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第一話 死にたがりのシャッター

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「記憶はさ、いつか消えるだろ? 薄れていくし、……死んだりしたら、何もかも無くなるよね。だけどここでお客さんに話したらさ、全部じゃなくても、俺の記憶は引き継がれると思うんだ」

 写真を売るよりも、思い出話を聞かせる方が目的だとレイははにかむ。

「それなら、お店なんてやらなくても、人の目につく方法なんていくらでもあるんじゃ」

 真希がスマートフォンを手にして見せるが、レイは首を振った。

「ここがいいんだ」
「お客さんなんて……滅多に来なそうなのに」
「今日、君が来てくれた」

 レイは初めてにっこり笑った。山中に不釣り合いな作り物のように綺麗な彼の、ごくごく自然な笑顔だ。整った顔立ちに絆されかけて、真希はぎりぎりで踏み止まった。

(法外な値段で、何かを掴ませる気かもしれないし)

 身構える真希を追い越して、レイは奥の壁に作り付けられたカウンターテーブルまで移動すると、おいでと手招きした。

「俺のとっておき。共有してよ」

 ほら来た、と真希は鼻で笑った。騙されてやるつもりはないが、ここまで来たら何か気にもなるので、話くらいは聞くことにした。

(どうせ、さよならするのだし)

 真希を動かすのは、後ろ向きな積極性だ。向こう側へ踏み出すのを、彼女はまだ諦めていない。

 カウンターテーブルには、薄いポケットアルバムが一冊きり。レイはゆっくりページをめくりながら、思い出語りをする。あくまで、真希に記憶を引き継がせようとしているようだ。
 だが真希は、彼の直向きさが憐れに思えた。何の変哲もない、取るに足らない写真記憶たちは、彼がどんなに思い出を語り聞かせたところで、他人の中で生きてはいけないだろう。余程の鮮やかさがない限り、すぐに上積みされて薄れていくような話だ。

(こんなに一生懸命なのだから、一枚くらい買ってもいいか……)

 もしかしたらそれが彼の商法なのかも、と頭の隅に置きつつ、真希はレイがめくるアルバムを目で追う。ふと、一枚の写真に目が止まった。

 お決まりのローアングル。鈍色の空と、公園のベンチがぼんやりと映り込んでいる。そこに座る人影から、真希は目が離せなかった。

「うそ……」
「……どうかした?」

 レイは次のページをめくる。
 同じ風景写真だが、ベンチの人影がさっきと微妙に違う。カメラに気付いた様子で、手を振っている。ギターを膝に乗せた女子高校生だ。
 次の写真で彼女は、にこにこ楽しそうにギターをかき鳴らした。

 これはレイの記憶だ。それなのに真希も、同じ時間を共有できるのは写真の魔力ではない。真希もまた、同じ記憶を持っているからだ。
 いつのまにかロディが側に来て、尻尾を振っていた。潰れた喉のせいか、泣きそうで震えているのか、掠れた声で真希は語りかける。

「ロディ、見て。詩音しおんだよ。ほら、聴こえるでしょう?」

 伸びやかな歌声と、どこか懐かしい歌謡調のギターの音が。
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