が次々と何かを運び入れてきた。
「さあご覧あれ」
まず、エージェントと二人の秘書の前に大きな金塊がひとつずつ置かれた。そして、会議室の隅にも次々と積まれていく。
「重いので持ち上げる時は両手を使ってもらったほうがいいかもね。十キロの金塊が合計百個だ。前金にしてもいいし、もしご所望なら単にプレゼントとして贈呈してもよい」
とピエールが告げた。エージェントたちが眉をぴくぴく動かし、
「待ちなさい。あなたたちに支払い能力があるのは理解したわ。だけど、百億ゴンドルピーなんて、さすがにお話にならないわね」
と吐き捨てた。
「わかった。ぼくがその金額の根拠を説明する前に、いったんブレイクとしよう」
リシャールの提案で、会合はいったん休憩となった。
「ふう」
マルヴィナが息をつきつつ一階の自分たちの会議室に戻ってくる。そのあとからピエール、リシャールと入ってきた。
会議室一〇二では、部屋の端のテーブルを使ってまだ忙しそうにクルトとディタがストーリーを作成しており、ヨエルやミシェルがその二人の額の汗を拭いたり飲み物を継ぎ足したりしていた。
「この感じで本当に交渉が成功するのかしら?」
とマルヴィナ。
「ああ、ぼくは絶対にイエスと言わせる交渉術を身につけているから大丈夫だ、任せてくれ」
とリシャール。
そこに、誰かが会議室をノックする音。
「誰だろう?」
とそちらを見ると、ドアが開き、
「ニコラ!? もう戻ってきたの?」
そのうしろから、
「ボブ!?」
青白い肌の巨体が入ってきてやあと挨拶した。
「早馬で駆けているときにこっちに向かっているのをちょうど見つけてね。あと、応援も来てくれたよ」
とニコラ。続いてさらに二人入ってきた。
一人目は、とても背の高い筋肉質な女性、うすい緑の装束に白く光るステッキ。
「ヒスイ!?」
マルヴィナが立ち上がって駆け寄り、飛び上がって抱きついた。
「はは! 元気だったかい?」
ヒスイも元気そうだ。そしてもう一人。
「みなさん、応援にかけつけました」
髪をうしろに撫で付けた、背は低いがとても分厚い体格の人物。薄汚れた麻のタバードの下に派手な金色の装備がちらちら垣間見える。
「え、っと……」
マルヴィナが名前を思い出せないでいると、
「美の守護者、ゴシュ・ゴッシー、ここに馳せ参じました」
とお辞儀をした。
ボブが中央の椅子にどかっと座り、クルトたちも手を止めた。
「よし、みんな、紹介しよう。応援で来てくれた錬金魔導士のヒスイ・ルルーシュ、そして高位盾士のゴシュ・ゴッシー君だ。君たちもすでに知っているのかな?」
ああとうなずいてボブの問いに返事をする面々。
「じゃあマルーシャ女王の言葉を伝えよう」
懐から紙を取り出して広げたボブ。
「関係各位、いつもお世話になっております。軍事行動を開始しておりますので、今後詳細についてはボブの口より直接お伝えします。お忙しいところお手数おかけしますが、よろしくお願いいたします。マルーシャ女王」
ボブが紙を畳んでポケットにしまった。そして、みんなの視線を受けつつ、周囲を見回して黙っている。
他のメンバーはいつボブが話し出すのかと見ているが、ボブも黙ってあたりを見回している。
「あ……」
ボブが何かを見つけた。一匹の蝿が飛んできてボブの肩にとまった。前足をすりすり。
「えー、おほん。それでは伝えましょう。みなさんお疲れ様。グアン将軍はレナ川河口に十万の精鋭を上陸させたようです。艦隊の艦砲射撃と合わせてもういつでも首都ゴンドを狙うことができるでしょう。また、わらわもゴンドワナ大陸北部に上陸しました。仮の陣にすでに二百万本の旗を立てて必勝の体制です。ぜひこれらの状況を交渉の材料に使ってください、とのことです」
というボブの言葉に、
「わ、わかった、交渉に役立たせてもらおう……」
とリシャールが展開の早さに呆気に取られつつもなんとか反応した。
「それともうひとつ」
ボブがまだ伝えることがあるようだ。
「ミシェル君。グラネロ城に至急戻ってきてくださいとのことです」
「え、あたしが!?」
驚くミシェル。
「はい。今後の戦略に絡んで、数ヶ月にわたって特殊なトレーニングを積んでもらう予定とのこと。このわたくしボブといっしょに馬車で戻ってきてください、黄金の青竹も持ってきてね」
「あ、青竹は一応カバンに入れて持ってきたけど……」
ということでミシェルが準備を始める。
「よし、急にこういうことになって少し残念だけど」
とミシェルがそこにいたメンバーの一人ひとりに握手していった。
「ミシェル、今までありがとう」
と少し不安そうなマルヴィナ。
「強力な応援も来てくれたことだし、大丈夫だよ。トレーニングを終えたらあたしは必ず戻ってくる」
とミシェルはやや寂しそうににっこり笑った。
「ではみなさん、ごきげんよう」
ボブとミシェルが手を振りながら会議室を去って行く。それを見送ったあと、
「では、そろそろ時間なので交渉に戻ろう。応援に来てくれたお二人はどうしようか」
とリシャールが席から立ち上がると、
もちろん交渉に参加する、とヒスイとゴシュが慌ただしく準備運動を始めた。戦う気満々だ。
場所は首相官邸三階の中程度の大きさの会議室。
「わたしはダフネ・ウッテン、そして秘書二名だわ」
エージェントの中年の女性はそう名乗ってテーブルの向こうに座った。マルヴィナは、その女性がなぜか一瞬見覚えのあるような気がしたが思い出せなかった。
「リシャール・カプレと資産家二名だ」
リシャールが中央に座り、その左右にマルヴィナとピエール。相手側も、エージェントを中央にメガネをかけた優秀そうな若い男女がひとりづつ。
「まず、今月の議題に入る前に、相談させていただきたいことがある。それ次第で今回の議題が無意味になる可能性があるのでね」
とリシャールが切り出し、エージェントがゴーアヘッドと促した。
「ではさっそく。このアショフ共和国を買い取らせていただきたい。なので、もし可能であればそちらが希望する金額を提示していただきたいのだが」
というリシャールの言葉に、エージェントの女性は片方の眉をピクリと動かした。
やや考えたあとに姿勢をただし、
「もちろん、わたくしはエージェントとして出資者から全権を預かってここにいます。売買契約を結ぶことも可能だわ」
と隣のメガネの女性と二言三言ことばを交わした。
「四兆ゴンドルピー、といったところでどうかしら」
エージェントの提示した金額にマルヴィナの眉がぴくりと反応した。リシャールは、
「ははは、ご冗談を。この国の総資産額を試算してもせいぜい二兆ゴンドルピーに達するかどうかでしょう」
と肩をすくめる。エージェントがすぐに左右の秘書とヒソヒソ話をして、
「わかりました、では、その二兆ゴンドルピーで手を打ちましょう。それとも、そちらに何か他の案がおありかしら?」
エージェントが微笑みながら尋ねる。
「ええ、もちろん。二兆ゴンドルピーというのは交渉のスタートラインとしては申し分ないかもしれないが、こちらの提示したい金額は、もう少し違うのでね」
リシャールはメガネケースから金縁のメガネを取り出してかけた。
「ぼくが提示するのは、百億ゴンドルピー」
とピエールのほうを見た。ピエールが、パンパンと手を叩くと、会議室のドアが開いて衛兵が次々と何かを運び入れてきた。
「さあご覧あれ」
まず、エージェントと二人の秘書の前に大きな金塊がひとつずつ置かれた。そして、会議室の隅にも次々と積まれていく。
「重いので持ち上げる時は両手を使ってもらったほうがいいかもね。十キロの金塊が合計百個だ。前金にしてもいいし、もしご所望なら単にプレゼントとして贈呈してもよい」
とピエールが告げた。エージェントたちが眉をぴくぴく動かし、
「待ちなさい。あなたたちに支払い能力があるのは理解したわ。だけど、百億ゴンドルピーなんて、さすがにお話にならないわね」
と吐き捨てた。
「わかった。ぼくがその金額の根拠を説明する前に、いったんブレイクとしよう」
リシャールの提案で、会合はいったん休憩となった。
「ふう」
マルヴィナが息をつきつつ一階の自分たちの会議室に戻ってくる。そのあとからピエール、リシャールと入ってきた。
会議室一〇二では、部屋の端のテーブルを使ってまだ忙しそうにクルトとディタがストーリーを作成しており、ヨエルやミシェルがその二人の額の汗を拭いたり飲み物を継ぎ足したりしていた。
「この感じで本当に交渉が成功するのかしら?」
とマルヴィナ。
「ああ、ぼくは絶対にイエスと言わせる交渉術を身につけているから大丈夫だ、任せてくれ」
とリシャール。
そこに、誰かが会議室をノックする音。
「誰だろう?」
とそちらを見ると、ドアが開き、
「ニコラ!? もう戻ってきたの?」
そのうしろから、
「ボブ!?」
青白い肌の巨体が入ってきてやあと挨拶した。
「早馬で駆けているときにこっちに向かっているのをちょうど見つけてね。あと、応援も来てくれたよ」
とニコラ。続いてさらに二人入ってきた。
一人目は、とても背の高い筋肉質な女性、うすい緑の装束に白く光るステッキ。
「ヒスイ!?」
マルヴィナが立ち上がって駆け寄り、飛び上がって抱きついた。
「はは! 元気だったかい?」
ヒスイも元気そうだ。そしてもう一人。
「みなさん、応援にかけつけました」
髪をうしろに撫で付けた、背は低いがとても分厚い体格の人物。薄汚れた麻のタバードの下に派手な金色の装備がちらちら垣間見える。
「え、っと……」
マルヴィナが名前を思い出せないでいると、
「美の守護者、ゴシュ・ゴッシー、ここに馳せ参じました」
とお辞儀をした。
ボブが中央の椅子にどかっと座り、クルトたちも手を止めた。
「よし、みんな、紹介しよう。応援で来てくれた錬金魔導士のヒスイ・ルルーシュ、そして高位盾士のゴシュ・ゴッシー君だ。君たちもすでに知っているのかな?」
ああとうなずいてボブの問いに返事をする面々。
「じゃあマルーシャ女王の言葉を伝えよう」
懐から紙を取り出して広げたボブ。
「関係各位、いつもお世話になっております。軍事行動を開始しておりますので、今後詳細についてはボブの口より直接お伝えします。お忙しいところお手数おかけしますが、よろしくお願いいたします。マルーシャ女王」
ボブが紙を畳んでポケットにしまった。そして、みんなの視線を受けつつ、周囲を見回して黙っている。
他のメンバーはいつボブが話し出すのかと見ているが、ボブも黙ってあたりを見回している。
「あ……」
ボブが何かを見つけた。一匹の蝿が飛んできてボブの肩にとまった。前足をすりすり。
「えー、おほん。それでは伝えましょう。みなさんお疲れ様。グアン将軍はレナ川河口に十万の精鋭を上陸させたようです。艦隊の艦砲射撃と合わせてもういつでも首都ゴンドを狙うことができるでしょう。また、わらわもゴンドワナ大陸北部に上陸しました。仮の陣にすでに二百万本の旗を立てて必勝の体制です。ぜひこれらの状況を交渉の材料に使ってください、とのことです」
というボブの言葉に、
「わ、わかった、交渉に役立たせてもらおう……」
とリシャールが展開の早さに呆気に取られつつもなんとか反応した。
「それともうひとつ」
ボブがまだ伝えることがあるようだ。
「ミシェル君。グラネロ城に至急戻ってきてくださいとのことです」
「え、あたしが!?」
驚くミシェル。
「はい。今後の戦略に絡んで、数ヶ月にわたって特殊なトレーニングを積んでもらう予定とのこと。このわたくしボブといっしょに馬車で戻ってきてください、黄金の青竹も持ってきてね」
「あ、青竹は一応カバンに入れて持ってきたけど……」
ということでミシェルが準備を始める。
「よし、急にこういうことになって少し残念だけど」
とミシェルがそこにいたメンバーの一人ひとりに握手していった。
「ミシェル、今までありがとう」
と少し不安そうなマルヴィナ。
「強力な応援も来てくれたことだし、大丈夫だよ。トレーニングを終えたらあたしは必ず戻ってくる」
とミシェルはやや寂しそうににっこり笑った。
「ではみなさん、ごきげんよう」
ボブとミシェルが手を振りながら会議室を去って行く。それを見送ったあと、
「では、そろそろ時間なので交渉に戻ろう。応援に来てくれたお二人はどうしようか」
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