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第12話 卒業
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時間があっという間に過ぎていった。
否、時間のほうではなく、若い魂たちが時空を駆け抜けていった、と表現したほうがよいかもしれない。彼らは、卒業式を終えて帰り道の小川の土手を歩いていた。
「七月に卒業式って、なんか変な感じね」
卒業証書が入った筒を手に持ちながら呟いたマルヴィナ。
クルトと二コラがそばを歩き、ディタはなぜかだいぶ前を歩いている。
「ああ。ローレシア大陸の学校は四月に始まって三月に終わるからな」
クルトが答え、お昼前の河川敷に風が吹いた。
「あっという間だったな」
感慨深げに呟いた二コラ。肩に大きな麻袋を担いでいる。
「そういえば、クルト、あなたどこに就職したの?」
マルヴィナが思い出したかのようにクルトに聞いた。
「え? ああ、言ってなかったっけ? 上流区にあるストーリーギルドだよ」
「え、そうなの!? じゃあわたしとディタとクルトの三人は同じギルドね」
クルトも面接に受かったと聞いていたが、具体的にどこに受かったのか聞いてなかったのだ。
「なんだ、そうだったのか。おれはてっきり君たちがストーリーに興味ないとばかり思ってたよ」
「ううん、そんなことないわ。わたしもだいぶストーリーのこと勉強したし」
彼らが歩く河川敷はその日、日差しが出ているもののふだんよりも暑さを感じなかった。
「そうだよな。おれも最新のストーリー言語を勉強して、ストーリーエンジニアの二級を取ったんだ。できれば仕事が始まる九月までに、さらに上の一級を取りたいんだけど」
よおし、やるぞと鞄を持っていない手の拳に力を込めるクルト。
「資格なんか取ったの? 二級って……」
マルヴィナが思わず尋ねた。そんな資格、初めて聞いた。
「二級は募集条件に書いてあったけどね。部署によって違うのかな」
「あなたはどこの部署に配属されたの?」
河川敷のやや広くなった草場に、トンボがたくさん群れていた。
「おれは設計部の第一グループだよ。マルヴィナは?」
「わたしは顧客部ね」
「そうか。顧客の立場で仕事をするから、資格はあまり重要視されないのかもな」
「なるほど、そういうことね」
河川敷は、はるか先まで続いていた。ふだんは、ムーア学園のある中流区から定期馬車で自分たちの住む下流区へ帰ることも多いのだが、時間があるときはこうして歩いて帰っていた。
「設計部ってどんなことをやるの?」
マルヴィナが恐る恐る聞いた。
「うーん、そうだね、募集要項の案内にも少し書いてあったけど、面接で聞いたときはストーリーのカーネル部分を主に設計するらしいんだ。つまり、言い換えるとプロットとかシナリオみたいなものを作る感じだな」
「へえ、なるほど」
「もともとはウォーターフォール型といって、上流工程で作成したカーネルをベースに、設計の各部署で作成したモジュールを持ち寄って全体のストーリーにするんだ」
「ふむふむ」
あまりよくわからない単語が出てくるが、とても勉強になる。気がする。
「面接してくれたエンジニアのひとも言ってたけれど、開発の初期はストーリーをインテグレーションしても、なかなか筋が通らなくて、テストでもうまくサンプル業務に適用できないんだ」
クルトが続けて、
「それを、納期までに仕上げていくのが大変なんだって」
「それは大変そうね」
よくわからないが、聞いているだけでとても大変そうだ。
「それが、最近になってデスマーチ型という開発手法が導入されて、短納期で一気になだれ込めるようになったらしい。もちろん、メリットデメリットはあると言ってたけどね」
「ふうん、なんだかすごいね」
感心するマルヴィナ。クルトはそんなところまで勉強してたんだ。
「そうやって設計部がインテグレーションして動作確認したストーリーを、紙に印刷したあとに顧客部が確認するんだぜ?」
「え、そうなの?」
そんな、難しそうなことができるのだろうか。河川敷はやや蜃気楼がかかったように、道のうえに光の影がゆらゆらしていた。
「まあ、出来上がったものを顧客の立場で確認するだけだからそんなに難しくないはずだよ」
「た、たしかにそうね」
マルヴィナが少し具体的な業務を想像してみたが、まるで想像がつかない。
「二コラはどうすんの?」
今度はクルトが少しうしろを歩く二コラに尋ねた。
「ぼくは配送ギルドに就職して、まずは色々と情報を集めるよ。きみたちのストーリーギルドで作られた本の配送もするかもしれないよ?」
「そうだな、それはあり得る」
と答えたクルト、さらに、
「その先も何か考えているんだろ?」
という問いに、二コラは微笑んで、
「充分に情報収集できたら、冒険ギルドを立ち上げたいんだ」
「え、そうなの?」
とマルヴィナも驚いた。
「冒険で得られるアイテムで生計を立てられないか、というアイデアなんだけどね」
「その時はおれも参加していいかな?」
「もちろんだとも」
二コラが即答する。
「そのときには、おれたちのストーリーギルドで培った技術が役に立つかもしれないし」
「なるほど。理想的な冒険ストーリーを作って、それを冒険ギルドに適用する、それは確かに面白そうだね」
「へえ……、そうなんだ」
そうなると、マルヴィナもそれに参加することになるだろう。なんとなく、ずっとストーリーギルドで働くことになるのかな、と思っていたのだが、そうでもないらしい。
「ところで……」
クルトが二コラの担いでいる麻の袋を見た。
「その袋、家から持ってきたの?」
「ああ、今朝、何か嫌な予感がしてね」
と二コラが答えた。河川敷は日差しがあるにもかかわらずそれほど暑くなく、風が通り過ぎていく。まるで、過ぎ去っていく時間が暑さを忘れさせているかのようだ。
「そんなにもらったの?」
とクルトが聞いた。
「ああ、なんとかぜんぶ入ったけど」
「え? 何かもらったの?」
マルヴィナが二コラに尋ねた。
「ああ、こっちの学校では、卒業式にお菓子を渡す風習があるらしい」
答えたのはクルトだ。
「クルトも貰ったの?」
うん、三個もらったけどぜんぶ鞄に入ったよ、と手提げ鞄を叩いてみせるクルト。
「ふうん、そうなんだ」
マルヴィナは、教室の中で存在感が薄かったのか、残念ながら義理菓子すらも貰っていない。
「わたしも二コラに渡したかったなあ」
というマルヴィナの声が、届かずに風によって後ろに流されていった。
「あら……」
河川敷の道の端に小さな珍しい黄色の花を見つけ、それに気をとられたマルヴィナ。
それを察知した二コラがすっと歩を進めて、
「こんなにたくさん貰っても仕方ないよね。僕は実は……」
クルトにそう話しかけようとしたとき、ふと前を見るとディタがこっちを見て思いつめたように立っていた。
そしてついに、
「ねえクルト、これを受け取ってくれる?」
困窮区の駄菓子屋で買ったのだろうか、ヨレヨレになった小さな菓子の袋をクルトに差し出した。二コラがそっと気配を消して一歩下がる。
「え……? ああ、ありがとう」
ディタから受け取るとは予想していなかったクルト、驚きつつも受け取り、そしてそれを鞄にしまった。
「わたしたち、もう出会わないかもしれないから、言うね。わたし、ずっとクルトのことが好きだったよ……」
分厚い眼鏡でジッと見つめるディタ。
「え……? ああ、ありがとう……」
軸足で踏ん張ってかろうじてお礼を返したクルト。
ディタは、大きな使命を果たして機嫌が良くなったのか、振り返って軽い足取りで鼻歌まじりに歩き出した。
河川敷を、二度と吹き返すことのない風が通り過ぎて行った。
否、時間のほうではなく、若い魂たちが時空を駆け抜けていった、と表現したほうがよいかもしれない。彼らは、卒業式を終えて帰り道の小川の土手を歩いていた。
「七月に卒業式って、なんか変な感じね」
卒業証書が入った筒を手に持ちながら呟いたマルヴィナ。
クルトと二コラがそばを歩き、ディタはなぜかだいぶ前を歩いている。
「ああ。ローレシア大陸の学校は四月に始まって三月に終わるからな」
クルトが答え、お昼前の河川敷に風が吹いた。
「あっという間だったな」
感慨深げに呟いた二コラ。肩に大きな麻袋を担いでいる。
「そういえば、クルト、あなたどこに就職したの?」
マルヴィナが思い出したかのようにクルトに聞いた。
「え? ああ、言ってなかったっけ? 上流区にあるストーリーギルドだよ」
「え、そうなの!? じゃあわたしとディタとクルトの三人は同じギルドね」
クルトも面接に受かったと聞いていたが、具体的にどこに受かったのか聞いてなかったのだ。
「なんだ、そうだったのか。おれはてっきり君たちがストーリーに興味ないとばかり思ってたよ」
「ううん、そんなことないわ。わたしもだいぶストーリーのこと勉強したし」
彼らが歩く河川敷はその日、日差しが出ているもののふだんよりも暑さを感じなかった。
「そうだよな。おれも最新のストーリー言語を勉強して、ストーリーエンジニアの二級を取ったんだ。できれば仕事が始まる九月までに、さらに上の一級を取りたいんだけど」
よおし、やるぞと鞄を持っていない手の拳に力を込めるクルト。
「資格なんか取ったの? 二級って……」
マルヴィナが思わず尋ねた。そんな資格、初めて聞いた。
「二級は募集条件に書いてあったけどね。部署によって違うのかな」
「あなたはどこの部署に配属されたの?」
河川敷のやや広くなった草場に、トンボがたくさん群れていた。
「おれは設計部の第一グループだよ。マルヴィナは?」
「わたしは顧客部ね」
「そうか。顧客の立場で仕事をするから、資格はあまり重要視されないのかもな」
「なるほど、そういうことね」
河川敷は、はるか先まで続いていた。ふだんは、ムーア学園のある中流区から定期馬車で自分たちの住む下流区へ帰ることも多いのだが、時間があるときはこうして歩いて帰っていた。
「設計部ってどんなことをやるの?」
マルヴィナが恐る恐る聞いた。
「うーん、そうだね、募集要項の案内にも少し書いてあったけど、面接で聞いたときはストーリーのカーネル部分を主に設計するらしいんだ。つまり、言い換えるとプロットとかシナリオみたいなものを作る感じだな」
「へえ、なるほど」
「もともとはウォーターフォール型といって、上流工程で作成したカーネルをベースに、設計の各部署で作成したモジュールを持ち寄って全体のストーリーにするんだ」
「ふむふむ」
あまりよくわからない単語が出てくるが、とても勉強になる。気がする。
「面接してくれたエンジニアのひとも言ってたけれど、開発の初期はストーリーをインテグレーションしても、なかなか筋が通らなくて、テストでもうまくサンプル業務に適用できないんだ」
クルトが続けて、
「それを、納期までに仕上げていくのが大変なんだって」
「それは大変そうね」
よくわからないが、聞いているだけでとても大変そうだ。
「それが、最近になってデスマーチ型という開発手法が導入されて、短納期で一気になだれ込めるようになったらしい。もちろん、メリットデメリットはあると言ってたけどね」
「ふうん、なんだかすごいね」
感心するマルヴィナ。クルトはそんなところまで勉強してたんだ。
「そうやって設計部がインテグレーションして動作確認したストーリーを、紙に印刷したあとに顧客部が確認するんだぜ?」
「え、そうなの?」
そんな、難しそうなことができるのだろうか。河川敷はやや蜃気楼がかかったように、道のうえに光の影がゆらゆらしていた。
「まあ、出来上がったものを顧客の立場で確認するだけだからそんなに難しくないはずだよ」
「た、たしかにそうね」
マルヴィナが少し具体的な業務を想像してみたが、まるで想像がつかない。
「二コラはどうすんの?」
今度はクルトが少しうしろを歩く二コラに尋ねた。
「ぼくは配送ギルドに就職して、まずは色々と情報を集めるよ。きみたちのストーリーギルドで作られた本の配送もするかもしれないよ?」
「そうだな、それはあり得る」
と答えたクルト、さらに、
「その先も何か考えているんだろ?」
という問いに、二コラは微笑んで、
「充分に情報収集できたら、冒険ギルドを立ち上げたいんだ」
「え、そうなの?」
とマルヴィナも驚いた。
「冒険で得られるアイテムで生計を立てられないか、というアイデアなんだけどね」
「その時はおれも参加していいかな?」
「もちろんだとも」
二コラが即答する。
「そのときには、おれたちのストーリーギルドで培った技術が役に立つかもしれないし」
「なるほど。理想的な冒険ストーリーを作って、それを冒険ギルドに適用する、それは確かに面白そうだね」
「へえ……、そうなんだ」
そうなると、マルヴィナもそれに参加することになるだろう。なんとなく、ずっとストーリーギルドで働くことになるのかな、と思っていたのだが、そうでもないらしい。
「ところで……」
クルトが二コラの担いでいる麻の袋を見た。
「その袋、家から持ってきたの?」
「ああ、今朝、何か嫌な予感がしてね」
と二コラが答えた。河川敷は日差しがあるにもかかわらずそれほど暑くなく、風が通り過ぎていく。まるで、過ぎ去っていく時間が暑さを忘れさせているかのようだ。
「そんなにもらったの?」
とクルトが聞いた。
「ああ、なんとかぜんぶ入ったけど」
「え? 何かもらったの?」
マルヴィナが二コラに尋ねた。
「ああ、こっちの学校では、卒業式にお菓子を渡す風習があるらしい」
答えたのはクルトだ。
「クルトも貰ったの?」
うん、三個もらったけどぜんぶ鞄に入ったよ、と手提げ鞄を叩いてみせるクルト。
「ふうん、そうなんだ」
マルヴィナは、教室の中で存在感が薄かったのか、残念ながら義理菓子すらも貰っていない。
「わたしも二コラに渡したかったなあ」
というマルヴィナの声が、届かずに風によって後ろに流されていった。
「あら……」
河川敷の道の端に小さな珍しい黄色の花を見つけ、それに気をとられたマルヴィナ。
それを察知した二コラがすっと歩を進めて、
「こんなにたくさん貰っても仕方ないよね。僕は実は……」
クルトにそう話しかけようとしたとき、ふと前を見るとディタがこっちを見て思いつめたように立っていた。
そしてついに、
「ねえクルト、これを受け取ってくれる?」
困窮区の駄菓子屋で買ったのだろうか、ヨレヨレになった小さな菓子の袋をクルトに差し出した。二コラがそっと気配を消して一歩下がる。
「え……? ああ、ありがとう」
ディタから受け取るとは予想していなかったクルト、驚きつつも受け取り、そしてそれを鞄にしまった。
「わたしたち、もう出会わないかもしれないから、言うね。わたし、ずっとクルトのことが好きだったよ……」
分厚い眼鏡でジッと見つめるディタ。
「え……? ああ、ありがとう……」
軸足で踏ん張ってかろうじてお礼を返したクルト。
ディタは、大きな使命を果たして機嫌が良くなったのか、振り返って軽い足取りで鼻歌まじりに歩き出した。
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