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追加エピソード④

焼いているのはお世話?

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対王族用レッスンを始めた時の話ですので、時間軸は少し前後します。




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 筋肉は裏切らない──で、お馴染みの衛士の鍛錬に混ざり、エファリューの弛んだ姿勢を鍛え直す体幹強化レッスンは、身代わり生活の合間を縫って続けられた。

 既に基礎ができた筋肉は、以前ほどエファリューを痛めつけず、確かに裏切りはしなかった。だがそもそも、エファリューは体を動かすのが好きではない。この先に待っているのが、面倒極まりない国王との謁見だと思うと、自己投資として折り合いを付けて納得するのも難しい。

 籠に囚われた野の獣のように、日に日に瞳から生気が失われていくのを、さすがの教育係も黙って見てはいなかった。

「──ここまでにしましょう。よくついてきましたね」

 鍛錬を共にするアルクェスでさえ、珍しいことに軽く息を上げている。それほどのトレーニングだ、エファリューには苦行でしかなく、終了の合図とともに地に伏して燃え尽きた。

「水分を摂ってください。ああ、顔に泥が……ほら、こちらを向いて」

 抱え起こされたエファリューは、されるがまま。衛士愛飲のロニー特製・豆を絞った乳様の汁を口に注がれ、汚れた頬と汗の流れる額をごしごし拭われても、抵抗する元気もない。

「んにっ……ふぎゅ……」

 腕の中で今にも寝てしまいかねない様子に、加減を忘れがちな己を省み、アルクェスは穏やかに語りかけた。

「侍女を呼びます。汗を流してきてはどうですか?」
「ん~……」
「そうしたら、ご褒美の時間にしますから」

 邪魔な照れ臭さは咳払いで押し込めた。

「……わたしの膝は、貴女のために空けておきしょう」

 何かにつけて、抱っこだおんぶだとねだってくる魔女に、これ以上の休息場所はないだろうと、恥を承知で口にしたのだが……。

「……そんなんじゃ足りないわ……」
「……は?」
「これだけ頑張ったんだから、ご褒美なら別のものがいい」

 そうしてエファリューは、綺麗に磨かれた頬を上気させて我儘なおねだりをした。

「あの二枚目と話してみたい」
「あの、とは、どの?」
「マッ……──ロニー卿の執事殿よ」
「……お会いして、どうしようというのです」
「別にどうもしないわ。目の保養よ」

 新年の顔合わせで邂逅した執事の姿を、エファリューはうっとり顔で思い浮かべる。
 涼やかな目許をより知的に魅せる眼鏡をかけた、上品な印象の男性だった。絶妙に引き締まった体つきもさることながら、なんと言っても顔が良い。一度は麗しの侯爵と思い込んだくらい、エファリューの好みに適った容姿をしていた。

「……ルーカス殿はお忙しい。お手を煩わせてはなりません」
「そう、そういうお名前なの。ルーカス様、ね。ここにいれば、どこかでお見かけすることもあるかしら?」
「どうでしょうか。ロニー卿に輪をかけてご多忙な御方ですから」
「ふうん……。しょうがないから、今日はアル我慢してあげるわ」

 ルーカスとの再びの邂逅に期待を膨らませて、瞳を輝かせる姫を見下ろすアルクェスの視線は、腹に据えた怒りに比べて冷ややかだ。

 腕にエファリューを抱えたまま、彼は猛然と立ち上がり、城内を突き進んだ。その揺さぶりでさえ心地よい揺籠のように、エファリューの瞼は落ちてしまう。それほどに疲労困憊で、自分がいかに彼を焚き付けたかなど気に留めるゆとりもなかったのだ。

 浴場にて侍女に引き渡し、身支度を整えたら自室に連れてくるよう言い添えて、アルクェスは足早に去った。

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