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第二章 神女の憂鬱

新たなる神話の一頁4

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 あまりの声の大きさに、近付く足音はすっかり掻き消されてしまい、ふと気付くと、アルクェスが鬼の形相でそこまで迫っていた。

「見つけましたよ、エヴァ! それに貴方は……またそのような格好で」
「やばばっ……じゃあね、マックス! ご馳走様!」
「ちょっと待て、俺も逃げないと」
「お待ちなさい! サラ、二人を追うのです!」

 エファリューとマックスはどちらが先か、競うように苺の園を駆け出す。
 狭い通路をすいすいすり抜け、ひらりと垣根を越えて遠ざかるエファリューに対し、マックスの大きな体は花壇に阻まれ、生垣に引っかかり、思うように逃げ出せなかった。あっさりサラに捕まり、手を引かれてアルクェスの前に突き出される。

「まったく……何をしておいでですか。庭いじりをされるのは構いませんが、身なりはきちんと整えてくださいと、いつも言っているでしょう。何です、この髭は」

 どでかい体を小さくして、男は無精髭を撫でる。

「エヴァにもすっかり下手に見られてしまって……、城主がこのていでは示しがつきません。しっかりなさってください、ロニー卿」

 庭師の風采をしたメリイェル侯爵ロニー・アーレントは、やれやれと肩をすくめた。口を開けば、親しみやすいが芯のある、張りのある声が滑り出た。

「わたしが庭師の顔で会うのは、あの姫様にだけだ。許してくれ、アルクェス」

 クレイラとエメラダ、二人の神女を見守ってきた男は、姫たちが世代を通じて同種の憂鬱を抱えていることに勘づいていた。しかしその正体を掴めないままエメラダが失踪し、エファリューが現れた時、ロニーは予感としか言いようがない何かを、彼女に見出し、期待した。
 エファリューを通して、姫の世界を眺めようと近づき、そして今日、彼女はとうとう神女の憂鬱をロニーに見せてくれたのだ。

「何もしなくていいことが、不自由であると……彼女が言ったのですか」

 空色の瞳で、信じられないと訴えるお堅い青年にロニーは苦笑する。

「そう頑なになるな。理想を押し付けすぎては、彼女のあるがままの心を損ねてしまう。そうしたら、エファリューは容赦なく全てを切り捨てるだろう。再びエメラダ姫を失う覚悟が、お前にあるか」
「あの時、エヴァは……エメラダ様が泣いていると……」

 エファリューの言葉を拳に握りしめ、アルクェスはサラに命を下す。

「仕方ないですね。お説教は終わりです。一月分の報酬を渡すので、部屋に戻るよう伝えてください。ええ、あの手狭な、エファリューの部屋で構いません。わたしは少し仕事が残っているので、ゆるりと待てるよう、スコーンでも焼いてやるといいでしょう」
「それならわたし……いいや、俺はコンフィでも作ってやろう」

 苺の籠を抱え、ロニーは厨房へ向かう。
 後に従うアルクェスは、珍しく静かだった。普段なら、侯爵のすることではないと叱咤してきてもおかしくないが、思い直すところあって口を閉ざしているなら大きな進歩と言えよう。










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