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後編 一輪の花
荒野の断崖に鎮座せしもの、獰猛にして恐ろしく…… 1
しおりを挟む初めて言葉を交わした日から、竜と公爵が連れ立って花畑に降りれば、メィヴェルはふわりと顔を上げる。
どちらからともなく歩み寄り、石積みを境に背中を合わせて過ごす時間が増えていった。
特別なにを語らうでもなく、緑を彩る花の名前や、空の色を並べるだけの穏やかな時が、ヴェルミリオには何ものにも代えられない一日となっていた。
何度か言葉を交わした際に、ヴェルミリオは自らの素性を明かしはしたが、特段メィヴェルが態度を変えるようなことはなかった。
それというのもメィヴェルという娘は、見かけのわりにどこか達観しているところがありながら、幾分か世情に疎いところがあったのだ。
アクアフレールとシルミランとの確執も、いまいちぴんと来ていない節があり、だからこそこうして話せているのかもしれないと、ヴェルミリオは思わないでもない。
「両国の関係が悪化の一途を辿ったのは、やはり魔導技術の発展が大きい。片方が新しい魔導具を作れば、競うようにもう片方もことを起こし……。やれ起源は我にあり、やれどちら様は魔力を食い潰す粗悪品だと罵り合ってきた。その果てに魔力を欲して、互いを食おうとしているのが現状だ──要は足の引っ張りあいだな」
そんなどうしようもない嘆きを零すと、メィヴェルは子供のように純粋な眼差しで首を傾げる。
「人にはせっかく手があるのだから、足じゃなくて、手を取り合えばいいのにね?」
そんな無垢なさまに、ヴェルミリオは心を慰められる思いがするのだった。
そして、メィヴェルが何者なのか──、強く関心を抱いたのは、意外にもユグナーだった。
主人の衣の裾に、草の実や花弁がついているのを目ざとく見つけたユグナーは、すぐさま何かを察して顔を綻ばせた。
それどころか何やら勝手に気の逸った想定をしては、生ぬるい眼差しを向けてくる。
「隣国からのお輿入れでは、何かと障害もおおございましょうね」
などと言うものだから、それ以上茶々を入れられたらたまったものでないヴェルミリオは、メィヴェルとユグナーを決して引き合わせようとしなかった。
だが、そうしたいじらしさがまた、ユグナーの興味を引かせるのだった。
※ ※ ※
この日も、珍しく菓子などを持ってやってきたユグナーは、花畑をきょろきょろと見渡し、娘の姿を探した。
しかしヴェルミリオは前もって、できるだけ身を隠しているようメィヴェルに伝えておいたので、ユグナーがどんなに頑張っても、花々の中からその一輪の花を見つけることはできなかった。
「菓子と茶でご婦人の口が滑らかになったところで、閣下の日頃のご様子をお伺いしたかったというのに……。今日はいらっしゃっていないのですか?」
「お前の邪な気を感じ取って、現れないのであろうよ」
しらを切って花畑の奥にやった視線の先には、少し悪戯っぽく手を振る娘の姿がある。
ユグナーが期待するような浮ついた気持ちでメィヴェルに会っているつもりはなかったが、その瞬間だけは確かに、花を独り占めできる喜びをヴェルミリオは感じていた。
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