47 / 114
第二章 神女の憂鬱
新たなる神話の一頁4
しおりを挟むあまりの声の大きさに、近付く足音はすっかり掻き消されてしまい、ふと気付くと、アルクェスが鬼の形相でそこまで迫っていた。
「見つけましたよ、エヴァ! それに貴方は……またそのような格好で」
「やばばっ……じゃあね、マックス! ご馳走様!」
「ちょっと待て、俺も逃げないと」
「お待ちなさい! サラ、二人を追うのです!」
エファリューとマックスはどちらが先か、競うように苺の園を駆け出す。
狭い通路をすいすいすり抜け、ひらりと垣根を越えて遠ざかるエファリューに対し、マックスの大きな体は花壇に阻まれ、生垣に引っかかり、思うように逃げ出せなかった。あっさりサラに捕まり、手を引かれてアルクェスの前に突き出される。
「まったく……何をしておいでですか。庭いじりをされるのは構いませんが、身なりはきちんと整えてくださいと、いつも言っているでしょう。何です、この髭は」
どでかい体を小さくして、男は無精髭を撫でる。
「エヴァにもすっかり下手に見られてしまって……、城主がこのていでは示しがつきません。しっかりなさってください、ロニー卿」
庭師の風采をしたメリイェル侯爵ロニー・アーレントは、やれやれと肩をすくめた。口を開けば、親しみやすいが芯のある、張りのある声が滑り出た。
「わたしが庭師の顔で会うのは、あの姫様にだけだ。許してくれ、アルクェス」
クレイラとエメラダ、二人の神女を見守ってきた男は、姫たちが世代を通じて同種の憂鬱を抱えていることに勘づいていた。しかしその正体を掴めないままエメラダが失踪し、エファリューが現れた時、ロニーは予感としか言いようがない何かを、彼女に見出し、期待した。
エファリューを通して、姫の世界を眺めようと近づき、そして今日、彼女はとうとう神女の憂鬱をロニーに見せてくれたのだ。
「何もしなくていいことが、不自由であると……彼女が言ったのですか」
空色の瞳で、信じられないと訴えるお堅い青年にロニーは苦笑する。
「そう頑なになるな。理想を押し付けすぎては、彼女のあるがままの心を損ねてしまう。そうしたら、エファリューは容赦なく全てを切り捨てるだろう。再びエメラダ姫を失う覚悟が、お前にあるか」
「あの時、エヴァは……エメラダ様が泣いていると……」
エファリューの言葉を拳に握りしめ、アルクェスはサラに命を下す。
「仕方ないですね。お説教は終わりです。一月分の報酬を渡すので、部屋に戻るよう伝えてください。ええ、あの手狭な、エファリューの部屋で構いません。わたしは少し仕事が残っているので、ゆるりと待てるよう、スコーンでも焼いてやるといいでしょう」
「それならわたし……いいや、俺はコンフィでも作ってやろう」
苺の籠を抱え、ロニーは厨房へ向かう。
後に従うアルクェスは、珍しく静かだった。普段なら、侯爵のすることではないと叱咤してきてもおかしくないが、思い直すところあって口を閉ざしているなら大きな進歩と言えよう。
ーーーーーー
第三章に移行する前に幕間を二篇挟みます
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても
千堂みくま
恋愛
「この卑しい娘め、おまえはただの身代わりだろうが!」 ケルホーン伯爵家に生まれたシーナは、ある理由から義理の家族に虐げられていた。シーナは姉のルターナと瓜二つの顔を持ち、背格好もよく似ている。姉は病弱なため、義父はシーナに「ルターナの代わりに、婚約者のレクオン王子と面会しろ」と強要してきた。二人はなんとか支えあって生きてきたが、とうとうある冬の日にルターナは帰らぬ人となってしまう。「このお金を持って、逃げて――」ルターナは最後の力で屋敷から妹を逃がし、シーナは名前を捨てて別人として暮らしはじめたが、レクオン王子が迎えにやってきて……。○第15回恋愛小説大賞に参加しています。もしよろしければ応援お願いいたします。
今さら、私に構わないでください
ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。
彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。
愛し合う二人の前では私は悪役。
幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。
しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……?
タイトル変更しました。
茶番には付き合っていられません
わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。
婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。
これではまるで私の方が邪魔者だ。
苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。
どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。
彼が何をしたいのかさっぱり分からない。
もうこんな茶番に付き合っていられない。
そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。
悪魔だと呼ばれる強面騎士団長様に勢いで結婚を申し込んでしまった私の結婚生活
束原ミヤコ
恋愛
ラーチェル・クリスタニアは、男運がない。
初恋の幼馴染みは、もう一人の幼馴染みと結婚をしてしまい、傷心のまま婚約をした相手は、結婚間近に浮気が発覚して破談になってしまった。
ある日の舞踏会で、ラーチェルは幼馴染みのナターシャに小馬鹿にされて、酒を飲み、ふらついてぶつかった相手に、勢いで結婚を申し込んだ。
それは悪魔の騎士団長と呼ばれる、オルフェレウス・レノクスだった。
お幸せに、婚約者様。
ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの?
……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。
彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ?
婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。
お幸せに、婚約者様。
私も私で、幸せになりますので。
捨てられ妻ですが、ひねくれ伯爵と愛され家族を作ります
リコピン
恋愛
旧題:三原色の世界で
魔力が色として現れる異世界に転生したイリーゼ。前世の知識はあるものの、転生チートはなく、そもそも魔力はあっても魔法が存在しない。ならばと、前世の鬱屈した思いを糧に努力を続け、望んだ人生を手にしたはずのイリーゼだった。しかし、その人生は一夜にしてひっくり返ってしまう。夫に離縁され復讐を誓ったイリーゼは、夫の従兄弟である伯爵を巻き込んで賭けにでた。
シリアス―★★★★☆
コメディ―★☆☆☆☆
ラブ♡♡―★★★☆☆
ざまぁ∀―★★★☆☆
※離婚、妊娠、出産の表現があります。
どうせ結末は変わらないのだと開き直ってみましたら
風見ゆうみ
恋愛
「もう、無理です!」
伯爵令嬢である私、アンナ・ディストリーは屋根裏部屋で叫びました。
幼い頃から家族に忌み嫌われていた私は、密かに好きな人だった伯爵令息であるエイン様の元に嫁いだその日に、エイン様と実の姉のミルーナに殺されてしまいます。
それからはなぜか、殺されては子どもの頃に巻き戻るを繰り返し、今回で11回目の人生です。
何をやっても同じ結末なら抗うことはやめて、開き直って生きていきましょう。
そう考えた私は、姉の機嫌を損ねないように目立たずに生きていくことをやめ、学園生活を楽しむことに。
学期末のテストで1位になったことで、姉の怒りを買ってしまい、なんと婚約を解消させられることに!
これで死なずにすむのでは!?
ウキウキしていた私の前に元婚約者のエイン様が現れ――
あなたへの愛情なんてとっくに消え去っているんですが?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる