竜の喰わぬは花ばかり

川乃千鶴

文字の大きさ
上 下
12 / 24
後編 一輪の花

荒野の断崖に鎮座せしもの、獰猛にして恐ろしく…… 1

しおりを挟む

 初めて言葉を交わした日から、竜と公爵が連れ立って花畑に降りれば、メィヴェルはふわりと顔を上げる。
 どちらからともなく歩み寄り、石積みを境に背中を合わせて過ごす時間が増えていった。

 特別なにを語らうでもなく、緑を彩る花の名前や、空の色を並べるだけの穏やかな時が、ヴェルミリオには何ものにも代えられない一日となっていた。

 何度か言葉を交わした際に、ヴェルミリオは自らの素性を明かしはしたが、特段メィヴェルが態度を変えるようなことはなかった。
 それというのもメィヴェルという娘は、見かけのわりにどこか達観しているところがありながら、幾分か世情に疎いところがあったのだ。

 アクアフレールとシルミランとの確執も、いまいちぴんと来ていない節があり、だからこそこうして話せているのかもしれないと、ヴェルミリオは思わないでもない。

「両国の関係が悪化の一途を辿ったのは、やはり魔導技術の発展が大きい。片方が新しい魔導具を作れば、競うようにもう片方もことを起こし……。やれ起源は我にあり、やれどちら様は魔力リュージュを食い潰す粗悪品だと罵り合ってきた。その果てに魔力を欲して、互いを食おうとしているのが現状だ──要は足の引っ張りあいだな」

 そんなどうしようもない嘆きを零すと、メィヴェルは子供のように純粋な眼差しで首を傾げる。

「人にはせっかく手があるのだから、足じゃなくて、手を取り合えばいいのにね?」

 そんな無垢なさまに、ヴェルミリオは心を慰められる思いがするのだった。


 そして、メィヴェルが何者なのか──、強く関心を抱いたのは、意外にもユグナーだった。

 主人の衣の裾に、草の実や花弁がついているのを目ざとく見つけたユグナーは、すぐさま何かを察して顔を綻ばせた。
 それどころか何やら勝手に気の逸った想定をしては、生ぬるい眼差しを向けてくる。

「隣国からのお輿入れでは、何かと障害もおおございましょうね」

 などと言うものだから、それ以上茶々を入れられたらたまったものでないヴェルミリオは、メィヴェルとユグナーを決して引き合わせようとしなかった。
 だが、そうしたいじらしさがまた、ユグナーの興味を引かせるのだった。


 ※  ※  ※


 この日も、珍しく菓子などを持ってやってきたユグナーは、花畑をきょろきょろと見渡し、娘の姿を探した。
 しかしヴェルミリオは前もって、できるだけ身を隠しているようメィヴェルに伝えておいたので、ユグナーがどんなに頑張っても、花々の中からその一輪の花を見つけることはできなかった。

「菓子と茶でご婦人の口が滑らかになったところで、閣下の日頃のご様子をお伺いしたかったというのに……。今日はいらっしゃっていないのですか?」
「お前の邪な気を感じ取って、現れないのであろうよ」

 しらを切って花畑の奥にやった視線の先には、少し悪戯っぽく手を振る娘の姿がある。
 ユグナーが期待するような浮ついた気持ちでメィヴェルに会っているつもりはなかったが、その瞬間だけは確かに、花を独り占めできる喜びをヴェルミリオは感じていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

【1/23取り下げ予定】あなたたちに捨てられた私はようやく幸せになれそうです

gacchi
恋愛
伯爵家の長女として生まれたアリアンヌは妹マーガレットが生まれたことで育児放棄され、伯父の公爵家の屋敷で暮らしていた。一緒に育った公爵令息リオネルと婚約の約束をしたが、父親にむりやり伯爵家に連れて帰られてしまう。しかも第二王子との婚約が決まったという。貴族令嬢として政略結婚を受け入れようと覚悟を決めるが、伯爵家にはアリアンヌの居場所はなく、婚約者の第二王子にもなぜか嫌われている。学園の二年目、婚約者や妹に虐げられながらも耐えていたが、ある日呼び出されて婚約破棄と伯爵家の籍から外されたことが告げられる。修道院に向かう前にリオ兄様にお別れするために公爵家を訪ねると…… 書籍化のため1/23に取り下げ予定です。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

婚約者が不倫しても平気です~公爵令嬢は案外冷静~

岡暁舟
恋愛
公爵令嬢アンナの婚約者:スティーブンが不倫をして…でも、アンナは平気だった。そこに真実の愛がないことなんて、最初から分かっていたから。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...